水の都で命は踊る   作:盆回

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青い涙の結晶

 

 

 

 時は遡って、数日前。

 

 

 

 

 ガレーラ本社の会議室、本来ならば立ち入るはずのない者たちが半分を占めているその場所で、雑用係には秘密の話し合いが行われようとしていた。

 

 

 

「これより! カッスン海賊団パレードinウォーターセブン、withガレーラカンパニー! 第一会議を始めるぞ!」

 

 

「わー」

 ドン!と文字を背負って宣言した船長に海賊側からぱちぱちぱち、と乾いた拍手が飛ぶ。

 

 

 それに不満げな声を挙げたのは何よりも社長であるアイスバーグを敬愛しているパウリーである。

「アイスバーグさんがいるってのにお前が取り仕切ってんじゃねえ海賊!」

「ンマー、パウリーいいから。主催はあっちだ」

「ということだ! この場はおれが指揮させてもらおう!」

 場に少しばかり湧いた苛立ちなど全くと言っていいほど気にかけていないカッスンは、手振りを合わせて朗々と話を始める。初対面の穏やかさとは真反対のパウリーの激情に、他の海賊団員は少々面食らっていたが。

 

 

「議題は最初に相談持ちかけた通りにだな、ヒョウ太に関してだ!」

「そういう話じゃったな。そうじゃなけりゃ海賊なんぞ本社に立ち入らせんわい」

 

 このサーカスのような海賊団は今、ガレーラの末っ子の面倒を見ているのである。そんな相手から何を言われるかと思えば一ヶ月後のパレードをヒョウ太の為に調整したいのだ、と。

 

 

 

 

 ──騎士の誓いにかけて、おれはヒョウ太に完璧で最高のショーを届けなければいけない!是非とも協力してくれ!!

 

 

 

 そうやって真剣な表情で輝く彼が3000万の賞金首だなどとは、手配書と海賊らしい服装がなければきっと思いもよらなかっただろう。

 

「おあつらえ向きにヒョウ太の兄もいることだしな!アイツの気に入るようなものにしたいんだ」

「……はァ、答えられるかは分からんがな」

 堂々たる態度で胸を張るカッスンと、末っ子へ誓いを捧げた仁義に感心する職長たち。そしてそれを冷めた目で見るルッチとハットリ、あとカリファ。

 

 

 

 

 という訳で質問タイムである。

 

「あー、ヒョウ太サンの好きな色は?」

「黄色とかだろ多分、ぽっぽー」

 多分。

 

「好きな食べものとか〜」

「フルッフー、アイツはあまり食に楽しみ見出してないぞ。強いて言うなら辛いモノだな」

 強いて言うなら。

 

「故郷の物などは何かないだろうか」

「出身に関しちゃプライバシーだ、まァグランドラインとだけ言っとく。クルックー……そっち方面での惹き付けは無理だろうな」

 プライバシー保護、でもって無理。

 

 

 

 

「曖昧!! 全てにおいて曖昧過ぎるぞヒョウ太の兄貴!!」

「落ち着けサー」

 

 ガタリと立ち上がってルッチを指差し、大声を出す船長。それに溜め息を吐いてリフターが低いトーンで鎮める。

「仕方ねェだろ生き別れみたいなモンなんだから。血の繋がりがあると知ったのも最近だ」

「そうか! 繊細なことを聞いた!! すまん!!!」

「声がでけェ」

 空の下であれば許容できる声量だが、会議室では音が響く。職長のバカでかい声の男である程度慣れているとはいえ、煩いことには一切の変わりがない。一人と一羽が揃って顔を顰め、耳を塞ぐ。

 

「悪いヤツじゃないんじゃろうが……タイルストンが増えた気分じゃな」

「おれこんなに煩いか!?!?」

「両方煩いよアンタら……」

 次は元から許容範囲を超えた声量が響いた。広い部屋を満たすのは地で漫才をしている会話ばかりで、会議は踊り、されど進まず。

 

 

 

「よくオカルト本を買い込んでるのは見るな。あと……ヤガラブルが好きだと。なんでも、昔金魚を飼っていたらしい」

 なんだかんだで、一番有益な情報を出したのは同じ寮に住むルルであった。オカルトという題材はどう組み込むにも難しいと頭を悩ませる種にもなったが。

 

 

 

 そして結局。

「ンマー……本人にそれとなく聞いてみるのが一番だと思うぞ」

「アンケート用紙、完成しました」

「流石だなカリファ」

「はっや」

 鶴の一声で直接ヒョウ太本人にアンケートを取る事にした、というのが。今日に至るまでの流れである。

 

