水の都で命は踊る   作:盆回

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孤独の芽

 

「くぁ……」

 小さく欠伸をする。窓を見ると晴れた空を照らす太陽は頂点、つまりは既に昼時。昨日寝れていなかった分を取り戻すように長く寝ていたらしい。

 

 

 

 入院五日目。未だつきつきと痛む足を恨めしく思うが、これでも動物系の回復力の恩恵は受けている方なのだ。実際ぱくりと切られた傷口はもう既に接合され、抉れてしまった部分も埋まっているのだし。寝ぼけ眼を擦りながら、昨日届けられた本をぱらりと捲る。

 

 表紙には以前見た島の一番上に陣取る巨大な噴水、題名は『ウォーターセブンの歴史』。つまりはこの島の歴史書。

 

 比較的新しい書籍のようだ。アクア・ラグナと呼ばれる高潮や、それに合わせて形成された文化について。そして後半のページには島と島を繋ぐ海を走る列車のことなどが記載されている。読み取れる文明レベルが元の世界準拠で考えるとどうもちぐはぐで、これが異世界かと感嘆が漏れた。

 

 

 少なくはない頁の内容を正確に全て頭に刻みつけていると、ふと一つのワードが目に入る。

「海賊王……?」

 

 

 

 大海賊時代、字面だけで想像出来る世紀末。

 それがこの世界の現状かつ常識らしく、この本ではさらりとしか触れられていなかったが……あの海賊を名乗る蛮族共が、我が物顔でのさばっていた理由がようやくわかった。

 そう考えると、海賊にごっこ遊びだ悪ふざけだ何だと言い放つのは中々の侮辱だったか。チンピラがどう思おうがどうでもいいが、おれが常識を知らない人間扱いをされては堪らない。今後海賊を名乗る相手に会うことがあっても笑わないことにする。

 

 

 

 

 ──そしてその発端となった男が海賊王、その船を造ったのがこの島を発展させた海列車の創造主、か。功罪両方を兼ね備えた人物というのは珍しいものではないが……船自体、そして船を造った大工に罪はないのだろう。あくまでも悪は海賊王にある。

 ならば見るべきは功績だ。アクアラグナなる定期的な天災が襲い掛かるこの街がこれほどまでに栄えているのは海列車あってのものだという。一つの島、そしてそこの住民の救世主というわけか。

 

 

 

 途切れることなくぱらぱらページを捲っていると、ゴンゴン、とノックの音。

「はーい、どうぞ!」

 

 

 返事を返せば開くドア、その先にいたのは髭面の大男。

「おお!入るぞォ!!」

「病院ではお静かに!!」

「……はい」

 大音量を通りがかったナースに咎められて、しょげながら病室へと入ってきた。

 

 

「久しぶりだなァ!どうだ、足の調子は!」

 音量は低いが勢いはそのままの大男の問いに、声帯どうなってるんだと思いながらも苦笑いをする。

「うーん、ぼちぼち?傷はもう治ってるんだけどね!」

「そうか! ……ああそうだ、今日来たのは話があってな、二つ!」

 そう言いながらポケットから折り畳まれた二枚の紙を引き出す。渡され開けば、そこには見覚えのある顔写真が大きく貼られていた。

 

「これって、あの海賊の……?」

「オウ!引き渡したのはおれたちだが、こいつら賞金首を倒したのはお前だからな!!」

「声、声」

「おっと」

 立てた人差し指を唇に当て、大声を鎮める。……賞金首、聞き慣れない言葉だ。交番の前に形骸的に貼られているような手配書が出回るのは、海賊の蔓延るこの世の中では恐らく常識なのだろう。

 

 写真の下に記載されたベリーの文字をなぞる。一、十、百、千……

 

 

「きゅうせんはっぴゃく、さんじゅうさんまん……?」

 

 

 

 

 

 生徒会長として、街の治安維持として様々な工作をしてきた身。その裏で動く金銭の流れもある程度把握してはいるおれは、きっと1学生にしてはこういったシステムには慣れている方なのだと思う。

 が、それにしたって!

 

 

 9833万。受け取れる金額として目にする機会など早々ないようなそれに思わず目を擦る。だが何度見返してもその桁は変わらない。ばっともう片方の手配書を見て、またもや硬直する。

 

「こっちは7千万……ね、ねェこれ間違いとかじゃなくって?」

「間違いなものか!しめてトータルバウンティ1億7千万ベリー!コイツらは随分と暴れてたらしくてな、危険視されてたってわけだ。それを一人で止めたわけだから、強いなァお前!」

 

 ──強いのは、そうだが!むしろ半端な相手にここまでやられた訳では無いと分かったのだからいいんだが!

