水の都で命は踊る   作:盆回

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Chapter.7 今宵われら星を奪う
たったひとつの冴えたやりかた


 

 

 

 

 波、の音、が。

 

 ざん、ざざん、と。寄せて返してぶつかって、反響する音は、一体どこから?

 

 

 

 瞼が重い。

 暗闇の中、目を開けられない。

 

 

 

 呼吸が出来ない。

 口を開けば、終わりが近付く気がして。

 

 

 

 意識さえあるのかないのか曖昧で、どうにも、ぼやけて。

 

 

 

 体が、動かない。

 

 

 

 

 

 

 …………死ぬ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 一気に意識が浮上する。無理矢理に目を開けば広がる真っ暗闇は、夜の空のそれではない。

 

 

 

 そうだ、ここは海だ。放り出されて、そのまま落ちて。

 

 ──このままでは溺れてしまう、それは、ここで死ぬのはダメだ!

 

 

 

 

 

 もがいて、もがいて、悪魔を宿した身では水に逆らうことなど出来ないことは分かっていても、波間を掻いて。

 

 

 

「がっ、ばうっ、ばあッ!!」

 揺れる水面が近付いたタイミングで、無理に顔を出して息を吸い込む。

 一緒に海水も飲み込んでしまって喉がぎりりと痛むが、そんなことは気にしていられない。

 

 

 生きなければ、生きさせなければ、せめて寿命が来るまでは!

 

 

 

 

 

 

 潮の流れが切り替わる。真反対の方向へ引いていく。

 それはまるで、海へ海へ、沖へ沖へと誘うように。

 

 

 

 

 海から裏町へと押し寄せていた高潮が、裏街から海へと引き帰って行く、きっと今はその最中。

 

 

 

「ッがァっ!? ──ッぐぅ、ゲホッ!!」

 

 ばしゃあん!!!、と。

 水飛沫を立てて人一人を拐う波が砕ける。幸運なことに、体がちょうど岬の岩場へと激突したのだ。

 

 

 

「っがは、はァ……ッ!」

 ずる、と欠けた岩場に蹲り、咳き込んで食道を塞き止める水を吐き出す。この波は建物なんかも抉っていただろうに、異物らしい異物を飲んでいなかったのは奇跡だ。

 

 盛大に岩へとぶつかっても怪我が殆どないのは、海水で力が抜けていたとはいえ、咄嗟に無意識で鉄塊を掛けていたから。こればかりは奇跡でもなんでもなく普段の鍛錬の成果である。

 

 

 

「ごめんルッチ、おれっ投げ飛ばされて!」

「いいや、050があの場面で出てきてくれて助かった……謝る必要なんざどこにもねェ」

 同じ口から発される謝罪を止める。050が抵抗しなければ投げられることもせずに貫かれていただろうから。荒療治だが水を引っ被って少しは平静を取り戻せた。

 

 

 

 

 

 

 ある程度息を整えて立ち上がる。

 どれだけの時間溺れていたかは分からないが、早く戻らなければ。

 

 

 

「……しかし、随分飛ばされて、流されたな。こんな岩場の岬、ま、で……?」

 

 

 ごお、という音に、振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 壁が。

 いや、否。

 

 

 

 

 

「これは、アクア・ラグナ……ッ!?」

 

 

 ──壁ではない、波が、すぐそこに。

 

 

 

 

 

 

「ッ剃!!」

 即座に足を踏み込み、跳ねるように駆け出した。すぐ背後に迫った水の壁からは徐々に離れていくが、波の高さに比例して速度はかなりのもので気を抜けば呑み込まれてしまいそうだ。

 

「何あの高波!? 去年あんなんだったっけ!?」

「ンな訳ねェだろ! 去年とは桁が違う、毎年こうだったらウォーターセブンは人が住める島じゃない!」

 

 

 岬から裏町へと入った辺りで、たんと空気を蹴り宙を跳ぶ。空中で体を完全な豹のものへと変えれば、更に駆ける速度は上がった。とはいえ駆り立ててくるプレッシャーに息をつく余裕などない。

 

 地上を走っていれば邪魔になるであろう障害物も何もかもを無視して、四本足で道のない空を一直線に突っ切り中心街へと向かう。平行移動ではなく、なるべく垂直へ。いくら高波だとはいえ空まで逃げてしまえば一旦は大丈夫な筈。

