水の都で命は踊る   作:盆回

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救いの船に飛んでゆけ

 

『ぜ……全艦へ報告!! CP9ロブ・ルッチ氏がたった今! 海賊麦わらのルフィらに!! 敗れましたァ!!』

「ル……ルフィが!! 勝ったァーーッ!!!」

 

 しゅうん、と膨らんだ腕が体ごと萎んだ音の後。

 確認から信じられないとばかりに一拍空いて、驚愕と歓喜の入り乱れたどよめきが空気を割る。今まで例の無かった異常事態を受けての動揺は戦いの手を止めさせていた。

 

 

 そして、新たな音がきいんと吹き込む。

『やったぜ麦わらさ〜〜〜ん!!!』

『ったく、黙ってろってのに』

 おおお、と拡がる電伝虫越しの大声は司法の塔前で分かれたフランキー一家のもの、そしてそれを咎めるのはパウリーの声だ。

 

『アニキー!! おれ達ァ全員無事ですよー!!』

 谷底にしがみついて避難している、バスターコールの砲撃は全て巨人が受け止めたのだと。直撃して全員が生き延びているとは、生命力の強さにいっそ笑ってしまいそうだ。

 

 

『逃走手段もあるんでこっちは大丈夫!! 後で生きて会いましょう!!』

 

 

 安全圏にいる、逃げる方法も確保しているというのならあちらはもう大丈夫。おれが心配することは何もない。

 

 

 

 

 ──だから、今立ちはだかる問題は一つ。

 

 

「おいルフィ! ヒョウ太!! 急いでこっち来いよ!!」

 わあわあと騒がしい戦場の傍、張り出した鉄骨の上で仮面を捨てた狙撃手が捲し立ててくる。

 

「ゴムゴムでも六式でもなんでも使って飛んでこい! あとはおれらが担いでやるから!!」

 周りは海と軍艦に取り囲まれている、ここにいれば殺される。そう叫んで急かす声に応じようと横に倒れた自身に力を入れても、酷使を重ねた体は脳の危険信号を受け取ろうとしない。

「……おい、ルフィ……お前は動けるか……?」

「はァ……ダメだ、っ……ぜんぜん体が動かねェ……!」

「そうか、は、ッ……おれも、だ……」

 食い縛った口から返された言葉はおれの状況と全くの一致を示す。限界を迎え、そして無理矢理に超えた。そのツケが回ってくるのは至極当然の話だろう。

 

「おいバカ言ってんじゃねェよ!! 敵は倒したんじゃねェか!! ロビンも取り返した、後はもう帰るだけじゃねェか、頼む! 頑張れ!!」

 頑張れなどと言われても、もう既に頑張っている。文字通り死力を尽くしてしまったのだから帰りのエネルギーなど残っているものか。少し時間が空きさえすれば回復も可能だろうが今は一分一秒が惜しいのだ、そんな余裕は微塵もない。

「ックソ、動けりゃすぐの距離なのに……!」

「ぐ、ぎぎ……! やべェ!」

 立ち上がれない内に脱出船に砲撃が飛び、火炎を上げて爆砕する。全員無事ではあるようだが、これで完全に逃走手段が無くなってしまった。

 

 

 そして。

 

『第一支柱に一斉砲火用意!! 麦わらのルフィをただちに抹殺せよ!!』

 

 巨大な船の砲台全てが、おれ達へと向いた。

 

 

 

 

 

 戦場に似つかわしくない程の停滞があった。指一本すら動かせず、世界から切り離されて時が止まったかのような。

 ……そして、それを撃ち抜こうとする攻撃が今放たれんとしている。

 

「ねえ立って!! お願い!!」

「何か手はねェのかよ……!!」

『立てーッ! ヒョウ太! 麦わら!!』

 多種多様の声が響けども、それが力に変換されることはない。苦難を乗り越えればその次もまた苦難、ここで死んでやることは出来ないってのに。

 

 

 

 

 絶体絶命の状況下で。

 ルフィが突然、あるいは何かに触発されたかのように、ぽつと何かを呟く。

 

「…………下を、見る?」

 

 

 

 

「……誰?」

「何だコリャ!」

「下を見ろって……!」

 疑問符に塗れた麦わらの声を皮切りにして、別の支柱で戦う一味の表情が変化する。皆一様に混乱しながらも、何がしかに耳を傾けているように見えるのが不可思議だ。

 

 

 

『砲撃五秒前』

「海へ飛べーーーッ!!!!」

 

 集中砲火直前。

 涙声の絶叫が、大混戦の戦地に轟いた。

 

「助かるんだ……! 助けに来てくれたんだ!! まだおれ達には仲間がいるじゃねェかァ!!!」

 

 感情の噴出を表すかの如きウソップの叫びに合わせ、並んで生えた腕によってごろごろと転がされていく。……何を考えている? 落ちる先の海は荒れており、ましてやおれ達は能力者だというのに。

 

 ヤケになったかと思ったが、麦わらの一味達の表情にも声色にも諦めはなく、代わりにあるのは希望と煌めき。諦観でもイカれた訳でもない、ならば何故?

