海賊狩りが目の前の柵を切り開くべく船首へ立つ。それに合わせて汽笛が上がり、がたりと車体が動き始める。加速度は暴走列車の名に恥じぬ速度で、一直線に開いた門へと。
しかし。
『おめェら、作戦変更だそうらよ! 全員車両にしっかりとしがみつけと言ってるよ!!』
作戦外に入った機械混じりのアナウンスに眉を顰める。
「おうアホ剣士!!何かあったか!?」
それに宜しくないものを感じたのは皆同じのようで、金髪が外の仲間に声を張り上げた。
「──正門を閉められた!!」
「何だとォ!?」
「えーーっ!? どうすんだ!!?」
返ってきたその情報で、にわかに車内が騒がしくなる。窓から顔を出せば、確かに巨大な門は閉じられてしまっていた。加速度を更に増した海列車は、このままでは潰れて──
「柵をつっぱれカエル!!!」
「ゲロォ!!!」
怒号と鳴き声に一拍置いて、ドガシャァン!!!、と。
金属がぶつかった音、そしてねじ曲がった音が真正面から上がる。足元からはガガとタイヤのぶつかる衝撃がして、ようやく考えが追い付いた。
「まさか……! この速度で鉄柵に乗り上げたら!!」
門の向こうまで飛ぶつもりか、この海列車ごと!
「……無茶を!!」
地面は遠く、海を走るはずの鉄の塊が空を駆ける。
「うわあああ!! 死ぬーーーっ!!」
「えー!? 死ぬのかーー!!?」
当然揚力など備わっている筈もない、初速が終われば後は落ちるだけの確定した未来に突然投げ出された乗組員達は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「入り口には滝の大穴があるのよ!? ゾロあんた、着地のこと考えてあるんでしょうね!?」
オレンジ髪の言う通り、先程の地図を見れば着地点は狭く不安定である。もし滝に落ちれば、月歩のあるおれはともかく他若干名は詰みだ。空中でコントロールする術があるとは思えないが。……今からでも全員抱えて外に出れるだろうか、体格的に無理か。
「任せろ!! 運に」
「運任せか!!!」
船長だけじゃない。全体的にダメだこいつら。
ぐんぐんと先頭から高度を落としていく海列車の行く末は良くて地面と衝突、悪くて敵も味方も巻き込んだ大爆発。正に運任せだ。
「チムニー、ゴンベ」
「わーっ!」
せめてもの備えに、ひょいと走り回っていた小さな一人と一匹を腕の中に抱え込む。着いてきてしまった以上は多少の傷も致し方ないだろうが、それでも怪我をさせるのは忍びない。
ふわりと浮いてしまいそうな重力の中で、ぐ、と足に力をかけて対衝撃に構える。
そして。
「どへーーーッ!!!」
下方からの謎の叫びと同時に、想定とは少し違った衝突が起こった。何か、クッション──そう呼称するには少し硬いが──にでもぶつかったような。
「……思ったより、大丈夫だったな」
船内の木材は歪みを見せているものの、原型自体はまだ走れそうなくらいにはしっかりと残っている。拍子抜けしていたところで、腕の中のチビ共が両手を掲げた。
「ヒョウ太にーちゃんありがとー! 楽しかったー!」
「ニャーニャー!」
「図太いなてめェら……」
戦闘力の欠片もないはずなのに良くこの状況を楽しめるものだ、と少々呆れて一人と一匹を解放した。
と、列車の外から戸惑いと敵意を纏った人の気配。
そういえば敵陣営にそのまま突っ込んで行ったのだから、敵ばかりであるのは当然か。
きんと鯉口の鳴る音に、靴が木の床を叩く音。こちら側の臨戦態勢は整っている。
緑の銀と金の黒が翻り、集った数十人を一瞬で薙ぎ倒す。相手が有象無象とはいえ、その手際には目を見張るものがあった。分かっていたことだがやはり、強い。特にあの海賊狩りの動きはゲームセンターで傍目に見た同一人物のものよりもキレがあり、末恐ろしさが背筋を這った。それはこちらの世界の厳しさ故か、潜ってきた修羅場の違いか。
わあああ、と戦場に響くのは先行していた味方の歓声と敵の驚愕。
