「うううわああああ!!! カエルお前ェ!! お前のハリ手で脱線しちまったじゃねェか!!」
暗雲の下、ざあざあと波を掻き分け直進する車体の下からは、がたたんと線路を叩く音は無くなり。海列車は今や蒸気機関車の形をした船となった。
上から聞こえてくる麦わらの言葉によれば、この脱線はカエルの張り手に突き飛ばされたせいだと。そんな事をする心当たりは一匹だけ、いつも海列車に突撃しては吹っ飛ばされているカエルの『ヨコヅナ』だろう。
「おい、一体どうなったんだよこの海列車は!」
「ココロばーさん、エニエス・ロビーへは辿り着けるんだろうな!!?」
「うるっへーな、今頑張ってんらが……」
線路から随分と外れたことにより、車内がにわかに喧しくなった。事実、この荒れた海を道筋であった線路なしに渡るとなると難しいことは誰にだって分かる。自然の脅威ばかりは、どれほど個人が強かろうとも人間が相手にするのは厳しいものだ。
「こりゃあ……難破しねェか、この海列車」
「不穏なこと言うなよヒョウ太ァ!!」
線路は何処かにないかと窓から見渡せど、何処までも変わらず続く荒れ狂った大海原が広がるのみ。大
「何言ってるの!」
……だと言うのに、機関室へと駆け込んだオレンジ髪は不敵な表情を浮かべていた。無謀ではなく、確たる自信を持って。
「私が乗ってる船を難破なんてさせるわけないじゃない!! 私、航海士よ!」
「……そうかい! そりゃ頼もしいね! んががが!!」
堂々と胸を張ってそう宣言する彼女には、その細身には見合わない程の芯ががあった。
そして、その言葉の通り。
「ココロさん、8時の方角にいい潮流見つけた!」
「よーし、一気に行くよっ!!」
航海士と車掌の結託により、当てどもなく水上を駆け巡っていた暴走機関車はしばらくして行先を定める。……今まで海に出る機会などなかったが、これ程の嵐の中で目的の海流など見つけられるものなのか? 奴らにとっては初めての海域であるということを抜きにしても、手練手管と才は本物のようだ。
一段落、と息を吐いたところで、不意にくいとジャケットの裾を引っ張られる。低い位置からの主張になんだと振り返れば、蹄で器用に布を摘んだタヌ……トナカイがいた。
「あのな……時間はあるみてェだし、お前の体診察してみてもいいか?」
「別に構わんが、……何故?」
つぶらな瞳を半円にして眉尻を下げた小動物に、首を傾げながら頷く。
「だってよ、あの時聞いてた限りじゃ色々体が悪いんだろ? だったらちゃんと診て、出来れば治したい! おれは医者なんだから!」
腕を伸ばして身振り手振りする姿に、記憶の中の生徒名簿が被る。元の世界では保健委員をしていたように、こちらでは医療が本業らしい。
……一瞬ちらついた期待は打ち捨てた。設備も何も無い医療行為でどうにかなる体ではないことはもう分かっている。とはいえ、首を横に振る理由もない。
「そうか。まァ悪いようにはならねェだろうし、頼む」
「おう!」
「──味覚ねェのか、お前」
「ああ、あの時オリジナルが言っていたようにな。……ンな顔する必要はねェ、もう慣れた」
長椅子へと並んで腰掛け、簡易的な問診が行われる。
最近になって不調を訴えかけてきた耳のことは……言わずともいいだろう。無用な心配を与えるだけ。少しばかり鼓膜を通る音は籠っているものの、依然問題は無いのだから。
……そして、新たに気付いた異常が一つ。
何やら触覚が鋭敏にでもなっているらしく、皮膚に触れるもの全ての刺激がざわりぴりぴりと脊髄まで届いてくるようになったのである。……昨日まではそんなことはなかったのだけれど。こうも時間を刻んで体に違和が現れてくると、否が応でもこの肉体の限界を悟ってしまう。
痛みの伝達も過剰になっているとはいえ、耐えられない程ではない。平時であれば話していただろうが……今伝えれば戦闘へ参加することを渋られる可能性を考えれば、問われない限り黙っているというのは当然の帰結であった。
「クローンの……おれの設計図なら、理解こそ出来はしなかったが覚えてはいる。通常の人体とそう変わりはねェと記憶はしているが、照らし合わせたいならメモでも渡そうか」
「設計図」
