水の都で命は踊る   作:盆回

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のんびり過ごそう

 

 微かに漂ってきた甘い匂いに鼻腔を擽られ、引き摺られるように目を開ける。くぁ、と短い欠伸を零し、数人が未だ雑魚寝をしている床から起き上がって寝室を抜け出した。

 

 

 

 香りの出処であるリビングへと向かえば、備え付けられた簡易的なキッチンで煙草を燻らせながら湯気の昇る皿を並べているコックがいた。おれの気配に気付いたのか、最後の皿を並べ終えたタイミングで振り返る。

 

「ン、そろそろ起きてくる頃だと思ってたぜ」

 聞けば、もうじき全員起きるだろうと予測して朝食を作っていたらしい。促されるままに椅子に着けば、サンジの言っていた通りに続々と起きた面々が部屋に入ってきた。……それはコックとしての技能の一つなのだろうか。それとも匂いに釣られたか。

 

 

 目の前に鎮座しているのは甘い香りの元であるパンケーキ。作り手に左右されることの少ない料理だと思っていたのだが、表面がつるりと均一にきつね色に焼かれているこれは何故だか特段に美味そうに見える。

 

「ナミすわぁん、ロビンちゅわあん! はちみつとホイップ、みかんソースに甘さ控えめのミックスベリーもあるよ〜ん! 何がいいかな?」

「サンジーおれ肉も!」

「甘くねェのはないのかコック」

「野郎共は自分でやってろ! ベーコンならそこに焼いてあるから好きに取ってけ」

 くるくると奇妙に舞い女性陣にかまけながらも、先回りして全ての要望に応えている様は手馴れの極地のようである。

 

「……海賊団のコックってのは皆こんなプロばっかなのか? 専属料理人だと思えば豪勢なモンだ」

「他の海賊のことはあんま知らねェ! けど、サンジは飛び抜けてすげーやつだぞ!」

 呟きを律儀に拾った海賊船長が一切の恥ずかしげもなくニシシ、と笑う。当然当の本人もそれを耳にしているが、今までの態度からして男に褒められても、だとか言うのだろう。

 ……そう推測していたのだが、めちゃくちゃ照れて頭を搔いている。なんだコイツら。

 

 

 大振りな果実の欠片が散りばめられたみかんソースをホイップと生地とで掬いながら、ナミが会話に混じる。

「海賊団は色々見てきたけど本職コックなんて中々いないわよ、ウチが珍しいの。というかガレーラって海賊も商談相手でしょ? そこから様子とか知れないの?」

「そもそも大抵の海賊は嫌いなんでな、おれは。態々関わることもねェよ。……あァ、でも見知った海賊はいる事にはいるか」

 

 そう言って思い浮かべるのは一団体だけしかない。カッスン海賊団達。

  食事に誘われることはいくらかあったので、料理の腕くらいならばある程度は──周囲の反応から読み取っただけとはいえ──分かるが。

 

 

 半年以上前の事ではあるが、050が懐いていたのもあって忘れずにいる顔を思い浮かべつつ話していく。

「そこの海賊団じゃあ一番料理上手なのは船長だったな。一見そうは思えない派手めの風貌だったものだから、厨房に立っていたときは少し驚きもした」

「へェ、船長が」

 忙しなく動いていたコックの足が止まり、関心を示す。同じ料理人として気になるのだろうか、そうだとしたら参考にはならないと忠告しておきたい。

「言っとくが普通の調理じゃなかったぞ。そいつらが海賊とは名ばかりのサーカス集団だからか、材料から皿から何まで飛び交いながらのパフォーマンス交じりで作りやがる。……味は絶賛せざるを得ないくらいに良かったらしいが」

「……怖いもの見たさはあるわね、それ」

 ついでに言うとその曲芸は050にも好評だった。料理の見た目も随分と華やかで、どこまでも人を楽しませることに長けているといっそ呆れたものである。

 

「ナミさんが望むならご覧に入れましょう、パフォーマンス料理!」

「サンジくんは今のままでいいから♡ ……じゃあ船長兼コックってことなのね、ウチと正反対ってトコかしら」

 その言葉と共にジト目が船長へと向かう。といっても大した不満という訳では無いだろうから、一種のコミュニケーションなのだろう。

 

「肉焼くくらいならできるぞおれだって!」

「おれがいる以上お前をキッチンに立たせることはねェからな、言っとくけど」

 その短いやり取りからルフィは料理が壊滅的なことを察した。食べる専門なのはイメージ通り、妥当だ。

 あの海賊団にも船員の中に厨房出禁を喰らっている者はいたし、どこでも料理技能というものは平均が取れているものなのだろうか。……両方特例な気がしなくもない。

 

 

 

 だらだらと行き当たりばったりの会話を続けている内に、皿上の甘味はすっかり消えた。

 

 腹も十分膨れたところで、さて。今日は何をしようか。

 

 

 

 新聞を抱えたニュースクーが窓際に止まる。ベリーを鞄に入れてやり、紙束の一つを受け取り広げれば、それを覗き込んで麦わら達はやいのやいのと話し始めた。

 

 今日の記事はどうやらエニエス・ロビーのことらしい。ガレーラカンパニーと頭を除いた解体屋一家、そしておれの事は書かれていないようだ。表沙汰になれば政府が困りそうなおれはともかく前者二組はそうはいかない、最悪の場合も考えられると思っていたのだが、と首を捻った。何かしら誰かの思惑でも働いているのか?

