元より就寝時間が遅かった上にうだうだと惰眠を貪った挙句寝坊し、起きたのは昼。おれとの何気ない会話しかしない日を作るなどと限られた時をとんだ浪費の仕方をしたものだと思ったが、050当人が良しとしているからにはおれから言うことはない。
海列車に揺られる時間もあって、プッチに着いたのは夜だった。暗がりの中では観光も何も言ってはいられない、宿をとってまた眠り。
──それが昨日。
会いに行くなら早い方がいいと早朝の内に街を出て、奥の方にあるという隠れ港へと向かっている、のだが。
(……ずっと会いたがっていただろう、そろそろ腹を決めろ)
(そりゃそうなんだけどォ〜……ほら、いざってなると心の準備が、ね?)
何故だか今おれは、盾の如く意識の表層へと押し出されていた。もだもだと渋る050からはもうすぐ会えるのだという喜色こそ感じるが、並び立つ程の迷いもあるらしい。
(はァ……おれが対面するんじゃあ意味がねェ。着いたら交代するからな)
(う、うん。分かった)
落ち着かない様子に溜め息を落として、ここで話していても埒が明かないと歩を進める。拒絶しない辺り、会いたいのには違いないのだろうが……良くも悪くも平常心でいられない、といったところか。
空が青く移ろいできたとはいえ、人も疎らな時間帯。時たま家々から物音がする以外は静寂を保った街中では、そわそわと騒がしい内心は分かりやすい。
(うぅ……やっぱ待ってルッチ!)
「お前な……」
ここまでお膳立てされて何が嫌なんだコイツは、という呆れが思わず口を突いた。こんな先延ばし癖はなかった筈なのに、パウリーから伝染りでもしたか? 彼奴は普段こそ即断即決だが一部に関して、というか借金返済にだけは行動が遅い。悪い手本だ。
(パウリーさんのアレとは一緒にしないでほしいかも! いや違うんだって、まだ朝早いし? ええと、そのォ〜……朝ごはん! まだ食べてないから、済ませてから! ね!)
(……まァ、それもそうか)
なんともあからさまだが……まず腹拵えというのも、大切には違いない。しどろもどろになりながら明らかな言い訳を絞り出す050に、しょうがないと取り敢えずの納得を返してやる。
この時間でも開いている店があるのか若干の心配はあったが、流石は美食の島とでも言うべきか。早朝からどころか丸一日営業している店さえあるらしい。
(モーニングでも頼むか。セットは……)
(そっちの良さそうじゃない? パスタあるよパスタ!)
(ン、ならこれにするか)
適当に入った食事屋、風通しのいい席でメニュー表をぱらぱら捲る。
飯となれば途端に張り切りだした050がおれの視界越しに目を付けた料理──この島特有の変わった形状の麺を使ったパスタらしい──を注文。今の時間に客などゼロに等しい、待ち時間は短く済むだろう。
……とはいえ調理の間は手持ち無沙汰になって、吹きさらしの窓から見える景色を眺める。
(キレイな街だよねェ、ここも)
ちょっとウォーターセブンに似てるかも、と感嘆とともに呟かれる。そう言われてみればプッチは……ついでにサン・ファルドの街並みは、どことなくあの水の都と雰囲気が似通っているような。この世界にある他の島については疎いが、全ての島々がこうではないだろう、海列車による繋がりも要因にありそうだ。
そうやってたわいのないことばかりを考えていれば、頼んだ品が運ばれてくるのはすぐだった。
(おー、いい匂い!)
炒められた肉のソースに短く縮れた麺、野菜をフォークで絡めて口に運ぶ。
……なるほど、美味い。モーニングが故に量こそ控え目だが、恐らくは食べ終えた辺りで十分に満足感が得られるように対応して味の濃さと麺の硬度が調整されているのだろう。
そうやって二口、三口と食べたところで意識を交代する。
(後はお前が食え)
(はーい!)
この数日間は食事の大半を050に任せている。味覚は共有しているが、実際に食べるのと味のみが伝わってくるのとでは、得られる感覚が大きく違う。
ぺろりと平らげて綺麗になった皿の上で手を合わせ、050は落ち着いたと息を吐く。何度遠ざけても戻ってきていた緊張も、腹が膨れてある程度は解れたらしい。
「ごちそうさま! はー、美味しかった」
「そりゃあ良かった! 食べるの好きになったんだなァ」
「、──────────…………へ?」
かち、と。
顔面から指先まで硬直して、050の思考の一切が読み取れなくなった。
凍結の元凶。片割れにとってひどく聞き馴染みのある声は、ガラスのない窓の向こうから。
「いやーまさか旅先で会うとは奇遇も奇遇、しっかし久しぶりだなヒョウ太! もしやおれのこと覚えてなかったり……はないか! そう簡単に忘れられないだろうおれ達の魅力は!」
「ッな、なななん、し、ししょっ…………!」
一拍置いて解凍こそ出来たものの、口も思考も回らないでいるらしい。ずずいと身を乗り出した自己主張の激しい挨拶に面食らい思わず仰け反って、それを背もたれに阻まれ──
「…………わ゛ーーーーッ!?!?」
「ヒョウ太ーーーッ!?」
──そして、衝撃は簡単に椅子の許容量を超過した。つまりは後ろへとひっくり返った。
……先延ばしのツケだろうか、ぶつけた所が地味に痛い。
「だッ、大丈夫か!?」
「いっつ゛〜……だいじょぶ、うぅ……」
だが、逆にその痛みで頭が再起動したらしい。
窓枠に手を掛けて今にも飛び越えてきそうな顔見知りと、心配半分迷惑半分といった様子で此方を見てくる店員を片手で制して立ち上がる。
肉体的には兎も角として晒した醜態が精神的にキているのは、わざわざ感じ取ろうとせずとも手の平に覆われた熱い顔で察するにあまりあった。
(……ルッチ)
(代わらねェからな)
恥をどう取り繕うか、なんてのはもう諦めた方がいいと思うぞおれは。