「何にせよ情けねェ話じゃねえか、一人相手に六人だあ? ンな弱腰じゃあキャプテンに笑われるぜ?」
「そのキャプテンがそこで伸びてんスよ、副船長!」
「…………何だと?」
副船長と呼ばれた男が槍をくるりと回す。そんなまさか、とでも言いたげに細めていた目はようやく倒れ伏した男を捉えたようで、驚愕に見開かれた。
「おい、オイオイマジじゃねーか! コレの下手人が? アイツだって?」
「多分そっス! 外からの攻撃だったかもしれないですけど!」
向けられているのは槍、サーベル、刀に銃口。バリエーションの豊かな凶器と、それに付随した敵意。おれに注目が集まる分にはいくらでもいい、何ならこうして警戒されたまま膠着状態が続けばそれが最良なのだが。
「そっちの人の言う通り、外からじゃないかなー。だってほら、両手縛られてるし! それにぼくってば、見るからに弱そうでしょ?」
「外にゃ異常は無かったぜ。……まァいい、テメェが何者だろうが、とっとと殺っちまえばいい話!」
しかし当然、あちらは猶予を与えるつもりなど毛頭ないらしい。自称海賊達は各々武器を構え、ゆらりと動き出す。行動の予測などする必要もない、総攻撃だ。
「大人しくしやがれェッ!!」
まず鳴り響いたのは二発の銃声。手首が拘束されてはいるものの、鉄塊を掛ける分には支障などない。腕で弾丸を逸らそうとすれば、軽い衝撃と痛みが肌を掠めた。
「ッ」
「は、弾かれた!?」
掠めた部分が熱を帯びたのを感じ取る。銃弾を受ける機会などそうあるものではない、威力を見誤ったか。……だが怪我はせいぜいかすり傷程度、最終的にはどちらも無事逸らすことに成功した。それなら上出来、気に掛けずとも構わない。
………………?……痛い?
「タマ喰らって動じないってどういうことだよッ!!」
「さーね、ちゃんと狙いが定まってないんじゃないかな!」
……と。何を考えていたんだったか。真正面から飛んでくる怒鳴り声に意識を引き戻され、臆することなく前へと踏み込む。思わずといった様子で身を引こうとした銃使いに接近戦を持ち込もうと駆け出したところで、妨害するように槍が眼前へと突き出された。
「とと、あっぶないなァもう!」
想定より数段上な突きの疾さに相手の評価を上方修正しつつ、急ブレーキで切っ先を躱す。
「ちょこまかと……どこが弱そう、だって? 無手のガキに負ける訳にゃいかねェんだよ!」
「別にいいじゃん、大人しく負けてよオニーサン方!」
凶悪な相貌に見合った乱暴な物言いに軽い挑発で返しはしたが、事態は一対六と多勢に無勢のまま。一人一人が雑魚なら簡単な話だったが、そう甘くはないようで。
腕は防御にしか回せず、大振りな攻撃は難しく。何より、この副船長らしい槍使いが良くない。純粋な力も、頭の悪そうな言動に反して技巧もそれなり。縛りを設けて戦うような相手ではないことは確かだ。
決定打の機会を掴めない間にも相手からの攻撃は止まない。ざしゅ、と肩の皮膚が切り裂かれる感覚に顔を顰める。
「ッいったいなあもう! こーんなか弱い中学生に寄って集って暴力とか、本当に悪い人達!」
「海賊相手に何期待してんだァ? ……つか、お前みたいな中学生いてたまるかおっそろしいな! 呼ばれた理由分かったわ!」
一つ一つの傷はなんてことはないが、それらの蓄積はバカに出来ない。まだ敵の数は減ってはいない。
……さて。このまま派手に動けば、もう一人の人質が逃げたとしても気付かれることはないだろう。ジリ貧となる前に、どうにか──
風切り音。
「貰ったァ!!!、ッ!?」
ガキィ!!! と。
おれの背中から、鉄と鉄のぶつかり合ったような金属音が響く。前方に意識を傾けたまま振り向くと、そこにはサーベルを携えた手を抑えている男がいた。びりびりとした痺れでも走っているようだ。