 

「こりゃまた懸賞金が上がりそうだな」

「お! おれも賞金首になれるかな」

 にやりと口端を上げたゾロに乗っかるチョッパー。そういえばこの一味で懸賞金が掛けられているのは船長と海賊狩りだけだったか。CP9達に匹敵、もしくは上回っている戦闘力に見合わないにも程がある。

「まァ可能性はなくもねェが、大変なのはおれだよ……巨星現る、だ」

 随分とポジティブに騒いでいるが、自身の首に掛かった金額が高いというのは海賊共にとって誇るべきことなのだろうか。理解はし難いが、今まで見てきた奴らにも懸賞金と共に名乗りを上げるような賊は多かった、つまりは纏めてそういう性質か。

「何で喜んでんの!? あんた達バカか!」

 ……いや、そうでもないらしい。顔が知れることで安全圏から外れることを恐れているようである、一般的な感性は其方だろう。

 

 

 懸賞金の話が一段落すれば、あれやこれやと議題は移り、情報共有がなされていく。

「えーー!? フランキーが船造ってくれてんのかァ!!? 何だあいついい奴なんじゃねェか!」

「そうか、お前寝てたもんな」

 紆余曲折を経た結果、解体屋があの船の次代を造ることに決定したようだ。何やら材料費は麦わらの一味が盗まれたものから出されているらしい、因果が巡ったと言えそうだ。

 

「じゃ! その間ゆっくりお買い物でもしますか!」

 今後の憂いはある程度断てたとばかりの上機嫌で、ナミが背伸びをして立ち上がる。

 

「…………あれ?ここにあった一億ベリーは!?」

「ああ、宴の時によ……肉やら酒やら買うのにやった!!」

 その出鼻を挫くようにして、能天気極まりない声が飛んだ。

 

「やった!? 私達のお金よ!!? もうほんのちょっとしか残ってないじゃないのよ!!」

「だろうなー、最後にゃ町中の奴らがいっぱい集まってきて楽しかったな!」

 一つも悪びれずに己の船の財政を吹き飛ばした船長には思い切り雷が落ちた、勿論比喩で。

 

 

「あ! ナミ! 遊んでくるから小遣いくれ」

「あんたはナシよ!!」

 ガンッ! と再度拳骨の音が響いた。

 

 

 頭にたんこぶを拵えた懲りない船長を傍目に長い溜め息を吐きながら、ナミが財布を開く。……ゴムに打撃は効かないはずではなかったか? 財政管理担当を怒らせるのは何時何処でも恐ろしいな。

「ほんっとバカやらかすんだから……仕方ないわね、ロビンの言う通り掘り出し物探しに行きますか!」

 

「おれ達は全員出るけど、ヒョウ太はどうするんだ? ここいるか?」

 そういえばとばかりに見上げてきたチョッパーに予定を聞かれ、首を横に振った。この仮住居に長居する理由もない。

「宿はあるんでな、もう出てく。だがまァ一旦服でも買いに行くか……どれも借り物ばかりじゃあ落ち着かん」

「服屋ね、それなら私達と一緒に行きましょ! 案内もしてくれると助かるんだけど」

 昨日のタイルストンの服は少しばかり焦げ、今着ている服もぴったりのサイズではない。袖を持ち上げつつ話した内容で、ベリーをより分け数えていたナミが引っかかった。

 

「ああ、構わない。レディースには詳しかねェがそれでもいいか?」

「ええ、それで大丈夫!」

 大まかに分かればそれでいいと頷かれた。当人達がいいならそれでいいかと、ナミとロビンの二人に着いていくことにする。……女好きコックから怨みの籠った視線を向けられていることは無視だ無視。気にしてもいいことなどない。

 

 

 

──────…………

 

 

 

 裏町へと降りいつも店が立ち並んでいる筈の商店街に行けば、そこは未曾有の水害直後とは思えない程の賑わいを見せていた。もしかするとアクア・ラグナの影響で全ての店が閉まっているのではないか、という心配は杞憂だったようだ。

 

 

「ここら辺なら服も家具も置いてあるよー! それなりにお手頃価格だし、君らの目的にはあってるんじゃない?」

 至って自然なような笑みで案内をしてやった二人を振り返れば、揃って眉を曲げての苦笑いを浮かべていた。

「ええ、ありがとヒョウ太くん。……それにしてもその演技、どうにかならない?」

「ならないかな〜、こういうのはそっちで割り切ってもらうのが一番いいんだわ!」

 彼女ら相手には同じ口調である050との会話があったとはいえ、アイツはアレが自然体。おれが演じている皮と比べることでようやく分かるような、微かな違和由来の気味悪さでも見えてしまうのだろう。口角が引き攣ったナミに構わず店の敷居を跨ぐ。

