水の都で命は踊る   作:盆回

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宿命論

 

 何でもないような声で紡がれたよく知る名前に、時が一瞬停止した。

 

 

 ……聞き間違い、か?

 だって、そんな偶然。

 

 

「船長はサー・カッスンっていう、相当派手なナリしてる賞金首だな。有名か無名かってのは僕詳しくないけど、どうだろう」

 

 

(……何の奇跡だ、これは)

 その特徴に当てはまるのはどう考えたって一人だけで、聞き間違いでも人違いでも何でもないのだ、と。驚きと懐疑を織り込んだルッチの唸りに頷きそうになってしまったのを切欠として、思考回路を無理矢理回す。

 

 ──ヘールシャムの家系が芸術畑っていうのは、聞いた。その家族の知り合いなら文化系に携わっているというのも分かること。その繋がりで、芸が盛んなカッスン師匠達の故郷とも関わりがあるのもおかしな話じゃない、ないのだけれど。

 

 

 

(……うあーもう頭回んない! 代わってルッチ!)

(ッおい!?)

 

 

 会えるかもしれない、嬉しい、とか。

 合わせる顔がどこにある、とか。

 

 突然打ち込まれた衝撃が脳味噌をぐるぐる巡り、思考と感覚の奔流になって襲ってくるものだから立ってられなくなりそうで、白旗を上げて半ば強引に身体の主導権をルッチに譲る。なんてったって今はまともに話せる気がしないので。

 

 

 

「……ヒョウ太兄?」

「あ、いやァびっくりしちゃって! 実はおれカッスンさんとは知り合いでさ〜、すっごい偶然だ! ってね」

 しばらく碌な反応が返ってこなかったからだろう、不思議そうに首を傾げるヘールシャムにルッチは即座の演技で対応してくれる。流石。

 

(流石、じゃねェだろ……)

(ごめんって! とにかくしばらくお願い、ルッチ!)

(……まァ構わねェ。ちゃんと落ち着けよ)

 

 

「しりあい、知り合い!? そりゃあ……世間が狭いというか、縁があるというか」

「ホントにね〜、おれも耳疑っちゃった。そういうことなら尚更断る理由なんてないんだわ、折角なら久しぶりに会いたいしさ!」

「そうか……そういうことなら良かったよ」

 ルッチが会話を続けてくれている奥で、言われた通り頭を冷やすことに集中。進められる話を聞き流しながら深呼吸をするように、平常を手繰り寄せていく。

 

 

「だったらこれ以上の説明もいらないか。伝言、よろしく頼む」

「おっけー、頼まれた! んじゃおやすみ、ヘールシャム。またウォーターセブンで!」

「うん、また。気を付けてね」

 

 

 

 控え目に振られる手が閑散とした街並みから消えるまで見送ってから、表情筋が元に戻る。それと同時にルッチが小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

「で、どうだ。少しは整理がつきそうか」

(……うん、一応は)

 

 おれの支配下にない体が宿屋に向かって歩き出す。

 おれだけに聞こえる静かな声は、かつかつと煉瓦を叩く一人分の足音に掻き消されない程度。夜の空気に馴染む低音に肯定を返す。

 

 

(会いたい、会わなきゃ。約束破るしかないって思ってたけど……奇跡が降って湧いてきたんだから)

 突然の事態にこんがらがった思考の糸を解くのに十分な時間を、ルッチは作ってくれた。折角なら久しぶりに会いたい。それは、さっきの片割れが演じつつ話していた通りの結論だ。

 

 

 

「あァ、お前の好きにすればいい。全部話すかどうかも」

 ふ、と表層の口角が緩まる。これからの行動に望まれたのはおれの自由意志。突き放すような言葉でも、これはルッチの優しさだ。

 

 

 けど、それについてはとっくのとうに決めている。

(まさか! 明かすつもりはないよ、何にも。最後なんだ、無駄に悲しませたくないもん)

「……ま、そうだろうな」

 

 ガレーラの中でだって、社長と職長以外には知らせてないくらいだ。もうすぐ死ぬ、なんて告げる相手は必要最低限でいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──宿屋のベッドに横たわり、睡魔を待つ。

 予定を少し早めて今日の内にサン・ファルドを発つことにしたから、体力を回復しないと。移動や宿取りを加味すると、師匠たちと会うのは明日になるだろう。

 

 

「なんとか隠しきらないと、なあ」

 元から寿命は定まってたんだから、今になったところで変わらない。

 何も心配することはない、大丈夫。同じように接すればいいだけ。

 

 

 

 それだけなのに、……何故だろうか、寄る辺のない不安は断ち切れない。

 

 だって想定外ばかりなんだ。

 偶然だとか奇跡だとかの言葉では片付けられないような運命は、最期に創造者を知れとばかりの出会いを用意して、最期に約束を果たせとばかりに縁を繋いで。そのせいで過ぎった疑念だって、ほんの少しだけどあったくらいに。

 

 

 

 それは幸運続きなのかもしれないけれど、おれには清算を求められているように思えて仕方がなくて。

 

 

 

 

 

 ……長く細く、息を吐く。

 

 何があろうと『全部隠し通すこと』。おれに出来るのはそのくらい。

 せめてそれだけは心に決めて、暗闇になんとか意識を落とした。

 

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