水の都で命は踊る   作:盆回

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たくさん食べよう

 

 食事へと直行していったタイルストン達から逸れ、先程ハレンチだ何だとパウリーに理不尽に絡まれていた目当てを探せば、鮮やかなオレンジ色はすぐに見つかった。プールで泳ぐためか水着姿のナミは、目をハートにした仲間を顎で使いながら串を摘んでいる。

 

「あ! ヒョウ太くんも起きたのね、良かった!」

 あちらもおれに気付いたらしく、ぱっと笑って手を振ってきた。料理を運ぶ下僕と化した男には若干威嚇のポーズを取られたが、まあ本気ではなさそうだ。どちらにせよ安堵の表情を浮かべているのは、おれが倒れたのが彼彼女らの目の前であるからだろう。

 

「突然だが、一つ頼まれてはくれねェか」

「頼み……?」

 

 前座として謝辞だなんだを述べるのもまどろっこしい、単刀直入に本題へと入れば、心当たりのないだろう電撃使いは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

「──雷落としてって!? ヒョウ太くんに!?!?」

 

 呆然、驚愕。おれの頼み事を聞いての二人の反応は揃っていた。

「ああ。……出来ないか?」

「やろうとすれば出来る、けど! なんで!?」

「おいコラナミさんに何やらせようとしてんだお前!!」

 非難轟々。それもその筈、前に見た雷撃の威力は生半可なものではなかった。味方、それも怪我人においそれと向けたくはないだろう。それ故に、事情を話してでもなんとか説得しなければならない。

 

「……理由の説明はする。それで納得したならやってくれ」

 

 

 

「まず、おれの味覚障害については話したよな」

「……言ってたわね」

「味覚障害?」

 列車での話を思い出したのか苦く頷いたナミの横で、眉を顰めるサンジ。……そういえば、その場に彼はいなかったなと追想する。合流したのは麦わらの一味の医者による診察の直後だった。

「おれがクローンだってのは聞いてたな? その調整の影響だかで、味が分からねェんだよ。辛さ以外」

「そりゃ、……なんて言やいいのか」

 かい摘んだ事情を聞いた男は目線を下にやり、金色の頭を搔く。料理人として思うところでもあるのだろうか、複雑そうな表情だ。

 

「でも、なんで私に? そういうのってチョッパーの領分でしょ?」

「本当はそうなんだろうが……神経に掛かった枷を解除する為に刺激、例えば電撃が必要になってくるんだと」

 

 話せることは全て話した。真剣味を帯びた顔でおれの言葉を聞き終わった彼女は、決めたとばかりに拳を握る。

 

「……分かったわ。痛いかもしれないけど、耐えてちょうだいね」

 

 

 

「この気候なら……こうして……」

 ぽこぽこと水蒸気のようなものが青い金属棒から立ち上り、小さな雲が形成されていく。十分な大きさに育った頭上のそれ目掛けて、仕上げとばかりに泡が放たれた。

 

 ばち、と肌に感じる静電気。

 

 

「サンダーボルト・テンポ!」

「──ぐ、ッ……!!」

 

 

 瞬間ズバチィッッ!! と。

 

 前に見た程ではない、しかし確かな攻撃力を持った雷撃が直撃する。何事かと周囲に騒がれない為に悲鳴こそは上げなかったが、気を張っていても一瞬意識が飛びかけた。

 

 

 思わず膝をつき、その体勢のまま新しい痛みが去るのを待つ。……やはり身体が全体的に弱っているようだ、このダメージで動けなくなるとは。

「大丈夫……?」

「……あ、あ……すまんが手を貸してくれ、立ち上がれん」

 そう言って腕を伸ばせば横で見ていた金髪に肩に担がれ、近くの椅子へと座らされた。未だびりびりと電気が残っている感覚があるのがどうにも違和感だ。

 

「それで、どう? その枷とかいうの、外れた?」

「……変わったような、変わっていないような。感覚じゃあ分からねェな……」

 意識を巡らせても神経の深い所までは解析できない、痺れの残留している今なら尚更。ぐりぐりとこめかみを押していれば、とんと肩を叩かれる。

「なら試してみりゃいい。食いてェモンはあるか? リクエスト、なんでも聞くぜ」

 

(……だそうだ、050。何か気になる料理は?)

(えっおれ!?)

 聞かれたそのままを心の中で振ってみれば、沈黙していた050は跳ねるような声で応答した。

(ルッチが食べなって、成功してたんなら一年ぶりの味なんでしょ!?)

(それを言ったらお前は初めての味のある食事だろう。感覚の共有はされてる、なら表で直接食べた方が感動もひとしおだと思うが)

(むう……)

 

 おれが一切引くつもりがないことは分かるのだろう。しばしまごまごとした後に、うんと頷いた。

(……わかったよ、ありがとう。でも、何食べるのがいいかはホントに分かんないからさ! それはルッチが決めて!)

