水の都で命は踊る   作:盆回

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ポケモン新作が出ると投稿が滞る、仕方ないね


すべて話そう

 

 社宅へと向かうにつれて、今まで居た町では除かれていた瓦礫の山がちらちらと現れ始めた。この辺りの被害が特に大きかったのか、はたまた整備の手が回っていないのか。普段とは異なり歩きづらくなった道を進んでいけば、少し疲れた頃に目的地が見えてくる。

 

 

 見慣れた社宅の外壁は抉れ柱は軋み、絵に書いたようなボロボロ具合。原型を留めているだけまだマシなのだろうが、なんにせよ酷い有様だ。

 大きな瓦礫の破片達を退けて、扉が歪んで意味を為さない為に鍵の要らなくなった自室へ潜り込むと、壁も床も天井もおしなべて泥に塗れてしまっているのが視認できた。アクア・ラグナに押し流された土砂が入ってしまったようで、この一年で部屋に増えた物も流され無くなっていたり、壊れて床の泥に埋まっていたり、と散々である。

 

 

 ……が、全て流された訳ではないようだ。

 あの規模の大波相手には重量など太刀打ちできる手段にもなりはしないから、流されていないのも壊れていないのも幸運であるが故としか言いようがないだろう。

 

 つまりは何が言いたいかというと。

(クローゼット、無事、だよね?)

 

 

 まだ残る不安と一抹の期待とで、逸って前のめりとなった意識の片割れにそのまま体の主導権を譲る。そうすれば050はすぐにクローゼットまでの短い距離を駆け寄って、乾きかけのこびり付いた泥を手で払った。

 

 

 ぎぎい、と砂の挟まった蝶番の音を響かせて開いた扉の先には、泥だらけの服ばかり。けれど黒色の中でも尚、よりいっそうその価値を主張せんと煌めいている赤が。

 

 手を伸ばして触れれば湿って冷えた温度、引き出して見れば酷く汚れているそれを、050は服の汚れなど気にせずに抱き締める。

 

「よかった……」

 ほう、と緩んだ声。心からの安堵だった。

 

 

「ホントによかった……どこも破けてない、解れてもない! 折角仕立ててもらったのに無くしてたら、本格的に顔見せ出来なくなっちゃうもん」

 表裏を返しながら組まなく観察して損傷がないことを確認してから、そもそももう顔見せなんてできないけど、と050は苦く笑う。一年もなかった人らしい生活に差した輝かしい光は、確かな支えとなっていても、あの時の約束だけは050にとって未だ重荷となって心の中に伸し掛かっている。

 

「……また、会いたいなあ」

 だから思わず、とばかりに口からぽろりと願望が零れるのは、きっと普通のことだろう。

 

 

「──なんてね、無理だってことは分かってるからもういいの! さ、早くタイルストンさんちに帰ろ。ちゃんと洗濯して元通りぴかぴかにしなきゃ」

(……ああ)

 からりと明るい声色で自分の深層から洩れただろう願望を笑い飛ばして、050は服を大切そうに抱え直す。

 

 

 今際の際でも望みは叶わない、希望を信じない。

 それは──酷く寂しいことじゃないか、なんて。死を許容して救われようとしているおれが言えることじゃないから。そんな青ざめた思考は、身体を共有している050にも悟られないように。

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 からりとした秋晴れの空、吊り下がった服の中でも一際目立つ鮮やかな赤が風に吹かれてそよいでいる。

 

「すっごい、新品みたいに綺麗じゃん! ルッチって洗濯も上手いんだなあ」

(洗濯に上手いも下手もねェだろ。泥とシミ抜いて洗ってから乾かすだけだ)

「そういうものなの? でもありがとう!」

 奇跡的に損傷のなかった服を破ることがないよう丁寧に洗い皺を伸ばし、型崩れのないように干して。

 次の日になって綺麗に乾いた衣装を掲げる050に、はしゃぎ過ぎだろうと溜め息をひとつ。生活の知恵のような細かいことの工程等は別段意識することもないため、実際にやる機会がなければ050には伝わらない。ウォーターセブンにいる間はこうして丁寧に洗濯することなどなかったから、これもまた050にとっては新しい知識なのだろう。

「……一番見てきたルッチのことだって、まだ知らないことだらけだ」

(当然だろ、生きてきた年数が違う)

「んはは、そりゃそっか。……あと二週間もないけど、どれくらいのことが知れるかな」

 

 

 

 

 サーカス衣装とついでに干していた洗濯物を取り込み終わり、クローゼットへと片付けて伸びをした。

「タイルストンさん、まだ帰ってないね……ご飯勝手に食べちゃっていいのかな」

(まァ……冷蔵庫に入ってる分には特別な食い物は無さそうだし、好きに使って構わんだろう)

 家主はどうやら昨日から帰ってきていないらしい。街の復興作業が忙しいのだろうか、などと話しながら一人分のパンを焼き、棚にあったジャムを拝借して朝食とする。

 

