水の都で命は踊る   作:盆回

73 / 98
廃墟での出会い

 

(『ルッチにい』、兄? ……どっちの皺寄せだこれは)

 表に出ていれば眉間が凶悪に歪んでいるであろう声で、ルッチが訝しげに唸る。どっち、ってのはシャアナさんかオリジナルかってこと。ここにいるってことは前者の可能性が高そうだけど……。

 

「ええと……何でまた、今になってここに?」

 おれが彼を覚えているか否かの問答を一旦逸らし、とりあえず素性を察知する為の手掛かりとなりそうな質問を投げ掛けてみる。

「ん? そりゃあ、……そうだ、ルッチ兄がいるんだから……!」

 ヘールシャムと名乗ったその子はハッとしておれの腕を離し、辺りをきょろきょろと見渡し始めた。そしてすぐ、おかしいとばかりに首を傾げる。

 

「……あれ、シャアナさんはいないのか? いっつも一緒だったのに」

 ……やっぱり、おれ達関連の話みたいだ。

 

 

 

 彼がさっきから探している人は、とっくのとうにこの世にはいない。おれが造られた二年近く前、オリジナルの手に掛かっている。……どうしよう、伝えるべきだろうか。

「研究所がこんな有様だったから、肝が冷えたったらないよ……でもルッチ兄がそうなってるってことは、シャアナさんの研究成就したってことだよな?」

 安堵からか饒舌に語る彼は、一体どこまで知っているんだろう。

 

 研究自体は知っている、ならばクローンの事は、研究が頭から爪先まで違法な手段であった事は? 研究の根源と目的は。全て知っているのならば実験体の前でこんなに無邪気に笑いはしないと思うけど、絶対じゃない。

 

「ヘールシャム君、そうなってるって……何?」

 おれの変化についての言葉を切り取り、オウム返しで問うてみる。彼が把握している以上の真実を知られるべきじゃないことくらい分かっているんだ、探り探り接しないと。

「表情筋が仕事してるというか、そもそも感情があるっていうか。前のルッチ兄は、その……人形みたいだったから、パッと見じゃ分かんなかったんだ」

 

 感情がないというのは間違いなく、おれの前型番の兄弟の話。後ろ暗さの塊のようなここが外部と接触があったのか、とかシャアナさんはどんな思惑で彼を研究所に招いたのかとか、気になることは沢山あるけど取り敢えず。

 

 途中で口ごもったのは、本人を前にして人形だなんて言い辛かったから。よく知りもしない研究の成功に喜んで、こんな山奥まで訪ねてくるような子。少なくとも、悪い人じゃあなさそうだ。

 

 

 

「というか、君付けって何さ!」

 言いづらそうに目を逸らしていたのが、おれが納得している間に膨れっ面になっていて、またもずいと食って掛かられた。なんとも感情の行き来が激しい。

 

「やっぱ覚えてないじゃん、僕のこと! そっちは治ってないんだな」

「……そっち?」

 

 名前を呼んだのは間違いだったかと内心汗をかく。ルッチならばこんなポカはしないだろうに、なんて思ったのだけれど、何故だか……知らないのを当然のように受け入れられている? 疑問符をそのまま態度に出せば、むくれ顔は小さく溜め息を吐いた。

 

 

「健忘症だよ、これで僕のこと忘れるの何回目? ……病気だし、どうしようもないことは分かってるけどさ」

 一方的な知り合いはマフラーに口を埋め、少し不服そうに呟いた。

 

 

 

 健忘症。……彼と接していたという兄弟の抱えていた異常だろうか。

(記憶障害、か。そういう症状を抱えたクローンがいてもおかしくはないな)

(うーーーん……)

 四肢が動かせなかった者がいる、人になれず豹のままだった者がいる。おれに味覚がなかったように、おれ達は人間の不完全な複製だった。故に何かが欠けているってことも往々にして起こることだけど……何か、違うような。

 

「……もしかしてルッチ兄、警戒してる? 僕の事忘れて不審者だって思ってるから、シャアナさんに会わせらんないとか思ってたり?」

 思考を回せばそれだけ時も経つ。いい加減焦れたみたいで、全部本当だよ、証拠だってあるなんて言いながらヘールシャム君がバッグを漁り始めた。

 いい加減伝えなければならないだろうか。本当でも嘘でも、シャアナさんに会うことは叶わない理由を。

 

 