「ロロノア達だァーっ! 待ってたぞー!」
諸手を挙げるフランキー一家たちに、その側で肩を抑えたパウリー。……新しい傷をこさえた様子を見るに、どうやら戦局はよいものではなかったようだ。
「見ろ! あの列車の中にまだ仲間が!!」
一人の黒服がこちらの方面に指を差す。存在はバレたが、それは遅かれ早かれ。
「まだいる筈だ! 出てくる前に吹き飛ばせ!!」
じゃきり、と幾つもの砲口が海列車へ向けられる。そのまま受け入れるなんてことは当然しない、抵抗させてもらおう。
子どものままごとのように、戦闘に慣れた指を銃の形に握る。それは砲撃準備にそっくりそのまま返す為に。
「指銃『撥』」
「───う、おおおォォ!?」
「な!?」
ぱしゅんと空気を弾く音の直後、向けられた銃口の幾つかがまるで弾丸が逆流したかのように爆散する。
「い、一体何が!?」
「海賊達が何かしたのか!!」
護衛兵士は撃ち方を止めて、全ての注目は銃の暴発事故とさえも思えるような味方の怪我へ。ここは一応政府のお膝元だろう、それにしては練度が足りない、油断し過ぎではなかろうか。それだけ攻め込む人間など居ないと考えられていた、ということかもしれない。
だがまァ、至って好都合。
当然あからさまな好機を見逃す訳もなく、地面をたん、と蹴り上げる。
「剃刀!」
「ぐっ、わあああァ!!?」
軌道を敵の目に残さず走り、鋭く風と体を切り裂く斬撃はおれの足から。
人体を容易に切り裂くことこそ可能だが、決して命に別状はないように調節している、出来ている。その調整は生徒会としての任務執行で何度もやってきたことと同じ。
奴らのものとは違う、おれの六式は人を殺す為の手段ではない。
ほとんどの銃口は即座に這いつくばった海列車から攻撃を仕掛けたおれに移るが、面倒なことに警戒心の強いのだろう数人は敵意の対象を変えていない。
だから言ってやる、如何にも海賊然とした顔と声の調子でちらりと列車を見やって。
「ハハ……犯罪者相手だってのに人質がいるかすらも確認しねェとは。随分とまァ、政府ってのは軽率だな?」
「人質ッ!? ……はっ! あれを見ろ!」
低く通ったおれの言葉と同時に列車の上へと登ってきた人影が手を振って、それで視線は簡単に誘導された。
「やめろー! お年寄りらぞーっ!」
「子どもと小動物だよー! か弱いよー!!」
「……年寄り、子ども、小動物を抱え込むとは卑劣な海賊共め!!」
酒瓶を掲げて濁声で笑う、どう見ても酔っ払いの老婆であっても一般市民であることに変わりはない。人質を死なせる訳にはいかないと、無事に砲手は手を下ろした。
この場の制圧はある程度完了したが、……?なんだ、ぴりりとした肌感覚が。
「──ん?」
「何だ、いきなり雲が……?」
突然の疑問符につられて足を止め、見上げた空には近くの雲。
「"サンダーボルト・テンポ"!」
バチバチィッ!!!、と。
「雷ッ……!?」
「ぎゃああああああ!!」
白い雲が一瞬で黒雲へ変貌し、危機を察知し飛び退けば先程までいた場所に雷光が牙を剥いて地面を焦がした。突然のことに逃れることの出来なかった兵士たちは地に伏し積み重なって、ぷすぷすと煙を上げている。
下手人はオレンジ髪の航海士。……これほどまでの威力を操るか、能力者でもないのに。作り手使い手共にとんでもないな。
「──って、無差別かーっ!」
「いでェ!!」
「そげキングーーー!!」
そんな惨状の傍で、自身の攻撃に巻き込まれかけた実行犯が製作者を凶器で殴りつけていた。あまりに緊張感がない、一体何をしてるんだか。
ふと、繋がる。
「……雷、電撃。これか?」
この身体の枷を取っ払う為に必要だと想定されるモノ。電気の流通が一般的ではないこの世界において、どう調達するかと思っていたのだが。
(待ってルッチ、これ受けるつもりなの!? ただでさえ痛覚倍増してるのに!? 絶対痛いよ!!)
「だがこれ以外ないだろう」
(そうだけどさあ!!)
