座り込んだままに抱えた金髪を自身の後ろに押し込み、すぐ目の前に歩み寄ってきた男を見上げる。
「お前のことは鍛え過ぎた。今ここで、きっちり殺しておかなければな。……まァ、この場面で立ち上がれない腰抜けなんざッ、」
振りかけられる侮蔑の言葉を遮るように、飛び上がって蹴りを放つ。瞳が昏くなるのを自覚しながら黒いスーツの男を睨めつけた。
「いい加減にしてよ。ルッチをこれ以上揺さぶんないでくれる? オリジナル」
「……ほう、もう一つの人格がソレか」
意識を無理やりに代わっても、抗議の声なんてものは飛んでこない。これだけ弱っているルッチはそれこそ研究所のとき以来だ。あいつは普段から気丈に振る舞っているし、ふてぶてしい性格はしているけれど……その芯が折れかねない心労の原因はよく分かっている。何にせよ今は休んだ方がいいだろう。
「ソレって呼び方やめてよね、おれは正真正銘クローンの050。んでもっていっつも表に出てるのはルッチ。君も知ってるでしょ? あいつは新セカ中の生徒会長なんだって」
「ああ、あの妄言か。精神患者の話をマトモに聞くこたァねェが、まァ覚えてはいるさ」
「……いちいち口わっるいなあ」
話を取り合おうともせずにせせら笑うオリジナルに、心底性格が悪いと吐き捨てる。本当に精神患者なんて思ってるかどうかは関係なく相手を揺さぶることができればそれでいい……相手はそういう人間だ。
「050、その目で分かる。おれを殺そうとしてきたあのクローン共と同じだ」
「あーっと、そこまでおれの目ェ光なかった? 普段は師匠からお墨付き貰うくらいにはキラキラしてるんだよ?」
「茶化すなよ、面白くもねェ」
無理に上げた口角を戻し、視線をかち合わせる。ひどく冷たい、おれを命と見ていない視線がこちらを見ている。
「生徒会長とやらは断ったが……お前にも聞くべきか?どうなんだ。生きたいのか、死にたいのか」
「おれの感情はどうでもいいよ。でもま、死ななきゃいけない理由があるから君の提案には頷けないね!」
「……死ななけりゃいけねェ理由?」
そうやって即答すれば、元より刻み込まれた眉間の皺が更に深まった。
こうなった以上、もう隠し事は無し。オリジナルにも、パウリーさん達にも。
「オカルトの話になるからさ。君に言ってもどーせ切られるだけだろうけど……知ってるでしょ、ルッチがこっちに来ちゃった経緯。あれのせいで魂が落っこちて、おれの体と癒着してんだって結論付けたワケ」
ばば、と理屈を並び立てても、奴の頭の中では理論が組み立てられていないらしい。険しい視線に胡乱げな色が混じる。
「それとこれとにどういう関係がある」
「わっかんないかなァ〜! この体がなくなっちゃえば魂は解放されるの。そうすりゃ元々の居場所があるルッチは、そこに帰れるはずなんだよ」
この八ヶ月間で、ジャンルも何もなく調べた結果の話。所詮は書籍から得た情報で、ルッチに起きた出来事に偶然一致しただけの不安定な仮説に過ぎないかもしれないけれど、……おれはそれが正しいのだと、心のどこかで確信している。
「……それで。生徒会長とやらが元の世界に帰ったところで、てめェはどうなる?」
「シャアナさんのとこに。願ったり叶ったりでしょ? ルッチは帰れるし、感情のあるおれはあの人の宿願なんだし!」
ぎり、と歯の軋む音が耳に届いた。
「お前は、……貴様らクローンは本当に気色悪い。おれの遺伝子から造られてるってのに、何故それほど献身的になるんだ? いっそ見ていて悍ましい!」
「それねェ、ルッチにも似たよーなこと言われた! ──っが」
けらけらと笑って言えば、躱す暇もなく本格的に苛立った様子のオリジナルに首を掴まれる。ルッチならば避けられたのかもしれないけど、おれはアイツほど戦い慣れしていない。
