水の都で命は踊る   作:盆回

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寝るまで騒ごう

 

 自分の寝返りが立てた衣擦れの微かな音で、微睡みの中にあった意識が浮上する。

 寝そべったまま顔を傾けてみれば視界に入る見慣れない部屋に、一瞬だけ面食らったが、そういえば酔い潰れて仮宿に運ばれたのだったかと思い出す。

ついでにもう日暮れの時間であることを、窓から覗く赤く焼けた陽射しで察した。……仮眠のつもりだったのだが、随分と深く眠ってしまったようだ。

 

 

「あら、起きたのね。調子はどうかしら」

 まだ頭が少しぼんやりしているような気がして(かぶり)を緩く振っていると、後ろから声がかかる。

 体ごと反転させてそちらを見れば、読んでいたのだろう分厚い本をぱたりと閉じて微笑む黒髪の女の姿があった。

 

「ニコ・ロビン……」

「ロビンでいいわよ?」

 どうにも距離感が測りづらく、ついフルネームを呟くと促すような訂正が返ってきた。

 

「……ロビン。まァ、気分がいいとは言えねェな。酔いは醒めてるんだろうが、頭が痛い」

 これまで味わったことのない種類の頭痛に顔を顰めつつ、掛けられていた布を退かして上体を起こす。……掛け布団もそうだがいつの間にか靴も脱がされているし、どうやらルルには何から何まで介抱させてしまったらしい。酒飲みの対応にはガレーラの職人共で慣れてはいるのだろうけれど。

 

「まだお酒が残ってるみたいね……水はいる?」

「ああ」

 提示された水差しを受け取り、コップに注ぎ入れて中身に口を付ける。いい具合にぬるまったそれが喉を通り、染み渡る感覚に一息吐いた。

 

 

「……それで? 態々宴を置いてまで、おれに何の用だ」

「お礼を言いに来たの。貴方やガレーラの手助けがなかったら、きっと皆は……」

 あったかもしれない最悪を想像でもしたのか、ロビンの表情が僅かに曇る。

 ことりと中身のなくなったコップをベットのヘッドボードに置いてから、礼ならあの時もう受け取ったろう、と口を開いた。

「それにおれの目的は、お前を助けることじゃなく私怨。お前が礼を言う義理はねェよ。……感謝しなけりゃならねェのは、むしろおれの方なんだがな」

 ベッドへ腰掛ける姿勢へと体を動かし、此方の言葉の意味が分からないようで首を傾げているロビンと向かい合う。

 

 

「お前にとっては災難でしかなかっただろうが……このタイミングでウォーターセブンに来たからこそガレーラは犠牲を出さずに済んで、その上奴らを直接ぶっ飛ばせた。おれ達にとって最上の結果を引き出してくれたのはロビン、お前なんだ」

 だから、感謝しているのだと。

 

 軽く頭を下げて礼を言ったおれに、ロビンはぱちくりと瞳を瞬かせた後。花が咲くように口元を綻ばせて、ふふ、と微笑んだ。

「それなら私達、お互いに命の恩人なのね」

 

 

 

 存外、ロビンとは会話の波長が合う。なんとはなしに緩んだ会話をぽつぽつと交わしていた最中。

 ふと何かを思い出したかのように、柔らかかった顔が不意に引き締められる。

 

「……実は、話は感謝だけじゃなくて。聞いておきたいことがあるの」

 

 雰囲気の変化に眉を少し上げつつ目線で続きを促せば、言葉を考えつつ一つ一つ慎重に選んでいくように彼女は話し始めた。

「私は断片的にしか、それこそ貴方とCP9達の会話を横で聞いていた分しか知らないのだけれど、……本来なら延命が必要だったのに断ったんでしょう。なら、貴方はあとどれ位……」

 酷く言いづらそうに、それでも知りたいと雄弁に語る瞳がおれを見ている。

 

 

 

 ……今更、時期を隠すつもりもない。

「あと二週間、今日を入れなければ大体十三日。それが、どう足掻いたって変えようのないリミットだ」

 

 

 死期が近付き、体感ではっきりと分かるようになった余命。重々承知していることではあるが、口にすると改めて変えようのない事実が心に伸し掛ってくる。

 

「長くはないが極端に短くもないんだ、生を楽しめる時間はある筈。未練は残したくないし残させたくない。今の内に消化しておかねェとな」

 なるべく感情を排斥しながら、しっかりと声を紡ぐ。

 

 

「……ヒョウ太くんは、それでいいの?」

 それを聞きながらも彷徨わせていたロビンが小さく、しかしはっきりと問い掛けてきた。

 

 

 

 ──それでいいのか、なんて。

 

「ッ」

 喉元から出かかった言葉を飲み込んで、過剰な程に力を掛けて瞑目する。

 

 

「…………おれは、おれは何も、言えねェよ」

 良いか悪いかを決められるのは050ただ一人。どこまで行ってもおれは体を借りている訳で、……終わってしまうのは、宿主だけなのだから。

 

 

 

 長く息を吐き、静かな脳内へと意識を向ける。

(起きてるんだろ、050)

(うん。……おれが話せばいいの?)

