「──そろそろいいか」
集ってくる兵士達を軽くいなして沈めてを繰り返して暫く。
もう随分倒した筈なのに一向に数の減らない敵を相手にするのには流石に辟易してきた。恐らく奴等はもう裁判所の中に突入していることだろう、ならばおれがここで雑魚狩りをする必要も無い。……しかし、離脱するには周囲に敵が多すぎる。
ならば、この手に限る。
勢いを付けて体をひっくり返し、片手を地面に付けた。
「嵐脚──」
「アイツ、何を!?」
「分からんが……隙だ! かかれ!」
ぐるりぐるりと足を回せば響くのは風切り音。異常を察知したのか身を引く者、逆に隙と見て攻撃しようと身を乗り出す者。
おれを円形に囲っている以上は、どちらも変わらず標的となる。
「──『周断』!!」
吹き荒ぶ風は鎌鼬となる。
範囲を全て攻撃対象とする円状の刃は、おれの周囲から敵を刈り取った。
「っぐ、ッ……おい!? どこに行った!?」
「ど、どこにも見当たりません!」
土煙の晴れた地上で斬撃を免れた兵士達がどたばたとおれを探しているのを上空から見下ろす。あの一瞬で相手がどこかに離脱したことは理解出来ても、そんな状況で空を見上げるような人間はそういないだろう。誰の視線もない宙を蹴り、裁判所へと向かう。
(跳ね橋下ろせばいいんだっけ? 装置があるって塔はこれだよね)
「ああ。……そこに丁度窓があるな」
たん、と塔の外壁に沿って蹴り上がり、嵌め殺しの窓を撫でる。指先で力を込めれば、強化ガラスでもない脆いそれは簡単に砕け散った。
割れた窓から体を滑り込ませた先は螺旋階段。跳ね橋を下ろすレバーはこの階段を登った先にあるのだろう。
階段を駆け上がり、広まった場に出る。風の通る見晴らしのいい石造りには敵が潜めるような隙間もない。
「……護衛がいない? いや、通り越したのか」
(まあ、窓の位置高かったもんね。あんなとこから入ってくるようなの想定してなかったんじゃない? いるとしても下の階かな)
空を跳べる奴等を擁しているというのに相手にそれを想定していないとは。警備の杜撰さに侵入者の身でありながら眉を顰める。まァ、好都合ではあるのだが。
「レバーは……これだな。下ろすぞ」
部屋の中心に佇んでいるレバーを操作すれば、がちゃん、と何処かから駆動音が聞こえた。どうやら正常に機構が動いたらしい。
後は反対側か。ここから一直線に行ってもいいが、恐らく登ってきているであろうフランキー一家と入れ違いになるかもしれず、そうすれば其奴らの動きは無駄足となる。加味すると、素直に階段を降りた方がいいか。
螺旋階段を数段飛ばしに駆け下りていく。道が一つに定まっているのは、敵を回避することこそ出来やしないが同時にすれ違いもない構造だ。降りていけばいずれかち合うだろう。
そうして、ある程度下った辺りで。
たん、たん、たん、バンッ! と。
石煉瓦を叩くおれの足音に混ざって、戦闘のノイズが階下から聞こえてきた。
「──! ───!!」
「邪魔だァ!!! どけェ!!!」
更に降りていくことで聞こえ始めた、細い塔に反響する乱癡気騒ぎ。その中でも一際喧しい聞き馴染んだ声に、階段下にいる顔を把握する。あの衛兵の山を突き抜けて無事にここまで到達するとは……とんでもないバイタリティだな。
その声に近付いていけば、登ってくる侵入者を阻む者共の姿を捉えられた。
「有罪」
「ゆうざッ──」
「うるせェ」
巨大な鉄球を携えた大男の背中に、階段上から飛び降りる勢いで蹴りを入れた。吹き飛ばした奴とは別の、鉄球を振り回していた男が驚愕を顔に浮かべて勢いよくこちらを振り向く。
「!? 上階から!? どういう訳だ、有罪!」
