ガレーラカンパニー本社を見渡せる木の上に陣取り、屋根上にまで広がった船大工による包囲網を見渡す。人数は百人単位、並の海賊であれば打ち倒せる布陣だろうが……それだけいてもカリファ1人にも勝てはしないと、おれには確証をもって言える。
「どうだチョッパー、何か動きはありそうか?」
「今のところは何もねェ。だけど、みんな武器持ってて強そうだぞ」
緑頭の問い掛けに、双眼鏡を抱えた小動物が毛皮に汗を滲ませながら呟く。
「そりゃそうでしょ、海賊だってねじ伏せちゃうのよここの船大工達は」
「ああ、こりゃあヘタに突っ込んだら大変なことになるぞ!!」
「……どの口がそんなこと言うのかしら……」
一見正論のその言葉にオレンジ髪がよろり、と大袈裟に項垂れた。それもそうだ、昼間に単独突っ込んだ人間が言っていいことではない。それも恐らく考え無しに。
「……ところでヒョウ太くん、その被り物、なに?」
怪訝そうに指を差され、顔を覆う覆面に触れる。以前変装か何かに使えるかとバッグに放り込んでいた、祭りの被り物だ。
「ン、これ? いやァガレーラには顔知られてるからね〜〜! 知り合いが海賊と一緒に攻めてきてなぎ倒してきたら、ビックリしちゃうでしょみんな」
「なぎ倒すのは確定なのね……」
ガレーラを守りたいって何なのかしら、とぼやくオレンジ髪。怪我程度は別にいい、そのくらいでへたれるような職人はいない。
おれ1人であれば正面から入っていけば早い話だが、この海賊達と共に行かなければならない状況ではそうはいかない。先行するのも考えたが、どうせ倒さなければ侵入させることは出来ないのだ。ならば人手は多い方が良い。
思考を回していた、その時。
ドォン!!!、と。
「うわーッ! 爆発したァ!!」
双眼鏡を覗き込んでいたトナカイがその小さな体ごと跳ねる。爆破地点を見ればそこには燃え残った残骸が微かに見えた。
「……ッ砲撃、じゃない。地面に爆弾でも仕込まれてたかな」
「もうだいぶ騒がしくなってるぞ!」
爆発に乗じて仮面の影が一人、現れたのを目視する。逃げ回っているところを見ると恐らくは陽動役、本命は別の所にあるだろう。
いつ行くのか、と船長を確認しようとして、……隣に先程まであったはずの気配が一つ足りないことに気付く。同じことを双眼鏡を外した小動物も気付いたようで、きょろきょろと辺りを見回した。
……どこにもいない。
「……あれ? ルフィは?」
「「えっ!!?」」
「えェ〜〜……?」
どの口どころの話じゃない。
フリーダム過ぎないか、お前らの船長。
「ちゃんと考えてから行動しろよ!! アホ船長ーー!!!」
悲鳴のような叫びの後、思わずとばかりに緑頭が木から飛び降りた。麦わらが先行してしまったなら様子を見るような時間もない、ガレーラの本社へと並んで走る。
「まったくもー!! 何であいつはこう……人の助言ってものを聞けないの!?」
「何を今更……」
オレンジ髪が足を止めずに己の船長へ心からの愚痴を飛ばす。今更だとボヤいた剣士も考えていることは同じだろう。
「でも! 今の騒ぎの中にロビンがいるかもしれないんだよな!! おれ達はどうすんだ!? 慎重に行かないと……!」
真っ当なトナカイらしい姿で走る仲間に、紅一点は頭だけを横に向けてこくりと頷く。
「だけど、そこがまた考えようによってはラッキーなのよね! ルフィが敵陣に乗り込む場合! ……裏へ回ったり横へ回ったりすると思う?」
「そりゃねェ」
「ねェねェ」
即答。
「きっと今頃飛ぶか走るかで真正面から乗り込んで! 屋敷に入ったはいいものの、どこへ行っていいかわからず船大工達に追いかけ回されてる頃だと思わない?」
「あァ……思う」
「思う思う」
「でしょ?」
またも即答。信頼がない……いや、逆にこういう良くない方面での信頼があるということだろうか。
「ダメな信頼だなァ! その先読みでさっきのもどうにか出来なかったの?」
「無理ね」
「無理だな」
「あァ無理だ」
「あーもう嫌な三段活用〜〜! 頼る人選間違えたかな〜〜!!」
