水の都で命は踊る   作:盆回

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無為徒食ディストラクション

 

「よかった、アレあんたんとこの船大工なんだろ?」

 

 あからさまにホッとした表情で、目に涙さえ浮かんだ長鼻がヤガラブルを指差す。奴が叫んでいたことを信じれば相当な大金だ、動揺もするだろう。

「おーいありがとう! その金おれ達のだ!!」

「え? 金?」

 

 ……パウリーと金絡み。まァ嫌な予感はしていたが。

 

「……!!」

 すいと、ヤガラが進行方向を変えずに進んだ。 つまりは遠ざかっていく。

 

 

「いやオイ!! 戻れ〜っ!!!」

 

 

 

 

 ……それにしても身内の恥が過ぎるだろう。海賊相手とはいえ顧客になる持ち主の前で金を奪おうとするんじゃない。

 

「あの野郎!おれが捕まえて……んあ?」

 今にも飛び出して行きそうな麦わらの背後をシルクハット男が取る。はしりと握り拳を掴み、首を振って静止した。

 

「待て、コイツが行く」

「え? は、鳩ォ?」

「えェ〜〜? ぼく? いいけど」

 ぴ、と後ろ手に回した親指で処理を指名される。自分で行った方が速いだろうにとは思うが、特に不満は無い。腹話術に胡乱げな表情を向けている麦わらを傍目に、準備運動とばかりに体を伸ばした。

 

「あ、さっきの」

「はーいさっきのです、ヒョウ太言います! お見知り置きを〜!」

 ひらひらと手を振っての自己紹介を軽く終え、知らん振りをする金髪を追いかける為に駆け出した。

 

 

 

 

(050、頼む)

(りょーかい、っと!)

 背負っていたバッグに入れていたロープを取り出し意識を切り替える。050はひゅんひゅんと頭上で回して狙いを定め、慣れたようにパウリーの体に巻き付けた。こうした絡め手に関しては、おれよりも050の方が器用になっている。

 

「よーいしょっ!」

「おわーっ!? ロープ!?」

(よし捕まえた! 戻るよー)

(ああ)

 脳内での短い会話の後、すぐに体の主導権が戻る。ヤツをヤガラブルごと岸に引き寄せるのはおれの仕事だ。

 

 

 

 

 とん、と引き寄せたゴンドラに飛び乗り、ぐるりと巻いたロープを更にきつく巻く。

「いたたたッヒョウ太お前そんな縛るなって! 逃げやしねェよ!」

「ホント〜? ぼくパウリーさんのこと、お金に関してだけは信用出来ないなァ」

 ……元の世界の友人は確かにがめついところもあったが、ここまでではなかったはず。ないよな?戻ったらしばらく監視だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸にヤガラを付かせて縛った男と金の入った二つの鞄を抱え、安心した顔の集団の前に上陸する。

「連れてきましたー! いやァ〜〜迷惑かけて申し訳ないわ! 取り返したんでここは一つ!」

「手間掛けたなヒョウ太」

 片手を顔の前に出して謝りながらロープを解けば社長から労りの声が掛かり、へへ、と笑って見せる。その傍で解放されたと腕を回す男の耳が引っ張られた。

 

「痛ェッ! 離せルッチ耳を掴むなッ!」

「人の金で借金を返そうとするな、愚か者! ……はァ、どうもバカがご迷惑をお掛けしましたね」

「あー! また喋ったァ!」

 奴の注意は何故か奪われていた金よりも腹話術に向いていた。麦わら達はハットリが話していると認識しているらしい。喋る動物は一定数いる為その勘違いは分からなくはないが。

 

「拾ったんだあの金は! たまたま借りたヤガラに乗ってたんだっての」

「まだそんなこと言う! それが盗みだって言うんだよ〜!」

 赤くなるほどに抓る指を振り払う男はぎゃあぎゃあと声を上げている。アコーディオン弾きの放った四重苦という言葉を思い出し、内心で心底同意した。

 

 

 

 

 

