「サン・ファルドと言ったらカーニバルだけど……パレードは夜だからな」
それまでに回れる場所を教えてやる、と隣であちらこちらへ指を差す案内役に着いて、煉瓦造りの町並みを歩いていく。
イベントが大々的に行われる時期柄もあり街には人が溢れていたが、すいすいと道を進むことが出来ているのは土地勘のあるヘールシャムのおかげ。この旅の主目的である観光がスムーズになって研究所の話も聞けて一石二鳥、って感じだ。
活気のある市場を通れば威勢のいい声が屋台へと誘う。落ち着いて買い食いができる場所を、と辿り着いた広場や公園では小さめな場でさえも様々なパフォーマンスが披露されていて、賞賛の拍手を送る腕が忙しい。
「この時期は大道芸人も多い、全部見てたらキリがないぞ」
「んむ。……でもさー、ついつい見ちゃうんだよねェこういうの」
(相変わらずだな)
そうせっつくヘールシャムに、食べ歩きの手を止めて言い返す。カラフルに跳び回る道化師達が輝いて見えるのは、突っ込まれた通りおれの好み。それに加えて祭りの雰囲気が加算されているんだろう。
「まァ、分かんなくもないけど。こういうの、見る分には悪くないし」
「でしょー?」
腹を満たし終えてから、街の中でも一際立派な建物に足を踏み入れてみる。
「ここが大聖堂、一番の名所だね。観光客にとっちゃほとんど美術館って扱い、正直言うと僕もそんな認識してる」
外のイベントに皆吸い寄せられているのか人は少なく、荘厳な空気そのままに静まり返っていて丁度いい。
「ははあ、美術館……あ、天井に絵飾ってあるよ! 凄いデカい! 凄い!」
「ちょ、声大きい! 響くって!」
(どっちもどっちだろうが。ま、宗教施設なんざウォーターセブンにはそうねェからな……新鮮か)
呆れ混じりなルッチの声が飛んでくるから、誤魔化すように咳払い。
息を飲む、とはこういうことを言うのだろう。
関心のなかった分野に心を揺さぶられるとは、流石一番の観光名所なだけある。造詣の深い感想なんて出てこないけど、天井まである豪奢なステンドグラスとか柱の一本まで細かい彫刻が施されているだとか、そういうのに逐一目を奪われてしまう。
「はー……凄いなあ。神様信仰も芸術も分かんないけど、圧倒されるというか」
(ンな複雑に考える必要はねェよ。感動したならそれでいい)
(そういうものかなー。ルッチも見てるの、楽しい?)
(……まァ。ここまでのは中々ないしな)
(だよねェ、凄いよね!)
うろうろと歩いては、見て回って。
ふと気が付けば空が橙色に移ろいでいた。
「やば、もう夕方! これってパレード間に合う!?」
「まだ大丈夫だってば。そんな急がなくてもいいよ、ルッ……ヒョウ太兄」
窘められはしたけれど、暮れ泥む日に焦りは募るもの。少し足早に開始予定地までいけば、前方に大きな人だかりが見えた。ざわめきの度合いからして始まるまでもう少し、と言ったところだろうか。
「はー、はー……まだ始まってない? 良かったァ」
「だからまだ時間あるって言ったのに! 無理しないでよ、そんなに息切らして!」
「へへ、大丈夫だってば」
額に張り付いた汗を髪ごと拭い、荒くなった息を整えてへらりと笑えば、ねちねちと小さな不平が飛んでくる。
ヘールシャムには前の運動神経を知られていないのが功を奏した、と内心安堵する。怪我は治って痛みもマシになったとはいえ、根本は駄目になっていることに変わりはない。今のおれは一般人並かそれ以下だと確信できる程に体力が落ちてしまった。
……この体、ちゃんと最後まで持つかな。
「お、始まるみたいだぞ」
──心の中で吐いた溜め息を上書きするような楽器の音色に、思わず顔を上げる。
至近距離にいるヘールシャムの言葉すら掻き消しかねない程に沸き立つ歓声に釣られ人垣の先を目で追えば、鮮やかに組まれた隊列が動き始めていた。
「おわァ馬だ〜! 引いてるのはアレ、なにっ? すごいキラキラしてるけど馬車?」
「あれはフロート。パレードの中心だから、そこ見とけば間違いないよ」
「なるほど〜〜! 詳しいねヘールシャム!」
「そりゃ地元民だし」
人工的な明かりに照らされた道中を進むフロートを、爪先立ちで追いかける。遠目からでも分かる煌びやかな装飾や、賑やかな音程を奏でる楽器達。そして主役は動く舞台の上で舞い踊っている。
ああ、見ているだけでもばくばくと鼓動が高鳴ってしょうがない。
ちかちかと視界がきらめく。
脳裏に焼き付いた赤と黄色が、夜中の太陽がフラッシュバックして、目の前にあるようで。
「……うん、凄いなあ」
カシャ、と。
突然鳴ったシャッター音に、過去に遡っていた意識が引き戻される。音源、つまり隣を見れば、何故かヘールシャムがおれにレンズを向けていて。
「? どーしたの、おれなんか撮って」
「あ、えーと……あんまりにいい顔だったから、つい」
普通にパレード撮るつもりだったんだけど、と両手で持った小さなカメラを照れ臭そうに持ち直した。
「ほんとにいい顔だったんだぞ、今日一だ。……現像したらアルバムに貼っつけていいか? ヒョウ太兄が良ければ、だけど」
「おれはいいけど……アルバムって昼間のだよね? シャアナさんの。そっちこそいいの?」
形見という認識がないにしても大事なものなんじゃないのか、とおれが小首を傾げれば、ヘールシャムはくすと面白がるように笑う。
「全然大丈夫、ヒョウ太兄の写真が増える分にはシャアナさんも喜ぶだろ。むしろ見せたら羨ましがられるかもなァ」
柔らかく細められた目の先にいるのは、ここにはいない、もういないあの人。
……同情のような、同調のような。何だかよく分からない感情が積もってしまって、ヘールシャムからカメラを取り上げた。
「ちょ、ちょっと何!?」
「おれだけじゃなくて、君も。ヘールシャムも一緒に写ろ!」
「へ、」
「ほら、こっち寄って!」
空いた手で腕を引っ張り体を寄せる。
内側にカメラを向けて、ぱしゃり。軽い音がヘールシャムを巻き込んで鳴った。
「どうかな、ちゃんと撮れてる?」
「と、撮れただろうけど! 絶対ブレてるだろ今の撮り方じゃ!」
掴んでいた腕を解放し、カメラを元の位置に戻す。きちんと出来てる自信がなかったので訊ねてみれば、ヘールシャムはきゃんきゃんと至極真っ当な理由で噛み付いてきた。
「無表情が治ったと思ったら今度は自由過ぎるよもう! いいけど!」
「ぬはは、ごめんって! まァブレててもいいじゃん、折角だし二枚ともアルバムに入れてよ」
「最初からそのつもり!」
ふくれっ面で文句は言っても不機嫌ではない。思わずくくと喉を鳴らしてしまえば、ヘールシャムも様相を崩して笑い出した。
ヘールシャムの立ち位置には安価で作ったキャラじゃなくてシャアナの血縁者を置くつもりだったっていう関係ない裏話。ここら辺まで来ると全てがアドリブだからなんでその設定を止めたのかを一切覚えてない。