「ニコ・ロビンはどこだ!!? 鍵を二つ持ってきた!! 手ェ貸すか!?」
「いや……! それよりフランキー! 頼む、ロビンを止めてくれ!」
麦わらが言うには、オリジナルが背にした扉から正義の門へと行けるのだと。そして既にニコ・ロビンは連行されつつある。状況こそ良くはないが、挽回の余地はまだ残っているだろう。最悪ではない、まだ大丈夫。
「おれたちがあいつを抑えるからよ!!」
息を切らしながらも麦わらの戦闘意欲は薄れていない。……そして『おれたち』と。深く考えているのか無意識なのかは知らないが、おれとの共闘にも了承しているようだ。
「スーパー任せろバカヤロウ!!」
「……フフ」
ゆら、とオリジナルが微かに動く。それは前兆、向かう方向はおれの左方──つまり、麦わらへ放つ追撃準備。予測が出来たのならば伝えるべきだと咄嗟に叫ぶ。
「避けろ麦わらッ!」
「剃」
おれの声が届くのと黒服が目の前から消えるのとは同時、後は反応速度に頼るのみ。
「指銃、『黄蓮』」
「うお……っ!」
前へと身をかがめて転がり、目にも止まらぬ速さでの連撃を上手く躱す。が。
「ぐあッ───!!」
──狙い澄ましたかのような蹴りが麦わらの腹へと迫る。不自由な体勢からは避けることは出来ずに、短い呻きを残して吹き飛んだ。
「フン」
「で、どうやっておれを倒すと?」
「……ッチ」
ガキ、と鉄が擦れ合う音。背後から振り下ろしたおれの足を、背中に回した腕で止めた音。
戦況の把握、動きの予測においてこの中の誰よりも上手、やはりこの男は戦闘慣れしていると舌を打った。
目下の目標は解体屋が扉へ向かうのをサポートすること。おれたちが抑えていなければ、オリジナルはすぐにでも先へ進む者を殺しに掛かることだろう。
「逃がすか、……剃!」
ひゅん、と足の下から男が消え去る。初動から何まで完成された剃は視認するだけでも高難易度、追い付くならば更に門戸は狭くなるだろう。
「!!」
「指銃──」
だが、それを潜り抜けられる人間ならばここにいる。
「それが通ると思ってるなら、慢心が過ぎるな!」
先程と同じ金属音。ほぼ同硬度の皮膚が擦れ神経がびりりと揺れるが、飲み込めない程の痛みではない。
「今戦っているのは『ロブ・ルッチ』だということ、ちゃんと向き合ってくれよ? クソ兄貴」
「……愚弟が。邪魔をしてくれる……!」
動きを止める為がしりと両腕を掴めば、あちらも同じく掴み返してくる。技巧と筋力はおれの方が幾らか劣っているとはいえ、思考も何もかもも似たようなもの。どうしたって膠着状態にならざるを得ない。
その僅かな拮抗の中、先に動けたのはオリジナルの方だった。腹へと蹴りを叩き込まれ、近くの壁へと勢いよく衝突する。
「ぐ、があッ!!」
「一度もおれに勝てた試しがないことを忘れたか!」
懐に飛び込んでくるような追撃。関節が粉々に砕けてしまうのではないかと思う程に強く肩を掴まれた。
細かな瓦礫と埃の舞う中で今に首へと振り下ろされんとしている人差し指を見上げ、貫かれないようにと痛みが走っている身を文字通り固めて構える。
既に思考回路は攻撃を捌いた後へと向いている、戦闘時に一手二手先を考えるのは当然のこと。オリジナルだってこの程度でおれが死ぬなどとは考えていないだろう。ウォーターセブンにいた時の遊びのような手合わせとはいえ、幾度となく戦った相手であるのだから。
「その手ェ離せッ、ストロングハンマー!!」
「鉄塊」
ドゴォン!!! と。
衝撃波がオリジナルの背中から響き、肩にあった手が離れた。壁から解放されてずり落ちる。
……先行させた男が戻ってくるのは、予想だにしていなかったのだが。
「!? 何だ、ビクともしねェ! チャパパは充分吹き飛ばせたんだが……」
何故手を出した、と口に出そうとして止める。六式使いの防御姿勢など素人が見て分かるものではない、そのまま刺されると思うのも当然か。
「ぐ……」
がらりと耳の隣で瓦礫が崩れる、体がぎしぎしと軋む。どうにも雑音の増えた聴覚を正面に向け精査を意識、戦場では音一つさえも戦況を左右する。
解体屋はオリジナルと対峙、しかし当然勝てる筈もない。
麦わらは既に立ち上がっているようだが、……? 動物系の耳でなければ聞き分けられない程に微かに、覚えのない奇妙な音、が?
