水の都で命は踊る   作:盆回

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絶体絶命クライシス

 

「テメェの設計図は政府に送っておいた。……安心しろ050よ、政府にとって有用ならば生かせというお達しだ」

 

 

 ざあ、ざあざあと血の巡る音、頭の中で回る赤の音が耳を塞ぐ。

 脳をぐらりぐらりと茹だらせながら駆け巡る血液の音で、何も、聞こえなくなって。

 

 

 

 

 

「その舌も……最近は耳もか? あの劇薬なんざに頼らなくとも、そっちもどうにかなるんだとよ」

 

 

 

 

 

 ただでさえ()()()()()()()()()()()()()()、鼓膜が、本格的におかしくなってしまったように、外の声が頭へと入ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

「おれはなヒョウ太、兄として弟を助けたいだけだ」

 

 

 目の前の、欺瞞に満ちた兄の言葉以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 はく、と口を動かしても、声帯が震えない。喉を片手で押さえて、無理やり声を絞り出す。

 

 

「うそだ」

「嘘じゃねェ」

 

「なんで、いまさら」

「今以上にいいタイミングはねェだろ?」

 

 

 

 

「もう、おれたち、きめてたのに」

「今決め直せ。死ぬか、生きるか」

 

 

 

 

 

 …………ここで頷けば、もっと、生き長らえることができる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざ、けるなよ」

 頭を押さえて、ぐらりと揺れて。

 

 

 

(ルッチ)

「ゆ、らぐに、決まってるだろ、そんなの。確かに決めた、あっちにいくと、帰ると、そう決めた、でも!!」

 

 

(ルッチ!)

「……でも、生を望んで何が悪い? クローンが人間の為に死ななけりゃいけねェ道理がどこにある!?」

 

 

(待って、ルッチ!!)

「人造物にはそんなの要らないって? ふざけるなよ050! お前はここに確かに生きてるのに、なんで打ち捨てられなきゃならねェんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ダメ、ダメだよルッチ!おれが死ななきゃ、お前は帰れないのに!)

 

 ──そんな希望があるせいで、どれだけ明るく生きようとも希死念慮に絡めとられている片割れに。

 それが正しいのだと信じているクローンに諭されて。

「……分かってる。分かってるから、050……」

 

 

 

 

 

 

 視界すらぶれた世界で、唯一見える黒が首を振る。

「はァ……悲惨だな、記憶捏造の次は精神分裂ときたか。で? どうする」

 

 

 

 がらりがらりと空回る思考回路でも、この何処までも底意地の悪い兄面に対して言うべきことは決めた。

 決めないと、こうしなければ。貫き通すことが、願いだから。

 

 

 

 

 

「……こと、わる。てめェの思い通りになんざ、なってたまるか……!」

 

 

「そうか。不出来な弟を持ったものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前に、指が。

 

 

「ならば今死ぬといい」

 

 

 

 

 

 

「危ねェヒョウ太ッ!」

「な」

 

 

 後ろからの腕に引き倒されて。

 

 

 

 目の前に現れた水色から、赤が散った。

 

 

 

「ッチ、まだ懲りないのか……!? パウリー!!」

「パウ、リー」

 正面から血濡れの指が抜かれて、前へと崩れ落ちる体を。おれにはただ見ていることしか出来ずに。

 

 

 

「何で……何なんだよ、お前ら……!」

「……まァいい、どの道消す命」

 誰がどう見たって重体なのに起き上がって、空気を肺から無理に押し出すような呻きを無視して。焦れたように苛立った黒い男は水色の肩を掴む。

 

 

 

 

「まて、ダメだ、やめろオリジナル!!!」

「悲しいが、友よ……」

 

 

 

 ぐらぐらと揺れる頭では、奴の動きも舞う塵の一つ一つも全てすべて、スローモーションのように遅く見える。

 

 それなのに、どこまでも克明に見えるってのに、明確な殺意をもって貫こうとする凶指を止めることさえ出来ないのは、何故?

 

 

 

 

 だって。

 

 

 腕に、足に、力が入らない。

 座り込んだまま動けない。

 おれなら助けられる筈なのに、今までだって鍛えて鍛えて、学園にいたときよりもずっと強くなったはずなのに!!

 

 ──何で、なんでおれは立ち上がれない?

 

 

 

 ぼろぼろの背中はすぐ目の前なのに、動かなけりゃ目の前のひとは死んじまうってのに、どうしておれは腕さえも伸ばせない!?