 

 生け捕りだから全額貰えるぞ、などとカラカラ笑う大男を傍目に思わず頭を抱える。どうしろってんだこんな大金。家が建つぞ。いや、着の身着のままここに来てしまった自分にはありがたいか……。

 

 

「まァその金はお前の好きなようにすりゃあいい!んで、もういっこの話だが」

「あ、うん……」

 どっこいしょ、とベッドの横の椅子へ腰掛け、先程とは打って変わって真面目な顔でこちらを見てくる大男に意識を戻す。

 

 

 

「単刀直入に言う!! 行き場所がねェんなら、うちで働いてみねェか!?」

 

 

「うち……って、確か、船大工だっけ?」

 突飛な提案に首を傾げる。髭面はにかりと笑って自慢げに話し始めた。

 

「そうだ!ガレーラカンパニー、世界トップクラスの造船所! 一人一人が強く、何より腕がいい!! 海賊にも、政府にだって屈することはねェ!! 何より社長が素晴ら──」

「病院ではお静かに!!」

「はい……」

 ヒートアップしたプレゼンは、病室を覗き込んできたナースのぴしゃりとした一声で収まった。

「看護師さんには屈するんだ?」

くすくすと揶揄うと、大男は小さくがははと笑って頬を掻く。

「医者に刃向かっていい事なんざねェからな!」

 

 

 

 

 

 ……ガレーラカンパニー。今まさに本で読んだ、この島随一である造船会社。

 

「ぼくには鳶職の経験なんてないよ?」

「経験なんざ後から積めばいい!」

「身分証明するものとか持ってないし」

「ガレーラでンなこと気にするやつはてっぺんから爪先までいねェな!」

 

 遠慮がちに気のいい相手が頷くこと前提の質問を投げれば、思った通りの言葉が返ってくる。身寄りも何も無い状況の中、正しい基礎が保証された場で働けるというのは相当好都合なのだ、断ることはない。

 

 けれど。

 つい、と目を細める。これだけは言わなければならないこと、その返答次第で辞退することになるかもしれないこと。

 

 

 

「いつ、居なくなるかもわかんないよ?」

 一瞬顔を歪めた男の心情は簡単に読み取れる。

 

「お前が満足するまでいりゃあいい!」

「……そっか。ありがとうね!よろしくお願いします!」

 

 

 

 にこりと笑みを浮かべ、片手を差し出す。

 ──ここにずっといればいいだとか、目を離さないなんて言われていたら、断っていたところだ。こいつらは普段感の鈍い癖して肝心なところは間違わない。……と。一瞬元の世界と重ね合わせてしまって、すぐに頭から幻想を振り払った。

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 

 入院六日目。随分と痛みも治まり、なんとか地に足を付けて立てるようにさえなった。

 

 とはいえ、長らく歩いていなかったものだから立つだけで精一杯な上、未だ熱を持った傷口もあって安静にしていろと言われはしたけれど。この調子ならば存外すぐに退院出来るだろう。

 

 

 ……それにしても、一週間近く運動していないせいで筋肉量が落ちたような気がする。肩の怪我は既に治った、上半身はいたって健康なのだからいいだろうと思ったのだが、筋トレには軽いものですらドクターストップが掛かっていた。

 でもそろそろいいんじゃないか? 足に負担が掛からない運動くらいなら……逆立ち腕立て伏せでもするか。

 

 

 

 ぱきぱきとなる肩を回し、体をほぐす。伸びる筋肉が痛くも心地よい。本当はこの程度の柔軟は毎日出来ていれば良かったのだが、足の痛みや現状把握の忙しさで今の今まで忘れていたのだ。

 

 十分に体が解れたところで、上半身だけでベッドからリノリウムの床へと降りる。衛生的にあまり良くないかもしれないな、これは。

 なるべく床に体を付けないようにしながら、ぐ、と腕に力をいれて身を起こす。全体重が両腕に掛かるが、流石にこの程度でぐらつくことはない。

 

「……ッ」

足全体まで張り詰めたことで痛みが走るが、最上部に持ってきさえすればそれも無くなる。深く息を吐いて腕を曲げ───

 

 

 

 

 スパァン!!!!!と。

「何してるんだバカヤロウ!!!」

「!?!? あっ」

 

 誰の気配もしなかったはずの扉が勢いよく開かれ、甲高く咎める声が飛んだ。驚きから思わず腕の力を緩めてしまい、あ、と思ったときには潰れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……」

「なんだ、ぽっぽー」

「降ろしてください……」

「反省したらな」

 

