「お、ヒョウ太! 久しぶりだな、今月入荷した分の雑誌見ていくかい?」
「うん! 取り置きしといてくれたんだね〜ありがと!」
海賊一座がウォーターセブンを離れてから数日。祭りのムードに当てられて浮き足立った者ももう居らず、街は完全に日常風景に染まり直した。
それは劇団としてステージに立った050──他者からすればおれだろうと050だろうとヒョウ太に変わりはないのだが──に関しても同じである。周囲からの視線はパレード以前より少し親しみが増している、程度の差。050本人にしても、一ヶ月間毎日のように接していた相手と離れたせいか暫く気が落ち込んでいたようだが、今はもういつも通りに戻っている。
(しばらくおれの稽古で本屋来れてなかったもんね。その間に参考になるのが入ってればいいなあ)
(期待し過ぎも良くないがな。並行世界の話なんざ眉唾ばかりだ)
今日はガレーラの仕事が休み。ということで、定期的にオカルト本を買い込んでいる書店へと訪れた。目的は当然、元の世界への帰り方を探ることである。
ウォーターセブンには海列車という交通手段があること、造船所があり船の行き交いの中心であることから、この世界の島の中ではトップクラスに交易が盛んらしい。そんな島で皆が口を揃えて最も品揃えが良いと言う本屋が、この店。そんな店であっても未だ確固たる手掛かりになりそうな書籍は見つかっていないのだが。
「新刊の方も見てくだろ? 雑誌はそこの棚に広げとくからなー」
「はーい!」
この半年ですっかり顔馴染みとなった店主に促され、新刊の並んだ棚へと足を運ぶ。
情報収集や気晴らしの娯楽、その他諸々に本は有用。……というか、インターネットのないこの世界において、本や新聞以外にその役目を担えるものなどほとんどない。ネット中毒の人間がおれと同じ立場に放り込まれたら発狂しそうだな。
(お、
(買わん。いつも見てる顔だぞ)
(えー。もしかしたらルッチのこととか載ってるかもしれないのに)
(載ってねェし、そうだとしたらより要らねェよ)
この世界に来てから最初の賞金首討伐に加えガレーラからの給与、それらを使う先などほとんどない寮生活。海賊達へ授業料を払っても尚貯金額は八桁を下回ることはないが、月フナは無駄遣いだと断言できる。書籍に罪は無いとはいえ。
脳内で言葉を交わしながらいくつか面白そうな本をピックして、次は店主が雑誌を広げてくれた棚へと向かったところで。
「ふむ。これは君の趣味か? うん、面白い趣向をしている」
「………………ええと、誰?」
本棚の前でおれより先に雑誌を眺めていた影に話し掛けられた。
フードを目深に被り、人相どころか性別すら一目では分からない相手に一抹の警戒心を抱く。声色からすると女のようだが。
おれの問い掛けに対し暫定不審者は肩を竦めると、雑誌を戻してこちらを見た。
「此処の住民でないとはいえ、そんなに警戒しなくともいいだろう? 少し用があってこの島に来て、ついでに立ち寄った書店。そこに丁度、趣味に合致した物が並べられていたから気になった。それだけだ」
「はあ」
オカルト好きということか。不審者とは言ったが怪しいところと言えば服装だけで、敵意は感じられない。気のない返事と共に頷けば相手はほっと息を吐き、また別の雑誌を手に取った。月刊ラフテル……発禁されてないのが不思議な名前のミステリーマガジンだ。
「ほう……今回のテーマは異世界と? いいな、浪漫がある」
「! ヘェ異世界、ぼくそういうのが一番好きなんだわ!」
刊行物のネタ程度でしかない別の世界の話を収集することが帰還に繋がるかどうかは不明だが、何も情報がないよりは良い。思わず身を乗り出せば、相手はフードの奥で笑ったようだった。
「ふふ、そこまで同好の士だったとは! ああ、それなら勧めたい本が幾つかあるんだが」
そう言い残して離れたフードの人物は、別の本棚を少し物色してすぐに戻ってきた。その手には数冊の本。
「この三冊がわたくしの厳選本だ、この店に置いてあってよかった。流石はウォーターセブンだな」
「わ、っとと! ええと……これって、伝記? それに夢占いの話……?」
腕の中に積み重なったのは、今までおれが読んでいた書籍とは性質の異なった本。この世界の人間の歴史など読んだところでおれにとっては特に意味はなく、見たところどれも著名人が題材という訳でもない。これと異世界に何の関係があるのだろう。
「読んでみれば分かるとも。折角なのだから此方が払うと言いたいところだが……恥ずかしながら、今は金欠でな」
「いやいや、オススメしてくれただけでもありがたいよ! こんなジャンル外の本、自分じゃ読もうとしなかっただろうし」
「だろう? まあ、少しくらいなら立ち読みしてもいいだろう。買うかどうかは其方が決めてくれ」
わざわざ声を掛けてきておいて無意味なことはしないと思うが。と、懐疑心を悟られたのか、騙されたと思って読んでみてほしいと付け足して彼女は去っていった。……変わった奴だったな。
ぱらぱらと軽く冒頭だけ流し読みする限りでは普通の伝記のように思えるけれど、とりあえず全部購入することにして会計を済ませる。
元より、並行世界への行き方が分かる都合の良いものが手に入るだなんて大した期待はしていない。
…………していなかったのだが。
寮に戻り、勧められた本を通して読み進めるにつれて、困惑が別物へと変わっていくのを自覚する。あのフードの人物が何だったのか、などは吹き飛ぶ程に。
