都合が良すぎると怪しまれていた当初と比べ、随分と信頼を獲得できたらしい。快く応対してくれる海賊団員に甘んじて、何でもやってみたいと宣言した通り、それぞれ異なる役職を持った彼彼女らに師事を頼んだ。
これは、その一幕。
──────…………
授業料を受け取ってもらってから数日が経ち、いくらか馴染んで来た頃。
「リフターさんってなんの人なの?」
「む」
甲板に座り込んでレフ板の手入れをしている相手を覗き込んでみれば、眉間に皺の刻まれた顔を上げて答えてくれる。
「見てわかる通り、照明係だ。お前の言うキラキラの一因だろうな」
それ以外にも大道具小道具なんかは私達の仕事だが、とリフターさんは淡々と話す。
「なるほど、裏方ってわけね〜!」
「地味だと思うか? 裏方もいいものだぞ、縁の下の力持ちというやつだ。技術は誤魔化せないし……何より私達の道具は自家製だしな」
「自家製? レフ板も、ジャグリングのあれとかも?」
「ああ。ちなみにジャグリングの棒はクラブ、だな」
仕事に誇りを持っていることがよく分かる態度で言いながら、ふ、と口許を緩めるリフターさん。ガレーラの職人と似た雰囲気、仕事人と言うやつだろうか。
「私の仕事はお前のしたいことにはそぐわないかもしれないが……」
「ううん、そんなことないよ!ご教授お願いします、リフターさん!」
「はへ〜〜……やること沢山……けっこー難しいね」
「だろう? 奥深くて、だからこそ楽しいんだ」
実物をきゅう、と目を回した050を微笑ましげに見ながらくすくすと笑うリフター。苦労人気質から厳格な印象を抱いていたが、教えを乞うてくる子どもへの対応は柔らかいもの。見た目よりも優しいらしい。
──────…………
爽やかな天晴れの日、早朝から向かった甲板には珍しく五人が揃っていた。逆に言えば、一人だけいない。
「あれ、ウィンドさんだけいない感じ?」
「ウィンドはクラウの見舞いだよ〜。たまには姉弟水入らずさせないとねって」
トラットさんがふわふわと笑う。彼ら伝いにのみ聞いた話では、病人であるというクラウさんは、ウィンドさんの姉でサーカスの道化師であるらしい。舞台で舞う人員が欠けているのならば、そりゃあ最大限のパフォーマンスは出来ないだろう。
折角五人もいるのだからと全体の動きを見せてもらいながら、持参のメモにさらさらと要所書きを取っていた、その時。
不意に船の上で風切り音、その後に軽やかな着地が二つ。
「よっと。おうヒョウ太! やっとるかー?」
「見に来てやったぞ、フルッフー」
「うわ……」
音源を見れば、そこにはオレンジジャージの長鼻と無表情のオリジナル。……なんでここに。
「ポッポー! うわとはなんだうわとは!」
「やーめーひぇー兄さん!」
ほっぺたを引っ張られ、ぶんぶんと腕を振って引き離そうとするがビクともしない。
カクさんならばともかく、オリジナルにはなんというか……拒否反応が出る。自我の薄いときに植え付けられていた殺意の影響だろうか。おれの中のルッチもそうだそうだと言っている。
「兄さん……ヒョウ太に兄貴がいたのか! おれはカッスン、よろしく頼む!」
師匠がすい、と手を前に差し出せば、珍妙な仮の兄は友好的な態度で握手に応じる。
「ポポー! おれはロブ、いいやハットリ。こっちはルッチだ」
「わしはカク、同僚じゃ。なに、ガレーラの末っ子が海賊とつるんどると聞いて心配でな!」
「……! 腹話術か! いいな! うち来ないか!?」
「ししょーそれは見境無さすぎるかなって!」
きら、と目を輝かせた船長を流石に止めた。こんな物騒な奴をこの平和な一座に入れたくない。
「悪いがルッチはガレーラが性に合ってるんでな、ポッポー!」
「そうか! いくらおれ達が魅力的だからといっても居場所があるならそうだよな!すまん!」
ハットリと動作を合わせて両手を前に出し拒否したオリジナルに、からりと笑って謝る師匠。冗談めかしたに加え、高い自己肯定感を前面に押し出す彼に思わずといった様子でカクさんが苦笑した。
「で?二人ともなにさ、だいじょーぶだって確認したんなら帰ってよね」
「なんじゃあ冷たいのう。芸の練習しとるんじゃろ?一回くらい見せてみんか!」
腕を組んで突き放せば長鼻がおれの傍に寄り、頭を押さえつけるように髪をぐしゃぐしゃと掻き乱される。
「やだー! ぼくまだ全然出来てないんだって、「いや、いいんじゃないかな〜」、トラットさん!?」
突然の勧めに驚いて、頭上に乗った手を気にせず振り返る。相変わらずふわふわと笑っている彼女からトランペットが手渡された。
「ええと、これ……?」
「ほら、練習は他の人たちに見てもらった方が上達するって言うじゃない〜?」
「アタシのアコーディオンも持ってくる? まだ音鳴らすの精一杯のやつ」
「ディオンさんそれ言わなくて良くない?」
七人の視線が、トランペットを抱えたおれに集中する。
……やらなきゃいけない空気じゃん、これ。助けてルッチ。
(助けてっつってもトランペットの腕はどっこいどっこいだろ。おれは練習すらしてないんだぞ)
(でもルッチの方が上手いじゃん!!)