「ほらお詫びしろ、パウリー!」

「ってェ! 分かってる!」

 バシッと音が響く程にシルクハット男がゴーグル男の背を叩く。

「喋りまくりだなあのハト!」

「帽子の男の代弁してるみてェだ。まァ……とにかく金が戻ってよかった!」

 

「はい、渡してきて! ……盗らないでね?」

 外野がハットリ達に騒ぐ中、抱えたバッグ二つをパウリーに押し付けた。再度金を渡すことに若干不安はあるが、流石にこの場面で持ち帰るような真似はしないだろう。

「ここまで来て取らねえって……よォ、お前が持ち主か。拾ってやったぜ」

「ああ、ありがとう!」

「礼なら一割よこせ……あだッ!」

 懲りない男の後頭部に金槌が振り抜かれた。あ、倒れた。

 

 

 

 

 

「失礼、お客さん。コイツァギャンブルで借金が嵩張ってるもんで、金にガメつく礼儀を知らない!」

「だからなんでお前が喋るんだよ!!」

 パウリーの無礼さでも謝罪でもなく、ハットリに食い付き叫ぶ麦わら。さっきから何故そこに食いつく。

 

 ……いや、いや。本来はその反応が正しいはずだ、異常だものな。コレに慣れてしまっている方がおかしいんだったな。ズレた価値観に頭痛を覚えてこめかみを抑えた。

 

 

 

 

 

 ぐぐ、と呻きながら金髪が起き上がる気配。

 

「この野郎……ルッチテメェもう許さん!!」

 たんこぶの出来た頭頂部を擦り、パウリーがしゅるしゅると裾から縄を出す。

 

「ロープアクション! ボーラインノット!!」

 

 タンクトップ男はどこかうんざりしたような顔で腕に巻き付くロープを見ているだけ。くるっぽーと一鳴きし、ハットリが肩から飛び立った。

 

 

「オシオキ一本釣りィ!!」

 

 

 

 腕のたった一本を支点にして、2メートルが宙を舞う。そして即座に地面へと叩きつけられた。海賊達からわあきゃあと、どよめきが上がる。

 

 

「ちょっと!! そんな本気で……!」

「ンマーいつもの事だ」

「だいじょーぶだいじょーぶ、パウリーさんも本気じゃないよ〜……多分」

「多分てオイ」

 土煙の巻き上がる先を見ながら腕を組んで傍観する。どうせいつもの日常風景だ。

 

 その証拠に奴は無事。すぐに砂埃が収まり、直立する影が見えてくる。

「おいおい! あれ見ろ!! 腕一本で今の衝撃受け止めてるぞ!! どうなってんだここの船大工達は……!」

 

 ぴききと地面に指をめり込ませ、逆立ちをしている男が砂埃から現れた。慄く長鼻の背中を軽く叩く。

「ぬっは〜〜ッ! ガレーラの船大工はみんなこんなもん! 早めに慣れといた方が精神衛生上いいよ〜!」

「お前もその『こんなもん』の一部だろさっきから見てる限りィ!」

「あはは、そりゃそう!」

 大袈裟に身を飛び退かせて振り向いた長鼻が腕をぶんぶん振っておれを指差す。確かに棚上げだな、これは。

 

 

 

 

「ポッポー……まァお騒がせして申し訳ない。おれはロブ・ル……! いやいやハトのハットリ、こいつはロブ・ルッチ。ここで働いてる、よろしくなポッポー」

 いつの間にか肩に舞い戻った白い鳥を介して、仮称兄は自己紹介をする。ハットリに吸い取られたと思う程に表情筋はピクリとも動かないまま、わざと起こした言い間違えにオレンジ髪が目を見開く。

「あれ!? 今自分のこと人間みたいに言おうとした……! そうかわかった腹話術でしょ! それ!」

「え!? マジでか! 何だじゃあ文句言ってたのお前じゃん!」

「めちゃめちゃうめェ!! 気付かなかった!!」

 パチパチパチパチと二つ分の拍手が飛ぶ。麦わらと長鼻……見たところ両者とも高校生あたりの年齢だろうに、よくもあんな子ども騙しに引っ掛かるものだ。

 