「しっかし、美味しいご飯っていいものだねー……」

 牛乳を噛み締めながら、050はしみじみと呟く。麦わらのコックの料理で舌が肥えたのではないかと思ったがそうでもないらしい。何せ流し込むような機械的なエネルギー補給が常であったから、市販のパンとジャムであっても幸せを感じるというのは分かる話だ。

 

 同時に、どうせならばもっと美味い飯をという思いも湧き上がる。

(美食の町プッチ、観光の予定でも組んでおくか。他にも島巡りするなら準備しておかねェとな)

「ん、……うん! 行きたい、行ってみたい! 行ったことあるとこも、ないとこも。今見たら多分違うよね?楽しみだなあ」

 050が頰に詰め込んでいたパンを嚥下し、こくこくと首を縦に振るのに目を細める。残り少ない生の間で050に楽しみが出来ること、純粋な踊る心で謳歌出来ること。それこそが何よりも大切で、おれが手助けしなければならないことである。片割れが望むような『綺麗な終わり方』のため、未練を残さないために必要なのだから。

 

 その最期を思えば腹立たしくはなるけれど、それ以上の結末をおれから提示することは出来ない。どろりと噴き出しそうになる負の感情を、せめて050に見えないよう覆い隠した。

 

 

 

 サン・ファルドのカーニバルはいつまでだったか、とか、セント・ポプラは雨季があったような、とか。至って平凡な旅行計画を机上に思い浮かべながら朝食を終える。

 

 

 取り敢えずの結論として。

(どこに行くにせよ準備は必要だ。社長に話も通しとかねェと)

 形式的には許可を取りに行く形なのだろうが、断られる懸念など欠片もない。雑用の一人居らずとも仕事は正常に進むだろうし、そもそも暫くガレーラは正常の業務などには戻れない。何より、死ぬ前に世界を少しでも見ておきたいという願いを無碍にするような人ではないのは知っている。

 懸念として彼は常々忙しく、自ら動く部類であるから捕まえられないというものはあれど、逃げられているわけでもなし。そちらも問題にはならないはず。

 

(旅行準備の買い物ついでに居場所も職人あたりに聞けるだろ、町に出るぞ)

 

 

 

 

 

 街に出れば人の声はぽつぽつと、けれど喧騒という程でもない。秋風が水路にささやかな波を立てている音さえ聞こえる程、朝の大通りは静かである。

 とんから鳴っていた大工仕事の槌の音さえも今はなく、宛が外れたかと僅かに眉を寄せる。タイルストンが出ずっぱりであるのなら、徹夜はしていないとしても早朝から夜更けまでしているものだと思っていたのだが。

 

 主目的である商店街の開店時間のタイミングで出てきたとはいえ、もう少しゆっくりでもよかっただろうか。開いているものの客入りが殆ど無い店屋を見てそんなことを思いながら、持って行く物をリストアップしたメモを取り出した。出来ることなら荷物は必要最低限で抑えておきたいので、品目はなるべく削りきっている。体力も筋力も衰えてしまった今、あまり長時間重い物を持ち歩きたくはない。最悪現地調達だ。

 

 

「丁度いいか、先に全部買っちまおう」

(おー)

 気の抜けた心の中からの応答を合図に、目に付いた雑貨店へと足を踏み入れた。

 

 

 

 淡々とチェックリストを端から消化していく内、相応に時間は経っていった。外から聞こえてくる声から推論するにちらちらと活気が少しずつ増え、その中に職人達もいるようである。必要物資はあらかた揃えられたので最後に会計を終わらせ外へ出、辺りを見回せばすぐに顔を知る船大工を発見した。

 

「おはよー! 今日も朝から作業?」

「うお、ヒョウ太! お前こそ、こんな朝っぱらから……買い物か?」

 背後から肩を叩き話しかければびくと振り返り、こちらの顔を認識した途端人好きのする笑みを向けてくる。

「そそ、んでもって今ほとんど終わらせたとこ。あともう一個用事あってさ、聞いてくれる?」

「……おれに?」

 

 用事と聞いて若干身構えた彼に内容を説明すれば、肩から強ばりを解いて呵々と声を上げ出す。

「なァんだ、アイスバーグさんに会いに行きたいってだけか!」

「こんな時期だし特に忙しそうじゃない? そこら中動き回ってそうだけど……知ってるの?」

 懸念を言葉にしつつ首を傾げて尋ねると、にっと笑みを濃くして答えられる。何故だか心底喜ばしそうな声だ。

 

 

 

「あの人の居場所は今なら誰だって知ってるぞ。廃船島で麦わら達の船を造ってる!」

 

 

 アイスバーグさん直々、それに加えて一番ドックの職長が手伝ってるんだから、そりゃもういい船が出来るだろうさと。知りたい情報は、自社の誇りと船大工としての純粋な船への興味と期待とに挟まれて上擦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉋が走って木屑が踊り、五つの影が忙しく動く。廃船の山は一隻の船専用の作業場となっていた。木材の量や骨組みを見るに、完成品はメリー号の数倍程の大きさがあるだろう。たった五人でこの規模このスピードの造船とは。……問題なく出来ている辺り、流石の手際だ。

