料理の熱が冷めない内にステーキを平らげ、目元の赤みが引いた後。
「ン! 何コレ、くあーってなる」
(これは酸っぱい、だな。それだけレモン絞ってたら当たり前だろ)
あちこちに顔を出しながら交代で表に出て、そこらの食べ物を共に摘んでいく。この味は一体何なのかと逐一聞いてくる050に合わせ、慣れていない食レポなんてものを即興でこなしながら。
腹一杯になるまで食べるということが苦痛でしかなかった今までの為に胃の容量は減っているように思えていたが、そんなことはなく。錯覚なしにいくらでも入れられそうだ。
片っ端から様々な種類を取っていっていた最中、050の手が伸びた先を見て、僅かに眉をしかめた。
(……スパムか)
「そっか、ルッチは嫌いなんだっけ?」
ひき肉の塊に中途半端に腕が伸びたまま、食べない方がいい? と聞いてくる声は聞くからに残念であると滲ませている。……意識の表層にいなくとも味や食感は感じ取れる、出来ることならば進んで食べたくはない代物ではあるが。
(ガキじゃねェんだ、頑なに拒否ったりしねェよ。食いたいんなら食えばいい)
「そう? わーい! いただきまーす! ……ん、あー、しょっぱい、かな? いいじゃん!」
(……う゛っ)
感覚は共有していても、感想は異なるらしい。
「ヒョウ太! 楽しんでるか?」
「あ、ルルさん! うん、とっても!」
料理の雑多に並べられた机に向き合っていると隣へ現れた男を振り返る。焼けた肉と野菜に混ざって酒の匂いを纏ったルルは、場の雰囲気にそぐわない若干の憂いを見せていた。
「……その様子なら、味覚は」
「ん、手に入れた、戻ってきた? とにかく、麦わらの一味の人に治してもらったんだ!」
ご飯全部美味しいよと、そう050が笑い掛ければサングラスの奥の目がほっとしたように緩む。味覚障害のことに関しては完璧に隠し通せていた分、衝撃が強かったのだろう。
「麦わら達に……あのちっこい医者か? 重ね重ね、頭が上がらねェな」
「まーそんなとこ!」
雷撃のことは言わないでおこうと決めている。躊躇していたナミの名誉のためにも、彼らの心の安寧のためにも。
「……そういえばヒョウ太、なんかさっきより服汚れてないか?」
「あ、あっはは〜……」
なので、変なところで鋭くなるのは止めて欲しい。
……そういえばこの服は借り物だった。一部焦げてしまっているが、古着なら許してくれるよな? きっともう今のタイルストンには着れない大きさだろうし。
「ルルさんが持ってるのは……お酒?」
「おう、飲むか……っと、そういやヒョウ太は飲めねェんだっけか」
話を逸らそうと向けた先は、ルルの掲げた瓶である。
ここは元の世界よりもずっと酒について緩く、おれより年下の子どもだろうと飲むやつは飲む。その為ガレーラの飲み会でも時折勧められることはあったが当然法律違反、おしなべて断ってきたのである。
だが。
(……気になるか?)
(まあちょっと、いや結構)
じぃ、と050の視線が分かりやすくその瓶に固定されていることに、小さく溜め息を吐く。
(でも、ルッチのとこじゃ未成年飲酒って良くないんでしょ? そこまでワガママ言わない──)
(なら飲みゃいい)
(──って、え?)
予想外、といった心の声だ。
まあ、今まで四角四面で規律を守ってきたのだからそりゃあ破りかねない勧めなどしないと思うだろう、おれだって普通なら了承しない。
(元の世界じゃ言う通り法律違反。だから生徒会長であるおれは飲まねェが、この世界出身のお前が飲むことに関しちゃあ咎める法はない。そういう話だ)
(……すっごい詭弁だなー)
スラスラと理論を並び立てれば、呆れを含んだ呟きが流れた。確かに詭弁かもしれないが、これは自分を納得させるためおれがいいならいい類のものだ。
(ま、健康に悪ィことには変わりねェから少しだけにしろよ)
(はーい)
「ルルさん! お酒一杯、いや一口、貰ってもいいかな……?」
「ん!? 珍しいな、構わねえが! ……乾杯するか?」
「する!」
とくとく半透明な液体が注がれた小さめのコップをカラン、と合わせて鳴らす片割れを傍に、せめてといったように意識の底へ深めに沈む。異世界だろうと主意識が別人であろうと言い訳を連ねたところで、飲酒が良くないことに変わりはないので。
一口こくと嚥下して050は首を捻る。これはどんな味なのかと聞かれても、今まで酒を飲んだことのないおれには解説しようがない。
「冷たいんだけど、あつい? なんか独特……でもいいかも」
「お、いける口か。だがあんまり飲みすぎるなよ? 酔いってのは一気に回るぞ、ジュースじゃないんだからな」
「分かってるって!」
「ヒョウ太酒飲むようになったのか!?」
「断固拒否してただろ今まで! 無理やり飲ませた訳じゃねェだろうなァルル!」
「ヘェ自分から? 気になって? ならこれオススメだぜ、度数低いし飲みやすい!」
ちびちびと飲み始めてから幾らか経つと、物珍しい行動へとちょっかいでも出しにきたのだろうか、おれの周囲にわらわらと人が寄ってきた。酒をわざわざ注いで押し付けてくる奴までいる。
「えあ、わ、ありがと」
好意でしかないそれを、050は受け流せずに片っ端から受け取り味見をし、……これは、まずいかもしれない。
「なんか、ぐるぐるしてる〜〜……」
「初めて飲む奴にちゃんぽんさせようとすんなお前ら!」
いくら一口が少なかろうと、総量が積み重なればアルコールは回る。見兼ねてルルが追い払う頃には050は目を回しており、ついでにおれの頭までくらくらとしてきた。
ゆらゆらと体を揺らしながら上機嫌に料理を摘む050は、どこからどう見ても酔っ払い。酒を好んでいたオリジナルがこうなっている所を見たことはないため子どもの体であるからだろうか、それともペース配分がおかしかったからか。恐らくは両方だ。
「んはは、ご飯もお酒もおいしー……」
「飲ませすぎだな……いつもの三割増しくらいでふわふわしてる……」
ルルが頭に手を当て呟く。元がぼんやりしている服部ヒョウ太の演技の三割増は、それはもう駄目だろう。手元のグラスを酒からジュースに取り替えられたことにも気付いていないようだし、酔いとは恐ろしいものだ。
(050、代わるぞ?)