船大工から見ればあの麦わらは主犯、飛び込んでくれば意識はそちらに向かうはずだとオレンジ髪は言う。それに釣られて屋敷正面の警備は手薄になっているはずだ、と。
確かに本社周辺は騒がしくはあるけれど、その類いの喧騒ではないように聞き分けられる。……中々に的外れな予感がするが、どうせ遅かれ早かれ、だ。別段言わなくとも構わんだろう。
「あの塀を飛び越えられそう!」
「よし入るぞ! ルフィに続け!!」
鉄柵をひょいと飛び越え芝生に降り立てば、案の定。
「「「どこが手薄だァー!!!」」」
武器を携えずらりと並んだ船大工達は、きっちりと持ち場に付いていた。
「ロロノア・ゾロだァ!! とうとう姿を現しやがった!!」
「あの女も昼間見たぞ!!」
「被り物した奴もいる!! やっぱり麦わらの一味が襲撃犯で間違いねェ!!」
大工道具と銃弾の嵐から走って逃れながら本社へと突っ切る。飛んでくる怒号の中にはおれの仮面への言及も含まれていた。
「あっはは、ぼくのせいで勘違い補強されちゃったっぽいわ〜!ごめんね!」
「ホントに悪ィと思ってんのかテメェ!!」
顔の前で片手をずびしと立てて軽く頭を下げれば、二刀を構えて隣を走りながら目を吊り上がらせた緑頭に叱り飛ばされる。実際悪いとは微塵も思っていない。
「くっそォ……! もうこうなっちまっちゃどの道おれ達ァ、現行犯みてェなもんだ!!」
「え!? ちょっとゾロ何すんの!?」
そう言いながら口へと刀を咥え、構えをとる。……そういえば、三刀流だったか。ある程度の怪我はいいにしても刀は不味い、死傷者が出かねないだろう。前傾姿勢の前へと出て切っ先を遮る。
「タンマタンマ! こういう時の為に同行してんだから、ぼくがやるって〜〜!」
「……やれんのか?」
疑わしげな目線が背中へと突き刺さる。それに振り返らず、ひらひらと手を振った。
「五秒もあればよゆーってね!」
短い草の生えた地面を蹴り飛ばす。
これは戦いではない、掃討だ。
玄関を守る真正面の船大工達を伸し、空白の道を作る。その道から追い掛けるように麦わらの一味が駆け寄ってきた。その顔に浮かぶのはいっそ呆れすら含まれた驚愕。
「よーし一旦片付いた! とっとと中入るよー!」
「……マジで五秒、かからなかったな」
「ホント、どうなってんのよガレーラ……」
本社の玄関扉を開け、入り口付近に溜まっていた船大工達の意識を奪い、窓から外に放り出す。今は本社の方が危険地帯だ。
恐らく侵入騒動でてんやわんやの社内では、多少の騒ぎは気に掛けられない。とっとと倒したのもあるが、追加の人員は来ないらしい。
「多分こっちの道はあんまり人いないはずだよ! ちょっと遠回りにはなるけど……」
「イヤ、戦いは出来るだけ避けた方がいいだろ。こっちだな?」
同意を得、先導して走る。どうしても見張りはいるものの、突っ切るよりは人数は少ない。会う度に軽く伸して進んでいく。
「……あれ」
「? どうしたの?」
足音が一つ少ないことに気付いて振り向く。そこには音の通り、一人と一匹だけ。
同時に曲がり角の先からどす、と峰打ちと倒れる音。
「ンだよ、敵多いじゃねえかアイツら消えたしよ」
廊下の先を覗き込めばそうぼやく刀を握った緑頭と、……床に伏した十人単位の船大工達。
「はァ!? ちょわーっ!? そっち真反対! なんで間違ってるのかなァ!?」
「先導してるのにどうやって間違ったの!? 奇跡!?」
「あそこ! あの正面の扉で間違いないわよね!?」
「うん、そう!」
紆余曲折ありつつ迷子の矯正をしつつ廊下を全速力で走っていれば、ようやく社長がいるはずの部屋へと着く。扉の前に五つの椅子が並んでいるのは、……きっと職長用のものだったのだろう。幾つか、血に濡れているけれど。
「人がいっぱい倒れてるぞ!!」
その言葉に俯けば否応なしに目に入る男達の中には、小賢しいことに仮称兄とカクに似せた者までいる始末。
「……息は、良かった、皆あるみたい! よーしそこの部屋突っ込んじゃって!」
「さァ! 前行きなさい前っ! 扉斬って突進よ!!」