 

 

 

 

 

 駆け上がった中心街と裏町との境目の上空、ここまで来れば波に攫われることはないと、獣型のままに粗方の緊張を解いた。見下ろすドックには幾つもの人影が小さく見える。そこには馴染みのある顔も。

 

 

 

 

「──ルッチ、あれ!パウリーさんだよね!?生きてる、生きてるよ!!」

「っ……ああ、いきてる、ちゃんと」

 その中に、ボロボロの金髪を視認した。

 

 安全地帯へと着いたこと、あの状況からパウリーが生き延びたこと。それら全てに心底ほっとして、胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 だから。

「……?何を、パウリー!?」

 

 

 

 

 裏町へと続く大橋へと駆け出したその男に酷く驚いてしまって、──体が咄嗟に下へと動いた。

 

 

 

 

 

「んぐ……!」

 眼前まで迫った波へと伸びた四本のロープを支えて引く男の後ろへと、四本足で降り立つと同時に。

 

 

 

 

「っぶほーっ!!」

 

 水の壁から、四人の海賊共が縄に括り付けられたままに飛び出してきた。……状況は把握した。こいつらもまた、アクア・ラグナに巻き込まれていたのか。

 

 

「助かっ……!?」

「まだだ!! 造船島へ走れェ!!」

 パウリーから激が飛び、おれはそれに合わせて体を人獣型へと変える。きっとこれがおれに出来る最適解だ。

 

 

 

 両腕にパウリーと麦わら、オレンジ髪を抱え込んで海賊狩りとトナカイを尻尾で掴む。

「きゃっ!?」

「なん、尻尾ォ!?」

 

 初速度を最大にするために、石造りの大橋が砕けるほどに強く片足を踏み込む。

 

 

 

「全員、舌を噛むなよ……ッ!」

「──っな、ルッチ!?」

 

 認識外から現れたおれに誤認の声が降りかかるのも気にせずに、人外の速度で階段の一番上まで一気に跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 腕と尻尾の中に抱えた5人を降ろし、びしょ濡れのままに芝生へと座り込んで波が引いていくのを眺める。恐ろしいことに、まだ第二波、第三波が来るらしい。それも、これと同じかそれ以上の規模のものが。

 

 

 

 ふと敵意を感じ取って隣を見ればこちらを睨んでいる、見下ろせる金髪に、そういえば人獣型を解いていなかったと思い出す。それに眼鏡とマスクも流されている時にどこかへと行ったのだろう。見分けがつかずとも仕方がない。

 

 

「てめェ、どういうっ」

「いや〜〜ッ! 死ぬかと思ったわァ!!」

 食って掛かられる前にそう言ってぱっと笑みを作りながら、しゅるりと変化を解除すれば、ゴーグル直下の目が見開かれる。

 

「……ヒョウ太ァ!?」

「ヒョウ太です! ぬはは〜、どっこい生きてた! 眼鏡は死んだけど!」

 ぱく、と口を開閉させながら驚きの声を上げたパウリーに茶化すようにひらひらと手を振る。

 ふるふると肩を震わせた男に何だ、と疑問に思った瞬間、がばりと抱き着かれた。

 

 

「ヒョウ太、ヒョウ太! っよかった、ほんとに、生きててよかったッ……!」

「……それ、は、こっちの台詞だよ、パウリーさん」

 

 

 ずっと騙されて、偽られていたと言うのに、……本当に甘い男だ。

 その温度に自然と口角が緩んでしまって、誤魔化すように抱き締め返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに呆れたねおめェら、よく助かったもんら!」

「あ! 怪獣のばーさん!」

 酒瓶をがぶがぶとひっくり返しながら笑う車掌が孫とペットとともに話し掛けてきたのを契機に、そっとパウリーを引き離す。失礼な物言いをする麦わらを気にすることもない鷹揚さは年の功だろうか。

 

 

