世の小説書きさんはこの辺りどうやって……?
入院三日目、今日は窓から曇り空が覗いている。午後か明日には雨でも降りそうだ。
ぼう、と窓の外の景色を眺めていると、扉の奥からこの病室へ向かう足音。そして人の気配を察知する。
「邪魔するぜー」
がらがらとノックもせずに入ってきた男に振り向いて、にっこりと微笑んだ。
「おはよう! 毎日誰かしら来てくれるってのは嬉しいなァ……でもノックはしてね?」
「おっと悪ィ! まァこれで許してくれ、見舞いな」
ばさり、と手に持った花束を揺らす。口だけで全く悪びれていない様子、ギリギリ知り合いと呼べるかどうか程度しか話していないというのに随分と気安い男だと内心息を吐く。おれの知っているパウリーと精神年齢そう変わらないんじゃないか?
「それって花? へェ、なんか意外。マリーゴールドとミモザかな」
暖色で華やかに纏められた花束を見て、それらに込められた言葉を思い出す。黄色いマリーゴールドは健康、ミモザは感謝や思いやり……辺りの意味だったか。
窓際に置かれた空の花瓶に整った花束を何とかそのまま移し変えようと難しい顔をしながら、おれに背を向けたまま金髪は話す。
「意外ってどういう意味だよ……別になんでもいいけどな。花の名前は知らねェが、お前のこと話して入院のお見舞いにっつったらこの花束作ってくれたんだ」
「ふーん」
花を生ける経験などないのだろう、拙く飾られた花瓶が窓から見える灰色の空を彩った。
唇の端に手を当てて男が向き直る。ここは病院だ、以前見た時のように葉巻が吸えず口寂しいのだろう。
「昨日はルッチが来たろ? お前が、あーその、事情アリっぽいし、着の身着のままって感じだったから……せめて服だけでも買ってやろうってなったんだ」
誰が行くかって話でルッチが真っ先に手を挙げたのにはビックリしたが、と若干の気まずさを抱えているらしい彼の話に納得する。
「あー、だから突然服持ってきたの! 助かるけどお見舞い品としてどうなのかなって思ってたんだよねェ……」
見舞いのセンスまで終わっているのかと思った、とは流石に言わないでおく。
──こちらのおれが真っ先に訪れてまで確認したかったことは、やはりおれの正体だろうか。ただの船大工であれば、今話している男と同じく警戒することなどないはず。そして違う世界線とはいえおれはおれだろう、昨日で確信した。
ならば、考えられる最有力候補として。『ロブ・ルッチ』はここに潜入しているということか? 仮説に過ぎないが、恐らく遠くはないだろう。足で集められる情報がないために頭で考えるしかないことが悔やまれる。
「っと、なんて呼べばいいんだっけか。おれはパウリーだ」
「そういやァ自己紹介してなかったね? ヒョウ太言います! よろしくね」
「おう! ンー……やっぱ、似てねェよな」
眉を顰め、ゴーグルの下の目を細めて顔を覗き込んでくる節穴。……いやこれが普通なのだ、こいつ以外が尽く気付くものだから、感覚が麻痺してしまったかもしれない。
「またその話? 昨日もしたよォ、それ」
「ヘェ、ルッチと? じゃあ当事者じゃねえか、あいつはどうだって?」
……そういえばなんと言っていたか。ハットリが頷いていたのは覚えているが、当人からは聞いていない気がする。
「ハットリは似てるって言ってたよ! 本人の方は……わかんないなァ〜〜」
「いやなんでだよ」
本心は似ているどころの騒ぎではないと分かっているだろうけれど、如何せん外面でどんな対応をしているか知らないのだ。
「ま、いいか。おれァ明日も来るつもりだから、なんか欲しいもんあったら言ってくれ」
「欲しいもの~~? そーだなあ……ずっと寝てるだけって暇で暇でしょーがないからさ、本とか持ってきてくれたら嬉しいな!」
「本? そんだけでいいのかよ?」
こくりと頷く。ただの本一冊であってもその土地その国の文明レベルや文化というものは現れるものだ、読んでおいて損はない。
「遠慮しなくていいのになァ……どんな本がいいんだ?」
「うーん、歴史書とか?」
即答する。この世界の一般常識を知るにはそれが一番いいものではなかろうか。
「病院でまで勉強かあ?見た目通り優等生なんだな」
「眼鏡で判断してない?」
「……ンなこたねェよ」