「ヘールシャム君」

「呼び捨てでいいってば。……どうしたんだよ、改まって?」

 名前を呼べば手を止めてこちらを向いた顔に、真実を教えるのは躊躇われる。心情的にもだが、万が一研究のことを知ってしまえばシャアナさんに懐いているらしい彼がどういう行動を取るのかが計り知れないから。ただでさえ世界政府が絡んでくるような事件を、推定一般市民に態々聞かせるようなことはしない方がいい筈だから。

 

 

「んじゃ、ヘールシャム。……実はシャアナさん、今サン・ファルドにいなくってさ」

 くしゃりと髪を混ぜて、辛うじて嘘ではない言葉を選び出す。

 

「島にいない……つまり、研究所移ったってことか?」

 ここの有様から読み取った情報からものを言っているのだろう。じゃあどこに、と小首を傾げて疑問符を飛ばすヘールシャムに破綻が見抜かれないよう、脳内で矛盾の生じないストーリーを構築していく。

 

「健忘症のこと知ってるんだよね? 実は、あー……今のおれには大体二年前からの記憶しかないんだ。で、丁度その辺りでシャアナさんは何処かに行っちゃった」

 大事なことはその前に伝えられてたのかもしれないけど、忘れてるのかもしれなくって、と視線を下げる。

 

 

「……まさか、ルッチ兄でも連絡付かないの? あのシャアナさんと?」

「うん、全く」

 

 

 

 うろうろ彷徨った視線がおれを見てから、言い分を信じた顔が分かりやすくしゅんと下がる。

「……はあ、ルッチ兄でダメなら僕じゃ尚更どうしようもないじゃんか」

 落胆混じりの声には疑いの色など一切ない。軽く肩を落として溜め息を吐いた彼の、思った以上の反応の薄さに逆に驚かされた。

 

 

「えと、ヘールシャムはそれでいいの? 会いに来たんじゃ?」

「良くないよ、良くないけど! 何だよもう、せっかくお土産だって買ってきたのに! ……でも」

 思わずこちらに都合が悪い方向に行くかもしれないというのに聞き返す。すると彼は少しだけ声を荒らげ、しかし直ぐに鎮火した。

 

「でもなァ、あの人どうしようもない自由人だし。どうせ好き勝手やってるのが性に合ってんだろ」

「、……」

 

 不貞腐れながらも諦めに似た苦笑を薄く浮かべながらそういう彼は、随分とシャアナさんのことを理解しているようだった。

 ……きっと、おれよりも。

 

 

 当事者だから事実は全て知っている、日記だって全部読んだ。けれどたったの一週間もない程の時間しか本人に接することのなかったおれは、彼女の人となりを何にも知らない。

 

 おれの、おれ達の生みの親。ルッチとオリジナルは酷く嫌悪していて、おれはそうでもない。創造主に好感を抱くのをインプットされているんじゃないかって言われたこともあるけど、それもまた違う気がする。

 もっとあの人を知れば、このもやもやが何か分かるのかもしれない。……知りたいような、知りたくないような。

 

 

 

「いつでもおいでって言ってた癖に、僕やっぱ忘れられてる? ……なんて、愚痴ってもしょうがないか」

 いつの間にか瓦礫の前に屈み込んだヘールシャムの隣に、同じようにしゃがんでみる。慰めるべきだろうか、と迷っていれば、あちらから口火が切られた。

 

「シャアナさんは、さ。研究バカで雑だったけど、それ以前にルッチ兄の為に動いてるって感じで」

「うん」

 育児どころか介護じみたことニコニコしながらやってた、などと目を閉じて訥々と思い返すような声に相槌を打つ。

 クローン技術を政府から盗み出す人間はそりゃ研究一直線だろうし、雑さだって散らかり放題だった部屋からも読み取れた。でも肉声として聞く話からは、頭の中に温度を持った実像として一人の人が形作られる。

 

 

「だから、お前の傍にいないってことは満足したんだろうな。今のルッチ兄は健康そうだし、感情だってある。あの人が口癖みたいに言ってた『救いたい』ってのが叶った訳だ」

「……救いたい、かあ」

 

 

 本当に、あの人のことが分からない。

 救いたい、笑顔が見たい。出力は狂っていたけれど、彼女の行動原理はきっとそれだけだった。それならもしかしたら、おれが死ぬことは望まれていないかもしれない、なんて。大前提で全ての根幹、おれ達がただ一つだけ抱いていた意志を覆すような思考が過ぎってしまう程に、回路が混乱してきている。

 

 

 

 もしも、そうだったら。

 それじゃおれは、どうしたらいいの。

 

 

 

 もうとっくに塗り潰されたけれど持っていたはずの殺意とか、片時も忘れることのなかった使命感とか。

 全てはおれ達の思い込みだったのかもしれなくて。

 背負っていた荷物は元々なかったかもって。

 

 

 

(……050?)

