嵐脚によって出来た石壁の切れ目から、だくだくと海水が部屋へ流れ込んでくる。地下通路へと排出される分を鑑みたとしても水没するのは時間の問題。後に続いて来ていたであろう者達の安否も不安であるが、まず自身の安全を確保しないことにはどうにもならない。
(地下通路には戻れないし、先の扉も瓦礫に覆われてる! 部屋は水で埋まりそうだし……これ、おれ達も詰んでない!?)
きょときょと辺りを見回し慌てる050。いくらおれを間近で一年間見てきたとはいえ、050は訓練など受けておらず実戦経験も皆無に等しい。状況把握能力の不足も仕方のない事である。深呼吸をする心地で息を吐き、奥底から口を出す。
(落ち着け050。奴が何の考えもなしに海水という弱点に晒されるような真似なんざしないだろう、どこかに逃げ道がある)
(あ、そっか……冷静だねルッチ)
(ああ、だから代われ)
(それとこれとは話が別、っと!)
ぱっきりと断られたところで、オリジナルが動いた。たたたんと空気を蹴り、天井に開けていた筒状の経路へと跳ぶ。それを無警戒で追いかける白い鳥を見るに、罠ではなさそうだ。
麦わらが腕を伸ばして経路へ架けられた梯子を掴んで登っていくのを見送り、050へと声を掛ける。
(追い掛けるぞ。月歩は出来るか?)
(一応、ね。多分あんま上手くないと思うけど!)
宙を足の裏で掴み上へと駆け上がっていく動作は、見様見真似であるとしても稚拙という程ではない。恐らくは050の中の基準がおれ達であるせいで高く定まりすぎているのだろう。
たん、と上の階層に着地すれば、今までいた水没済みの部屋を麦わらが見下ろしていた。登ってきた経路を覗き込む顔には冷や汗が伝っている。
「海賊達がどうなったのか、ニコ・ロビンがどうなったのか……心配だろうな。助けに行きたければ行くがいい」
その様子にオリジナルがせせら笑う。据わった獣の瞳孔を見るに、奴は言葉に反して逃がすつもりはない。
「……おれはお前から目を離さねェ。あいつらは今どんな目に遭ってようと、必ず生き残る! でも、お前をここで逃がしたら……! お前は仲間達を殺しに行く!!」
ギン、と帽子の下の双眸が睨み返す。
「おれはお前から目を離さねェ!!」
──眼前にある脅威への正しい認識、そして最適解の弾き出し。
以前のはちゃめちゃな言動はすっとぼけなのではないかと思う程の思考回路に、上に立つ者の気質を垣間見た。
「……フフ、なかなかのボスの器。どっかのバカに聞かせてやりたいもんだ。だが、その判断に実力は伴うかな」
獣人の脚が弾むように駆け出し、標的を麦わらに定めて攻撃を仕掛けてくる。
「──お前が死んでも結果は同じだぞ! 指銃!」
「うぎ!!」
体を反らして躱した相手へと追撃を加えようとする前兆の動きに重なって。
ちゃりりと小さな金属音。
「戦力外に見てるね? おれのこと」
「……ッ!!」
寸前の予感があったのか咄嗟に嵐脚の姿勢を取り止める、が。銃などよりもずっと速く飛来するソレに反応速度は僅かに追い付かなかったようで、ビッと豹の体毛に覆われた頬や腕の皮膚が裂け、たらりと赤が垂れる。
一体何事かと言いたげに流した目が自身に傷を付けた物を追って、少しだけ見開かれる。
「釘、だと?」
釘、大工用具の釘である。
ガレーラ御用達のそれは一般のものより遥かに上質で頑丈だ。……黙って掴み取って来たのだが、まあ、事情が事情なので許してもらえるだろう。
備えあれば憂いなしとはこの事か、050の進言から出立前に服のあちこちに仕掛けていた小道具の編み出した結果は上々。
「ちゃーんとダメージ入ってるみたいでよかったよかった! メインこそ張れないけど、これならサポートくらいはやれるかなーって!」
当人はサポートだけと言っているが、戦闘に関しては技術が届いていないだけ。体の、筋肉の使い方は充分に身に付いている。だからこそ釘なんて戦闘用でない物を対抗策として投げ、牽制することが可能なのだ。
「貴様、」
「そこだーっ!!」
此方へと敵意が向いた途端に麦わらの腕が飛んでいく。大きな傷こそ入りはしないが注意を引く役目は負えるのだと、鉄塊でガードをしつつも拳を食らった敵対者を見て050が笑った。
「別に体術にこだわりなんてものないからさ、小細工だの搦手だのに頼るのも視野に入ってくるワケ」
「……貴様もおれなら、六式で戦ったらどうだ!」
拳の嵐を捌きながら、苛立ちの籠った声がおれへ……いや、050へ投げられる。その言葉に片割れはふん、と鼻を鳴らした。
「おれはねオリジナル。君みたいな六式のプロフェッショナル相手に、見様見真似の付け焼き刃なんかでおんなじ土俵になんか上がりたくないの! 六式同士で戦いたいんだったら、ルッチを落ち込ませたこと謝ってみたらどう?」
「ッチ、猪口才な……!」
こちらに殺気が向けば反対側からゴム製の手足が伸び、即座に飛んでくる反撃を麦わらが躱しきれそうになければ妨害を。作れるのはかすり傷ばかりといっても蓄積すると思えば馬鹿にはできないことを、逐一回避や防御行動を取るオリジナルは理解している筈。
躱し防御し時には喰らい、ダメージの加算は同程度。膠着とまではいかないが、二対一でも有利と言えるような状況に持ち込めてもいない。
そして、先程から前へ表へ出ようとしてもやはり、……代わることは出来ないでいる。この局面で何故立てない? 何がつっかえているのかさえ、分からない。
(──ルッチ! 『アレ』やりたいんだけど、使い方教えてくれない?)
(ぁ、……ああ)
自己嫌悪の波に飲まれそうになったところで声が掛かる。
『アレ』なら確かに有効打になり得るだろうが、即興で最大火力が出るものではない。最適解のタイミングを見計らいつつ、戦闘指示へと集中する。
「二対一とはいえここまで持ち込まれるとはな……だが、逆に言えばここまでだ。勝てるのか、貴様らはおれに!」
「勝てなきゃ誰も守れねェだろ!」
売り言葉に買い言葉を返し、だん、と地面を蹴り瞬発的に一直線に豹へと向かっていく麦わらの背に追従するよう示す。
(やるなら今だ、タイミングはあいつに合わせろよ)
(りょーかい!)
「ゴムゴムの!!」
(体の動かし方は分かるか? ……そう、そこだ)
赤いベストの背後から飛び出し、並んで懐へと入る。そうして見えた表情は微かな瞠目。驚きもそのはず、両手を握り前へと突き出した今の050の体勢は、奴にとっては見慣れた代物だろう。
そして、その威力を一番身に染みて知っているのも奴であるから。
「JETブレットォ!!!」
「六王銃ッ!!!」
「……ッ!!?」
放つは六式の究極奥義。
近接距離からのゴムの慣性と内部破壊の衝撃波が、鉄のように固まった豹人間の体躯へ一挙に叩き込まれた。