じと、と目を細めればバツが悪そうに逸らされた。
「んじゃまた明日な!」
「はァーい!気を付けて!」
部屋を出ていく葉巻の匂いを笑顔で見送って、足音が遠のくのを確認してから。
顔から貼り付けていた笑みを剥がす。代わりに浮かぶのは、留めていた脂汗。
「っ、は、ァ゙……ッ」
ずくりずくりと鈍く響く痛みに、先程まで耐えられていた苦痛の声が堰き止めきれずに溢れた。思わず体を丸め足を押さえようとして、触れれば治りが遅くなると理性で止めた。
……バレていない。バレていなかった、はずだ。
顔を覗き込まれたときは流石に危ういかと思ったが、そこは意地。話している途中に痛覚が戻って痛みだしたことを気付かれれば医者でも呼ばれていたことだろう。それで面会謝絶なんてことになれば本格的に何も出来やしないのだから。
大丈夫。痛むということは神経が戻ってきた証拠。傷が開かないように、足に入れそうになる力を指先に込めて、枕が破けそうになるまで抱き締めた。
──────…………
次の日、入院四日目。
眠れてはいないものの、一晩明ければ少しは痛みが治まるだろうと思っていたが、現実はそう甘くなかった。夜中から降り出した雨のせいで変わらない鈍痛が襲ってくる。
気を逸らす為に、この数日間で慣れきった窓を見る。しとどに降り頻る雨と灰色の四角を彩る黄色に少しだけ、気分が落ち着いたような気がした。普段は花へリラックス効果など期待しないのだが。弱っているのかもしれない、と自嘲する。
……またノックもしない男の気配がする。
眉間を揉んで、目を見開いて。きちんと『ヒョウ太』を被れたところでがらりと扉が開いた。
「入るぜー」
「だからノック……まあいいけどさ、おはよ!」
言いかけた小言は意味が無いと途中で留め、明るい挨拶を。つかつかと歩み寄ってくるそいつの手の中に本が収まっているのを確認した。
「あー……やっぱ辛ェよな。無理してんなよ」
「……え」
「痛むんなら医者を呼ぶか? それとも寝るか? おれァすぐ帰るからよ」
──悟られた?
このおれが、こんな単純な演技を誤った?心配そうなその瞳に射抜かれるようで居心地が悪くなる。節穴なんじゃなかったのか。意図せず瞼がぴくと動く。ここで誤魔化す方が、不自然か。
「ぬは〜〜っバレちゃった?あんまり心配させたくなくってさ!」
無理って程じゃないよ!なんてからからと笑いながら布団越しに足を擦る。口端の引き攣るような痛みを引き上げることで隠す。
「だァから! 無理すんなって、無理やり笑うなって言ってんだよ! なァ、何に気使ってんだ? お前」
ずい、と髭面が近付いた。
何にって、だって、……そういえば、なんで?
まだ怪我から数日しか経っていないのだから、痛むのだって当然なはず。
痛がり方が大袈裟であればそりゃあ行動は制限されるだろうが、そうでなければ何も不利益などない、ことに、今、気付いた。
じゃあ、なんで。
なんでおれはこんなにむきになって、隠そうとしているんだ?
いや、いや。……当然、だ。
誰にも、弱い所を見せたくないだけだ、おれは。得体の知れない世界で、明確な味方のいない世界で、弱さなど吐露できるはずはない。
この程度で折れていては何も出来ない、ましてや生徒会長なんて務まりはしないから。
「だって、迷惑かけてばっかりでしょ?入院してるお金だってぼくのじゃないしさ。だからこれ以上負担かけるのもどうかなーってだけ」
肩のこわばりを抑え込む。視界の震えを抑え込む。また動揺を隠せ。今度はバレないよう、この弱さは巧妙に覆い隠せ。決して騙せない相手ではないのだから。
明らかに納得していない表情のゴーグル男は、くしゃりと自分の髪を掻く。
「お前がそう言うんなら信じるけどよ。なんでそんなに気ィ張ってんのかは、……おれにはわかんねえ。ここはお前にとって安心出来る場所にはならないか?」
友人と同じ声、友人と同じ顔。いっそ自分の生き写しを見ているときより心が揺れそうになるけれど。
……残念なことに、その言葉には頷くことは出来ない。曖昧な笑みを返し、本を受け取って。それで今日は終わりだった。
模範的掲示板民としてヨワラーです。
でも折れた分だけ強くなることを求めているので単なるスパルタかもしれない。