 ならおれとルッチは、何の為に兄弟たちをこの手に掛けた?

 どうしておれはここにいる?

 

 

 

 

 おれが死ぬ意味は、一体何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おい、050!!)

「……ルッチ兄? 大丈夫?」

「っあ、うん、平気」

 内からの同じ声の呼び掛けと気遣わしげなヘールシャムの声に、現実に引き戻される。無意識の内に寄っていた眉間を揉んで、落ち着けと自分に言い聞かせた。

(大丈夫じゃねェだろうが。一旦ここから離れるぞ)

(いやいいの、ホントに問題ないから!)

 頭を振って細く息を吐く。

 

 

 そうだった。大丈夫、決意は何にも鈍ってない。

 ちょっと色々見失いかけたけど、一番大事な意味はここにいるんだから。

 

 

 息を吸って、吐いて。生じた波を気取られないように落ち着けてから、リセットするように口を開く。

「てことでシャアナさんはいないけど、どうするの? ヘールシャム。そもそも何の用事だったんだっけ」

 そういえば現状の話ばかりで、彼の経緯を聞いてはいなかった。気を取り直して用件を聞いてみると、むっと表情が歪む。何か訳ありなのだろうか。

 

「……ちょっと、家出してきたんだよ。避難先がここしか思い浮かばなくて」

「家出?」

 反復すれば、ヘールシャムは苛立ちと消沈が滲んだ顔でこくんと頷いた。

 

「家族と折り合いが悪くて耐えきれなくなった……まあ、よくある話。それで匿ってもらおうと遠出してきたんだけど」

 研究所はこんなでシャアナさんもいないときたもんだからさ、と。

 おれと同じくらいの見目の少年は、途方に暮れて吐き捨てるみたいにぼやいた。

 

 

 頭の中にいるってのに、ルッチからじとりとした視線が飛んできたような心地がする。

 

(はァ……助けたいって? 050)

(そりゃ、まあ。困ってるみたいだし)

 知らないとはいえ元からあった縁、成り行きとはいえここまで聞いた話。ならばなんとかしたいと思うのは自然だろう。でもってルッチも気は進まないにしても拒否まではいかないことはわかってる。

 

(止めやしねェ、好きにすりゃいい。が、事情が何なのかくらいは聞いておくべきだろう。ただの癇癪で家出した奴に手を貸す道理はないからな)

 冷たく聞こえても正論だ。いや、本当にただの癇癪だとしても行き場がないことには変わらないから、全部に賛同はしないけど。

 

(ルッチ、もしかしてヘールシャムのこと好きじゃなかったり?)

(……あの研究者と関わりがあったんだぞ。どんな地雷が埋まってるか分かったモンじゃねェ、逆に何故警戒しない?)

 それにしたって突き放すような態度を半分茶化して聞いてみたら、存外真面目な答えが返ってきてついでに呆れられた。おれがそういう性格になったってことは、ルッチが演じてた皮がそうなんだから仕方ないじゃん。

 

 それに、あと一つ。

 思い間違いでしかなくとも兄と慕ってくれるのは悪い気などしないから、かもしれない。

 

 

 

 

 

 手に抱えていた花束を瓦礫の上にそっと置いて、一拍置いて立ち上がる。屋外だけれど、風は木々に遮られて届かないからそのままでもいいはずだ。

 

 

「詳しい事情、聞かせてよ。もしかしたら協力できるかもしれないから、ね?」

 とりあえず街に降りようと手を差し出せば、ヘーゼルの瞳が瞬刻揺れはしたけれど。おれより少しちいさな手の平は、すぐに握り返してきた。

 

 

 




オリキャラ紹介

【ヘールシャム】
良く言えば素直、悪く言えば騙されやすい14歳の少年。青みがかった薄灰色の髪とヘーゼル色の目で、丸メガネとマフラーが特徴的。
自他ともに認める器用貧乏。
名前は安価(元ネタ『わたしを離さないで』)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。