「成程、フクロウを破ってここへ……だが残念。おれの道力は奴の5倍だ」
──と、思考に沈み過ぎている場合ではない。ここで解体屋が沈むことになれば、おれか麦わら、どちらかがニコ・ロビンの所に向かわなければならなくなる。戦力が減るのは死活問題だ。
姿勢を立て直し壁を思い切り蹴る、その勢いのままに。
「こっちを見ろと、言っただろう……!!」
「ッ!」
背を向けられているのをいい事に、解体屋に手を出される直前に蹴り飛ばせば、オリジナルは無事吹き飛んだ。壁へとぶち当たる直前に奴が受身を取っていたのは見えた、ダメージはそう入っていないだろうが急かして行かせる程度はできるだろう。
「余計なことしてんじゃねェ! とっとと行けと言ってるだろうが!!」
「だがよ、苦戦してるじゃねェか! さっきだって……三人がかりでやりゃあすぐッ──!」
「奴との実力差は十分に分かっただろう? 中途半端は邪魔になると察しろ!!」
この期に及んでごちゃごちゃと反論を返す男にぴき、と血管が浮き立つのを抑えないまま怒鳴る。
「いいから麦わらの言う通りにしろ! ここは二人で十分だ、てめェはとっととてめェの使命を果たせ!」
「……お、おう! 任せろ!!」
言葉を選ばない怒号にフランキーは少し面食らったが、すぐに気を取り直したらしく扉の先へと消えていった。
一旦、胸を撫で下ろす。この先にはもうCP9はおらず、いるのは恐らく一般兵士程度。そして、おれが知る限りは戦闘能力などない顧問と同一人物であろう長官だけのはず。
おれたちがオリジナルを止めていれば、倒すことが出来れば。それで奪還は完遂する。
「は、……やってくれる、先に行かせたか」
額を押さえて言いながら、崩れた木箱の山から黒スーツが立ち上がる。その見た目はめきめきりと人外のものへ──豹人間へと変わっていく。
「だがまあ、貴様を伸して追えばいい話。おれを倒せると本当に思っているのか? なァ050」
「逆に聞くが、勝機もなくここまで来るとでも?」
不自然な、ドルルン、とエンジンが作動する音。
「ゴムゴムの、JETピストルッ!!!」
「忘れてんじゃあねェのか、二対一だってこと!」
人体から有り得ざるバイクのような唸りを鳴らし、加速度的に殴り掛かっていった麦わら。
「紙絵」
それを肥大した体躯でありながらも器用にするりと避けたオリジナルはしかし、その顔に警戒を宿していた。
「……見たところ速さは二倍増し。そんな隠し球を持っていたとは」
「ハァ、ハァ……増してんのはスピードだけじゃねェ、次は当てる!!」
その異音が由来するのであろう熱を含んでいるのか、麦わらの体中から蒸気が立ち上る。肌は赤く光り息は切れ、どう見たって長くは持たない。出来るならば短期決戦としたい所だが……相手が相手、そうすんなりとは進まないだろう。
「合わせろよ麦わら──嵐脚『凱鳥』!」
「おう! JETウィップ!!」
おれも彼奴も同じ六式使い、手の内は知れたこと。攻撃の予備動作から引き起こされる結果、その威力に至るまで殆ど全てを把握しているし把握されてもいる故に、純粋な力量勝負になってしまう。
だがしかし。
そこに麦わらという未知数、不確定要素が混じれば話は別だ。
まず凱鳥による斬撃を回避、そして次を避けられないと悟ったのか両足で地面を踏みしめ防御姿勢へと入る。生半可な攻撃ならば跳ね返されるが──
「ぐおッ──!?」
ズドォン!!!と。
豹の体躯が吹き飛び、重く響く──ダメージが通る。
純粋なスピードやパワー、戦闘能力。それら全てが一段階跳ね上がっているのはエンジン駆動の真似事が引き起こす強化故なのだろう。ゴム人間だからこそ出来る芸当ではある、が。
「……麦わら、それはどれ程持つ?」
「分かんねェけど、そんなには持たねェはずだ」
「そうか」
想定通りの返答。いくら体がゴム製だからといって、人体でポンプを作動させようなんざとんでもない無茶だということは想像に難くない。長くは持たず、無理矢理続けることになれば負荷はさらに上昇することになるはずだ。