痛いのが好きな奴など、奇特な趣味でなければそう居ない。御多分に洩れず、050もそうだしおれもそう。何より今目の前で数十人がその雷によって地に伏したのだから。
戦闘ならば構わないのだろうが自分から受けに行くとなると話は違ってくるのだろう、その慌て様は先程のおれの立場と反転していた。
「……それにしても、すごい威力だな。だいぶ倒せたぞ」
腕を組んで呟く仮面の長鼻。改めて惨状に目を向ければ、ムクリと起き上がる影が。すわ根性のあるやつがいたかと構えるが、それが見覚えのある緑と黄色であることに気付いて腕を下ろす。
「てめェナミ!! 何してくれてんだ!!」
「んナミさん♡おれは今君に出会った衝撃を思い出したよ!!」
主力2人を沈めかねない威力、そして食らってもピンピンしている復帰力。これでいて一味の大半が賞金首ではないのが恐ろしい話である。
「ところで先に突っ走ってったあのアホはどこにいるんだ」
気を取り直してといった風に緑頭が提起する。アホとは言うまでもなく、麦わらを被ったアホのこと。
「さァ、この島も狭くはないから探すとなると──」
瞬間。ボカァ……ン!!、と。
前方から張り切った爆発が見えた。それで察した。
「「「「──絶対あそこだ!!」」」」
一味皆が声を揃える。……トラブルあるところに船長あり、と言ったところか。それでいいのかお前達は。
さてその爆発地点に向かうにしても、新手が出てきたようだ。
「海賊風情が騒ぎ立ておって……許さん!この門の守備をおおせつかった法番隊!!未だかつて我々の背を見た者はいないっ!!」
武装した犬に跨った部隊が高らかに名乗りを上げながら、腕に固定するような特殊な形状をした獲物を此方に向けてくる。一人一人の戦力は大したものでは無さそうだが。
「ちょっと、よく見りゃ敵多すぎ!!」
情けない声が上がった通り、単純に敵数が多い。どうやったって突破には時間が掛かる、さっさと倒しに取り掛かろうと足を力強く踏み込んだ。
「待て!!」
後ろの方から轟音が、頭の上からがなり声が降り落ちてきて。
「こっちへ乗れェ!!」
嘶きに負けない大音量に其方をばっと見遣れば、巨大な体躯をした黄色のキングブル──ソドムに、乗り込んだガレーラ職長たちがそこにいた。ブルの上からおれ達の人数分のロープが落ちてくる。
「ここへ来た本分を忘れるな!! お前らの暴れる場所はここじゃねェ!!」
「確かに……この数相手じゃ日が暮れる」
垂らされたロープは無視して空中を蹴り、すたんと乗り場へ着地する。
「うお!? 飛んできたのかお前!」
ひび割れたゴーグルが驚いたように振り返るのを気にせず、一味がしがみついた荒縄をパウリーの代わりに手繰り寄せた。釣られた魚のような奴らが乗り込み完了したことを確認し、目の前に向き直る。
「まァな。怪我の具合は?」
ロープの主の肩に巻かれた包帯は新鮮な傷を隠すもの。よくもまあ、その体その腕で無茶をする。
「これか? 問題ねェよこの程度……それよりヒョウ太、これ。手綱を任せた」
立ち上がったパウリーが後部座席に移動すると同時にぐい、と引いて手渡してきた縄はブルの手綱。何故今渡されたのかと一瞬思考して、堂々とした職長達の後ろ姿を受けてすぐに結論に辿り着く。
「あいつらに会ったら言っといてくれよ」
曲げられているのであろう口の端から、葉巻の煙が燻る。
表情は読めず、けれども分かる。
「てめェら、クビだと」
「……ああ、必ず」
それは唯一諜報員共と対峙できる『ガレーラカンパニーの社員』であるおれと、共に志を同じくした同僚との約束。当然だと頷いて、それを皮切りにパウリーとルル、タイルストンの三人はブルから飛び降りた。
「ほ、ほほほ法番隊がやられたァ!?」
「あいつら……強ェ!!」
ロープが、大砲が、刀が閃いて、立ちはだかった兵士達を簡単に伸す。
……ああ、そうだ。彼奴らは海賊さえ簡単に倒してしまうようなガレーラ屈指の職長達。あんな有象無象など敵ではないこと、一年間傍で見てきたおれが信じないでどうする?
「さあ行け、ここは請け負った!!!」