「ん〜? んー……」
一応の了承……了承? を得て意識を表層に浮上させる。途端にぐらり、目眩と熱が先程の倍となって襲いかかってきた。
「……止めなかったおれも悪ィが、この状態で何故飲む050……」
恨み言を吐いても何も返ってこない。寝やがったアイツ。
「もう酒は終わっとけ。なんなら仮眠でも取るか? 麦わら達が使ってた仮設住宅なら空いてると思うぞ」
「おれは飲まねェよ。……ああまァ、少し休もうか」
視界はたわみブレて、顔も火照っているのが自分で分かる。酔いのリセットとして、休憩も兼ねて一旦寝ておくべきだろう。
言う通りに仮宅へ向かおうと立ち上がったところで、ルルに腕を掴まれる。そのまま流れるように持ち上げられて背負われた。
「…………担がれなくても、自分で歩けるんだが」
突然のことに反応出来なかった鈍り具合では、到底説得力などないだろう抗議を飛ばす。
「自覚ないのか? そんなに頭ぐらぐらさせて歩くなんて、見てて危なっかしいったらありゃしねェ。大人しく背負われろ」
「…………ン」
案の定、酔態を指摘された。
少しの逡巡の後、確かに今の体調では真っ直ぐ歩くこともままならないかと背中に体重を預ければ、よし、と小さく笑って人一人分程度の重さでは軋まない体が進み始める。
歩くリズムに沿って酩酊した頭を揺らされるのが、どうにも眠気を誘って。重力に従うように軽く瞼を閉じた。
離れていった体温とひやりと吹き込んだ風に、ふいと目を開ける。
「おっと、起こしたか」
目を閉じている間に仮宅へと到着していたらしい。
背中が柔らかい布へと沈み込んでいることから察するに、ベッドに横たえられたようだ。ルルの声に薄く開いていた瞼を持ち上げるも視界は酷くぼやけている。
「そういえば、どんな風の吹き回しだったんだ?」
「……なにが?」
「酒のこと。前は頑なに飲まなかっただろう」
そう聞かれて、茹だるような熱を持った思考を回す。
アルコールを飲まないのは法律違反だから、それ以外にはない。校則も法もおれが遵守すべき正義だ。さっきそれを破ったのは、いや飲んだのは050なのだけれど。体は共有しているから変わらない、か?
前ならば、こんな予防線にもなり得ない詭弁など。……考えが、上手くまとまらない。くら、くらと、酩酊感のままに口を動かす。
「……050が、飲んでみたいと言っていたから」
「おれはなにもできなかったのに、なにもやってやれないのに。……その上アイツのしたいことを遮るなんて、そんなこと、しちゃだめなんだ」
──────…………
悲しみと諦めと、無力感と。本人が自覚しているのかすらも分からない自責が籠った負の感情を吐露したのを最後に、ヒョウ太は眠りに落ちた。
今度こそ聞かねばならないだろう。
深入りを躊躇ってしまったから、自分たちガレーラは事が起きるまで何も知ることはなかった。潜入されていたことも、彼自身の事情──寿命付きのクローンだなんて事実についても。
そして今も、この子どもは一人で悩みを燻らせている。酒で意識がぼやけていなければ吐き出すこともなく抱え込んで、終わるその時まで持っていこうとしていたのだろう思いを知ってしまった。
……詳しい事情は、知らない。分かるのは又聞きで細切れの情報に、状況から見て取れたほんの少しのことだけ。
だから、知らなければならない。
短い期間であろうとも今度こそ、ちゃんとヒョウ太の支えになれるように。