水の都で命は踊る   作:盆回

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無力の味はいかほどか

 

「ッ何を、血迷ったか? 050!」

 

 苛立ちに驚愕、怪訝さの含まれているのだろう声色など、気にする余裕は欠片もない。芯へ打ち込まれた衝撃波は突き抜けて逃げることさえせず体内に留まり、骨から内臓までを余すことなくみしりばきばきりと鳴ってはいけない音を立てて破壊していく。

 

「ぐ、ぅ──き、っづ……!!」

 甲板へと落下して、だら、と口端から血液が垂れるのを自覚して、一拍遅れてその分の痛みが大挙して押し寄せて。

 皮膚感覚がどうの、痛覚がどうのなどを飛び越えた筆舌に尽くし難い激痛に、表層にすら出ていない意識が吹き飛びそうになる。

 

 奥にいることが感覚のフィルターとなり、幾らか痛みが軽減されている筈のおれでこうならば、直接ダメージを受けている050の苦痛は一体どれ程のものとなっているのか。

 気を失ってもおかしくないのに、叫びに呻きすら押し殺し、050は俯きながらも膝を着きつつ立ち上がる。

 

 

 

「……まァ、いい。追う手間をかけずに済んだ、これで妨害も終わりだ」

 けれど、目の前には追い討ちが。

 

 

「もうそろそろ疲れただろう? 引導を渡してやる」

「ッ、げほ、ぐ──」

 ぎしりみしりと壊れ掛けの音が鳴る今の体では、逃げたって追い付かれるのは自明の理。全身に響く痛みの中、どうしようもない状況に脂汗が滲む。

 

(ま、ずい────っ)

 

 

 

 

 不意、に。

 ドドドォ……ン!!!、と。

 

 

 

 

 

 

 熱風。

 思わず思考を中断する程の爆発。目と鼻の先、間近で暴風が。

 

 

「……フン」

 不服そうな息を吐いて、目の前からオリジナルが消え去る。瞬間先程まで人影のあった箇所に着弾して炸裂する赤黒い炎に巻き込まれんとしたところで。

 

 

 

 

 

 がばり、と背後から巻き付いた腕によって、体が浮いていた。助け、られた。麦わらに。

 

「何で味方の軍艦撃つんだ!? バカかあいつら……意識あるか!? ヒョウ太!!」

 海兵の悲鳴が響く中でも聞き取れた頭の上から降るぼやきに、ようやく現状を把握出来る。海軍が味方ごとまとめて撃墜しようと砲撃を仕掛けてきたのだ。

「だ、……いじょぶ、ギリいきてる……」

 麦わらからの安否確認に050が浅い息を洩らしながらかろうじて、といった形で応答すれば、密着した気配がほんの少し安堵の色を付けた。

 

 

「しっかしどうすっかな、逃げ場がねェ」

 今のところは駆けずり回りながら砲撃を避けているが、沈み行く船にいる以上長居をすれば水没は必至、おれ達能力者にとっては詰みとなる。

 かといってどこかに飛び移ろうにも、恐らく麦わらが跳べる範囲内には船も建物もないのだろう。きょろきょろとしながらも腕を伸ばす等の大きな移動の予兆はない。打開策を考えつかなければ集中砲火でお陀仏だ。

 

 

 

 

「……なら、これしか、ない。掴まってて麦わらさん!」

 

 

 絡み付いた腕を解いて、だらりと喉から落ちた血を拭って地に足を付け麦わらの胴体を引き寄せる。050の思考回路を読まずとも、ぎしりと嫌な音を立てる体の動かし方でこれから何をしようとしているのかを理解した。

 

「跳べないんなら、さっきのとこまでおれが背負って戻る! 船から離れれば砲撃だって脅威じゃない!」

(ッ何を)

 

 麦わらに、あるいは自身に言い聞かせるような言葉は理解こそ出来ても賛同は出来ない。

 平常ならば身長が同じか少し高いくらいの人一人分の体重など無いに等しいが、今は立つことが精一杯な程の怪我を負っているのだ。その状態で負荷を背負い、尚且つ月歩を行うのはいくらなんでも無謀でしかない。

 

(これ以上の体の酷使は無理だ050、本格的にブッ壊れるぞ!)

「そんなボロボロなのに、そりゃ無茶だろ!?」

「関係ない! 今は、無理でも無茶でも、通さないと……!」

 無理無茶無謀を貫こうとする片割れは、中から外から口々に言われても頑なに意思を曲げずに麦わらの体を改めてしっかりと抱える。

 

 

「……分かった、頼む!」

 重体とは思えない覚悟を推し量ったように麦わらが腹を括り目を尖らせたのを確認して、050は燃え盛る船から跳び立った。

 

 

 

 

 

 たん、たん、たんと空気を蹴り、着実かつ確実に。

 歩を進める毎に生理的な涙すら滲んで、画面のような視界がぼやける。は、はと短い息を吐きながら、先程飛び出した崩れ掛けの壁面に落ちるようにして飛び込んだ。

 

「っ……ぐ、ぅ……」

「あ、っぶねえ!」

 到着して気力が底を尽き、呻き声と共にぐらり倒れ込みそうになったのを麦わらの手が支えた。そのまま壁際に積み重ねられた瓦礫の段差に寝かされる。

 

 

 

 動く事も出来ずに固定された目が、固く握り締められた麦わらの手を映した。

 

「……お前がしたのは死ぬ覚悟じゃないんだろ。なのに、何で庇ったりなんかしたんだ!」

 あの技を受ければどうなるのか、分からなかった訳ではないのだろうと。それでいて尚、どうして身代わりになったのだと、叱りつけるような語調。

 

「お、れじゃ、……あしでまといだから。盾になるのが、おれに出来る最大限だから、いちばんの勝ち筋だから、かなあ」

 それに視線を床へと落とし、050はぽつ、ぽつと理論立てられた理由を吐き出す。それでもまったくもって納得していない気配の麦わらに片割れは無理して笑って、背中を押す為の言葉を添えた。

 

 

「おれ、ここまで、がんばったんだから。勝ってよね、麦わらさん」

「……分かった、絶対勝つからよ。ヒョウ太はそこで寝てろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリジナルが着地し、其方へと向かう赤いベストの背中を見ながら、口が動く。

 

 050が、伝えなかった本音を零す。

 

 

「……ううん、ちがうかも。ほんとは、何も考えてなかった。体が勝手に動いた。……いたいなあ、いたい、よね。ごめん、ごめんなさい、ルッチ……」

 

 ……知っている。庇ったのが策略も何も無い無意識だったことは、読み取れなかった心中でとっくに知っていた。

 

 

 うわ言のようにそう謝ったのを最後にして、050の声はぱたりと途絶えた。

 

 

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