「ッチ、攻め込んでる時点で有罪ってことくらい分かってンだよこちとら。それしか言えねェのか?」
有罪有罪と馬鹿の一つ覚えの如く騒ぎ立てる敵に、舌打ちをしながら辺りを見回す。一般衛兵共は階段に倒れている奴がほとんど、立っていてもフランキー一家に抑え込まれている。
その有利な状況にあってもここで行き止まっていた理由としては、鉄球を持った者が別格であるということなのだろう。
と言っても、おれにとっては微々たる戦力差な訳だが。
「ウオオォォ!? ヒョウ太!!?」
「なんで上から来てるわいな!?」
大口を開けて疑問符を投げてくる味方を傍目に足を振り下ろし、鉄球男を階段へ叩き付けた。がぁん、という鈍い音と共にぐぅと呻いて動かなくなった其奴を飛び越えて、タイルストン達の元へと歩を進める。
「遅ェぞてめェら。ここのレバーはもう引いた、あとは反対側だ」
「「……ええェーーーっ!!??」」
間近から複数の大音量が押し寄せる。この声の方が護衛共よりよっぽどおれにダメージを与えてくるのだが、そこのところ分かってはくれないだろうか、などと両手で耳を塞ぎながら心中で呟いた。
立ち尽くしているタイルストン達の横を通り抜け階段をくだっていけば、慌ててぞろぞろと全員後ろを着いてくる。その中でも急ぎ足でおれに並んだ四角い髪をしたフランキー一家の一人が肩を叩いてきた。
「ちょっ、待つわいなアンタ! ついさっきソドムから降りてたってのに、どうやって先回りしたわいな!?」
「跳んだだけだ。いいからとっとと降りるぞ」
「だけってなんなんだわいなだけって!!」
突っかかってくる四角髪は、早くボスを助けたいのかおれの行動を知りたいのかどっちなんだか分からない。はァ、と溜め息を吐いて返答せず、降りる速度を速める。
「その見た目でその態度、本当にルッチそっくりだなァヒョウ太! ……イヤそうだな!!! すまん!!!」
後ろから飛んできた声に思わず振り返った。イヤだろそりゃあ。
──────…………
塔から正規の道を降りれば、広間──見せられた地図曰く裁きの間──に出た。軽く視線を動かし観察してみれば、入り口は分厚い石造り。だというのに豆腐のように切り崩された痕跡がある。……十中八九海賊狩りの仕業だろう。衛兵達の声は聞こえるものの誰も入って来ないところを見るに、外では誰かが増援を遮っているらしい。
そして跳ね橋の方には見知った水色──パウリーの姿、そしてフランキー一家。相対するのは元々この中にいたのだろう衛兵と……三つ首の男? 何やら苦戦を強いられているようだ。
「おれはここの加勢をする、てめェらはもう一方へ!」
そう言いながら左手の塔を指し示せば、おれの背後に続いていた総員はこくりと頷き階段へと消えていった。
おれがやる事はずっと変わらない。
「とっとと片付けるに越したことはねェ。殲滅だな」
状況を確認するのもそこそこに、手近な雑兵から潰しにかかる。何匹集っても虫は所詮虫であるように、雑魚は雑魚。少しばかり骨のある奴などいないものか、などという考えが脳裏にちらついてしまって、今の段階で疲労してしまっては元も子もないのだとその思考を振り払った。大体おれは戦闘狂じゃねェんだ。
「手こずってるようだな」
「ヒョウ太! 姿がねェからどうしたのかと……!」
縄を踊らせながら戦っていたパウリーの傍まで来れば、険しい表情に微かな安堵が混じる。気持ちは分かるが今は戦闘中、なんともないと返して前を向く。
「跳ね橋はタイルストン達がやってくれるはずだ、おれ達はここを片付けるぞ」
「おう!」
ここまで戦力差が傾けば、優位は揺らぐことなどない。裁判所内部の、外のように無尽蔵とはいかずに限りのある敵をちぎっては投げちぎっては投げてを繰り返し、粗方片付いたところ。
