興奮して盛り上がる声も名残惜しむ声も、やがて水路へと溶けていく。賑やかだった街は、サーカスの即席会場が畳まれることでようやく夜としての静けさを取り戻した。
「この度はお集まり頂きありがとう!」
場所は変わってブルーノの酒場。
貸切状態の店内でショーに携わった職人達は、一人立ち上がった男に注目していた。
「不束音頭を取らせてもらう、サー・カッスンだ。今回はトラブルこそあったものの、ガレーラの協力の元で良い舞台にすることが出来た! 改めて感謝する!」
全体を見回し朗々と話す師匠はステージ衣装から着替え、ラフなシャツに身を包んでいる。それでも未だに残り続けているきらきらしさは生来のものなのだろう。
「……とまあ、長々と話していては酒が温くなる。それでは早速! ショーの成功を祝して、乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
ということで、打ち上げの宴会である。
「ヒョウ太お前ヒョウ太よォ〜!」
「のわっ、パウリーさん!」
背後からがし、と肩を組まれる。顔を横に向け、腕の主の名前を呼んだ。
「いつの間におれの技使えるようになってたんだ!?びっくりしたぜ」
そう言って絡んでくるパウリーさんは、始まってすぐだというのに既に酒臭い。どれだけ飲んでるんだろう。
「ぬっは〜実はぶっつけ本番だったり? でも、ちゃんと出来たよパウリーさんの真似〜! いえい!」
にっこり笑ってピースを返せば、驚きの中に若干の呆れが見えた。
「ンな突貫であんなに堂々としてたのかよお前……実際出来ちまってるからスゲェんだけどよ」
「まァ前からやってみたいなーって思って観察してたから出来たことなんだけどね。捕縛は出来て損ないもん」
「熱心だなァ、おれもうかうかしてたら技術追い越されちまいそうだ」
帽子を外した頭に広い手のひらが置かれ、ぐしゃ、と髪を崩すように撫で回される。今まで崩れずに何とか持った癖毛が一気にぐちゃぐちゃになったけど、舞台後だし無問題。
「あっはは〜流石にそれはないわ!」
「どうだか。ま、お前の成長は喜ばしいってな!」
「よっすヒョウ太、話してるところだけど隣いい?」
「もちろん!」
断りを入れつつも了承を見越したように、おれの返事と同時にパウリーさんと反対側の椅子を引いて座るディオンさん。手に持っている大きいジョッキは七割方減っているにも関わらず顔色はいつも通り、平然としている。酒豪なのだろうか。
「アンタは飲まないの? 酒」
「まァねー、まだ14だし。お酒はハタチになってから! が信条なんだわ!」
「そういうとこホントマジメなのな……医者としちゃ感心するわ、いいことだよ」
……隣で、ふるふるとゴーグル頭が震える気配がした。これは、いつものが来る。
「テメェハレンチ女! 酒の席でンなカッコしてんじゃねえ! そうだ前にガレーラに来た時もそうだったのにタイミング逃して言えなかったんだよ!!」
「は? 何コイツ」
失礼極まりない呼び名を認識した途端、ディオンさんは額に青筋を浮かべ、絶対零度の声色で毒を吐いた。まあ面識もあまりない相手からそんなことを言われたら、キレるのは仕方ない。
「あー、あはは〜……パウリーさんの悪癖だから気にしなくっていいよディオンさん」
「悪癖ってなんだヒョウ太! いいか、舞台衣装は派手で露出が多くてもいいんだろうが! ふつーの時にそんなに肌を出すんじゃねェ!!」
「うざ……」
「まーまー」
普段より若干食ってかかる勢いの強いパウリーさんとドライに嫌がっているディオンさん。どうやら相性が悪いらしい。間に入って仲裁する。
睨み合い、パウリーさんが目を逸らしたところでディオンさんが一つ溜め息。
「……ま、いいや。ヒョウ太、ちょっと話」
「はい?」
「つっても話は船長から。アタシはちょっとした中継ぎ役ってね」
