水の都で命は踊る   作:盆回

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小旅行、一つ目の島。050視点です。


Chapter.9 クローンドリーに花束を
サン・ファルドにて


 

 サン・ファルド。カーニバルの町と呼ばれる煉瓦造りの島は、海列車でウォーターセブンと直接繋がっている場所の一つ。

 

 でもって、おれとルッチにとってはこの世界でウォーターセブンの次に印象深く残っている島でもある。おれの──おれたちクローンの出生地、あの研究所があった場所。まったくもって碌な印象はないけれど、観光都市として見るなら良い所だろうと、小旅行の最初の一歩に決めたのはそんな理由。……それに、早めに済ませておきたい用事もあることだし。

 

 

 

 

 

「着いた〜〜!」

 景気よく汽笛を吹かす海列車から降り、ぐいと腕を頭上に伸ばして固まった肩を解す。

 

 沢山押し寄せてきた観光客の人波に流されないよう、なるべく軽くしたキャリーバッグをしっかり握って駅の敷地から出れば、前とは比べ物にならないくらい飾り付けされた街並みが広がっていた。どれもこれも、今がカーニバルの時期だからだろう。

 

 

 

 キャスターをがらがらと石畳に転がして、くるくる辺りを見て回る。建物自体もさることながら住民達の衣装もイベント一色だ。じわじわと肌を通して感じる熱気で、秋の空気の中なのに汗ばみそうになる。

 

「凄いなー、皆仮装してる……」

(ウォーターセブンにも同じような格好の奴らがちらほらいたな。別の島まで届くようなら、本場は尚のことってことだ)

 

 仮面くらい買っとこうかな、荷物にならん程度にしておけよ、なんて脳内会話を交わしながら、賑やかなお祭り騒ぎの中心街へと足を進め。大勢の人が行き交う街中をするすると進みながら目的を探す。

 

 

「ええと、花屋花屋……」

 道沿いに立ち並ぶ多種多様な店々を指を差して確認していれば、心の内からはァ、と呆れたような溜め息が聞こえた。

(律儀だな、お前は)

「そう? お前だって考えなかった訳じゃないでしょ」

(……だが、観光を後回しにしてまで墓参り、ってのは十分律儀で献身的だろう)

「ううん……どうだろ」

 ただやりたいことをやっているだけっていうのは、律儀だとか献身だとかに分類されるんだろうか。

 

 

 

 事が起きたあの時から今に至るまで、人の手が入っていなければ倒壊したままの、墓未満で残された瓦礫の山が瞼の裏に浮かぶ。

 サン・ファルドへ行くと決めてからすぐに思い至ったのが、兄弟達、そしてシャアナさんへの弔いをしなければということ。……今のおれに出来ることなんて花を添えるくらいだけど、それでも弔いは弔いだろうってルッチは言ってくれた。

 

 

 

 軒先に置かれた派手な花を見つけ、いいものがあるだろうかと店へと入る。花言葉なんてものがあることは知っているけれど、それぞれの持ってる意味は分からないから考慮に入れることはない。

 内側のルッチに言葉を口に出して話し掛けるのは、傍から見れば一人言。街中ならともかく屋内の狭いところじゃ悪目立ちだろうからと、思考だけで会話をしながら店内を闊歩する。

 

 

(あ、これとかどうかな)

 色とりどりの花が所狭しと飾られている中で、一つピンと来たものがあった。まあ、直感といってもただ綺麗で目を引くなあと思っただけだ。

(………………カーネーションか)

(何その間……あんまりよくない花だったり?)

 華やかな生花を見つめたまま流れる、長めの沈黙に少し首を傾けた。なにか非常識だとか、そういうことだろうか。おれは一般常識を知ってるつもりではあるけど身に付いてる訳じゃない。特に、今からしようとしてる墓参りみたいな、ルッチがこっちでやってないことは尚更分からないのだ。

 

(……墓花としちゃメジャーで問題はねェんだが)

(だが?)

