水の都で命は踊る   作:盆回

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タイルストンの口調が一生分かりません。
職長♡もっと喋って♡


泡は弾けるものである

 

 

 

 一瞬で錆びた思考をまた一瞬で取り戻す。夢という疑惑が再度脳裏を過ぎるが、この痛みは夢ではない。ならば、この光景はなんだ?

 

 

 

 

 

 目を見張ったその男は直ぐに元の顰め面へと戻る。偶然とでも断じたか、おれには検討も付かない何かを知っているのか。動揺を消した生き写しを見て、自身もなんとか平静を取り戻した。少なくとも、自覚している分には。

 

「うおおおおお!!! 生きてるか!!! 大丈夫か!!?」

「うるっさ!!」

 距離があるのに音圧を感じる程の大音量が耳をつんざく。音源の間近にいる見知った顔達は慣れたように聞き流し、おれも事前に耳を手で覆う。が、海賊たちは耐えきれなかったようで、くらりとよろめいた。

 

「隙ありッ! オシオキ一本釣りィ!」

「……!」

 友人と同じ顔で葉巻を咥えた男が友人と同じ技で敵を投げ飛ばし、自分と同じ姿をした男が無言で金槌を振るいもう片方を薙ぎ払う。

 

 ……あんまりにも唐突で、動くことが出来なかった。さんざおれのことを苦しめた海賊共は1人残らず殲滅されたのだ。

 

 

 

 

「ッは……」

 しゅる、と変化が勝手に解ける。危機的状況から脱したことで気が緩んでいたようだ。

 

 それと同時にアドレナリンが切れたのか、切り裂かれた傷からずきずきとした痛みが戻ってくる。出血のせいもあり立っていられずにふらついて、ぺたりと床に座り込む。勝手に出てくる冷や汗を震える手で拭っていると、煙を燻らせた男がこちらへ駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫か坊主!? いや大丈夫なわけねェよな、その足の怪我!」

「あ、え、えと」

 心配そうな声色は知り合い相手のものではなく。──やはり、こいつはおれのことを知らない。思い描いた相手とは別人だ。

 

「ポッポー! おいパウリー、自分で縛らねェんならこっちに縄を寄越せ」

「へいへい、こっちは手当してんだっての! ほらよ」

「雑に投げるんじゃない、フルッフー」

 大柄の男と共に気絶した海賊をひとところに集めていたシルクハットから、想像とは大分異なった声が飛ぶ。奇妙な甲高い声……そちらを見れば、見間違えるはずのない白い相棒が、今おれの隣にいない小さな姿が、身振り手振りと口パクをしながらその肩に止まっていた。

 

 妙に高い声は腹話術故のものだったかと納得しかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 腹話術……??

 

 

 

 

 

「タイルストン、そっちの壁に埋まった奴らは任せるっポー」

「おお!!!!」

 

 なん、……なんだアレ。危ない、あのイカレポンチをスルーするところだった。あまりに自然体だったから受け入れかけたというか、そもそも脳が理解を拒んだというか。

 

 

 いやそもそも腹話術以外にも色々と突っ込むべきところがある、ありすぎる。なんだそのタンクトップとサスペンダーとかいう前衛的なファッションは。それにシルクハットを合わせるなセンスどうなってるんだ?

 

「遅くなっちまって悪ィ。……だがよく持ち堪えた、っつーかよく倒したな!」

「……あの、」

「ン、どうした?」

 ずたずたになった両足に顔を顰めながら応急処置をする金髪が顔を上げ、覗き込んでくる。子ども相手に朗らかに努めようと笑うその瞳の色は、知っているものと寸分違わない。

 

 

 

「あれ、腹話術、あれなに……???」

「それ今気にすることか?」

 

 伝え方が拙いにも程がある。言葉が上手く出てこないのは血が回っていないからではないだろう。そして返ってきたのは呆れ声。重傷人が何を言い出すかと思えば腹話術のことについてなのだからその反応は致し方ない。

 

 

 

「あー……ルッチ、ああいや彼奴は腹話術じゃねェと人と話せないんだよ。早い話が変人だ」

「はあ……」

 

 変人の一言で片付けられた。片付けるべきじゃないと思う。

 

 

 

 

 

 

「しっかしほんとにひっでえ傷だな……一旦布は当てたがよ、動かせるか?」

 慣れたような手つきで即席にしては綺麗に巻かれた布に覆われた足を、言われた通りに動かそうと力を込める。……が、先程まで飛び跳ねていた足は力尽きたかのようにぴくりともしなくなっていた。

 

 

「動かない、かなァ~……」

「そうか……痛ェよな、せめて痛み止めでもありゃあ良かったんだが」

 きゅ、とゴーグルの下で眉間にシワを寄せた男に、今の自分の体の現状を言うか逡巡する。痛みで動かせないという訳ではない。むしろ引いてきてさえいる。

 ……だがこれは治っているのではなく悪化、感覚が無くなっている兆候である。まあ神経が終わっていてもそうでなくとも、どちらにせよこの男に言う意味はないだろうと曖昧な笑みと沈黙を返した。