「っけほ、おれの首のことっ、取っ手だとでも思ってる?」
「煩ェな。……なァ050、何故あの科学者に固執する? あんな狂ったろくでなしに!」
何故、か。
固執しているつもりなどない、役目である、ただそれだけではあるけれど。
『ロブ・ルッチ』相手ならば、この言葉が適切だろう。
「それがおれ達の『正義』だからだよ」
「正義、だと?」
「おれにはルッチの正義も、君の掲げる正義もよく分かんない。普遍的な正義っていうのも分からない! けど、何より大事な信念なんでしょ? 簡単に誰かを裏切れるほどの、人を殺せるほどの!」
ならばおれのこれだって正義だろう。創造主に対して情の薄いおれにだって、本能に刻み込まれた役目だ。
「そりゃ自分から死にたいだなんて思うはずないじゃん! でも、それがおれにとって、創造物にとっての正義だもん。……色んな約束だって、破る覚悟はもう決めてるんだから。後から好き勝手言わないでよね!」
そうやって啖呵を切る。この言葉は、この正義は、ルッチやオリジナルからしたら的外れなのかもしれない。それでも偽りなく思っていることだから。
「……もう、いい。たくさんだ。てめェの話はもう聞きたくない……!!」
「っぐ、あ」
首が、更に強く絞まる。
「いつもの、自称生徒会長とやらの方がまだ分かる! 奴は確かにおれだ、経緯の理解は出来ねェ上に抱えた正義も異なれど、確かにおれと同一だ!」
脳に酸素と血液が行かず、頭がぼんやりとしだす。それでも巡る思考回路は聞き取る言葉を解釈した。
「だが、お前は何処までも違う……! 全く同じ見た目で、根本から違う! おれからすりゃあそっちの方が気持ち悪ィ!」
当然だ。おれは『ロブ・ルッチ』じゃない。それは目の前のオリジナルと、心の底のアイツだけ。
がなり立てるオリジナルはぶぉん、と腕を振り被る。それに振り回されて、頭から爪先まで痛い程の重力が掛かった。
「──そんなにシャアナに会いに行きてェんなら、海にでも飲まれてとっとと死にやがれッ!!」
抵抗する間も何も無く、宙に放り投げられる。
とんでもない速度で壁を突き抜けて。
あ、と思ったときには、裏町の上空を飛んでいた。
「──ヒョウ太ッ!? ッテメェルッチ、っがァ!?」
「黙っていろ!」
壁に空いた穴に叫んだパウリーへ腹いせのように蹴りが飛んだ。斬撃すら伴わないそれは最早、ただの八つ当たりであることは一目瞭然。
「わしらにゃ情を持つななどと言っておったというに……当のお前が腹を立ててどうする?」
「情じゃねェ。おれに図太くも『看取れ』などと言っておきながら、裏でンな考えしてたってのが許せねェだけだ」
そう言って機嫌悪そうに舌打ちをするリーダーに、カクは盛大に溜め息を吐いて戦闘に意識を戻す。
何処までも非情なCP9と、ロビンの離脱という迷いを抱えた麦わらの一味達の間で戦闘とも呼べない蹂躙が執行されている中で、かち、かち、と壁掛け時計が時を刻む。
「ルッチ、発火装置も作動の時間よ。私達も急がなくては」
「あァ──だが、せっかくだ。最期に……面白いものを見せようか」
麦わらを、海賊狩りをクローンと同様に吹き飛ばした豹人間の暴虐に合わせてぱちぱちと弾ける音、── がらがらと崩れ落ちる本社に、炎が終焉を告げる音。
「アイスバーグさん……あなたがどれ程優れた造船技師であれ、大都市の市長であれ」
既に本社から離れた屋根上に、四つの影が並び立って燃え盛る建物を眺めている。
五年間という月日、そこで築いた日常、繋いだ縁。全てが燃え尽きていく。
それを眺める瞳に、一切の感傷などなく。
「一市民が、巨大な政府に盾つくものじゃない……!」
原作での火事シーン、絶望感が強くて好きです。四人が屋根の上で燃えていくガレーラを眺めてるシルエットマジで好き。