 

 

 

 

「やめて、くれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーツに包まれた腕が振り上げられるのと。

 

 

「ルッチ!!貴様ァ!!!」

 社長がそう叫ぶのと。

 

 

 

 

 

 

 

「やめろお前ェ!!!」

 麦わらの足が伸びたのは、同時だった。

 

 そのまま全身黒色の男は防御姿勢へ、そして矢継ぎ早に飛んできた相手の首へと指銃を放った。死を齎す手が盛大な音を立てて吹き飛んだ麦わらへと向いたことに酷く安心してしまう。今更ようやく動いた両の腕で、ふらふらの金髪を支えた。

 

「っケハ、ゲホッ!!」

 首を押さえて呻く麦わら。ゴム人間でなければどうなっていたかなど、想像に難くない。

 

 

 

 すぐに体勢を立て直した麦わらの腕がぎゅいと伸び、おれ達を掴んだ。そのまま入り口へと引き寄せられる。

 

「何をしてる、麦わら」

 文字通り伸びた救いの手に眉を顰めた男の問い掛けへ、息を切らしながら麦わらが叫んだ。

 

 

「お前こいつら殺す気だろ!! ヒョウ太とは兄弟なんだろ!? それに、ずっと一緒に船大工やってたんじゃねェのかよ!!」

「……さっきまでな。もう違う」

 それを奴は喧しそうに、どうでもよさげに切り捨てる。潜入員は総じて非情であるものだ、今更衝撃も何も無い。けれどそれはおれにとっての話であって、他は違う。

 

 

「本当に裏切り者か!! じゃいいよ、とにかくおれはこいつと一緒に! アイスのおっさんを殺そうとしてる奴等をブチのめそうと約束したんだ!!」

「……なぜお前がパウリーたちに味方するんじゃ」

 今までだんまりを決め込んでいた長鼻が、小さくとも俄然通る声で呟く。

「おれもお前らに用があるからだよ!!ッおいロビン!」

 

 

 

 

 

 

 麦わら達がニコ・ロビンへと、叩き付けるような問答をがなり立てる、その後ろ。

 

 

 腕の中に形だけ庇ったパウリーが身動ぎをする。首をもたげて此方を見上げる顔は、疑心暗鬼と憂愁に染まっていた。

 

「なァ、どういう事なんだヒョウ太……!」

「……そ、れは」

 目が泳ぐ。抱えていた後ろめたさが動揺で隠せなくなって、演技のひとつだってろくに出来ない。

 

「おれは、……おれ、は。諜報部員のことも、裏切りのことも、全部知ってて、ガレーラのことを裏切ってて」

「ッそうじゃねェ!!」

 

 

 がくん、と胸倉を掴まれて体勢を崩す。

 

 

 

 

 

「延命って、クローンって、死ぬとかなんとか全部!! どういうことなんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 真っ直ぐにおれのことを見据える険しい瞳は、元の世界を含めて見た事がないほどに真剣味を帯びていて。

 

 誤魔化したままでいることも目を逸らしていることも出来ないと、腹を括った。

 

 

 

 

「……その、まま。そのままの意味だ、全部。この体は『ロブ・ルッチ』の体細胞クローンで、……もうじき、寿命で死ぬ」

 

 ひゅ、と喉の鳴る音が間近で聞こえた。悲愴に歪む顔、おれが歪めてしまった顔。

 ……こうなることが分かっていたから、決して伝えないつもりだったのに。

 

「なんで、……なんで、言ってくれなかったんだよ」

「……言ったって、どうしようもねェだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──黙っていなさい!!」

「ぐあァ!!!」

 意識が、引き戻される。依然仲間だと主張する海賊達を黙らせるかのように、ニコ・ロビンが地面から生やした手で床へと押し付けられた社長の苦痛の声によって。

 

 

「ッアイスバーグさん!!」

 パウリーがおれの胸倉から手を離し、敬愛する上司の名を叫ぶ。そして号哭は同時に麦わら達からも。

「おいロビン!! 何やってんだ!? お前……ッ本気かよ!!!」

「本当にもう、敵なのか!? ロビン!!!」

 フードに隠れた暗い顔、読めない表情。

 かつての仲間であった麦わらの一味を見る彼女の瞳に浮かんだ色は、陰に隠れて分からない。

 

 

 

 

 

「……悪いが、そこまでにして貰おう」

 

 そして、一切の色もなく。

 何もかもを遮る男の声が響いた。

 

 

 

「突然だが。……あと二分で、この屋敷は炎に包まれることになっている」

「何だと!?」

 ここで起こった全てを炎で焼き尽くして簡単に証拠隠滅というわけか、確かにそれは効果的だろう。

 

「君達も焼け死にたくなければ、速やかに屋敷を出ることだ。まァ勿論……」

 白々しい台詞を吐き捨てながらもおれ達を横目で見る男の前に、ニコ・ロビン以外の三人が立ち塞がる。

 

「それが、出来ればの話だが」

 

 

 言外の殲滅宣言に、海賊達が皆戦闘態勢に入ったのを視認する。

 

 

 おれも、おれだって、動かなければならない。

 なのに。

 

 

 

 動かなければ、戦わなければいけないのに。

 床に手を着いて立ち上がろうとしても、さっきと同じで体がまともに動きやしなくて。

 

 

 

 

 

 

 ──意識が、奥底に引っ張られる。

 

 




メンタルバッキバキで立ち上がれなくなってるのはダイスの思し召し。心情に忠実な完璧ダイスで怖かったです(小並感)。
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