(……大道芸に関しちゃ交代しないって言ったよな?)
(うぐ)
脳内の問答は言うだけ言って打ち切ったルッチの言葉に呻いて終わる。
……こうなっては仕方がない、やるしかないとマウスピースに口を付けた。
楽譜を見ながら必死になって吹いて、吹き終わって。
抱えている管楽器を口から離し周囲を見渡せば、七つの拍手が飛んだ。
「はー、……ど、どう!?」
「ん、まあまあかな〜」
ふわふわ笑顔にそぐわない、中々に辛辣な評価がトラットさんから飛ぶ。
「最近やり始めたばっかりなんじゃろ?だったら上手いと思ったが」
「この演奏はね。でも多分、もう一回やったらこうはならないから〜」
本来の実力ではないということだろう。それを読み取ったらしいオリジナルがにたりと口角を上げた。
「……なるほど。くく、必死だったようだしな? フルッフー」
「あーもうこれだからやりたくなかったのに! 兄さんもカクさんも批評しないでよー!」
「ふふ、でも〜。人前でやってみて良かったでしょ〜? サーカスは仲間内でやるものじゃない、人に見せるものだからね〜!」
「……まあ、それもそっか」
普段の態度や見かけによらずスパルタだあ、と慄いていたけれど、その言葉にも一理あると頷く。芸は人を楽しませるものという信念は、この一座からひしひしと伝わってくるものだから。
「ハイハイもーいいでしょ?帰った帰った!」
「なんじゃあちゃんと上手かったというに、恥ずかしいんか?」
「恥ずかしいっていうかなんか嫌なの!」
それはそれとして嫌なものは嫌。二人の背中を押して船の外へと出そうとすれば、満足したのか抵抗もなく歩いていく。甲板の端まで行ったところでもういいだろうと手を離した。
「しかし……いつもより駄々っ子じゃないか、ヒョウ太。反抗期か?」
「……そう、かな?」
肩が跳ねそうになったのを抑える。気付かれた?いや、少し違うという違和感程度だろうか。
(なに、普通にしておけ。お前の性格は『服部ヒョウ太』をなぞったもの、多少の違和感はあれど問題は無い)
(了解。……うう、ひやひやするなあ)
並んで去っていく二つの背中を仁王立ちで見送って、影も無くなった辺りで安堵の息を吐いた。まさかわざわざ見に来るなんて。
「ヒョウ太くん、おいで」
「?はァーい!」
ふと、甲板の後ろから声がかかる。その主であるトラットさんは先程と変わらず、ふわふわとした髪を揺らしながらおれに手招きをしていた。
特に何も考えずにその元へ向かえば、頭に腕を伸ばされ、ぽす、と軽く手が乗せられた。
「わっ」
「ふふ、よくできました〜」
ゆると置かれた嫋やかな手で、髪を擽るように優しく頭を撫でられる。ガシガシわしゃわしゃと撫でくり回されるのは慣れているのだけれど、こうも優しい手つきは初めてで固まってしまう。
最年少だからと可愛がりしてくるガレーラの職人達は仕事柄男性ばかり。いる女性といえばカリファさんくらいだけれど、あの人は撫でてくるような人ではない。スパイらしいし。
……撫でられるのは好きだ。優しくて、暖かくて、生きている温度に安心する。
うっとりと目を閉じているとその内手が離れていく。少し残念に思って瞼を上げれば、目の前には柔らかい笑みがあった。
「さっきの演奏凄くって、驚いちゃった。保護者さんがいるときにはこうやって褒めにくいからね〜」
「……ぬはは、ありがとトラットさん」
嬉しさと一緒に頬に熱が集まるのを感じる。……そうか、これが照れというやつか。前にルッチがカクさんにやってたやつ。
「トラットが少年を誑かしてるー、っで!痛たたた腕抓らないでヨ、ディオン!」
「アンタが揶揄うからだろコンフィ。普段常識人気取ってる癖して、こういうときには空気読まないんだから」
横から飛んでくる野次をふふと笑いながら流すトラットさんに、先程演奏した楽譜を差し出す。
「あの、トランペットの練習、させてください!」
おれの言葉に目の前の先生はふる、と首を傾げる。
「あれ? 今日は皆いるけど〜……いいの? 他じゃなくて、トランペットで」
「さっきの結構出来たから、今なら感覚掴めるかなーって!」
あ、でも駄目だったら……と少し身を引いたところで満面の笑みが咲く。
「ふふ、もちろん大丈夫〜!嬉しいなあそのやる気、師匠冥利に尽きちゃう!」
「ね、どう!?上手くやれたよ、トラットさん!」
「凄いよ〜かなり安定した!さっすがヒョウ太くん〜!」