 

 

 

 

 

「アンケート?」

 一枚の紙と鉛筆を手渡してきたカクさんがおう、と頷く。

「市として企画しとる子ども向けイベントの参考に、な! いいサンプルが丁度おるんなら、聞いてみらん手はないじゃろ。ついでに質問項目の精査も頼みたい」

 社長であるアイスバーグさんが市長である以上、そういうこともあるのだろう。気楽にこくりと了承した。

 

 

「おっけー。でもぼく、そんな子どもじゃないんだけどなァ」

 ルッチからは一歳児などと揶揄されたけれど、そんなことはない。おれはちゃんと同じくらい……中学生並の精神年齢ではあると思う。

「なーに言うとる14歳じゃろ、ん? 13か? ……ま、十分子どもじゃ子ども!」

「14だよ14! ちょっと前に誕生日来ましたー!」

「えっそれ知らんかったんじゃが」

 

 ぽんぽんと言葉の応酬を重ねながら、手の中の紙を眺める。自由回答の質問事項は、ええと……好きな色? もの? 数は大体十項目くらい。あ、食べ物の項目はバツで消されてる。これは結構ありがたい。

 

 

 

 

 好きなもの、か。

 ……生まれてこの方考えたことなかった。

 どうしよう、分からない。ルッチの好みも、普段好きなものなんて口に出すような性格してないからさっぱりだ。紙に伏せている目が泳いでいるのを自覚する。

 

 

 

(た、たすけてルッチぃ……!)

 脳内で呼び掛けてみても反応は無い。なんでだ、さっきまで確かにいたはずなのにと意識を少し沈めてみる。

 

(ルッチ……?)

(…………)

 

 

 返ってくるのは沈黙。これは……。

 

 

(……寝てるー!?)

 

 

 

 

 ──ルッチは多分、ガレーラに結構気を許してるんだと思う。そうじゃないと、警戒心の塊なこの一心同体は意識の底であっても外で寝こけたりなんてしないから。

 でも、その安心感を出すのは今じゃなくっていいんじゃないかなァ!? 今ものすごく困ってるよおれ!!

 

 

 

 ううん……自分一人で考えるしか、ないのかな。

 

 おれの好み、好きなことってなんなんだろう。『好き』の意味を頭の中で検索する。

 心が惹かれること、気に入ること。きっとおれの中にもたくさんあるんだろうけれど、いざ具体的に挙げてみるとなると難しい。取り敢えず、書ける範囲でだけ書いてみよう。ざっと目を通して鉛筆を走らせる。

 

 

 ええと、休日にしていること。

 これは書ける、読書と運動だ。……どっちもやってるのはルッチだけど。オリジナルを越えてやるって意気込んで特訓しているけれど、時々こっそりやってる手合わせでは今のところ全敗している。体を動かすことはストレス発散になっているのに逐一煽られるからプラマイマイナスらしい。

 

 次に、趣味。

 ……休日にやってる事との違いってなんなんだろう。読書と書こうとして、そういえばおれたちはよくこの街の、この世界の散策を良くしていることに気付いた。これも立派な趣味の一つって言えるんじゃないだろうか。散策とだけ書いておく。

 

 好きな動物?

 少し迷って、下の空欄に豹と書く。

 ルッチはヤガラブルがお気に入りらしいけど、おれはこう。獣型とか人獣型で鍛錬してるときの視界が見てて楽しいからって理由は変わっているだろうか。

 

 好きな食べ物。

 選択肢が消されているのはきっとオリジナルら辺の仕業だろう。事情を知ってるからしょっちゅうサポートをしてくれてるんだけど……味を感じない人に好きな食べ物聞くのはって気遣いなら、おれには元々無いしここまで気にしなくたっていいのにってなる。でもルッチは気にするかな?分からない。端の方に食感の面白いものと小さく書いた。

 

 好きな色

 好きな色。色か……難しいけど、青だろうか。晴れ渡った空の色、ウォーターセブンの街の色。冷たいイメージとは異なって、明るい記憶を想起させる青は心が梳かれるようで居心地がいい。

 

 

 

 青は海の色。

 

 ──ルッチは海をよく眺めている。それも、前に見た師匠の目に映る望郷と同じ色で。聞くと何もかも歯車の噛み合わない世界の中で、ただ海だけが同じなのだと話してくれた。

 己を嫌う母なる海をぼう、と見ているルッチは飛び込んでしまうんじゃないかと思うくらいに危うくて、心配になってしまうけれど。でもどうしてか、おれにとってもルッチにとっても、海の群青は心が安らぐんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、こんなとこでいいかな。ごめんねェ、時間かかっちゃった!」