 一点だけは譲れないといった強めの押しに、それもそうかと考え直す。今までの食事は全て砂の味だったのだ、食感に差異はあれど大きな好きも嫌いもないだろう。……苦手なものを頼まれても困るしな、スパムとか。

 

 

 

「……なら、水水肉を」

 

 食べたいものを考えた時、いの一番に思い付いた食材の名を口に出す。この島では年がら年中売られている、外出すれば必ず目に入る食べ物。

「観光に来りゃあ必ず勧められるここの名物だ、食べたこともある。……だが、皆が美味いと賞賛するウォーターセブンの水水肉を正しく味わえねェのが、常々勿体無いと思っていた」

「それなら肉の味を活かした方がいい、あの食感もか……」

 だから食べてみたいのだ、と視線を向ければ料理人は少々考え込んだ後、ニカリと歯を見せて笑った。

 

「──よし、任せとけ!」

 

 

 

 

 

 

「……ドキドキしてきちゃった。味……言語化自体はされてるんだけど、全然想像つかないなあ」

 奥へと引っ込み050を表へと向かわせれば、ぽつり小さく呟いた言葉。その語調の変化に気付いて、ナミが顎に手を当て小首を傾げる。

「ええと、人格? 交代したのかしら。詳しくは事情が分かってないんだけど……」

「そーそー、さっきまでがルッチでおれは050。色々と込み入ってるし、ナミさん達が知らなくっても問題なし!」

 詳しい事情を話すとなると長くなる、そして聞いていて気持ちのいい話ではないだろう。その考えは共通している為、おれも050も進んで教えることはしない。

 

「ルッチは味ってものを知ってて、おれは知らない。だからかな、お前が食べろって言って聞かないから交代したんだ。アイツったら強情なんだよねー」

(強引さに関しちゃ、お前にはとやかく言われたくねェな)

(いやあルッチを見てきた結果な訳だけど)

 

 

 

 

 そうこうしている内に調理が終わったらしい。

 こと、と目の前の小さな丸いテーブルに中身の載った皿とナイフ、フォークが置かれる。焼かれた肉の表面は褐色、中心へ向かうにつれ鮮やかな薔薇色をしていた。

 

「水水肉のステーキ、焼き加減はレア。味付けは塩胡椒中心に、あくまで主役は肉になるよう引き立て役として数種類。……食材も最高なんだ、クソうめェぞ」

 

 近付けば最初に訪れるのは、豊かな肉それ自体から立ち上る薫り。それに追随するかのようにスパイスの微かな刺激が漂ってくる。端的に言って、美味そうだ。……もし050が味覚を感じたことがあるのならば、通常の何倍も涎を分泌していたかもしれない。

 

「い、いただきます!」

 ナイフを押し当てれば力を入れずとも簡単に切り離せた肉の端。きらりと脂を光らせるそれにフォークを突き立て、口の中へと運び入れた。

 

 

 

 

 舌へと露が滴った瞬間、ぶわりと口に広がる懐かしい感覚。

 

 

 050がこわごわと一切れの肉を転がせば溶けだすような塩味が届き、おっかなびっくり噛んでみればとろける水のような旨味と仄かな肉の甘味が溢れ。

 

 一年間無くしていたそれは、脳髄が麻痺するような心地の良い刺激として舞い戻ってきた。

 

 焼くだけのシンプルな料理、けれどその分焼き加減も味付けも、細部まで凝らされたステーキは最高級の嗜好であるとさえ。今まで食べたどんな料理よりも美味いと思うのは味を長く感じられなかったことも大きいが、間違いなく料理人の腕が大半を占めているのだろう。

 ……そういえば、と元の世界の文化祭、そのステージで麦わらに差し出された焼きそばを思い出す。重ねる訳では無いが、贔屓目なしに味部門のトップを飾った出店の調理担当はこの男の似姿だったか。

 

 

 

 050は目を見開いて口を動かし、時々確かめるように停止して。ごくりと飲み込んでからも続く、ごちゃごちゃとした回る思考の中の決して小さくない動揺を読み取った。

 

「これ、が、味……」

 呆然として、噛み締めるような声がぽつ、と。

 

 

「すごい、すごく、……〜〜っなんて言えばいいかわかんない!」

 感極まって思わずといったように立ち上がる050に、ただじっと見ていたサンジとナミが僅かに肩を震わせる。

 

「味……うん、すごく、いい! ルッチが言ってた砂の味じゃない、飲み込んだら消えてくのが勿体ない! これがおいしいってこと? ルッチが辟易してたのも当然だわ、こんな、これを知ってたのに急に無くなるなんて……!」

 驚かせた当人は外のことなど頭になく、感想にもならない言葉を連ねながら感覚を反芻することを止めない。

 

 

 その様子に二人は顔を見合わせて笑う。

「そんだけ喜んでもらえたんならコック冥利に尽きるってモンだ!」

「ふふ、サンジくんの料理はとびっきり美味しいものね! ……だからって泣いてちゃ、しょっぱくなっちゃうわよ?」

 微笑ましいものを見るような目で覗き込まれ、ハンカチを目元に当てられる。

 

 

 それでようやく、頬が濡れていることに気付いた。

 

 

「……初めての真っ当な食事だったんだろ? そりゃあこうもなるさ。お前にとって、味ってのが好ましいものでよかった」

 ハンカチを受け取り(まなじり)を拭っていると掛けられた、ひどく優しい声につられて。050が目線を上げてから、こてりと頭を傾けた。

 

 

「たぶん、これはおれじゃなくて──」

(050)

(……あー、はいはい、強がりめ)

 

 




とっくにお気付きだとは思いますが、ストーリー全体においてルッチからの呼び方で心の開き具合が分かるようにしています。言ってしまうとルフィの仲間にのみ名前呼びをする表現のリスペクトです。ワンピのこういう細かい心理描写好きで……
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