不意に、がこん!! と。
「……! やってくれたか!」
法廷から見上げる場所に嵌め込まれていた跳ね橋から稼働音が鳴る、それは即ち。
「おのれ、海賊共ォーっ!!」
「は、残念。上手いこといったようだな」
即ち、作戦の成功を示していた。
ごごごご、と大仰な音を立てながら巨大な橋はゆっくりと降りていく。その遅さが一時を争う今は酷くもどかしい。
「撃てい!! 迫撃砲!!!」
「ッな」
砲撃。
炸裂弾を受け、ぎぎい、と軋んだ悲鳴を上げながら橋の動きが停止する。クソ、跳ね橋が降り始めてからも止める手立てがあったのか。
「マズい、まだ半分しか降りてねェってのに!」
「……ッチ。あれじゃあ、道にはならないな」
「スパンダム長官っ!!司法の塔から避難を!!」
三つ首──ではなく、服の中でくっ付いて一人を名乗っていた三人の裁判官の内一人が、未だ見えない塔を見上げて恐らくは上司の名前を叫ぶ。……それも、おれの知った名前だ。一学校の生徒会顧問から政府の高官とは、また随分な出世をしているようで。
地面を蹴り空を蹴り、諍いの止まった戦場を離脱する。
「あ、おいヒョウ太!? どこに!?」
「少し視察に」
思わずといった様子で手を伸ばしたパウリーに簡潔に返し、跳ね橋に面した柱の影に身を寄せて此方の姿が見えないようにして。
ある種の覚悟を決めてから、塔の上を盗み見る。
おれと同じ顔をした男。おれの幼馴染と同じ顔をした連中。揃いの黒いスーツを着て、並び立っていて。
(────……)
盗み見て、は、と短く息を吐く。
分かっていたから、大丈夫。
友人達とまるきり同じ姿が別の自分と並んでいるのを見てしまうと、少し、ほんの少しだけ、胸中によく分からない感情が込み上げてくるけれど。
(……大丈夫? おれ代わろうか?)
(いや、いい。この位で動揺してちゃ生徒会長は務まらねェよ)
何も問題は無い。
彼奴等は、CP9は、おれの友人その人ではないのだから。躊躇などなく戦えるはずだ。
ワハハと馬鹿っぽく笑いながら大権力がどうのだのと抜かす顧問と同じ顔をした男が、ニコ・ロビンの肩を乱雑に掴み去ろうとしている。ここで飛び出して奪還してしまうのが一番早いのではないかとも思うが……そうするとCP9の全員を相手取ることになる、流石に勝機がない。今は傍観しかないだろう。
──と。司法の塔内部へと戻ろうとする連中の前に、派手な配色をした男が立ち塞がるのが見えた。あの特徴的な姿は見間違える筈もない、解体屋──フランキーだ。
「それはお前……! まさか、古代兵器プルトンの設計図!!?」
紫髪の男が叫んだ此方側に届く程の大声。その内容に、この距離からでは見えないと分かっていても思わず目を凝らした。
見守り、注視し、そして。
僅かに見える派手男の手先に明かりが──明かり、ではない。何かを勢いよく燃やす炎が灯ったのが見えた。
「……はは」
自分が手を下したわけではないのに、今までに無いほど胸がすいた。無性に喉から笑いが込み上げてくる。
『古代兵器』とやらの重要性は、おれには分からない。
けれど、五年間ガレーラを騙し続けておれを脅して、そうやって成功した奴等の任務が崩れ去る瞬間をこの目でしかと見たのだ。機嫌を上げずにはいられないというもの。
後に残るのはニコ・ロビンの奪還。
それだけで、世界政府に完全敗北を叩き付けられる。
「くく、……いいな。それがいい。全部台無しにしてやろうじゃねェか」
【挿絵表示】
フンダリー・ケッタリー様から支援絵をいただきました!!!!
感想にも言えることなのですが自作のために労力や時間を割いてくださるのが本当に嬉しくてェ……でもって絵が上手くってェ……感謝感激雨あられです……