「せいぜい配分は管理するんだな。おれがいる意味を考えろよ」
「おう! 頼りにしてる!!」
麦わらはにかりと明るく、しかし不相応に落ち着き払った笑みを浮かべる。言外に含ませた意図を察している辺り、この男は阿呆であっても愚昧ではないらしい。
「……迂闊だった。まさか、これ程の力を持っているとは」
攻撃は通りはしたが依然決定打にはなっておらず、豹人間は何ともないという風に立ち上がり距離を詰めてきた。
「麦わら、随分息が上がっている様だが……! その蒸気のせいじゃないか?」
明らかな身体の変化に、ぜえはあと尋常ではない息切れ。あちらも麦わらの状態は察しているようでそう挑発しつつも観察の目を辞めない。
「お前に勝てればそれでいい!!」
「成程……手強いな」
啖呵を聞き入れ一端の敵であると認めたのか、オリジナルは獣の指で口を覆いくつくつと笑う。そして口角は上がったまま、視線がおれへとスライドした。
「しかし……二対一、お前がそれを許すとは思わなかったが」
「この局面じゃあプライドがどうこうなんざ言ってられねェよ。……本当に、力不足で嫌になるが」
にや、と口端を歪めて嘲笑するオリジナルとそれを限界まで顔を顰めて睨みつけるおれは、傍から見れば対称的に映るだろう。だが笑っている余裕など今はないのだ。
挑発に乗るつもりはない。細く息を吐きながら冷静であれ、沈着であれと自らに言い聞かせ腰を落とす。最大火力を引き出す為、体を目の前の男と同じように──豹としての姿をとる。鋭敏になった感覚が動物としての毛皮で覆われることで、少しばかりマシに思えた。
「剃」
「そこかッ!」
だんっ、と踏み出し背後を取らんとするもやはり行動は読まれている。すぐさま対応され向かい合うことになるが関係はない、技を打ち込むだけ。
「嵐脚、『白雷』!」
「JETピストル!」
奴の上空から斬撃を振り下ろし、そして伸びてくる腕は遠距離から。手数は二倍で勝機はある、絶対的な強者じゃないんだ、諦める必要などどこにもない!
「もう一度聞くが」
目と目が、合う。
巨躯が懐へと入る、近付いてくる──奴は躱す手段としておれの方へと跳ねたのだ、と息を飲んだ時には既に、振り下ろした後の足を掴まれていた。
自由落下を待たず、宙を蹴り加速しながら地面へと飛んでいく。
「ぐ、ぅ……!」
「本当におれに勝てると思っているのか、貴様のような欠陥品が!」
ズガァン!!!、と。
空間が響動する程に石造りへと叩き付けられ、おれを中心としてひび割れが拡がっていくのを背中越しに感じ取る。同時にじわじわりと体中へ、倍増された痛みが。
「は……欠陥品、とは、……散々な言い様だな……!」
緩和し耐える為に溢れそうになる叫びを噛み殺し、声を出すのも辛い程の全身を駆け巡る苦痛を飲み下し。
自身の上で敵意を携えた男へと何とも苦情じみた睨みを利かせるが、見上げた獣は何処吹く風で。
「クローンとしての在り方を言ってる訳じゃねェ、そっちも大概だが……本題はコレだ」
オリジナルの手が、おれの腕を引っ掴んで。
「ッ──!?」
オリジナルの首に、おれの手が、指が掛かる。
「この距離なら外れることはない。簡単だ、指に力を込めるだけ。それでてめェらの目的は達成されるんだろう?」
手を人差し指だけを立てるよう──指銃の形へと無理矢理に変えられる。
……この上ない絶好の機会なのだろう。おれ自身の鋭い爪が、おれの顔をした相手の首に、肉に、触れ、て。
「ここまでお膳立てしてやって尚、何故勝ちを選べない? 何故、敵を殺せない」
『倒せる』のではない、『殺せる』のだと。
命の主導権がおれに渡されたのだと思えば思うほどに、視界が明滅して。
あの薄灰色の研究所が、目の前に。
吹き出る赤が指を濡らすのも、脳髄の混じった温度が降り掛かるのも、おれと同じ顔が光を喪うのも、全て幻覚だと分かっている。分かっているのに。
「お前が指銃を使えなくなったのはいつからだ?」
息が、できない。