表側に張っていた意識が完全に落ちて、肉体の主導権がおれに移った、のに。今度は身体中に走る激痛で動けない。
立ち上がることはおろか、体は身動ぎさえもできずに軋むだけ。
「……あんな砲撃で死んでもらっても興醒めだが、麦わら。そっちのお荷物はそろそろ死んだか?」
「バカ言うな……! ヒョウ太は荷物なんかじゃねェし、おれが死なせねェ!」
麦わらの作り出した背後の安全地帯で、こうしてオリジナルとの戦いを眺めることしか出来ずにいることに歯噛みした。
……本当ならば、おれもあの場所に立って戦わなければならないのに。
島を殲滅せんとする砲撃音が彼方に聞こえる中、罅の走る空間には緊迫感が充満している。対峙したルフィの後ろ、意識があるのかないのかさえ曖昧な虚ろな目をして見ているだけの複製にルッチは舌打ちを一つ。
「強がりを言う。今やお前にとっても邪魔でしかないだろう、そいつは。……ッチ、仮にもおれと同存在だってのが腹立たしい」
「さっきからよく分かんねェことばっか……! 何言ってんだお前は!!」
「貴様には理解出来んだろうよ」
元よりルッチには煽り以外で海賊との会話を長引かせるつもりもない。怨言に眉を顰めて噛み付いてくる麦わらの言を乱雑に切り捨て、戦闘態勢を灯す。パワー重視の体格を悪魔の力と生命帰還によって変化させていく。
「──『紙絵武身』。命を削っている割には余力がまだまだあるらしい、スピードで押し切らせてもらおうか」
「……これが、最後だ……! ギア、セカンド!!」
数度目のギア上げによって身体の限界を超過したルフィと、細身となり豹としてのスピードをフルスロットルに引き出したルッチ。現在にして、二人のステージはほぼ互角の位置にあった。
「ゴムゴムの!!」
ゴム製の腕を硬く引き絞る。腰を据えて体に掛かる動力を最大限使い。
「JETピストル!!」
「く!!」
弾丸のように打ち出された拳を腹に受けて歯を食いしばり後方へと弾かれたルッチであるが、そのダメージはルフィが想定していたよりも浅い。
「……!! 後ろに飛んで衝撃を減らした!!」
一瞬の判断は全て最適解となる。極めたのは六式だけではない、元来の才能に加えて幼少より訓練してきた戦闘のプロフェッショナル。それが世界政府の殺戮兵器の名を受けたロブ・ルッチという男だ。
体勢を整え、ひゅん、と風切り音。
それがルフィの耳元に届いたときには、既に豹人間が懐に潜り込んでいた。
迫る一対の凶腕。今度こそ、庇うものなどない。
「六・王・銃ッ!!!」
時間も空間も、自身の命すら全てが止まってしまったかのような衝撃波が全身へと行き渡る。
心臓の鼓動とは別に、どくんとルフィの血流が波打つ。細い体躯が吐き散らされた赤い液体と共に宙を舞い、重い音を立てて地に落ちた。
「ゲホッ……空島の、衝撃貝みてェだ……! だけど、パワーはあの何倍もある……!!」
這いつくばってげほげほと血の絡んだ咳をするルフィへと、ルッチは油断することもなく追撃に足を振り上げる。
「嵐脚、『凱鳥』!!」
「ッ!!」
ガリガリと石造りの床を削りながら命を刈り取ろうと飛んでくる斬撃を、すんでのところで横に転げて避ける。標的に当たらずに壁へと向かったそれは爆発じみた轟音を鳴らして外壁ごと切り崩した。大きめの瓦礫に手を掛け立ち上がり、ルフィもまた技を繰り出す。
「ハァ……ッ!」
「まだ立つか……!」
砂塵の中を駆け、攻撃、回避、ぶつかり合い。拮抗した二人はぜえはあと息を切らし、血を流し。しかしどちらも倒れることはない、倒れてしまえば後などないと理解しているからこそ倒れることは両者共出来ないのである。