 

 

 

 ふと、体を覆うほどの影がかかる。ついと見上げればそこには髭面の大男が。

 

「お、縛り終わったか」

「おうパウリー!! そっちは大丈夫そうか!!?」

「いや、全く。止血はしたがよ……早く病院に連れて行かねェと」

 自分より明らかに高い身長の2人に囲まれるのは違和感だ。声のでかい方は兎も角、自分より背の低かった金髪の方は特に。じっと見られる居心地の悪さに少し身を捩った。

 

 

 

 

 

「しかしさっきから思ってたが! お前、ルッチに似てるなァ!!」

「え」

 

 

 

 唐突。

 

 ぽいと気軽に投げられた言葉に固まった。咄嗟に意識を張り巡らせて変装に解れがないかを確認して、特徴的な眉も髭も確かに隠れていることにとりあえず安堵した。

 目線の理由はそれだったのか。……まあ、知り合いがまじまじとよく見れば気付くものではあるのだろうが、おれの知っているこの顔の男はそんなに察しがよかっただろうか。思ったことをぱっと言う辺りは同じだが。

 

 

「ルッチにィ? 似てるか……? 別人だろ。つーかあの無愛想と比べてやるのはいくらなんでも失礼だぜ、ッて痛ァ!」

「失礼なのはお前だ、ポッポー」

 そしてこっちは相当に察しが悪かった。首を捻ってこちらを覗き込んでいる金髪は、逆に一体何をもって『ルッチ』を認識しているのか。

 

 いつの間に近付いたのやら、腹話術を続けながら失言を放った金髪の耳をぎりと摘みあげて引っ張る男は……やはり、何度見ても鏡のようである。その体格や格好以外は。

「み、耳を掴むなテメェ! あ痛たたた離せッ!!」

「フン」

 

 

 

「あ、えーっと、……ぼくが、この人に似てるって?」

「おう!! 近くにいると分かりやすいなァ!!!」

 諍いを傍目に大男を見上げて問えば鷹揚な頷きが返ってくる。

 

 

 

 

 ……本当のことを、言うべきか。

 それとも、おれが『ロブ・ルッチ』であることは隠さなければならない? 最適解に悩んでいたところで、刺すような視線を感じ取った。

 

 

「……」

 じいとこちらを見ながら無言を保つ男の、シルクハットの下の目が雄弁に語り掛けてくる。──話がある、と。ならば今は下手なことを言わない方がいいだろう。

 

 

 

「、えと、その話後じゃダメ? はよ病院連れてってもらえると嬉しいかなァ~~って……」

「そうだそうだよ! めちゃくちゃ血出てるし急がねえと。確かすぐ近くに病院あったよな」

 眉を下げて困り笑いを作る。包帯で見えなくなった怪我を摩って話を逸らせば、お人好しの顔をした2人は慌てたように搬送の算段を始めた。……上手くはぐらかせたらしい。

 

 

「運ぶ奴はでけえ方が安心するだろ、多分。タイルストン頼めるか?」

 こっちで海賊共の始末はつけとくからよ、と金髪がシルクハットの男に目を向け、それを受け取った男は静かに頷いた。

「……ああ、ルッチたちで海軍に引き渡しとく。怪我人だ、丁重に扱ってやれよ」

「オオ!! 任せとけ!!」

 

 

 

 あれよあれよと話が進み、太い腕にまるで子どものようにひょいと軽く抱えあげられる。所謂俵担ぎだ、丁重という言葉を聞いていなかったのだろうか。とはいえざっと見て1.5倍ほども身長差があれば不安定さなどもない。冷えた体が高めの体温に触れ、妙に気と力が抜けた。

 

 

「うわあ視点が高いなあ~~……あ、首に腕回していい?」

「いいぞ!! この体勢怖いか!!? 肩車するか!!?」

「いやァそこまではいいかなー!」

 

 密着するほど近くにいると声の圧が凄い。きちんと支えてくれているのは分かるが、仰け反ってずり落ちてしまいそうだ。戦いの痕が残る惨状に頭を搔く金髪たちを尻目に店を出る。

 

 

 

 

 

「ホントありがとね〜。君らが来てくれなかったらぼく、死んじゃってたかも知れないわ!」

「礼なんざ必要ねェさ、奴らをどうにかしたのはお前なんだから! 通報受けて来た頃にはほとんど制圧されてたのにはビックリだったぞ!」

「あはは、いやあ……まあね」

 大袈裟な手振りに苦笑する。分かっていたことだが、これで貧弱を装うことはできなくなった。便利な設定だっただけに少し惜しい。

 

「しかし見た目はルッチに似ちゃいるが、性格は全然違うな!!」

 それは、まあ当然。この姿は全て演技づくであるのだし、先程見た生き写しがむしろ本性に近い。……腹話術をはじめ言動や格好は全く理解が出来ないが。

 

 

 

「……あの、さっきのシルクハットの人とぼく、どういう所が似てたの?」

「ン? そうだなァ」

 