 

 

 遠くから眺めるのもそこそこに歩み寄れば、丁度社長がおれを視認したようで、片手を挙げて作業の手を止めてくれる。

 

「調子はどうです? 順調そうですが」

「ンマー滞りなくってトコだ、おはようヒョウ太」

 大工道具を手の中で弄びながら軽い調子に続けられる挨拶に浅い会釈を返す。更に近付いていくとばち、と視線がかち合った。

 

「で、どうした?態々廃船島にまで来たんだ、何か用事があるんだろう?」

 ガラクタに埋まったこの土地は中心街から随分と離れている、何かしらの要件でもなければ来ることは無いだろうと尋ねられるままに目的を言葉に出す。

 

 

「ええまァ、休暇連絡……というのも変かもしれませんが、暫くウォーターセブンを離れようかと」

「何ィ!!?」

 そこまで話したところで、耳をそばだてていたのだろうタイルストンが一体何を勘違いしたのか、かっ飛んできて騒ぎ始める。

「ヒョウ太お前どっか行っちまうのか!?」

「まさか蒸発、失踪……!?」

「ただの小旅行だ」

 発想の飛躍甚だしい。事前に宣言する失踪があってたまるか。耳を掌で覆い、ボケにボケを追従してきたルルに呆れた眼差しを送って溜息を吐きながら続ける。

 

「あと十二日の寿命で、出来るだけ広い世界を……まァ言ってしまえば未練を無くすための旅をしたいだけ。その位、望んだっていいだろう」

 

 

 ぴき、と。流れる空気の温度が冷えたような気がして、小首を傾げた。

「十二日……って」

「……ああ、お前達には言ってなかったか」

 誰ともなく茫然という風に洩れ出た声に合点がいく。この事を直接話したのはロビンにだけ、そして彼女は無闇矢鱈と他に伝えるようなこともしないだろう。本社襲撃の際に話された『一ヶ月もない』という事前情報があるとはいえど、具体的な日数となると動揺も当然、仕方の無いこと。

 

「さっきから不穏な単語がチラホラと……何だァ? 少なくとも愉快な話題じゃあなさそうだな」

 そして、何も知らない奴もいた。話から置いてけぼりになっている解体屋が不審げに問うてくるので誤魔化す手段を一瞬巡らしたがどうせ、だ。もういいだろう、と開き直ることに決める。

 

「色々と事情が込み入っているが……あまり長く時間は取らせない、作業しながらでも聞いてくれるか?」

 ガラクタを椅子にとさりと座り込んで元の作業を促すと、彼らは神妙な顔付きを見合わせてから持ち場へと戻っていく。

 

 

「待てヒョウ太、それじゃ駄目だ」

「アイスバーグさん!?」

 伏せた瞳でじいと此方を見据えた社長以外は。

 

 

 顎に指を当て思案した後のキッパリした否定の言葉に、反射で微かに身を引く。

「……作業の邪魔でしたね、失礼」

「イヤそっちじゃねェ、長く時間は取らせないの方だ! ……時間はいくら掛かってもいい。おれ達が知らなかったこと、お前が話せることならば全部話してほしいんだ」

 意味の取り違えをしていたのを少し慌てたように制された。それから繋げられた言葉を、頭の中で反芻する。

 

 

 全部、全部という、のは。

 

 

 

「……自分で言うのも何ですが、碌な話がありませんよ。到底信じられねェような事も、……失望されるような話だって」

「今更そんな心配か?」

 

 全幅の信頼でもって信じると、失望なんてしないと。

 力強く発された言葉に他が同調するように頷かれた時点で、全て吐露する以外の選択肢は消えた。

 

 思えば酷い話だ、何一つとして自分から真実を言うことはなかったのだから。潜入部員に憤ることなど棚上げで。隠して、嘘を吐いて、最初から騙していた。

 

 ふ、と息を吐いて立ち上がり、巨大な骨組みの方へと安定しない足場を渡って歩き出す。

「相当長いこと話すことになるでしょう、その間おれだけが座ってるのはどうにも居づらい」

 端から全てを話すとなると小一時間で済むかも怪しい程の秘匿、吐き出せるものなら吐き出したかった懺悔。ずっと喉の奥底に停滞していた汚濁を晒すのならば、手持ち無沙汰ではやってられない。

 

 

「手伝わせてください、造船。その間に語れる所まで、嘘偽りなく話しますから」

 船大工の仕事ならば一年間傍で見てきた、経験がないだけで知識はあるのだと。

 

 邪魔になる眼鏡とマスクを外してアイスバーグ社長に笑いかければ、彼は一瞬瞠目した後で応えるように硬い表情を解いた。

 

「お前のそんな顔を見るのは、初めてだな……ああ、頼んだ」

 

 

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