 普段と変わらない調子の050の声に返答は返さず、代わりに心の中へと沈む。声なき入れ替わりの合図に、半身は表層へと浮上した。

 

 

「あーっと、ロビンさん? 今代わりました、050です。あの場所に居たんなら、多分知ってるかな」

「……ええ」

 050は眉頭をゆるく下げて笑う。突然のことにほんの少し瞠目しこそすれ、一度見たことのあるであろう人格の変更。ロビンはすぐさま変化を受け入れて頷く。

 

 

 

「この体の事だもん。やっぱり、おれが話さないといけないんだろうね。──いいよ。おれはそれでいい」

 050は緩く笑ったまま、真っ暗な先を肯定する。

 

 

「別に、積極的に死にたい訳じゃないんだよ。でも……生きる理由よりもずっと、死ななきゃいけない理由の方が多くて、重いから。だから延命手段があろうとなかろうと、結局受けないことには変わりないんだわ!」

 

 死ななければいけない理由。

 創造主である科学者のこと、023との約束のこと、……そしておれのこと。師匠と呼び慕う海賊との約束とを天秤に掛けたとして、その意志が揺るがないことは誰よりも知ってしまっている。

 口では重い等と言っておきながら重荷と感じていないのは、生まれ出た使命に縛られているからなのか、それとも感性の問題なのか。

 

 

「ガレーラを裏切りたくはなかったし……それにね? 死ぬのはあんまり怖くないんだ。きっとみんな……兄弟達はみんな、おんなじ場所にいるだろうから」

 

 そう言って、ここではないどこか遠くを見る050。時折思考が飛ぶ時間、常に微かに感じる筈の片割れが持つ感情が分からなくなるこの時間は、好きではない。

 

 

 

「だから、うん! おれはこれでいいんだ」

 ……心の底から、050はそう思っている。

 

 

「……」

「そんな暗い顔しなくったって! ……ってのは難しいかもしれないけどさ、生き死にに関することだし。ずっと前から決まってたことなんだから、君が気にする必要ないよ?」

 対面する相手の沈痛な面持ちを、からりと笑って流そうとしている。050にとっては自分の余命は仕方ない事としても、周囲がそれを惜しむのがどうにも居心地悪いのだと。

 

 

「……貴方は、」

「あ、なんだヒョウ太くん起きてるじゃない」

 視線をいくらか迷わせた後に、何か言おうと此方を真っ直ぐ見てきたロビンの声を遮って、部屋のドアが無遠慮に開け放たれた。

 

 

 

 

「職長さんから伝言、『今日はここに泊まってきゃいい』ですって」

 真っ先に顔を覗かせたのはナミ、その後ろにはぞろぞろと麦わらの一味が集っている。

 

「宴そろそろ終わっちまうからよー、もっかい宴開こう! 今度はおれ達だけのちっちゃいの!」

「昼まで寝てたからって元気いっぱいかアンタは」

「宴って程での規模じゃなし、メシ食いてェだけだろ? おれもまだ酒が足りねェ」

 雑多に言葉を投げ合う間に、ルフィは両手に積み上がるほどの肉料理を持って部屋の中に上がり込んで、輝くような笑顔をおれ達に向けてきた。

 

「まー宴じゃなくてもいいんだ! ロビンもヒョウ太も! 一緒に食おう!」

 

 ガタン、と食器がテーブルとの間に音を鳴らした。寝室で食事会か、と思わないこともないが特に咎める者もおらず、わいわいと騒がしく準備が進んでいく。

 

「それって、おれも参加していいの?」

「おう! 人数多い方が楽しいしな!」

 仮眠前に参加した分だけで十分な程に、宴とは楽しいものなのだと050の中で定着したらしい。誘いに一も二もなく頷いて上機嫌にベッドから立ち上がり、ルフィ達の方へと足を向ける。

 

 

 ふ、と。

 歩みを少し進めた後に立ち止まり、先と変わらず椅子に座ったままのロビンに頭だけで振り返る。

 

「そういえばだけどロビンさん。さっき、なんて言いかけたの?」

「……いいえ、なんでもないわ」

 

 ロビンは首を横に振って、表情を取り繕った微笑みに変えていた。これは、この話は言うべきではない。少なくとも今ではない。楽しむ海賊達の中に持ち込んでいいものではないと。……そう、判断したようだった。

 

 

 

 

 

 

 明かりの消えない仮設住宅の中、十人にも満たない少人数で夜更けまで騒いで騒いで、誰からともなく寝落ち始めて。

 前のことも先のことも考えず、憂いを忘れて過ごす時間はただ楽しくて、影を目に入れることもなく。きっときらきらした思い出のままで今日は終わっていった。

 

 




ルッチとロビンは因縁がない状態で立場がフラットになればそれなりに仲良くなれそうだよな……という思い。学園では実際普通に話してたっぽいし。
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