 なぜ気付かれたのか。今後の参考にでもと聞けば、ほんの少しだけ考え込む素振りを見せた後に口を開く。

「なんてったって顔が同じだな! 表情は全然違うが……世界にゃおんなじ顔の人間が、あー3人? いるだとか聞いたことあるが本当なんだなァ!!」

 

 やはり、顔か。こればかりはどうしたって変えようがないが、深い知り合いでさえなければ気付かれることもないものを。……そっくりなどという言葉では片付けられない奴がいるせいで。

 

「ふーん? 自分じゃよくわかんないな~~。さっきの金髪の人は似てないって言ってたけど、そんなにそっくり?」

「ああそっくりだ! パウリー……あの金髪は駄目だ、節穴だ!多分シルクハットと腹話術で見分けてんだろうな!!」

 ガハハと髭面が豪快に笑い飛ばす。散々な言われようだが……確かに、自分の知っている金髪も気付かなそうだと、脳内の友人に不名誉なレッテルを貼った。

 

 

 

 

「よぅし、もう病院着くぞ!! 悪化とかしてないか? 平気か?」

「ん〜〜、まあ大丈夫! もう血も止まってるっぽいし」

 

 ぶらんと未だ力の入らない足に意識を向ける。中々の大怪我を負ってしまったが、治る傷ではある。今の消えた痛みより、神経がイカれている以上しなければならないであろうリハビリが憂鬱だ。本当に、夢であればいいのに。

「あ、でも病院……お金あるかな」

「なんだそんな心配かァ!? おれが出すからそんなこと気にするな!!」

「ほんと?すっごい助かるわァ~~! 実は手持ちがあんまりなくって! 会ったばっかなのに頼ってばっかでごめんけど」

 

 ほよほよと笑いながらそう言えば気にするなと快活な声が返ってくる。人の良いことだと半分呆れ、半分安心していたところで、大男が首を傾げた。

 

 

「そういやァ、ここには観光か? 手持ちがないのに一人旅ってことはないだろ、親御さんは? 連絡しないとな!」

「、あーその」

 また、痛いところを突かれた。心許ない所持金の、地元では見たことのない子どもが1人。そこを疑問視しない方が不自然だろう。

 

 

 ……そうだな。邪推をしようと思えばいくらでも出来るだろうから。いっそ、それを利用してしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 おれは、ここが異世界であると気付いている。

 

 

 それも所謂パラレルワールドなどと呼ばれる種類のものであると。非現実的極まりないが、いくら考えてもそれ以外に当てはまるものがない。

 

 ──そして、こちらの世界は相当に物騒であることも。当然のように存在が受け入れられている海賊を名乗る輩、それを慣れたように始末する推定一般人。

 略奪、蹂躙、自己防衛……恐らくはこれがこの世界の日常茶飯事なのだろう。

 

 

 だから。

 

「う、」

 

 じわり、と目に涙を浮かばせる。

 

 

 素肌が剥き出しになった肩にぱたたと雫が落ち、重力に倣って下へと伝った。自分の体の下にある筋肉がびしりと硬直するのを感じる。

「ぅう゛う、ぐすっ……」

「ッ!?す、すまん!聞いちゃマズかったか!!」

 嗚咽とともにしがみつく腕の力を強めれば、びくと固まっていた巨体がぎこちなく宥めるように背を撫でてくる。

 縋りついて涙を流す子どものバックグラウンドを、此奴はどう考えるだろうか? 身内がいない、家がない、逃げてきた……なんであろうと構わない。

 

「ごめ、ごめんなさいっ、まだ、受け入れられてなくって……」

「……悪いのはこっちだ、謝ってくれるな!」

 

 

 これは即興劇だ。設定など固めていない、固める時間もない。だからこそ本当も何もないよう、矛盾が生じることのないように、具体的なことは何も話さない。

 

 

 弱々しく、哀れっぽく。

 ありふれた悲劇を嘘の涙で演出してしまえば、この単純なお人好しは疑うことなどしやしない。しゃくりあげる喉の奥で、この嘘を完璧に塗り固める計算をする。しばらくの間はトラウマとでも言えば誤魔化せるだろう。

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 病院で診察を受ければ、リハビリも含めて全治一ヶ月と少しだと診断がされた。動物系の能力者ということも合わせてそれなのだからかなりの重傷だったことを改めて理解し、後遺症が残らないことに胸を撫で下ろす。

 

 

 ……しかし、一ヶ月とは。

 療養期間中はずっと入院している訳では無いのだろうが、問題は出席日数である。長期間学校を離れる任務によって既にギリギリ、後数日の猶予しかないそれ。

 異世界に行っていた、などと話して情状酌量の余地が得られるか? 否、狂人と思われるだけだ。都合良く、元の世界の時間でも止まっていればいいのに。幼馴染と軽口で言い合っていた留年が現実のものになるのは流石に困ると、病室で一人溜息を吐いた。

 

 




潜入しっぱなしなせいで留年間際だし生徒会メンバーに休んでいた間の宿題を預かってもらう、それでいいのか生徒会長。
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