武器を振り下ろす音に気付かなければ咄嗟の鉄塊は間に合わなかっただろう。全く、一瞬の気も抜けない。
「いっっ……鉄板でも仕込んでンのか!?」
「背後取るってほんっと、卑怯じゃない? 怪我しなかったからいいけどさァ」
ぎり、と恨みがましく鋭い眼光を向けられてうんざりしたような声を出す。
怒りたいのはこっちの方だ……なんせ、完全に囲まれているのだから。四面楚歌、という奴だろうか。
だがまァ、その甲斐あって。縛りの一つからは解放された。
店内の目線も意識も全ておれに向いているのだから、当然ひっそりと逃げるもう一人の人質に気を配れる訳がない。既に女性の姿はどこにもなく、更にはカウンター奥の裏口が開いている。稼いだ時間で回復できたようだ。
これで背負った荷物は降りた。
依然腕の拘束は解けず、攻撃手段は足のみであるが。
囲まれているこの状況下において、万が一を考えずに広範囲に及ぶ嵐脚を使えるようになったのならばそれで十二分。
「よーいしょ!っとォ」
軽い掛け声で偽装して、足に掛ける力は強く、速く、振り抜く。
「ン……? ……っぎ、あああッ!!?」
「何が、い゙、つゥッ!?」
空振りかと訝しげな顔は直ぐに掻き消え、ヒュ、と空気が吹き込むような音と共に突然襲った斬撃。理解外の攻撃にダメージの大小はあれど怯み、
……これで人数が減ってくれればいいのだけれど。
「グゥッ……て、テメェやりやがったな……」
「あーもうなァんで気絶してないのかなァ!やだやだ、しぶといんだから。そのタフネス別のところに使ってよ!」
その見込みも甘かったようだ。
吹き飛んでいった数人にはかなりのダメージが見て取れるというのに、その全員が呻き声を上げて体を起こす姿に吐露した愚痴には感嘆すら混じる。新セカ中の不良共でもここまで耐える奴は少数だぞ。
「飛ぶ斬撃、しかも足で!? ……それになんでか硬ェ身体、まさか悪魔の実の能力者か!」
上がった声の的外れ具合に、わざとらしく口角を歪める。能力者という一点は間違っていないが……この斬撃は、嵐脚は鍛錬の結果。あくまで技術であって、特殊な能力などではない。
「だったらどーするの? 海楼石でも持ってくる~?」
「持ってるわけねェだろンなモン!」
「ぬはは~、そりゃそう!」
本質が見えていなくとも、海楼石という共通の弱点は能力者には常に有効手となりうる。その返答に内心胸を撫で下ろした。これ以上厄介な物を相手にしたくはない。
「ッチ、能力者だろうが攻撃は通るだろ!」
「そんな甘くないって! こんなの何度も食らっちゃたまんないんだわ!」
正面の槍使いが動き、その後方から銃声がバキュンと1発。伸びてくる槍を鋼鉄の如き足で捌き、飛んでくる弾丸は着弾場所には同じく鉄塊を。ジャブラのように鉄塊を掛けたままで身体を動かせはしないが、部位ごとに集中すればそれなりに応用は効く。
「硬ェなクソビックリ人間かっての!どんな能力だよ!?」
「わざわざ教えるわけないじゃ~ん、頭足りてる?」
「ンだとォ!!?」
ふと思いついて、交戦にわざとらしい挑発を混ぜた。これで冷静さを失ってくれれば技術は落ちる、そうでなくともダメで元々。膠着状態がどうにか打破出来ればという思いで言葉を並べ立てれば。
「だいたいさァ、海賊カイゾクって! いい大人がごっこ遊び? 君らはただのチンピラ犯罪者、でしょ?」
「っのクソガキが!絶対殺ってやらァ!!」
「あ、怒っちゃった!」
見立て通り。雑な煽りは存外槍使いの頭に来たらしい。激情のままに青筋を立て、先程よりも明らかに単調になった突きを放ってくる。
「ふ、副船長!? 今はソイツしか人質いないんですよ、本気で殺す気で!?」
「人質なんざ知るかッ、後で適当なヤツ拐ってこい! 」
「っちょ、さっきより速くなってない!?」
怒りからか明確に素早い、だが見切りやすくなった槍を避けながら隙を伺う。こうなった荒くれ者は制圧しやすいものなのだが、パワーが底上げされやすいのが難点だ。