「……よせ、どうでもいい事だポッポー」

「あっはっはっは! そう! そいつァ人とまともに口が聞けねェ変人なんだ!!」

 からからと大口を開けて笑うパウリー。変人度合いで言えばぶっちぎりトップは確かにこの腹話術師だろうが、お前もお前で大概だろうに。

 

 

「──ってぐわァ!! おい待て何だその女は!! ハレンチな!!」

 ……本当に大概だ。ビクッと体を仰け反らせた初心がぎゃんぎゃんオレンジ髪に噛み付き始めた。呆れた顔で腕を押さえるシルクハット男の手は意味をなさず、果てはカリファにまで飛び火している。

「わー、まァた始まった……」

「あっはっは! あいつも変人だ!」

「何なんだ……ここまでくるとそっちのも……」

 汗を伝わせた海賊の顔が、横目でこちらを見てくる。おれに目の前のような光景を作り出せる程面白い要素はないのだが。

 

「なんか期待されてる? 残念だけど、ぼくは至って常識人だよォ〜!」

「「大ウソ吐くなこのドジが!!」」

 さっきまで喧嘩していた癖になぜ声が揃う、息ピッタリかこいつら。

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

「さ、中に入ろう」

 職長二人によって押し開かれていく巨大な扉を通れば、その先は一番ドックだ。職人達が木材を持ってせかせかと勤勉に動き回り仕事に励むこの場所は、この世界広しといえども唯一無二の造船場なのだと皆が口を揃えて言う。

 

 

「造船所ってのは近くで見ると迫力あんなァ!」

「ン? ……お、アイスバーグさんだ!」

「社長ー! 後でこっち見てくださーい!」

 海賊共が物珍しそうにきょろきょろしているところで、現れた社長に気付いたらしい職人から野太く黄色い声が飛ぶ。その人徳の由来を嬉々として語る秘書がスパイだと思う人間は、きっとこの場にいないだろう。

 

 

 

 

 

 

「……ところで。お前の船に、本当にニコ・ロビンという女は乗っているのか」

 

 ふと、能天気な麦わらに投げられた突飛な問い掛けを、耳が拾う。

「ああ、いるぞ! あったまいいんだコイツがまた!」

 にひひと笑う麦わら帽子に、神妙な目を向ける社長。……なんだ? また出てきた『ニコ・ロビン』という名前に、何か気に掛ることがあるのか。

「……? なんだ、ロビンがどうかしたのか?」

「いや」

 

 

 

 麦わらの疑問に短く否定を返し、顎に指を当て考え込む仕草。社長の様子を見るに、先程のカリファの情報から垣間見えた警戒反応は『ニコ・ロビン』へ向けたものだったのだろうか。

 

 

 カリファを始め他の者からの反応がない以上、恐らくは一年の才女と同一人物であるその名前の持ち主が特別恐ろしい行為を働いたという訳では無いのだろう。ならばあの反応は一体。

 ……そういえば、社長室に貼られていた手配書。高額賞金の上には似合わないにも程があるような、まだ幼い子どもの顔写真が掲げられていたはず。

 

 おれの知識と照らし合わせれば、『悪魔の子』だなどと大仰な二つ名を被せられたあの紙に書かれていた名前も確か、『ニコ・ロビン』の筈だ。

 

 

 

 ガレーラカンパニーの社長にしか分からない何かが、その女にある。……邪推にはなるが、まさか諜報員共のきな臭い動向とも何か関連が? どうにも『麦わらの一味』が不穏な空気を水の都に呼び込んでいるようだ。気を張っていて損はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 すたん、と空からオレンジジャージが降ってきた音で、一旦思考を切る。船の査定が終わったようだ。

「あっ! さっきの人! 船見てくれた?」

「ああ見て来た。アイスバーグさん……ここにおったんじゃな」

「事情は分かってる、どうだった?」

 