 

 

 

「あらヒョウ太! いらっしゃい、アクア・ラグナは大丈夫だった?」

「大丈夫! と言いたいとこだけど……寮が流されちゃって。服とか色々買いに来たんだ」

「そりゃ災難。……って、それいっつも着てるような黒と黄色の服じゃないかい」

「んはは、ぼくはこういうのが落ち着くの」

「若いのにファッションに無関心、勿体ないねぇ……ほらコレとかどうだい? アンタにならまけとくよ?」

「ううんちょっとド派手過ぎるかなー!?」

 

 

 

「メガネねェ……今の方が男前じゃないか? 目悪い訳でも無いんならいいんじゃない、掛けなくても」

「いーじゃん伊達でも、眼鏡はぼくのアイデンティティなんだから! とにかく、これ買うね」

「へーへー、毎度あり」

 

 

 

 

「よーし元通り!」

 店員から口を出されながらも、細部は異なるが一年以上の付き合いとなった服装を取り戻した。特にこだわりはないとはいえ、馴染みとはやはり気分的に大切だ。

 

 

「そっちは要件終わって……」

 隣の家具屋を見ている筈の二人に声を掛けようと店から出たところ、何故か目の前に服を選んでいるナミが。

「わーっ! こういう服好き!」

「ふふ、家具は?」

「……なさそうだね」

 家具屋を見る以前の問題だったらしい。女という生き物があちこち目移りして買い物が長引くのは、世界が異なっても変わらない性分だろう。

 

 

 

 軒先に出てきたおれに気付いて寄ってきたナミが、がさりと紙袋を覗き込んでくる。……常々思うが距離が近い、パウリーであれば無駄に騒いでいることだろう。

「三着くらい買ったのね、それにしては早かったような……って、全部同じ服じゃない」

「お洒落ってのにあんま興味無いからなァぼく。いつも通りがなんだかんだ落ち着くし?」

 呆れたようにオレンジ頭を横に振る彼女を置いて、纏っている服を見下ろす。別段おかしな服装ではないのだし、いくらあっても困らない類のものだろうと自分では思っているのだが。

 

「勿体無いわねー……そうだ! 私達が選んであげるわよ、特別にタダで!」

「あら、いいわね。一着ずつ見繕えば丁度いいかしら?」

 

 謎に張り切っているナミの行動原理は……何だろうか、お節介、世話欲? ねえロビン、と話を振られた方もくすくすと笑っている、興が乗っているらしい。

「ええと、ぼくはホントに今のままでいいんだけど」

「まあまあいいじゃない、減るもんじゃないし!……050くん、オシャレもやってみたら楽しいものよ……?」

 やんわりと拒絶してみても暖簾に腕押し、それどころか周りに聞こえない声量で050を味方に付けるべく囁いてきた。何故この短期間でコイツの扱いを覚えているんだ。050もなんで意地張ってんのとか言ってくるんじゃない、お前もそれなりに乗り気なのはなんなんだ。

 

 

 ……女の服選びなんざ絶対に時間が掛かる、これは経験則だ。

 しかしヒョウ太のガワを崩さずに躱すのは骨が折れるのもこれまた分かりきっている。溜め息を飲み込み、渋々と頷いた。

「分かったってば〜〜……なるたけ早く終わらせてね?」

「善処するわ」

 善処しないやつだコレは。先程飲んだ溜め息が、今度は阻まれることなく溢れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思ってた時間の倍掛かった……」

(あはは、すごく真剣に選んでくれてたもんね)

 彼女らが選んだ服を試着しまた別のを試着してを繰り返し、ようやく解放された時には太陽が頭の天辺に登っていた。

 一人一着とは口ばかりで二着ずつと、元々買っていたものと合わせれば五着を購入することになった上、何故かおれが二人の服を選ばされた。ケチを付けられなかったのは幸いである。

 

 

 今は用事を終わらせたナミ達と別れ、復興途中の街を歩いているところ。ぽつぽつと見覚えのある職人達が作業をしているのが見える。

 

(いつも代わり映え無い服ばっかだから新鮮だなあ、別の服ってサーカスのくらいじゃない?)

 言われてみれば、アレも一応お洒落と言われればそうか、と頭に赤を思い描く。サーカス衣装はそのまま譲り受けていたのだが、何分派手なもので。普段使いなど当然出来ないものであるため、時折引っ張り出す以外ではクローゼットの彩りにしかなっていなかった。

 

(……でも、あの服も流されちゃったんだよなあ)

 着る回数が少なかったとはいえ、050にとってはあの一点物が思い入れのある衣装であることには違いない。しゅんと心の声がトーンを落とした。

 こうなった相手の励まし方など、おれには分からない。

 

(見に行ってみるか、社宅の部屋)

(……うん)

 だからせめてもの提案を。

 住めない程の壊滅具合であるというから、もしかしたらというのは希望的観測でしかないがと付け加えれば、しょげたままの同意が返ってくる。数着の服を抱えたそのままの足で、慣れた帰り道を進んだ。

 

 

 

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