その片手間でこんな絡まれ方するとは思ってなかったけど、と面倒だということを隠そうともしない視線が向かい側の金髪へと向く。
「職長って言うけどさ……ホントに慕われてんの? この初心が」
「パウリーさんは酒好き葉巻好きギャンブル中毒で女性に耐性ないこと以外はかっこいいから……」
「四重苦じゃないの、それかっこいいは無理があるって」
「うーんフォロー出来ない」
本人が隣にいる状況下とは思えない会話だけど、どうせ酔ってるから明日には忘れているだろうしいいだろう。
「ヒョウ太まで! さっきから聞いてりゃ散々言いやがって!!」
ゴメン、事実だから……。酒が入っているからか、普段以上に顔を赤くしてぎゃんぎゃんと吠えるパウリーさんを置いて、師匠の元に向かった。
「来たかヒョウ太!」
「来ました! それで、どうしたの?」
赤毛の下は平時と変わらぬ色、こちらも酒に強いのかと思いきや、よく見れば手元のグラスの中身はメロンジュースである。酒の席にいる大人だというのに飲んでいないのか、珍しい。
「そっち座っていいぞ! まァそう長くなる話じゃないが」
軽い調子で促されるままにすとんと対面に座る。がやがやと騒がしい店内、席の移動など当然のもの。気にかけるような人はいない。
「よいしょ、で話って?」
「ああ! ヒョウ太、おれの船に乗らないか?」
明日の天気でも言うような気軽さで。
「……えっ」
ぽんと投げられた言葉に、職人だらけの店内が一瞬にして静まり返った。
「ぼくが、師匠の船に? ええと、それって」
「ま、早い話が勧誘だな!」
ははと軽快に笑い飛ばしている海賊船長は、周囲の凝視してくる複数の視線には気付いているだろうに全く気にしていない。図太い。
しばらくしてから、酒場の喧騒が別物になって帰還する。
「職場の人間しかいねェ状況で引き抜きに掛かるか普通!?」
「しかも海賊だぞ、いくら気がいいからといっても!」
「でもヒョウ太、楽しそうだったしおれらにゃ止めらんねェよな」
「嘘だろ行っちまうのかよヒョウ太……」
口々に言い合っている内容はどれも引き止めるような、惜しむような、嘆くようなものばかり。まだ何の返事もしていないというのに大の大人が揃って眉を下げている。
(可愛がられてるね、おれたち)
(そういう振る舞いしてきたからな。で、どうしたい?)
……わざわざ聞かなくったって、ルッチと考えてることは、多分一緒だ。
「すっごく嬉しい申し出だけど! ……ごめんなさい、ぼくはここから離れるつもりはないんです」
困ったように笑って、そう言った。
空気がほっと落ち着いたのを肌で感じとる。
「ぼくはウォーターセブンが気に入ってるし、ガレーラのみんなも良くしてくれるし!」
本音であるけれど建前だ。
きっと船の旅は楽しいのだろう。見たことの無いものばかり、やったことの無いものばかりで。ついて行きたいという気持ちがないと言えば、それは嘘になる。
……けれど、おれの体は後一年も持ちはしないから。彼らに看取らせることは出来ない。
「それに、兄さんもいるし、ね!」
ここなら、ウォーターセブンで息絶えたなら、後のことはオリジナルが処理してくれるだろうから。
おれの死に場所は、ここ以外にはない。
「──そうか! そうだな、お前には居場所があるもんな!」
当然そんな裏など予想する筈もなく、太陽はにっかりと笑った。一瞬だけ残念そうに下がった眉は見ていない振りをする。
どん、と師匠の背中を叩く手があった。がたと椅子を引いて彼の隣に腰掛けたのはクラウさんだ。
「あはは、振られちゃったねえカッスン」
揶揄うような軽口を不快に思う気配などなく、師匠はからからと笑い返す。
「ダメで元々と言うやつだ! 言っておかなければ気が済まなかったとも。おれたちは明日の早朝に此処を離れるからな!」
……! 初耳の情報だ。明日の早朝には、彼らはもう?