ルッチの放った嵐脚によって、蚊帳の外であった海軍達も二人が戦闘している場所に気付いたのか、橋を落とし壁を抉る海軍の援護射撃が響き渡る。
これでもう逃げ場はない、そも逃げる気もない。
「ルフィ君〜〜ッ!! ここだーッ!!!」
壁の穴から見える先、仲間の──そげキングの声援が船長へと届く。
全員無事だと、ニコ・ロビンも助けることが出来たと。あとはお前だけなのだと叫ぶ声。
「そいつに勝て!! 生きてみんなでここを出るんだ!!!」
これで、憂いはなくなった。
事態は最終局面へ。
──────…………
──戦いの音が、聞こえる。
「どうした、心なしかそのドーピングの技の切れも落ちてるぞ!」
酷くノイズがかった五感でも聞こえている、見えている。
崩壊の音の中、蒸気を上げて麦わらは戦闘を続行している。先程真正面から六王銃を喰らったばかりだというのに、息をするのも苦しいだろうに、未だ反抗して動いている。
「所詮貴様らにこのエニエス・ロビーは越えられん! 例えこの島の形が滅んでも、世界政府の志向を邪魔するあの女は、地の果てまでも追っておれが消し去る……!! 闇の正義の名のもとに!!」
「そこからロビンを逃がす為におれ達は来たんだ!!!」
信念の応酬は不理解の殴り合いとなり、目にも止まらぬ速度での攻防は他の介入を良しとしない。
聞こえている、全て。
衰えた耳でも、常人より遥かに良い耳は近くの戦闘音も何もかも掴んで脳へと届ける。
「愚か者めが、全ての行動は無駄なのだと何故分からないッ!! アイツも同じだ、おれの癖して歯向かって、おれの癖して無様を晒す……! 腹立たしい、腹立たしい……貴様と纏めて必ず殺してやる!!」
おれと同じ声が聞こえる。
怨嗟を言紡ぐ声が、聞こえる。
「訳分かんねェケチの付け方しやがって! ……クローンだか何だか知らねェけどよ! ヒョウ太はお前じゃねェだろ!!」
「────」
聞こ、える。聞こえた。
「……貴様におれ達の何が分かる、何を知っている!?」
「何にも知らねェ! けど、確かに顔も喋り方もそっくりだけど! アイツとお前じゃ色々、全然違うだろ!! それくらいおれにも分かる!!」
塞がりかけた耳でも、叫ぶ声は克明に聞こえている。
会ったばかりの聞き馴染まない声が、どうしてすんなりと胸の内へと入り込む?
他人である筈の男が吐く、不明瞭な中身をした言葉が、何故こんなにも奥底に刺さるのか。
……いや、理由は分かっている。分かっていたつもりだった。
事実、元の友人と同じ顔をした奴らのことは、……少し面影を重ねてはいたけれど、別人だと理解して接していた。
けれど、おれ自身にそれを適用していなかったのだと、今ようやっと気付いたのだ。
そうか、おれは、アイツじゃないのか。
生まれも育ちも思考も嗜好も、掲げた正義だって違う。別の人間だ。
根本が同じなだけで、別の人間だ。
ずっと、そうだった。
おれと『この世界のロブ・ルッチ』は全くの別人なのだ、と。
──その言葉が、一番欲しかったのかもしれない。
だから、立て。
薄ぼけた視界が晴れるのは光が差したから。喚く心のままに、痛む手足に力を入れて、軋む体に鞭打って、任せっぱなしになんてしてはいけないと意識が研ぎ澄まされていく。
……ああ、そうか。今更になって分かった。あれ程に覚悟を決めていた050はきっと、ずっとこう思っていたのかなんて。
決意を固めて、声に変える。
「こんなとこで倒れてなんか、やれねェよな」