(よりによって赤と白のカーネーションは……いや、何でもねェ)

 お前の直感だ、好きに買え。そんな風に言われてもっと首を傾げた。思考を直接読めたりはしない、でもルッチの複雑そうな気持ちは伝わってくる。その態度が気がかりになりつつも、大丈夫だと主張されるままに波打った花弁の優美なそれを束ねてもらって購入した。

 

 

 

 

 

 

 島の中心部から少し外れた宿に荷物を預けてから、花束を抱えて街から離れに離れた島の端、木々に覆い隠された山の中腹を目指す。今までにない疲労に体力の低下を覚えながらところどころ途切れている獣道を目印に暫く進めば、記憶と相違の無い拓けた場所が見えてくる。

 

 

 

 

 そこで、ふ、と。

 

「……あれ?」

 前方に確かな人の気配を感じ、足を止めた。

 

 

 

 近くの木へと身を寄せて隠れ、花束を片手に抱え直して目を凝らす。

 この近辺は人のいない土地、それこそおれの生まれた研究所しかなかったような場所。道中にしても登山道とも異なるルートで何かを目的に来るような者はいないはずなのに、残骸の傍には一つ影が立っている。

 

 

 それは人影。

 大体おれと同じか低いくらいの背丈で、マフラーを巻いた……男の子? 後ろ姿しか見えないけれど、泥棒だとか海賊だとかの物騒な気配じゃない。

 

(話し掛けるのか? あの不審者に)

(不審者ってのはおれ達にも返ってくるよルッチ。まー多分大丈夫でしょ)

 ルッチが若干渋っているのは前程の戦闘力がなくなった今危険を見定める為、当然のことだろう。とはいえ先客が何処かに行くまで背中をじっと眺めているのも時間の浪費、とにかく話し掛けてみることにする。

 

 

「こんなとこで何してるの?」

「っ、!」

 背後から声を掛ければびく、と肩を跳ねさせ驚いた様子で振り返ったその子は、やはりおれの見た目と同年代くらい。丸眼鏡のレンズ越しに警戒が滲んだ瞳に睨まれて、怖がらせてしまったかと手をひらひらと振って無害を主張し笑いかけた。

 

「ごめんね〜急に声掛けちゃって!」

「だ、誰だ! ここに何の用が!? ……まさか研究所をこんなにしたのはお前か!?」

「え、えェ〜〜……?」

 思ってもみなかった言いがかりに困惑の声が出た。瞳孔を揺らし前のめりで突っかかってきた彼を見るに、おれが話し掛ける前から何やら酷く動揺していたらしい。それも、この研究所の惨状を見てしまったから、っぽい。

 

(……随分と思考の飛躍をしたものだ。その通りではあるんだが……)

 ルッチも微妙そうに胸中で言葉を零す。そう、彼の言ったことは当てずっぽうでも正解なのだ。誰も立ち入ることが出来ないように、二度とこんな実験場が利用されないように、建物ごと破壊したのは間違いなくルッチだから。

 とはいっても流石にはいそうですおれが壊しました、なんて言う訳にはいかないけれど。……どうしたものか、一度落ち着かせないとまともに会話も出来ないだろう。

 

 

(……口振りからして研究所の関係者のようだが、知らないのか? 050)

(全く面識ないよ〜……大体、ウォーターセブンに行くまでシャアナさんとクローン以外に会うことなんてなかったってば)

「違うって言うんならなんでこんなとこに……って、ん、んん……? あれ?」

 どう言い訳しようと考え込んでいた傍らでぎゃんぎゃんと喚いていた彼が、ふと言葉を止めた。かと思えばきゅっと口を引き結び、訝しげにおれの顔をまじまじ見つめてくる。

 

「……ちょっとお前、眼鏡外してみろ」

「え、えっと……?」

「いいから早く!」

 ずい、と距離を詰められて思わず後退る。……別に眼鏡を外すことに不都合はないけど、少し強引じゃないだろうか。

 気圧されつつも言われた通りにすれば、じいと数秒見つめてきた後、何故だか途端に警戒を解いておれの腕を掴んできた。その軽い衝撃で抱えていた花束がしゃらりと擦れる。

 

 

「やっぱり……! 表情とか態度とか格好とか、色々変わりすぎてて分かんなかったけど、お前!!」

 

 ぱ、と先程とはうってかわって喜色に溢れた表情。きらきらとした目で抱き着かんとするような勢いに思わずたじろぐ。

 どうしようと脳内で会議をしようとしてもルッチも同じように考え込んでるし、多分聞いたとしても突き飛ばせとかしか言わないだろうから頼れないし!

 

 

 

 

 ──そして。

 本当に面食らったのは次に飛び出してきた言葉に、だ。

 

 

「お前ルッチ兄だろ!? 覚えてないか? 僕だ、ヘールシャムだ!」

「……どえっ!?」

 

 

 

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