ガレーラに居た頃から、自身の異常に気付いてはいた。
職場を絶えず襲う海賊を相手取る時、そして自称兄との手合わせの時。戦う場面は、気付かされる場面は、いくらでもあった。
──六式を習得してから長らく主たる戦闘手段として使っていた指銃を、今のおれは碌に放つことが出来ないのだ、と。
人肌に指を突き立てようとする度、凍らされたように指先が、腕が、全身が。歯の根が噛み合わなくなる程冷えて、がちがちに固まって動けなくなるようになったのは、あの研究所を出てから。
空気を弾いて打ち出す撥や火撥ならば手が震えることはない、ならば技術の劣化などではない。
精神の問題だと理解して、軟弱だと矯正しようとして、出来なくて。そのままここまで来てしまった。
「六式使いの癖に指銃さえマトモに使えねェ。『ロブ・ルッチ』の癖に、おれの癖に人を殺せねェ。それを欠陥と言わずして、一体なんという?」
六式を修めただけでなく、元の世界の誰より極めた。
その自負があったというのに今や六式の一つを満足に使えない。夢にまで現れる光景が纏わりついて、自身の指で人を傷付けることを恐れるようになった。
……それは、確かに、酷い欠陥に他ならない。囁かれる揶揄に、酸素の足りない頭では何も言い返す言葉が思い付かない。
諜報部員共に抵抗することも襲撃を止めることもガレーラを助けることも出来なかった、何も成せない欠陥品。ただ、借りてきた正義で殺し尽くしただけの悪。
ならば、それならば。
今のおれに、何の価値がある?
(……違う、違う! おれでも分かる、その言い分は絶対違う!!)
頭の中から声がした。
ちらつく意識が引き下がる。
──────…………
身体の支配権がおれに移り、閉じていた気道を通す。ひゅうと音を鳴らして、空気を取り込んで、それでようやく酸素が体を回り出した。
すぐさま掴まれていた腕をばしりと振り払い、覆い被さるオリジナルを突き放す。
「人を殺せない、殺さないことが欠陥になる訳ないでしょ! その道を迷わず選べる自分が世界の基準だとでも? 正義の押し付けとかほんっとに傲慢、嫌になる……!」
「貴様……クローンの方か」
刺すような睨みを気に掛けることなく、タン、と跳ね起きて体勢を立て直す。
「ルッチは落ち着くまで下がらせとく。おれだって戦えないことはないし、何より!」
「──麦わらさん!!」
「ゴムゴムのォ、JETバズーカ!!!」
「──ッが、ァ!!?」
蒸気を纏った超高速の掌底が、意識の外から豹人間を吹き飛ばした。
「……麦わらさん、十分な戦力がここにいて助かったよ。おれだけじゃあ到底、立ち向かえやしないもん」
対峙者を殴り飛ばした、伸びた拳先を見つつ独りごち、頭に思い浮かべるのは意識の背後へと押し込めた片割れのこと。
彼は間違いなくそんじょそこらの人達より強い筈なのだ、戦闘力も精神力も。けれど、それは本来ならばという話、この一年間で削れに削れた心は回復する暇など殆どなくストレスに晒されてきた。
壊れていないことが幸運なくらいに磨り減ったルッチは折れかける度、復帰する時間を段々長く要するようになっていることを、おれだけが知っている。
「どいつもこいつも邪魔ばかり……鬱陶しい! そも、その海賊を頼るのは何の信用があっての話だ?」
「そりゃあルッチが頼りにしてたから。なら大丈夫だって信じられるってわけ! 今のうちに負ける覚悟でもしときなよ、オリジナル!」
そして、あの気丈な負けず嫌いは絶対に戻ってくることだって知っているのだ。だから、せめて戻れるようになるまでの時間はおれが稼がなければならないと、自身の武器を構えた。
──────…………
表層に050が飛び出したその奥で、彷徨いかけの思考を掻き集める。
感傷など捨て去って気を張れ、心を固定しろ。こうして揺れている暇などはない、今は戦闘の真っ只中なのだから。
とにかく早く復帰しなければと浮上した、しようとした。
(……050?)
050の精神は、……びくともしなかった。普段であれば強く意識する必要もない入れ替わりができない。別段表側で意識の主が抵抗している訳ではないと、すぐに分かる程なのに。
(050! 今すぐ交代しろッ!)
(……ルッチ。代わりたいんなら好きに代わりなよ)
(代われないから言っているんだ! はやく、早く戻らないと、勝ちの目が薄くなる!)
(それはダメ)
焦りと共に急かしながら語り掛けれども、すげなく断られる。何故という前に答えが返ってくる。
(おれを退けて意識を代われないならさ、まだ全然回復してないってことじゃんか! それこそそんな精神状態じゃ勝てやしないよ、いいからお前は休んでて!)
……だって、ダメだ、こんな。
こんなことで心が折れて、どうする。これでは本当に、おれはただの足手纏いじゃないか。
(こんなこと、じゃない! さっきのはフラッシュバック、お前にとってのトラウマじゃん!)
脳内で反響する程の大声。ぐわんぐわんと意識が揺れ落ちそうになるのを何とか踏みとどまった。
(せめておれを押し退けられるようになってから戻ってきてよね、それまで生き延びるくらいなら出来るからさ!)
……強情な。意識が動く気配は見えず、食い下がっても聞き届けてくれそうにはない。
視界は未だ050のもの。戦闘は俯瞰してしか見えず代われないのが酷くもどかしいが、……言われた通り、まだおれは立ち直ることが出来ていないのだろう。大人しくしている他はない。
「精神虚弱で入れ替わった雑輩、それに命削りのドーピング? どちらも長く持ちはせんだろう! 特に、命を賭すのはあまり利口と思えないなァ麦わら」
「…………」
「目の前で色んなものを失うよりマシだ!! やれることは全部やってやる!!」
「お前は全てを望みすぎている!」
あからさまな煽りに麦わらが即座に返したのは、命を削るからには最悪でも全員生存、それが絶対条件という言外の宣言。それを対峙している相手も察したのか、眉を顰めて吐き捨てた。
「……さっきの爆音を感じたか? もう数分も待たず一斉砲撃が始まる、司法の塔にいるお前の仲間達はそこで死ぬ」
確認するような声色で紡がれたそれはバスターコールのことを言っているのだろう。どれ程の威力なのかなど想像もつかないが、島一つを破壊した実績があるそれを向けられているというのはただでさえ低い生存率を大幅に下げる要因となる。
……誰も死なないというのは理想の高い机上の空論、か?
「もし運良くここへ辿り着く為に地下通路を走っている者達がいたとしても──嵐脚」
どぉん!!!、と。
飛翔した斬撃によって切り裂かれた壁は呆気なく崩壊し、外部から海水が勢いのままに轟き渡り入ってくる。
ここは塔の地下、──海中。際限ない水源。奴が何のつもりなのかなどは考えるまでもない、背後に置いてきた一般人の顔が脳裏に浮かび、血の気が引いた。
「この海水が勢いよく通路へと流れ込み、そこにいる者達は確実に溺れ死ぬ」
「お前……!」
殲滅は手早く確実にとでもいうわけか。その発想はあまりにも合理的、そして非人道的。その行為に麦わらが怒りの感情を露わにしているのも、きっと奴にとっては想定内なのだ。
「何も上手く運んでやしないんだ。全員助けて無事脱出しようというお前達のぬるい考えがどこまで叶うか見せて貰おう」
「何やってんだお前ェっ!!!」
今週(10月第1週)のアニワンはサイファーポール特集!みんな見よう!