水の都で命は踊る   作:盆回

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輝石の前奏

 

 窓から差し込む朝日を受け、ぱちりと目を覚ます。十分な睡眠を取れた、コンディションは絶好調。

 

 

 

 ──今日は遂にショーを行う日、つまりは練習の成果を披露する日。

 

 

 昨夜はそわそわとしてしまって眠れないのではないかと心配になっていたが、呆れたような片割れに無理やり意識の底へ叩き落とされたのだ。……いつの間にそんなこと出来るようになったの、なんて聞く間もなく、精神体でも器用なルッチに寝かしつけられたというわけ。

 

 

 

 朝一番、やることはいつもと変わらない。口に栄養素と安定剤を流し込んで、洗面台の鏡前で顔を洗い、ぼさぼさとうねっている髪を梳かして身嗜みをチェックする。

 

「おかしくないよね? だいじょーぶだよね?」

(大丈夫だ大丈夫、いつも通りだ)

「うう……ねえルッチ、めっちゃ緊張してきたんだけど……!」

(今更か? 当日だぞ、覚悟決めろ)

 案の定テキトーな返事に呻く。ルッチはまったくもって、緊張というものを分かっちゃいない。いやまあ、おれが知ってる感情なんだからルッチにも分かってるはずなんだけど、多分捨ておいてもいい感情認定とかしてるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩しい程の快晴の元、賑やかしい街を歩く。

 

 

 パレードは夕方からだけど、ここは商魂逞しい住民の多い下町。既に町中にはイベント事に便乗した屋台がそこら中に出店していた。一海賊団が発端とはいえ、協賛はウォーターセブンの中心であるガレーラカンパニー。安心して乗れるというものだろう。

 

 カラフルな食べ物飲み物に、並んでいるお面に。普段と同じものを売っている屋台の人達であっても、赤黄色の飾り付けがなされている。

 ばらばらだけど、どこか統一感のある光景。こういうのをお祭りらしい景色というのかな。明るい非日常に街ごと浮き足立っているようだった。特に何かを買うつもりはないけれど、水上に立ち並ぶ屋台を石畳の上から眺めて歩く。

 

 

 

 

 その布屋根の中の一つに、おれにとっては馴染みのある、異彩を放った巨漢を見つけた。背後の道へと近付いてしゃがみ、ちょんと入れ墨の入った肩を指で叩く。

 

 

「タイルストンさん? 何してるの、こんなとこで」

「うおォ!? っと、ヒョウ太か!」

 大袈裟なまでに体を跳ねさせて振り返ったのは、やはり見間違えようもなくタイルストンさんだった。

 

 

「見ての通り屋台だ! 祭りだからなァ!! おれたちも何かして盛り上げてェわけよ!!!」

「ヘェ〜……それでお店、ね。ちなみに何売ってるの?」

 クレッシェンド式に大きくなる声に身を竦めながら巨体に隠された表の商品を覗いてみれば、見えた色は白ピンク黄色水色、淡いふわふわ。

 

 売られていたのは、所謂わたあめだった。

 

(うわ似合わねェ)

「えっ似合わなっ」

 心の中のルッチと声が揃った。

 これは仕方ない。だって、ふわふわでカラフルに染まった雲のようなお菓子と長身の筋肉ダルマはあんまりにも似合ってない。

「ガハハハ!! そりゃそうだ!! 似合ってるって言われりゃそれは皮肉だろうよ!!」

 それを気を悪くもせずに笑い飛ばすタイルストンさんには自覚があったようで何よりだ。

 

「なんでったってそんなの売ってるのさ」

 そう首を傾げて尋ねれば、鷹揚な笑いとともに答えが返ってくる。

「ガレーラの出し物、だなァ!おれたちでも色々と話し合ってたんだが……他所からいい案をもらっちまってな、押し切られた!!」

 シーフード焼きそばと職長のお面はいい線行ってたと思うんだが、と首を捻るタイルストンさん。……前者はともかく、後者じゃなくって良かった本当に。

 

「いい案?」

「おう! まァヒョウ太、一本食ってみろ!! 奢りだ!」

 食べろと言われてもどうしよう、味分からないんだけど。とはいえ拒否は出来ずに差し出されるまま細い竹串を受け取り、もす、と唇で大きめにちぎりとる。

 

「……!」

 ふわふわの無味が舌に触れた瞬間、ぱち、と音が弾けた。

 口に手を当て今までにない感触、舌の上で踊る小さな欠片に目を回す。

「わ、わ! パチって、なにこれすごい!」

「パチパチわたあめだ! その名の通りで、口に入れると弾ける!! その様子だと気に入ってくれたみたいだな!」

 陽気な大音量で笑い飛ばすタイルストンさんにこくこくと頷く。

 

 

 口の中ですぐ溶けるから、残るような感じもほとんどしない。相も変わらず味なんてものは欠片も分からないけれど。

 

「ぱちぱちして、ふわふわしてて……好きだなあ、これ」

「そうか!!良かった!!」

 