 

 

「おい、下って、海じゃ……!?」

 

 

 遂に床が途切れ、宙へと放り出される。なんとか首をよじり着地点を確認して。

 そこでようやく、ここにある筈のないものが見えた。

 

 

 

 

 見覚えがある、だからこそ分からない。

 

 ガレーラの職人をして再生は不可能だと言わしめた、見える所からそうでない所まで余すことなく傷に埋め尽くされ崩壊寸前だったキャラヴェル船。

 

 

 

 大型船の合間を縫って、荒れた海流を乗り越えてきたそれは。

 威風堂々と麦わらドクロの帆を張って、羊の船首を掲げたそれは──

 

 

 

「メリー号に!!! 乗り込めーーーッ!!!」

 

 ぼろぼろの羊船。傷だらけの船首が、仲間を迎えに来たと誇らしげに笑っているようだった。

 

 

 

 

 呆けている内にも重力は等しく掛かる、水柱を勢いよく上げて、小さな海賊船のすぐ近くの海へと落ちた。身動きが取れる取れないという話ではなく、海水に浸かったことによる倦怠感に襲われて飲まれかける。

 

「ほら乗んな能力者共!!」

 ぐい、と首根っこが引っ張られ、肩を強ばらせた数瞬後にはもう、羊の船へと投げられていた。んががが、という特徴的な笑い方にその粗雑な救助の手の主を悟る。

 ……ココロさんだ。人魚だったのか、あの人。

 

 

 

「信じられねェ……この船はあの時海に……!」

 辺り、特に船上を見渡しながらフランキーが慄くのに、首を動かさずに内心で同意する。確か心臓部である竜骨がやられて次の島まで辿り着くことさえ出来ないという話ではなかったか。

 そして船を動かすには当然乗組員が必要となる、が。気配を探れども目に見える範囲にいる一味以外は誰もいない。

 

「一体誰が乗ってきたの!?」

「そんな話後だ! 指示を出せ、ここを抜けるぞ!!」

 海賊狩りの一言で、甲板がどたばたと騒がしくなる。帰路の確保が一応は出来たとはいえ、依然敵に囲まれているこの状況は変わらないのだ。

 

「危なかった、軍艦に殺されるかと思ったー!!」

 まだ荒いながらも一息ついたとばかりに、張っていたのだろう気が解けてルフィは呑気な声へと戻る。

「ロビン! 助かった、ありが……むぐ」

 そのまま、支柱から落としてくれたことへの感謝の言葉を紡ごうとした船長の口を、ぱん、と床から生えた手が塞いだ。

 

 

 それをした船員は笑う。

 大人びているようで、どこか幼い少女の面影を感じる笑みで。おれを含む全員を見渡して。

 

 

「みんな!! ──ありがとう」

「気にすんな! ししし!!」

 

 

 

 

 

 

「んなくだらねェ事言うのはここ逃げ切ってからにしろよ!」

「くだらねェとは何じゃマリモォーッ!!」

 形式だけの口喧嘩は喜色に溢れ、わあぎゃあと明るい声が上がる。まだ戦場の真っ只中だとは思えないほど。……けれど、もう何も憂うことは無い。流れは、運は、此方へと向いている。

 

 

『逃がすくらいならばニコ・ロビンごと吹き飛ばせ!! 全艦砲撃用意!!』

 顧問と同じ声の号令が掛かってから撃ち込まれる砲弾は、その一切がこの船に当たることもせずに落ちていく。海流が味方に着いているのだろうか、荒れ狂う波の中で問題なく進んでいる小さな帆船はいっそ不気味に思われそうだ。

 

 

 そしてもう一段階、海に変化が。

『正義の門がいつの間にか閉じていきます!! 門に阻まれた海流が渦潮を生んで……舵を取られる!!』

「うっひょー想像以上!」

 渦に飲まれまいと取り舵に専念するしかなくなった海軍達を冷やかすように眺めていた。まさかサンジ、と狙撃手が問えば、名前を呼ばれた男はとんと頭に指を当てる。

「根性だけで逃げ切れる敵じゃねェだろ?」

 強いだけではなく強かであり、機転が利く、と。いい乗組員がいるものだ。

 

 

 

 こちらへ狙いを定めた銃撃も荒れた海も、ランダムに発生した渦潮さえも脅威ではないとばかりに、船は突き進む。

 

「私達が乗ったメリー号に越えられなかった海はないっ!」

『逃がすな! 撃てーーッ!!』

 

 降り頻る砲撃の雨の中、船に当たりそうなものだけ切って蹴って撃墜し、時には船長を跳ね返すネットとして使って。

 

 

 

『エニエス・ロビーの全戦力をかけて、国家級戦力のバスターコールの力をかけて! あんなちっぽけな海賊団からたった一人の女を!! なぜ奪えねェ!!!』

 喚く気持ちは分かるとも。味方でなければおれもそう考えていただろう、それ程に常識外れで強運、強情な奴らだ。

 

「クラッチ!!」

「ぎゃあああァーー!!!」

 だからそれを敵に回したお前達はただ不幸だったのだと。ロビンによる報復を受ける司法の塔の長官を、一切の同情もなく憐れんだ。

 

 

 

『撃て! 撃てェ!!』

 

 航海士の指示は寸分の狂いもなく渦潮を追い風にして。解体屋の手によって前方へ船がかっ飛ぶ。狙撃手の煙幕が敵を錯乱させる。

 

『追え! 速度じゃ負けん!!』

『無理です、渦潮に足を取られ……!』

 

 船員も船も桁並外れた海賊共はそうやって、見渡しても正義の門と無数の軍艦が見えない所まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れた空、穏やかになった海域。

「お前のおかげで脱出できた、ありがとうメリー!!」

 動かない体で羊の船首に抱きついて、ルフィは語り掛けるように船へと感謝を告げる。物相手に何を、とは思わない。おれでさえも船に意思でも宿っているのか、と大真面目に考えてしまう程の光景を目の当たりにしたのだし。

 

「しかしお前ら、コリャとんでもねェことしちまったぞ。大体な、世界政府の旗を撃ち抜くなんて……」

「取られた仲間を取り返しただけだ!!」

 フランキーが零したはァ、という溜め息混じりの言葉に即座に返し、ルフィは、ニコ・ロビンの船長は、ずたぼろの顔でにいっと笑って振り向いた。

 

 

 

「このケンカ!! おれ達の勝ちだァ!!!」

 

 

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