 

 現在。常識のない格好で常識人ぶる腹話術師に首根っこを掴まれて持ち上げられていた。

「全く、安静にしてろと言われているんだろ? フルッフー、医者の言うことには従うものだぞ」

「えへへ……このくらい行けるかなって」

 言い訳にもならない言い訳をすれば、はあ、と一人と一羽が揃って溜め息を吐く。

 

 ──こいつ、おれに悟られないよう気配を殺していやがったな……おれのことを怪しんで探りでも入れていたのだろうか。それでドクターストップからの抗いを見つけられたのだから、なんというか全体的に間抜けな話だ。

 

 

 ぽすりとベッドに落とされる。おれを見下す無表情には、隠そうともしない呆れが乗っていた。

「ぽっぽー、そんなバカをするってことは大分よくなったんだろうな?」

「ん、まあそりゃあね!もうリハビリ入ってもいいんじゃないってくらい!」

「そうか」

 自分から話を振ってきた癖に興味なさげな返答。恐らく別世界の我ながら塩である。……甘い対応をされては、それはそれで不気味極まりないが。

 

「良くなっているのならまァいい。今日も質問があってな」

「ヘェ、意外と君って知りたがりさん?」

 手の指を組んで笑う。知りたがり、とは自分のことだ。と言ってもその根源は知的好奇心ではなく、任務遂行のための義務感であるが。

 

 問い掛けも一種の情報。微動だにしない口と肩の鳩の動きを注視し、聞き漏らさないように耳を傾けて。

 

 

 

「──お前は人間か?」

 

「……はい?」

 その耳を疑った。

 

 

 

 

 

 冗談など一切含んでいない大真面目な声色で、単純な言葉のみで構成されているにも関わらず理解し難い質問が飛んできた。

 

 

「ええっと、それって……どゆこと?……もしかしてぼくが動物系だから~ってハナシ?」

 可能性をぽつりぽつりと頭の中に浮かべていく。人間では無いと思っている、ならば目の前の相手は一体、おれをなんだと予測している?

 

 

 

「……そのままの意味だ。お前の思う答えでいい」

 そう言ってごく自然に、……腕を取られた。

 

 

 

 つまり、これは。

 脈を測られている。

 

 

 この時点で、この男がただの船大工などではないことは確定した!

 

 

 

 

 ……予測していた、その可能性の方が大きいことは分かっていた。一度静かに呼吸をして口を開く。ここで嘘を吐くメリットも意味もない。

「そうだなァ、……もしかしたら、きみのドッペルゲンガーだったりするかもね?」

「……」

 くすりと笑っておどけてみれば、シルクハットから落ちる影で濃く見える眉間の皺が深まった。きり、と手首を掴む力が強まる。

 

「あいたたたたッ、もーちょっとふざけただけじゃんか〜〜!」

「フン。まァ、いい」

 

 

 どうやら的外れな答えだったらしいが、むしろそれで良かったような気もする。脈は操ってはいない。だからきっと伝わっていることだろう、相手の考えている推測に関して、おれは本当に何も分かっていないということを。

 

「……まァ、今はそれでいい。クルッポー、どうせ同じ職場で働くことになるんだからな」

「わーこわい。新人には優しくしてくださいねー?せーんぱい」

「その敬語やめろ、くすぐってェ」

 

 ひらひらと手を振って出ていく姿を見送って、大きく息を吐いた。

 

 

 

 相手にも、おれが何かを隠していることはバレていると考えていいだろう。異世界から来た同一人物など、信じるか信じないかは別として知られても大したことではないとは思うが……奴にとっては違うかもしれない。万が一だが、それが命取りとなる可能性さえ考えなければならない。

 

 窓の外、煌々とした快晴を見ながら再び溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 入院七日目。

 平常にしていれば痛みはほぼ消え去り、立ち歩くのもぎこちないながら出来るようになった。医者には傷の深さ複雑さに対して回復力が高すぎると驚かれ、少しばかり引かれたが、これが動物系の強みというものだ。

 

 

 リハビリとして、いつもの部屋ではなく廊下を歩く。手すりに縋り、皮膚の引き攣る感覚をこそばゆく思いながら、スリッパを床に擦るように前へ進む。体力には何ら問題はない、が、やはり筋力が衰えているらしい。歩くのにここまで気を張ったのは恐らく赤子以来だろう。

 今までに大怪我をした事は何度か。だがこれ程長くベッドの住人と化していたのは初めて。病院に押さえつけられるべき傷でも、動いていればリハビリなどなくいつの間にか治っているものだったのだが……今回ばかりは周囲の環境が違う以上、そのような無茶は通らない。