わきゃー!と歓声を上げて抱き合う050とトラット。少しばかりはしゃぎ過ぎだとは思うが、わざわざ浮上して水を差すこともない。
「……美人教師と年下の男の子、一夏のアバンチュールって展開あってもいいと思うんだけどネ。なァんでハグしてるのにそんな雰囲気微塵もないんだろ、っだァ!」
「なんの期待だこの恋愛脳が。しまいにゃ殴るぞコンフィよ」
「いっつつ、もう殴ってるじゃん!?」
傍で騒ぐ他の団員は、恐らく気にしない方がいいのだろう。
──────…………
ならいを始めて二週間が経った頃。
慣れたように停泊した船の元へと行けば、何故かそわそわと浮き足立っている船員達がいた。
「おはよーございます! どーしたの? みんな落ち着かない感じで」
とん、と甲板に踏み込めば全員の視線が此方へと向く。問い掛けに真っ先に反応したのは船長である師匠だった。上機嫌に息巻いているところを見るに悪いことではなさそうだけれど。
「お? おおヒョウ太! おはよう。ふふん、それがな?」
「──我らが道化師、デイム・クラウの病気が完治したのだ!」
彼の顔にはにかりと弾けるような笑顔。船全体に漂う、どことなくほっとしたような雰囲気はそれ故か。
「ほんと!? 良かったァ……」
心からの安堵が洩れる。実際に会ったことはない人であっても、この優しい一座が全力で救おうとしているのならば、クラウさんとやらはきっと良い人で、彼らにとって大切な人だろうから。流れるように自然な動きで目の前に師匠が跪いて、おれの手を取る。
「これもヒョウ太、お前のおかげだ。本当にいくら感謝してもし足りない!」
「大袈裟だなァ〜〜! ぼくはやりたいことの為にやっただけ!跪いたりしなくっていいからさ!」
おれを見上げてきらきらとした笑みを浮かべた師匠にそう言って、取られた手を引き上げて立たせてみせれば少し面食らったように立ち上がった。
「うおっと。……そうか? 騎士の最敬礼だぞ、これは」
「尚更だよ! というか、騎士? 師匠って騎士なの?」
出来た疑問をそのままぶつければ、胸を張った回答が帰ってくる。
「ふふん、ケードウ国直属の騎士団長とはおれのこと! ……元、だがな。サーの称号も、祖国で戴いたものだ」
誇らしげな態度に、一瞬だけ見えた望郷の目。
「へェ……サーカス団長だとばっかり」
「そっちもだ。おれの故郷は芸能が盛んでな? 強い奴程、余興も上手い!」
ケードウ、それが彼らの故郷、と。変わった国もあるのだと関心が惹かれる。……天竜人なんて天災がなかったのなら、彼らはきっと国を追われることなどなかっただろうに。
「──いいか、ヒョウ太」
「はい?」
握られたままの手に力が篭る。
「騎士は誓いを破らない! ……一ヶ月後に、ウォーターセブンで大規模なパレードをするつもりだ。そこで完璧なショーをお前に、特等席で見せてやりたい!」
真剣味を宿した表情で燃えるような赤毛の下に、金に輝く同じ情熱を携えて。
「なァヒョウ太。その時にはお前も演者として、参加してくれるか?」
思ってもみない申し出だった。
「……! いいの!?」
「ああ! 絶対に忘れられないショーにしてみせる、いや、そんなショーを一緒に作ろうじゃないか!」
きらきら、きらきらと。
揺らめき煌めく太陽のような眩しい赤に焼け焦げてしまいそうだ、本当に。赤も、黄色も、恐れてなどいられないくらいに燦々とした彼らの中に、おれも入れるというのなら。
「──うん、師匠! おれ頑張るよ!」
取られた手を握り返せば、目の前の太陽はより輝くような笑いを返してくれた。
……そうは宣言したものの、宣誓だけで腕は上がるようなものではない。
「わっ、と、ととォ!?」
「ヒョウ太ーーッ!?」
ああまた050がドジっている。いくら『服部ヒョウ太』のガワをトレースしているとはいえ、ドジまで真似なくてもいいだろうにと、意識の底から苦笑を浮かべた。
オリキャラ紹介
【リフター】
顰め面の苦労性に見えるけど案外ノリはいいおじさん。名前の由来はレフ板・鏡(リフレクター)。大剣使い。
黒髪赤目、船大工兼大道具担当。40代前半であり、この海賊団最年長。
【トラット】
のんびりゆったりした女性。名前の由来はトランペット。鞭使い。
薄い茶髪に薄い灰緑色の目、甲板長兼トランペット吹き。身長がリフター、カッスンの次に高い。ゆるふわお姉さんが長身だと私が嬉しいからです。