「……言い方が悪かった。だが、一番的確なのが設計図でな」
丸っこいパーツの配置された顔がきゅ、と顰められた。この身を機械のように称することに躊躇いすら思い浮かばなかったのは、あの薄灰色の研究所で思っていたよりも倫理観が歪められでもしてしまったのだろうか。それとも、そう扱わなければ……いや、考えるのはやめておこう。
トナカイは毛皮に覆われた顔を終始歪めながらも真剣に、ふんふんと青い鼻を揺らして問診込みの検診を終わらせた。
「舌の味蕾自体は問題なさそうだし、亜鉛とかの栄養不足ってわけでもねェ。だからその味覚異常は神経伝達に阻害が生じてるんじゃないかな……それか、精神面の影響かのどっちか」
最後を少しだけ言い淀みながらも、小さな医者は診断結果を告げる。
確かに精神疾患を考えないことは無かったが、048曰く050のコレは最初から。感情のなかった当時から継続しているのならば、その線は立ち消える。
「……成程、な」
そして。『阻害』と聞いて思い当たることがひとつ。
この体の成長が停止しているのは既知である。
そして、原因が意図的な伝達異常であることも。……つまり、そうなった理由として存在している『枷』が五感でも悪さをしているという結論で良いのだろう。
(それってさ、ルッチ)
脳へと響く声と同時にそわと心の底が揺動するの切欠として、意識を目の前から片割れへと傾けた。
(ああ。成長を再開させる方法と同じ。刺激、例えば電撃。どうする050?寿命は縮むことになるらしいが、)
「──っやったあ!! 味分かるようになるんだね、おれたち!」
(おま、)
「おわぁっ!?」
ぴょん、と体がおれの意志と関係なく跳ねた。それに驚いた目の前のトナカイもまた地面から浮く。……だから出てくる時は一言くらい掛けてほしいと一体何度言えば。
「うお、一瞬で切り替わりやがった」
「そういえば人格分裂とかって言ってたわね……そういうこと?」
「待ってくれそれはおれ聞いてないぞ!!!」
あの屋敷で諜報員が話した内容を信じた海賊が納得したり、味覚異常の話の辺りから陰鬱になっていた職長達が弾けるように叫んだりする外野の騒ぎを捨て置いて、思考時間などろくになく決めた050にその意を問う。
(ただでさえ少ない寿命が減るかもってのに、ンな即決していいのか)
「もう今更じゃん! アレだって最近効かなくなってきたんだし、枷も解除したって変わんないでしょ?」
アレ、とは『安定剤』のこと。最近になって聞こえづらくなった耳も、ほんの少しだけ伸びた身長も。薬による『固定』の効果が薄れてきた、何よりの証明である。
(……そう、だな)
「おれは生まれた時から味なんて分かんなかったからまだ、いいけどさ。知ってるお前は苦しんでたから、それがおれは苦しくて」
050は胸に手を当て、おれを諭すように語りかけてくる。
「……それに、言ったじゃん。おれは出来ること、やれること、なんでもやってみたいんだって!」
自分で自分の顔を見ることはできない、けれど。
きっと満面の笑みでそうまで言われてしまえば、おれには止めることなんて出来やしない。
(……まァ、電撃をどう調達するかが問題だがな)
「あ。……考えてなかったわ〜〜……」
──────…………
ふと窓から微かな光が差し込んで、覗いてみれば裂かれた雲の陽光直下に薄らと島が見えた。そして同時に、先程の脱線騒ぎで切り離されていたキングブルも。
「ルフィ!!!」
「おォ〜〜〜い!!! サンジ!! と、……誰だアレ!?」
外へと身を乗り出しぶんぶんと両腕を振る麦わらに応えるのは、先んじてパッフィング・トムへと乗り込んでいたらしい金髪と、仮面を付けていても分かる特徴的な長鼻。……そいつの船長は分かっていないようだったが。嘘だろ。
「乗り込む気満々みたい! 世界政府の"玄関"へ!!」
ようやく全員が揃ったことで士気も上がり、わあわあと声を上げながら各々が武器を構える。向かうは光の袂。
「エニエス・ロビーも視界に捉えた!! 全員、決戦の準備を!!!」
アニメで見るエニエスロビー突入、めっちゃくちゃいいんですよね……曇天の中唯一光が差している島が見えるところが……ザワンピが今から楽しみです。