 

 カクの顔を見れば分かる。どうやら、あまり良い結果ではなかったらしい。

 

「……はっきり言うがお前達の船は、わしらの腕でももう直せん」

「! え、」

 

 潜入捜査員であるとはいえ、カクは仕事は一流の船大工。そのカクが言うなら、ガレーラカンパニーで無理ならば。この海賊共の船は本当に終わりなのだろう。

 

「そんな! でも今日まで普通に航海してたのに!!」

「……竜骨でもやられてたか」

「ああ、ひどく損傷しておる」

 しかしそれを受け入れることが出来ないようで、船の持ち主二人が取り乱した様子で詰め寄ってきた。だがそれに対して我々ガレーラは仕方ない、諦めろと言外に伝える以外のことはしない。

 

 

「おめェらすげェ船大工なんじゃねェのかよ!!金ならほら!いくらでもあるのに!!」

 

 大金を奪われそうになったときにさえ見せなかった焦りの表情で、麦わらが金の入ったバッグを叩く。

 ……竜骨が損傷しているのならば、パウリーが今説明している通りに金でどうこうなる問題ではないというのに。それが分からないということは本当に造船の知識など欠片もないのだろう、この海賊団には。

 

 

 

 

「──もう誰にも直せねェ。お前らの船はもう、死を待つだけのただの組み木だ」

「……」

 死を待つだけの、か。

 

 

 

「ちょっと! そんな言い方ないじゃない!!」

「知った事か、事実だ」

 薄情だと見るものもいるだろうが、良くも悪くもガレーラの社員は職人である。顧客に対してオブラートに包むようなことはない。

「……じゃあ、だったらよ!! もう一回一から船を造ってくれよ!! ゴーイングメリー号を造ってくれ!!」

「それも無理だ、クルッポー……似た船なら造ってやれるが、厳密に言って同じ船はもう誰にも造れねェ。この世に全く同じ船は二つと存在し得ねェのさ」

 

 

 テセウスの船というパラドックス、思考実験と似た話。

 船の素材が古くなる度に新しいものに置き換えて、最終的に部品全てが新しい物に成り代われば、それはその船と言えるのか? あちらは全ての部品が置き換えられたシチュエーションであり、人によって答えは異なるだろう。だが、こちらはもっと簡単なことだ。外面を寄せただけの船など、代替品にさえなりはしない。

 

 

「例えばそんな船を造ったとして、それが全く別の船であると最も強く感じてしまうのは──きっとお前達自身だ、クルッポー」

 

 

 

(耳が痛い話だなァ……)

(……おれ達のことじゃないからな、そもそもやったのはあの科学者だ)

(わかってるよ)

 

 

 

 

 

「……乗り換える気はねェ!!」

「ルフィ……」

「信じられるか!! お前らあの船がどんだけ頑丈か知らねェからそう言うんだ!!」

 悲痛さを含んだ叫びがドックに木霊する。そこにあるのは船への信頼か、それとも過度な愛着か。どちらにしたって呆れ果てる程に強情な奴だ。

 

「沈むまで乗りゃあ満足か。呆れたもんだ……てめェそれでも一船の船長か」

「……!!」

 

 麦わらが言葉に詰まる。船長の、……組織の長の責任は総じて重いもの、どれだけ能天気であってもその重圧は理解しているらしい。そのだんまりを区切りとして、社長が腕組みを崩し、話を終えた。

 

 

 

 

 

 重苦しい空気を纏った連中に背を向け、その場を離れる。ここにこれ以上いても何かがある訳では無い、そろそろ仕事に戻るとしよう。

 

 片手間で雑用をこなしながら、身の振り方を考える。この不穏な雰囲気の充満した中でおれは何をするべきか、何が最適解か。

 

 

 

 

 ……もうじきこの命が尽きるなら、何をしても無駄。穏やかにこの世界での終わりを迎えることを考えればいいじゃないか、と。頭の中で生まれる虚無から、思考を逸らした。

 

 

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