 

 

「ふー……」

 手すりを掴み、壁に凭れる。しばらく歩いてぶり返してきた痛みに滲んだ額の汗を拭った。……完治まで後一ヶ月、か。定期的に襲い来るこの鈍痛とその間付き合っていかなければならないのかと思うと気が滅入る。

 

 

 

 そんな取り留めのないことばかりを考えてながら、瞼を閉じて休んでいたところで。

 

 

 

 

 

「また無茶か?」

「どわあ〜〜ッ!?」

 

 

 

 

 

 またもや気配のない男から肩に手を置かれ、床へずり落ちた。

「ねェ面白がってる!? 気配消さないでよびっくりするなあもう!」

「クルッポー!病院では静かに、だろ」

「誰のせいだと!?」

 ……無表情だが、明らかに内心はニヤついている。気配を消せることを隠そうともしなくなりやがって……こいつかなり性格が悪い、おれはこれ程ではないはずだ。

 苛立ちを唸りに変え、壁に手をついて身を起こそうとしたところで腕を引っ張られ担がれる。

 

「リハビリといっても無理していたら悪化するだけだろうっポー。部屋まで送ってやる」

「え、ああうん、ありがとう……?」

 見慣れた病室のベッドに腰掛ける。その真正面に陣取るように椅子を引き出し、タンクトップ男は足を組んで座った。

 

 

 

「随分回復するのが早いな」

「それお医者さんにも言われたよ〜〜ま、ぼくは動物系だからね! このくらい普通なんだわ!」

 足を見ながら話す相手に合わせ、ぶらぶらと軽く揺らして明るくそう言うと、更に怪訝そうな顔をされた。何故。

「……クルッフー、これが若さか」

「なんの話なのさ……んで? 今日も何か聞きに来たの?」

「いや、業務連絡だ」

「業務連絡?」

 

 小首を傾げ、その先の言葉を促す。白い羽がきびきびと動きながらこちらを指さした。

「退院したときの話だ! ガレーラ勤務を承諾したんだ。お前には一旦社宅に住んでもらうぞ、クルッポー!」

 

 

 すいと渡されたのは薄いカタログ。ページを捲ってみれば何件かの物件情報らしい。

「へえ、社員になった以上は色々面倒見てくれるってことなのかな。……って、一旦? ずっとじゃダメなの?」

「ダメって訳じゃあないが……ポッポー、家を建てるには十分な金があるだろ、お前には」

 

 ……なるほど。ざっと中身を見たところ、そこそこの広さはあるらしいが共同生活が必至らしい。プライベートが減ると考えると悩ましいところだが、情報源には事欠かないだろう。

 

 

「うーん……家とかは、いいかな。一気にお金使うのはちょっと怖いし」

 それは本音ではあるものの、一番の理由ではない。自分の家を買うほど長居するつもりなどないというのが最も大きい。

 

 住む場所に関しては、最悪屋根さえあれば何とかなるだろうとは思っていた。その最悪に比べればずっといい条件だ、共同生活がいるとはいえ寮型のようだし、個室もある。それなりの広さがあるならば、社宅で十分だろう。

 

「……そうか。パウリーに爪の垢でも煎じてやりたいところだな、フルッフー」

「なんで?」

 

 

 

 

 

「今日の連絡事項はこれだけだ。クルッポー」

「あ、ちょっとタンマ!」

 長居するつもりはないとばかりに立ち上がった男に声をかけて引き止める。

「お金といえばさ、賞金のいくらかはあのお店に渡してほしいなーって。ガレーラで預かってもらってるんでしょ?」

「まァ。だがお前が直接渡せばいいだろう」

 怪訝そうな顔。女店員の遠慮がちな態度を思い返しながら頬を掻く。

「いやァ、多分ぼくから渡したらあの店員さん気後れしちゃうだろうから……」

「……いいだろう、ルッチが行ってやるっポー」

 そう言って今度こそ出ていく後ろ姿を見送る。

 ……以前は、生徒会長として正義執行していたときは上層部から店へ補填が行っていたのだが、今はそんな後ろ盾などはない。これで店を荒らした後ろめたさと憂いはなくなった。

 

 

 しばらく休んでから、またリハビリを再開するとしよう。




生徒会長のことは比較的平和な世界で育った倫理観が割としっかりしてる秩序中立として書いてます。
それと学園でのゲームセンターぶっ壊しが矛盾っぽくなるので補足的な設定を追加。そんな考えだったはず。何年か前に書いた文章の意図、全部覚えてたら凄いと思う。
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