「そんなに早く?」
「そもそもが長居し過ぎたからな!」
「わたしたちを狙った賞金稼ぎもいるみたいだし、そろそろ出ないとってね」
そう言われて舞台の最後を思い出す。あれらは海賊だったが、他にも賞金稼ぎなんていたのか。……そういえば、確かにこのサーカス団も首に賞金が掛かっているんだった。接すれば接するほど忘れそうになる。
……もう一日もないのだと思えば、どうしたって名残惜しむ気持ちが途端に心中へと湧いてきてしまう。
「……その。見送りって、行っていい?」
指先と指先を突き合わせ遠慮がちに呟いたその言葉で、赤と黄色はきょとんとしてから顔を見合わせ。
「「勿論!」」
鏡合わせの同じ動作で花咲いた。
──────…………
まだ日の頭も登らない、暁闇の時。
この一ヶ月通い続けた道から裏港へと向かえば、船は既に出港準備が整っているようだった。おおいと声を掛けることで船の元に集まった七人の視線がおれへと向く。
「ヒョウ太……ホントにウチには乗らない?」
癖のある髪をくるくると弄びながら、残念そうな色が微かに滲んだ声でディオンさんが再度聞いてくる。
「うん、ぼくは行けない、行かない。……ディオンさん、寂しかったりする?」
「……別に、元に戻るだけじゃん。大体アタシらのとこは危ないし? 天竜人にも賞金稼ぎにも狙われる不安定な生活になる訳だし? 断るのが正解だよ」
フン、と赤色の目を逸らされた。わかりやすい照れ隠しだなあ、なんて思っていたら、奥にいた金髪がぴょんと飛んできて体に重さが掛かった。
「わたしは寂しいよー! ねえもういっそ攫っちゃダメー?」
「駄目に決まってるだろ姉さん、思考が海賊に寄ってるぞ」
ぎゅうぎゅう抱きついてくるクラウさんの首根っこを掴みながらはははと空笑いするウィンドさん。
その傍からコンフィさんが口を挟む。
「自分も寂しいけどネー、なんだディオン冷たいの」
「はー!? アタシだって寂しいくらい思うけど!? ……ハイハイ認めるっての寂しいですー!」
煽りに即座に乗ってハッとした顔をした後、開き直ったように語調を強めるディオンさん。クラウさんに抱きしめられたまま正面から伸ばされた手でぐしゃぐしゃと髪を掻き回され、いっそ痛いくらいなのにそれらの温度は暖かい。
「リフター、見てあれ団子〜混ざってきていい?」
「ヒョウ太が押し潰されるから止めてやってくれ。もう出港するんだがな」
一歩引いた辺りでほわほわとこちらを指して笑うトラットさんと、溜め息を吐きながらもなんだかんだ口角を上げて待っているリフターさん。
……これで、終わりなのか。
抱き締めていた体温は離れていき、代わりにぽんと軽く肩に手が置かれる。振り返れば、この一ヶ月間で見慣れきった師匠がいた。
「何、今生の別れという訳じゃない! 祭りのあとってのは寂しいよなァ、全部が終わってしまったような感覚に襲われる。が!」
心を読んだかのようなその言葉に顔を覗けば、ふ、と彼に落ちた影は一瞬で消える。
「なんにも終わりじゃない、おれたちの人生はまだまだ連綿と続いていくんだからな! ……なんて、月並みな話だが!」
この人は、この海賊団は、どこまでも前を見続けている。団員曰くなんの根拠もない自信を湛えた快活な太陽に照らされれば、……おれにもそうやって続くものがあるんじゃないかって、錯覚してしまいそうだ。
この滞在期間、ずっと畳まれていた帆が張られた。錨が外され、地面から船が離れていく。
「もっと団を強くして、今よりずっと有名になった時には! またここに、ウォーターセブンに恩を返しに来る!! 約束だ!!」
船上から降り注ぐ、きらきらとした大音量。
まるで島が彼等の出港を祝福しているかのように陸風がびゅうと吹き、帆を膨らませた。
クルーと同じく堂々としたその船を見るのは、これが最初で最後になる。
「だからそれまで達者でなァ! おれ達の愛弟子よ!!」
「……皆も、元気で!!」
大輪の笑顔とともに大袈裟な仕草で腕を振る彼彼女たちに、同じように手を振り返した。船が、皆が見えなくなるまで。
「達者で、かあ」
(…………)
船のひとかけさえも見えなくなった頃、手を下ろす。思い出されるのは別れ際の言葉。
「きっと……ううん、もう絶対会えない、よね」
(寂しいか)
「寂しいのかな、申し訳ないのかも。おれには約束、どうやったって果たせないんだもん……師匠達にも約束破らせちゃうことになるよね」
師匠は、あの騎士は、絶対だと言ったことを破棄する人ではないというのに、……だからどうしたって後ろめたい。だっておれはあの暖かい陽光には、もう。
(もっと長く、生きたいか)
そう問い掛けてくるルッチの感情は読めない。おかしいな、こんなに分からないことなんて今まであったっけ。
ルッチを元の世界に返すこと。兄弟達のところへ行くこと。シャアナさんの願いを叶えること。命を懸けた決意は、まだ揺らいでいない。少なくともおれはそう思っている。
だけど。ほんの少しだけ。
「……あはは、ほんとにそう思っちゃいそう。ダメなんだけどね、ダメなのになあ」
オリキャラパートは大体終わり。
この章は050の紹介かつ意識確認みたいなとこある。なんかダブル主人公形式っぽくするのが面白そうになってきたのでいるかなって……とはいえ主題は相も変わらず生徒会長ですのであしからず。