「そんなこと気にせんでいいぞー、協力ありがとうな」

 終わったー、と両手を上げて伸びをする。記入した用紙を受け取って清爽に笑う長鼻は如何にも好青年然としていて、到底潜入員だなんて考えにくい。オリジナルは分かるんだけど。

 

 

 

「ところでさァ」

「なんじゃ?」

「そこのドアで団子になってるの、何?」

 そう言って背後に指を差せば、カクさんはばっと振り向きすぐに目を怒らせた。

 

 

 

「ルル、タイルストン! 仕事もせんとなァに覗いとるんかおどれらァ!!」

 

 かつかつと近付いてくる同僚に怒鳴られた二人は上下に目をやり、すんと言い放つ。

 

「気になったし」

「気になるだろ」

「せめて悪びれんか!!!」

 

 ……なんかこの人いっつも苦労してるような。

 

 

 

 

(……うるせェな……)

あ、ルッチが流石に起きた。

 

「あー、ヒョウ太!もう帰っていいぞー」

「あでで痛たたたた」

「いやすまんかったカク!!!」

「あれっ、もういいの?りょーかーい!」

 体格差をものともせずに二人の頭をぐりぐりと突き合わせているオレンジジャージに声を掛けられ、彼らのわちゃわちゃを傍目に帰り支度を始める。

 

 

(なんだもう終わったのか)

(おれが終わらせたよ! 少しだけだったけど……けっこー大変だったんだから)

(……悪かった、まさか外で寝ちまうとは)

 ふん、と脳内でいじけたように言えば珍しく、本当に珍しく殊勝な言葉が返ってきた。うたた寝程度ならまだしもガッツリした睡眠だったから、ルッチにとっても本当に想定外だったのだろう。

 

(まだ寝惚けてる?)

(結構失礼だよなお前は)

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 チラシ配りから二週間。ガレーラの仕事は一旦完全に休んでいいという許可を貰ってしまった為に、芸の訓練に集中できるようになった。

 ……忙しそうに見えたけど、雑用一人抜けたところで職人達は大変になったりしないだろうから大丈夫なんだと思う。

 

 

 感覚に頼る部分の少ない楽器、特にトランペットを中心に、団員からの教えは満遍なく吸収出来ているとは思う。けれど、付け焼き刃だと言われてしまえばその通りと返す他ないだろう。

 残り半月とない練習期間でそれらを確実なものにすべく、今日もまた停泊している裏港に向かえば、見たことの無い女性が船上にいた。恐らくは彼女が噂の病人だろう。

 

 

 

 

 ふい、とウィンドさんと同色の赤い目がおれの方へと向く、おれの姿に気付いたらしい。

 

 

 

 くるん、と踊るようなステップでその女性が船から軽やかに降り立った。差し出された滑らかな手がおれの指先を持ち上げる。

 

「キミがヒョウ太? ウィンド達から話は聞いてるよ」

 

 

 金糸に彩られたその人が浮かべているのは、彼彼女らの船長を思わせるような朗らかで満開の笑顔。

 

 

「わたしはクラウ、デイム・クラウ!よろしくね、命の恩人さん!」

 

 

 

 

 

 にこにこと無邪気さを滲ませたクラウさんは、おれより低い身長も相まって少し幼げにも見えた。そんな笑顔に見合わない青い涙を頬に描いているのは道化師、だからだろうか。

「聞いてる話って?」

「そりゃあもう、キミのいいとこ色々! 自慢ばっかりされて羨ましいわ気になるわで、入院なんかしてらんないくらいにはね」

 持ち上げられた手はそのままに、目を合わせてきょと、と小首を傾げれば張り切ったような口調が返ってくる。

 入院患者にこぞって話すほどいい生徒となれていたのだろうか、おれは。

 

 

「みーんな教えがいがあるんだってそわそわしてたんだよー、びっくりしたのが、あのディオンが──むぐ」

「あー! あー! 何言うつもりだクラウッ!!」

 不都合な気配を察知したのか、名前の主がばたばたと駆け寄って口を手で覆う。ディオンさんは隈の薄くなった目元から頬、癖のある暗色の髪から覗く耳までほんのり赤く染まっていた。

 

 

 

「……褒めてくれてた?」

「すっごく」

「だァから!!」

 

 

 

 

「なんでクラウに言ったんだ、アイツが口軽いことくらい分かっているだろう」

「うっさい! 分かってるけど! ついつい言っちゃったんだっての!」

 眉を跳ね上げてぽこぽこと怒るディオンさんを回収していくリフターさんの背中を送りながら、横目でクラウさんを見る。ケロリと、どころか微笑ましいような表情だ。

 

(成程、フクロウと同じ人種か)

(ふくろう? 鳥?)