伝記と自伝は中盤までは大して特筆する部分はなく、両者に共通点もない物語。それがどちらも、後半になって突如様子を変えていく。
どちらにも死にかけるような目に遭った後、一命を取り留めたと思えば「自分は並行世界を見た」と語るようになったことが一致している。平和だった、文明的だった、死んだはずの家族や友人がいた──そんな理想郷を臨死体験し、それが忘れられずに執着を重ね。
「その末に行方不明になった冒険家の伝記に、並行世界への展望を語り自死を匂わせる海賊の自伝。……途中から怪奇小説に豹変する奇書扱いが残当だが」
(おれ達にとってはそうやって切り捨てらんないね、この内容……)
二つの本は書かれた場所も年代も異なっているというのに、並行世界の内容には一貫性が存在している。……それぞれの語り口によって浮かび上がる世界の輪郭は、先入観を抜きにしたとしてもあまりに覚えがあり過ぎた。
最後の一冊は夢占い。大部分は今の運勢等といったスピリチュアルじみた内容だが、おれにとっては特異な意味を持ったページがたった一枚だけあった。……元の世界の特徴をなぞった世界の記述がなされ、そうした明晰夢を見るのは魂が肉体から剥離している証拠である、と。
現実味のないオカルト理論の羅列だ。少し前であれば一笑に付していたであろうそれらを、今のおれは受け入れている。
一つだけなら奇跡、二つでもまだ偶然の範疇。だが三つとなれば……おれという、彼等が見た世界から訪れた人間にとっては確信に事足りる。元の世界で最後に味わった拳による気絶も、臨死体験程の衝撃ではないにしろ心当たりとして機能する。
勿論、絶対であるという信用はできない。しかし、仮にこれが本当だというのであれば、つまり。
(だったら簡単じゃない? どうせおれの寿命は決まってるんだしさ)
……つまり。
(その時が来たらルッチの魂? ってのとおれの身体は離れるってことで。でもって元の世界に帰れるハズ! だよね!)
「…………」
帰れる可能性は明示された。だがその代償として050が死ぬこととなるのもまた事実。その上で何故そうも楽観的で、どうしてそこまで自分の死に対して頓着しないのか。……いや、否。楽観的な訳では無い。此奴は何度も、死にたい訳ではないと言っているのだから。
けれど、あの狂った科学者の為、兄弟であるクローンの為、……おれの為。050にとってはとっくに優先順位が決まっているだけで。
(……ね、ルッチ。気にしなくていいんだよ? そもそもルッチがいなかったら、おれってばウォーターセブンに来た時にオリジナルに殺されてただろうし。むしろ今がボーナスステージっていうか)
明るく努める片割れに何も言えないまま、また本を開く。050の言う通りにその瞬間が来るのを待てば良いのだろうか、本当に? 他に、何か方法は。
……並行世界を見たという二人の人物が姿を消したのは、この世界に繋がりが残っていた為にすぐ戻ってきてしまうから。だから身体を消すことであちらの世界に行こうとしたのだと。
……クローンの寿命を解決する方法はおれにはない。技術力も何もかもが足りず、出来ることといえば安定剤を飲み続けること程度。それだって身体への負担がどれだけあるか計り知れないのに。
……天国も地獄もないのだと証明できれば、050を引き留めることができるのだろうか。だができたとして何になる? 死ぬ理由が無くなったところで、死ぬ因果が断ち切れる訳ではない。
…………寿命の問題がもし仮に、全てどうにかなったとして。おれは、元の世界にどうやって帰ればいい?
状況を打開することはできない。おれには過ぎていく日々を、ただ眺めることしか。
受け入れるしかないのだろうか。諦めるしか、ないのだろうか。
──────…………
月日は過ぎていく。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月、……無情にも過ぎて。
とある日。
窓をこつこつと叩くニュースクーに値上がりした分も小銭を渡し、首に掛かった赤い鞄から新聞を一部抜き取る。ぱらぱらと捲りながら情勢把握をしていると、ひらり、一枚の紙が床に落ちた。手配書か。
薄茶の紙に刷られた写真が目に入り、微かに顔を顰める。
「『麦わら』……此奴も海賊なのか」
指名手配書の中でそうとは思えないほどの満面の笑みを浮かべているのは、元の世界で見た最後の記憶とほとんど変わらない男だ。初頭手配であるというのに三千万ベリー、中々に高額。一体何をやらかしたというのか。
(ルッチ、知り合い?)
「……少し、な」
舌打ちをして、引き出しの中に手配書を突っ込んだ。どうせ関わることもないだろう。
時は進む。
動乱の嵐が起こるまで、あと。
『伏線を貼らなきゃ死ぬ病』なんだ、おれ。
久々にガッツリ小説らしい小説を書きました。いやまあ遊戯王の方も書いてはいるんですがあっちは展開も何も考えてない自分が楽しいだけの息抜きなので……こっちも自分が楽しいだけだけど……
【月刊船大工】
ONEPIECE ファンレターに出てくる船大工特集らしい雑誌。フランキーが表紙になってたことしか分からない。読ませて……読ませて……
【月刊ラフテル】
そんな ものは ない。
イメージは月刊ムー。変な陰謀論だのオカルトだのが面白おかしくマジメに取り沙汰されてる雑誌。政府はそんなもん取り締まってる暇はないと思われる。