「おれに命令すんな!!」
怒声を飛ばしながらも海賊狩りは二本の刀を抜き放ち、走る速度をそのままに扉を斬り開ける。
そこには。
「ロビンはどこだァ!!!」
「ルフィ!!」
おれ達と同時に横の壁から突入してきた麦わら、パウリーと。
「麦わら……パウリー……!!」
「アイスバーグさん……!!?」
血を流して倒れ伏す社長と。
「邪魔を。……まァ、手間が省けたか」
……おれを真暗の目で見据える、仮称兄がいた。
被り物を外し、傍へと捨てる。フン、と不機嫌そうにシルクハット男は鼻を鳴らした。
「その手間って、ぼくのこと? 兄さん」
「そうだな、探す手間。……今までどこにいたかと思えば、海賊共と一緒だったか」
「は、ァ、一体……何がどうなってるんですか!!」
「パウリーてめェ、なぜ逃げねェ!!」
己を逃がそうとする社長の声を無視し、見ないうちに見たことの無い程にぼろぼろになっていた金髪は、荒い息を整えもせずに更に詰る。
「何なんですか!! まるで、こいつらがあなたの命を狙った犯人みてェに!!」
みたいに、ではない。事実そうなのだ。
半壊した部屋にはパウリーの号哭だけが響き、犯人達は何も言おうとはしない。
「おい! カリファ!! ブルーノ!! カク!! ルッチ!! 冗談やめろよてめェら!!!」
それがタチの悪い冗談などではないことは、きっとパウリーにだって分かっている。
「パウリー」
温度のない声。パウリーにとって、初めて聞く肉声。
「実はおれ達は政府の諜報部員だ。まァ謝ったら許してくれるよな……?」
躊躇なく開く口が紡ぐのは、どこかで聞いたことのあるような裏切りの言葉。……この男は本当に、嫌な場面でおれと同一人物なのだと思い知らせてくる。
「共に日々……船造りに明け暮れた仲間だ、おれ達は。突然で信じられねェならアイスバーグの顔でも踏んでみせようか」
「……ふざけんな、もう充分だ!!!」
何一つ変わらない表情で、何もかもを踏み躙る。おれにはそれを酷い行為だなんて言えない。
生徒会長として同じことをしてきた癖に、黙り続けてきた癖に、それこそどの口が、だ。分かっていたとしても、自分の姿かたちをした人間が友人の姿かたちをした人間を切り捨てるというのは、……見ていて、気分の良いものではないのは確かである。
「畜生……!! てめェ……!! ちゃんと喋れんじゃねェかよ!! バカにしやがって!!!」
「やめろパウリー!!!」
そして演技を続けてきたおれ自身も、彼らを騙していることに変わりはない。……叱られるだろうか、怒鳴られるだろうな。
「パイプ・ヒッチ・ナイブス!!」
懐から伸ばしたロープにナイフの巻き付いた、パウリーの技の中でも殺傷力のある代物。それを向けたということは完全な決別を意味している。それは決意を込めたもの、けれど。
届かない。
「指銃」
政府の諜報員には、そんな小細工など通用しない。
「鉄塊ッ!」
ガキィ!!!、と。
金属同士がぶつかったような音が反響する。奴の指と、おれの腕が衝突した音。
「ヒョウ太!?な、んで」
割り込んだことで後ろに下がったパウリーが、震え声で名前を呼ぶ。それに反応するような心の余裕はない。
「……殺すつもり、だったね?」
「当然だ」
「そうよ、ヒョウ太くんの兄じゃない、あの人!」
「どういうこった! アイツ全部知ってたってのか!?」
「え!? ヒョウ太も襲撃犯の仲間なのか!? ……でも今、船大工を庇って!」
やいのやいのと外野が騒ぐ。やかましい、おれどころかここにいる全員の命の懸かった状況だぞ今は。
「……まァ、いい。ちょうどてめェに話があるからな」
「何? どーせろくでもない話だろうけど」
演技を保ったまま眉を顰めて睨み付けるが、どうでもよさげな表情で流される。
「どうせ死ぬか従うかだ。よく聞いておけ」
何かを察したように静まり返った部屋の中で、男の声だけが響いて、耳に届いて。
「おれ達と一緒に来い、ヒョウ太。……延命治療の手筈は整っている」
「、は」
理解して、息が、止まった。