「まったく、なんでったって君らはまとめて高潮から逃げてんだか」

 肩を竦めて溜め息を吐く。自分のことで精一杯だった故に、地上の状況はほとんど分からない。

「それがお前とおんなじで、ハトの奴に投げ飛ばされちまってよー!……あれ?そういやゾロ、お前まで何で波に追われてたんだ?」

 思い出したかのように文句を垂れていた麦わらは、傾げた首を緑頭の方へと向ける。目線を向けられた男は分かりやすく声を小さくした。

「……! いや……別に」

「煙突にささってた」

 その誤魔化しとも言えない誤魔化しを、つい先程まで気絶していたトナカイが告げ口する。途端、麦わらが手を叩いて笑い出した。

「煙突に刺さってたってお前っ!!あっはっはっはゾロはマヌケだな〜!どうやったらそんなことに」

「人を笑える立場かあんたがッ!!」

 

 

 

 ……命の危機直後だというのに、よくコントが出来るものだ。海賊団じゃなくてお笑い集団なんじゃないか、コイツら。

 

「あ……じゃあサンジとウ、……サンジは!?」

 オレンジ髪に顔が歪むほど頬を引っ張られながらも仲間のことを問う。船員から暴力を振るわれている真っ最中であるということを除けば一船の船長らしい姿だ。

「……そうね、話す事は色々あるわ。ゾロも聞いて」

 

 

 

 

 

 

 

 雨の降り頻る中、麦わらの一味達による情報共有が為されている。それを聞きながら、おれはおれで目的に向けた算段を。

 

(050、いいか)

(……何となくわかるけど、何?)

 応答する意識の片割れは、体があれば肩を震わせていただろう声で言葉を返す。

 

(前に決めたな、死ぬ事がお前の正義だというのなら、……おれからは何も言えないと)

(……うん)

 少しだけ、後ろめたさを抱えた肯定。

 050の生き死にについては、受け入れられないおれと何処までも意志の硬い050で、この数ヶ月間幾度も話し合って決めたことなのだ。……それなのに、あの甘言にふらついてしまった。あの時と同じ、研究所で彼奴の正義を借りてしまった時と同じように。

 

 

 

 長く息を吐く。

(さっきは揺らいですまなかった)

 

 

 050が生きれる道に、心残りがないと言えばそれは全くの嘘になるけれど。迷いは沢山ある。恐れも、……認めたくはないが、ある。だが優柔不断はもうやめだ、笑える程に似合わない。

 

(もう間違わねェ、おれはおれ達の正義を果たす!)

 

 

 

 

 

 

 

「──お前ら世界政府の中枢にケンカでも売る気か!!」

 パウリーの大声に、意識を現実へと移す。麦わら達はアクア・ラグナの脅威を知って尚ニコ・ロビンの奪還を諦めていないらしい。

 

 

「そうだぞお前ら! もうやめとけ!!」

「アクア・ラグナで朝まで船は出せねェ、追いかけても殺されちまう!!」

「お前らこそ助かる可能性ゼロだぞ!」

 その場に集まった人々から、心配から来る野次が飛ぶ。世界政府を相手にするという集団に掛ける心配として、それは何処までも正論である、が。

 

 

 あの男に正論が届くとは思えない。

 

 

 

 

「じゃあ船は奪っていく!!」

 握り拳の醸す覇気を視覚化するかの如く、背後で波が跳ねた。

 

 

「仲間が待ってんだ!!邪魔すんなァ!!!」

 

 

 一切聞き入れる様子のない麦わらも、その一味もやはりイカレている。

 ……だが、その覚悟は好都合だ。

 

「いいぜ、相手になってやる」

「パウリーさんっ!!」

 しゅる、と袖口から縄を引っ張り出すパウリー。既に体は痛々しくも傷だらけなのだから戦う気概など見せてくれるなと思う。それに応じるように海賊達は武器を構える。一触即発の空気、介入を心に決めて。

 

 

 

「まちなおめェらァ!!」

 

 雷鳴のような一喝に、全員の視線がそちらへと向かう。酒に呑まれて顔の赤らんだ老人が、堂々と立っていた。

 

 

 

 

「死ぬ覚悟があるんなら……ついてきな」

 くるりと体を反転させる。顔だけを麦わらの船長に向けて、決心の程を問うように。

 

 

 

 

「出してやるよ、『海列車』」

 

 

 




決意を固め直したはいいですが、この後も心折ポイントは無限にあります。最後に立ち上がってくれたらOKです。

ココロさん、ひたすら粋で良いよね……良い……
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