(……いや、彼奴は人間だ。まァ流石にあれほど酷くはないだろうが)

 なんだろう、ルッチが意識の中で物凄く遠い目をしているような気がする。

 

 

 

 

 

「ここの見習いとして、次のパレードに参加してくれるんだよね?わたしに教えられることならなんでも……って言いたいとこだけど。船長とやれる芸あんまり変わんないんだよね」

 カッスン曲芸なら大体できるし。そう言いながら、あははと頬を掻くクラウさん。その少し困った様子に、後ろで作業をしていた手を止めて弟であるウィンドさんが助け舟を出す。

「だったら姉さん、ピエロとしての立ち振る舞いとかがいいんじゃないか? カッスンとの違いと言えばそれだろ」

「立ち振る舞い?……うん、いいね。そうしよっか!」

 

 そう言いながらぴょんと跳ねて、彼女の頭から爪先まで全部、劇がかった動作へと切り替わる。

 

 

「ケードウ国直属騎士団元副団長、デイム・クラウ!爵位持ちのピエロの動き、是非とも盗んでってね!」

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 一つ芸を見せて、その技術を真似て、もう一回。そんなことをくるくるくるりと繰り返し、キリがついた所でパチン、とクラウの手が鳴った。

 

 

「すごいすごーい! そりゃみんな褒めるわけだ、飲み込みが早くてよろしい!」

「あっはは〜、ありがと! これはカッスン師匠の大道芸の基礎があってこそだわ!」

 050は頭を掻いて、ぴょんこぴょんこと跳ね回っている賛辞を素直に受け入れる。大道芸よりもっと劇調を強めた動きではあるが、根本は同じもの。この数週間での特訓の成果が出た、ということなのだろう。

 

 

 

「──そうだ、大事なこと。これは教えないとね」

 先程まで鮮やかに舞い踊っていた道化師はぴたりと止まり、これは自論だけどね、と前置きをして緩やかに笑う。

 

 

 

「ピエロに必要なことはたった一つ。人の為に泣けること、だよ」

「人の為に、泣く?」

 

 復唱に軽く頷いて、頭の中を整理するかのようにクラウは瞼を閉じる。

「ピエロのペイントは心の涙、どんなものかっていうのは色んな説があるんだけどね? わたしが心に思ってるのはそれなんだ、誰かの涙を代わりに流す、ってね」

 人の心を動かすにはまず自分から!

 道化師はそう言って、涙を描いた方の目をパチリと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの道すがら、050がぽつ、と口に出して呟く。

「人の為に泣く……そんなの、ぼくに出来るのかな」

(出来るだろ、お前になら)

 050は素直な人格である、良くも悪くも。

 あの原型の遺伝子とおれの行動のトレースの産物などとは思えない程の素直さはきっと、喜劇に笑うことの出来る、悲劇に泣くことの出来る魂を形作る内核で。誰かの為に泣ける人間だ。

 

 

 

(うーん……適性がある、なんて言われてもさ。さっきの一回……ルッチが一瞬代わってた時の方が動き良かったよね? なァんか、ルッチは全部おれより出来ちゃうよね)

(生徒会長だからな。この位出来ねェと務まらねえ。あとはまァ、人生経験の差だろ)

 ほんの少しだけ不貞腐れたような、小さな愚痴が心の中で洩れる。それに適当に返せば050はむう、と唸った。

 

 

(それに……おれはサーカスの特訓なんざしてねェからな、お前のような成長はしていない)

(……そう? じゃ、追い越されないように頑張んなきゃ、かな)

 

 

 




カッスン海賊団の副船長兼道化師クラウ、名前と容姿決定した後にクラウンピース(東方Project)と構成要素ダダ被りしていることに気付いて頭を抱えるなどしました。金髪長髪で赤目のピエロです。よろしくお願いします。


オリキャラ紹介
【デイム・クラウ】
生死の境を彷徨っていた割に今は結構元気になった、ちょっと口が軽めな道化師。デイムは騎士の称号。名前の由来は道化師の意のクラウン。武器は素手。
金髪で淡い赤目、副船長兼財政管理を担当。ブラコン。
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