「お前らも見てねェで援護しろ援護! 仕留められりゃあ相応の報酬をやるぜ!」
それに加え、やはり槍使い以外からの攻撃も降り注いでくる。先程より連携が崩れているものの、多勢から降り注ぐ攻撃を避けながら致命的な物は必ず防がなければならない。厳しい状況には変わりない、か。
「ッ、く……!」
今度は防御に回していた右足に熱い感覚、思わず地面に降ろした足には体重を掛けるだけで痛みが走る。……鉄塊を貫通する威力は今の所槍使い以外にはいないのが救いだが、まだマシというだけ。
──いや、否。
これは、まずい。そんな生温いことを考えている場合ではないと、警鐘が頭の中に響く。
「……ハッ、そうだそうだなァ!足さえ潰せばこっちのモンだ!」
槍使いの男が顔を歪める。……やはり甘くない。よろけたのを見逃されることはなく、勝機とばかりに畳み掛けられる攻撃に冷や汗が流れる。腕に力を入れても依然手錠での拘束は解けない、この状態で足が使えなくなれば即ち敗北は確定だ。
「ッ、」
「二度と立てなくしてやるよ!!」
防御体勢を整えねば、と身を捻ったところでカトラスに横入りで邪魔される。捌き切れずに薙がれる度足を穿つ穂先は、鉄と同じ、ともすればそれ以上の硬度であるはずの皮膚を再度切り裂いた。
「い゛ッ……」
元より黒いはずのズボンは血に触れ更にどす黒くなり、その隙間からぱっくりと割れた傷口とだくだく流れる赤が見える。……それらのどれも、骨まで到達していないことが不幸中の幸いか。
腕は鉄の手錠によって縛られ、主たる対抗手段は足のみ。それさえ潰してしまえば四肢の動かない子どもなど一片の脅威になどなりはしない。既に深い傷を負わせているそこを突かない理由などなく、また槍使いが一振り、避けられなかった鋒がこさえられた切創を抉る。
「──ぐ、あ゛あっ!」
思わず喉の奥から引き絞るような苦悶が漏れた。気力だけでぎ、と音が響く程の歯軋りで痛みを噛み殺す。
「ッふーっ、クソ、……ッ!」
そして、この痛みは。
おれが眼前の現実から目を逸らすことを許さない。
先程覚えた違和感がフラッシュバックする。痛い、熱い、それは何故か? 現実だから、だ。
夢にしか思えなくとも夢ではない、夢ではない、夢のはずがない!
知らぬ街に記憶違いの体、全て非現実的であるというのに。走る痛みが、衝撃が、何もかもが、今見ているこれが間違いなく現実であると自覚させてくる。
ただでさえ追い詰められている現状に付け加えて、今更逃避を止めた思考回路を発端とした混乱に呑まれている暇なんてどこにもないのに!
ぐらんぐらんと頭が揺れ、呼吸が浅くなるのを自覚する。動転しかけた脳味噌をどうにか鎮めようと深呼吸のひとつでもしたいが、そんな余裕などはない。
精神を未だ戦闘時のテンションに保っている要因の大部分が与えられた痛みであるというのが癪である。攻撃に転じるか、それとも逃げの一手を打つか。とにかく動こうと床を踏み締めようとした足には、しかし力が入らない。むしろ筋肉を無理に収縮させようとしたせいか、びきりと痛みが走って膝から崩れ落ちた。
「ぃ、づ……!」
叩き付けるような自重で、ぐじりと傷口達が抉られる。フローリングに鮮血が広がる。それの何が愉快なのか、頭上から笑い声が降ってくる。
「はあ、はァ、っハハ!クソガキが、手間取らせやがって……! だがようやっと追い詰めた!」
「うっわボロボロ、何ガキ1人相手に暴れてンすか」
倒れ込んだおれの首元に、息切れしながら槍使いが切っ先を突き付けたところで別の声。
「あ?ああ仕方ねェだろ、しぶとかったんだよコイツ」
外にいた海賊の一人が騒がしさで様子を見に来たらしい。これでちょうど内外の人数は半分か、と血の気の引いた頭で数える。