 

 ふわりぱちりと『面白い食感』、……? 同じようなことを前に思い浮かべたような。

 

「あの団長らが教えてくれたんだ、アイツらの故郷じゃ鉄板のお菓子らしい!」

「師匠たちが? そんな関わりあったんだ」

「お、おう! ま、ちいと話すくらいだがな!!」

 

 

 

(懐かしいな……こういう駄菓子が前あったような)

 心の中で何やら言っているルッチには、これは既知のものらしい。今の今まで忘れていたらしいけど。

 ……この楽しい食感に味があったのなら、もっと良いものになったのかも。そう考えると、味覚がないのはちょっと残念かもしれない。

 

 

 

 

「職長の中でも一番似合わねェと言われちまって、おれ自身キツいと思ってたが! お前のその反応が見れた分でお釣りが来た!! ……よし、そろそろシフトの交代だな!」

「あ、シフト制だったんだ」

 かつかつと後ろからこちらへと向かってくる足音が聞こえる。その主が次の店員なのだろう。

 

 振り返ると同時に、しゃがんだおれの上から影がかかる。

「ようヒョウ太。食べてくれたか?」

 見上げれば、そこに居たのはルルさんだ。降ってくる声は優しい色を宿している。

「うん! 面白いね〜、気に入っちゃった」

「そうか、店員冥利に尽きるな」

 

「……というか。ガレーラの職長みんな、わたあめ屋さんには似合わなすぎでしょ」

「カクならいけるだろ!!」

「逆に言えばカク以外は悲惨だな」

 悲惨だと分かっているのに何故職長を起用してしまったのか。試しにオリジナルがわたあめを売っているところを想像する。

 

「っく、ふは、ダメだこれ……兄さんが売ってるとこ出くわしたくなさすぎるわ〜!」

 頭の中の想像で吹き出したおれを挟んで、二人が顔を見合わせた。

「ルッチは存外流暢に売り子やれるぞ。ルッチというよりハットリが、だが」

「そうなるとルッチの本体がいよいよもってハットリになっちまうがな!!」

「ほんたっ、あっはは、笑わせないでよっ!!」

 

 

 

「そういやヒョウ太、どっか向かってたんじゃないのか?」

「……っあー! そうだった忘れてた! リハ行かなきゃ!?」

「うおっと」

 タイルストンさんの言葉に弾かれるように立ち上がれば、上にあった顔が仰け反った。

 そうだリハーサルがあるんだった、急いで向かわないと。

 

「あっとォごめんねルルさん! いってきまーす!」

 そう片手で謝って地面を蹴り、瓦の張られた屋根へと飛び上がる。

 

「おォ、いってらっしゃーい!!!」

「夜のパレード、見に行くからなー!」

 一瞬で小さくなった二人に手を振りながら、裏の港に向かって走った。

 

 

 

 

 

「平然と屋根を……あいつ段々カクに似てきたんじゃないか」

「二代目山風かァ!? 十分張れそうだな!!」

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、遅れちゃった〜……!」

「おっ、来たかヒョウ太! 時間なら全然大丈夫だぞ」

「アタシたちはこの船で生活してるから早いだけだから。気にする必要ないよ」

 船までノンストップで駆け抜け、甲板に降り立つ。既に七人ともがテーブルを囲んでおり遅れたかと謝罪するが、ウィンドさんの手で制止されディオンさんにフォローを入れられた。

 

 

 

 卓上には何枚かの紙が散っている。それらはウォーターセブンの地図にルートが書き込まれたもの、ゴンドラの配置を記したもの。

 普段とは異なって、どことなくしっかりした雰囲気のカッスン師匠が指揮を執り、おれたちにその紙を見せながら流れを提示し始める。

 

 

「出発はここ、下町の入り口からだ。キングブルを一隻、ラブカブルを六隻。この形態で並んで走行してもらう!」

「合計七隻、私たちは八人だけど〜。キングには二人……船長は固定、それ以外でくるくるゴンドラ移ってくよ〜」

 紙面を指がなぞっていく。島の端から中心までブルでの行進を行い、下町の広場まで向かう。そこに設置したステージで本番のショーを決行する、という手筈だ。

 

「練習こそしたものの、水上という慣れない足場で大変だとは思うが!つまりはここでしか出来ないショーが出来るんだ、いい経験値になるだろう!」

 

 段取りまで全てを頭に入れ、間違えのないように脳内で復唱する。こっそり皆の顔を盗み見るがこの場で緊張しているのはおれだけらしい、普段通りの涼しい表情だ。

 

 

 そして、船長もいつもと変わらない。同じ太陽のような笑顔で、宣誓を。

 

 

 

「──最高のイベントにするぞ!!」

 

 

 

 オウ! と。誰からともなく声が揃った。

 

 

 

 




ガレーラ職長、ギャグが映えていいよね……
暗めの話も好きで筆進みがちだけど、きらきらしてる日常風景もなんだかんだ書いてて楽しい。
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