「ンで、生かすか殺すかどうするか……さっきは殺すっつったが、人質がいなくなんだよなァ。あの女はいつの間にか逃げてやがるしよ」
冷えた切っ先が首に添えられたまま、命を弄ぶ会話が飛び交う。正直、手錠と能力の制約があるとはいえこのおれを相手取りここまで追い詰めるような実力があるのなら、人質なんぞ必要あるかという疑問はあるが……それがヤツらなりのやり方なのだろう。
この状況を切り抜けられる方法は、ある。そうでなければここまで冷静ではいられない。──この身に宿った悪魔の実の能力を開放すれば、間違いなく糸口以上の成果が得られるだろう。
変装時に実の能力を使うのは心情的に嫌ではある。此処が夢ではなく現実であるというのなら、尚更。だが命の危機ならばなりふり構ってはいられない。奴らが足元に注意を向けていない隙に、もはや呼吸と変わらぬ程に慣れ親しんだ変化を起こす。
ネコネコの実、モデル
人間の肌は獣の黄色がかった体毛へ。
爪は鋭く、体躯は二倍以上に。
猛獣としての力を存分に戦闘へ活用する為の姿、人獣型を取る。
不意を突くようにして跳ね立ち上がれば、形態を変えたところで治るはずもない両足がぎしぎしと軋む。
だが、まだ。まだ地に足は着いている。折れてなどいない、まだ戦える。
「ッな、」
「はあ!?
驚愕を見下ろしながら、この姿になったことで連鎖して思い出す。この拘束から抜け出す方法があったことを。
「生命帰還『紙絵武身』……」
全身に意識を張り巡らせる。手腕の形状を細く変えれば、ごと、と忌々しかった手錠が重い音を立てて落ちた。自分の体は全て自分の制御下にある、六式使いにとっては単純なことだったというのに考え付かなかった自分の未熟さに反吐が出る。
──だが、これで両手は自由になった。
ふらつく足は尻尾で支え、好都合なことに一箇所に集まった海賊共に迫撃を。この期に及んで出し惜しみなどはしていられない。一発で決めるつもりで──!
「六・王・銃ッ!!!」
「な、ァ───っ!!!?」
拳を直接当てた槍使いを中心として、衝撃の余波により吹き飛ぶ海賊たち。ドゴォン!!! と轟音が悲鳴とともに上がり、ぱらばらと舞う砂埃が晴れればひび割れた壁へと埋まった海賊共が目に入る。数は五人、総じて気を失っていた。
「ふ、副船長!?」
「コイツこの傷でっ、今何が!? どうなってやがんだ!?」
有利な状況から一転、混乱へと陥った残りの二人に狙いを定める。
「一気に全員は片付かなかったか。だがもう終わり、……?」
────不意に。
「ハーフノット───」
外から、聞き馴染んだ声が。
「エア・ドライブ!!!」
反射的に目を見張って入り口へと意識を向けたコンマ数秒後、がしゃぁん!!!と。
粉々に砕けた窓ガラスの破片と共に、外にいた見張り役の一人が店内へと飛んでくる。どうやら気絶しているようだ。
「今度はなんだァ!?」
「クソ、奴らガレーラの!!」
酷く慌てた様子の敵越し。
敵を追い立てるように入ってきた三つの人影が、その姿かたちが網膜から伝達され、きっと正しいはずの認識をして。
息が止まる。
金髪にゴーグルの男──それは確かにパウリーで。
口髭を生やした大男──それは確かにタイルストンで。
そして。
──そして。
何よりも視線が釘付けになる男。
目と目が合っている男。
ロブ・ルッチ。
おれと鏡写しの男が、そこにいた。
【ガレーラの職人(ワンピース学園)】
ルッチ達の同級生。学園本編では白ひげVSクロコダイルにチラッと映ったくらいだが、単行本のおまけではガッツリ出ている。ルッチ達生徒会の食事会に呼ばれて顧問のスパンダム先生に飯をたかるくらいには仲が良いっぽい。
掲示板で書いてたときにレスとかダイスでの余白だとか間に入れるべきだけどすっ飛ばしても違和感なかった描写とかの細かい部分をサボっていたツケが回ってきている。