水の都で命は踊る   作:盆回

8 / 98
水難の兆

 

 翌日、入院してから八日目。

 

「もう退院できるって!」

「早くね?」

 

 何かあれば連絡してくれと教えられた番号に電伝虫を掛ける。慌てて受話器を取ったらしい相手に医者から告げられたことを伝えれば、ゴーグルを付けた目つきの悪い電伝虫から呆けた声が返ってきた。

 

 

 

 

「うん、もう動けるならずっと入院してるのは逆に良くないってさ。一応車椅子とかの補助は必要だって言われたけど」

「……治ってんのは良かった、ホントに良かったが……そこまで早いとは、ちぃと想定外だったな。昼頃には迎え寄越すから待っててくれ!」

 性格悪くぐちゃぐちゃにされていた傷口だというのに一週間きっかりで歩けるまで治るとは、誰にも思われていなかった。おれからすれば少し遅いのではないかと感じる程だが。

 ともかく。おれの身元預かりはガレーラカンパニーになっているらしく、そう言い残して通話は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 窓から日中の喧騒が飛んで入ってきた頃。ぱたぱた、どすどすと2種類の足音が廊下から聞こえる。先程電伝虫で話された迎えだろう。

 

「退院おめでとう!! 良かったなァ早く治って!!」

「タイルストンさん、声」

「はい……」

 体格に見合わない小ささの車椅子を転がしながら入室する大男を一声で鎮めるナースに苦笑した。

 

「大丈夫か? 手は貸さなくていいのか!?」

「もう、大丈夫だよ! 心配性だなァ」

 おれを車椅子へ移そうとする巨腕に抱えられそうになって、手だけで静止する。このくらいの移動までサポートされる訳にはいかない。

 

 

 そんなやり取りを傍目で見ていたナースから、きりりとした声が刺された。

「いいですか? 退院とはいえいつ傷が開くか分かりませんから、一ヶ月は走ったりしないこと、ましてやおかしな筋トレなんてしないこと!」

「おォ! そうだぞお前、こればっかりはおれたちで見張っておくからな!」

 

 ……心当たりのありすぎる忠告に、顔が引き攣る。

 

「……もしかしなくても、あの事言いふらされてる?」

「あの事ってのが腕立てならそうだな!」

「はい、ルッチさんから」

 

 バラしやがったなあのトンチキ野郎!

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらの世界での大半を過ごした病院を出て、回る車輪がからからと足元で鳴るのを聞きながらウォーターセブンの街並みを見回す。

 

 

「初日はしっかり見れなかったけど……やっぱり綺麗だよね、ここ」

「そりゃあ観光都市だからな!! 綺麗なだけじゃなくて住み心地もいい!! ま、移動方法の大半は水路だから、ヤガラなんかにゃ慣れねェと最初は大変だが!」

 感嘆を漏らせば、頭の上で髭面が得意そうに笑った気配がした。発された大声から一単語を切り取り、水路をちらと見る。

「ヤガラ、ヤガラブルかあ……そういえば気になってたんだよねェぼく。今から乗ってけたりする?」

 こてんと首を傾け、後ろで車椅子を押す大男を見上げた。

 

「もちろんだ!今から上の方の造船所に行くんだからな、道中には水門エレベーターもあるぞ!」

「エレベーター……?」

 

 ……本当に、文明レベルが分からなくなる。電気などは見る限りないようだし、水力か圧力でも使っている……のだろうか? などと。「貸しブル屋に行くぞ!」という意気揚々とした声で、一瞬どこかへ行きそうになった思考を引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

「わ、ほんとに魚……馬……?」

 ニーニーと鳴く生き物が背負うゴンドラに車椅子を折り畳んで乗り、その首に手を添える。触感は魚寄りだが、人の体温で火傷などしないのだろうか。……手に擦り寄って機嫌良さげに笑っているから、無用な心配だったか。

 

 

 

「ヤガラは人懐こくて、そして賢い!たまーに暴走するかもしれんが、それもコイツらに考えがあっての事だ!!安心して乗っていいぞ!!

 声を張り上げる巨体をやかましそうに、しかしものともせずに浮かんでいる隣のヤガラを観れば、この生き物たちが交通の便になることに納得がいく。肺呼吸をする人馴れした生物は、水上の馬と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 少し進めば賑やかな商店街に出る。人の行き交うそこには、地上に居を構えている店もあれば、水上に屋台を出している店もあった。

 

 

 

「わっと!」

「ニー!」

 きょろきょろと辺りを見ていると不意に、ヤガラがすい、と勝手に進む。

 

 ひとつの出店の前で立ち止まり、振り返った顔はヨダレを垂らしていた。……腹が減っているようだ。ここは、肉屋?

 

「ね、お肉って買ってもいいー!?というかこれ食べさせちゃって大丈夫なやつー!?」

「オゥ!水水肉は人間の食べモンだが、ヤガラブルの大好物だな!!自分の分も買うといい!!!」

 

 同行者と少し離れた位置取りとなったため、声を張り上げる。髭面は思いっきり笑い、普段の声量で届くところを更なる大声で返してきた。

「はーい!ええと、お金お金……」

 

 背負っていたリュックを下ろし、中身を漁る。それを店主に手をひらひら振られて静止された。

 

「ああいいよいいよ、タイルストンの連れだろ?」

「へ?まあ、そうだけど……」

「この前海賊から守ってもらったからねェ、しばらくはお金なんて取れない取れない!」

 

 からりと爽やかに笑う店主にヤガラと顔を見合わせる。……大海賊時代などという末法に置かれているにしては、随分と人情のある街だ。せっかくの厚意である、ここは乗っかっておこうか。

「じゃあ、甘えちゃおうかな!二つ……いや四つ!お願いします!」

「はいよー!」

 

 

「おかげで無料になっちゃったー!これ、そっちの分ね!」

「オオ!? こりゃあ店主にゃ今度礼言っとかないとな!! ヒョウ太もありがとよ!!!」

 譲られた肉を半分渡し、もう半分は自分で抱える。ニーニーと急かしてくるヤガラを撫でて宥めすかし、たぷたぷと不思議な音を立てる水水肉を前に差し出した。

 自分の分の肉はゴンドラの後ろに置き、身を乗り出してヤガラの口元まで肉を運ぶ。嬉しそうにぱくつく顔を眺めながら、魚であってもこれだけ感情は豊かなのかと面白く思う。

 

 

 

 最後の一口を飲み込み満足そうに鳴いたヤガラを確認し、姿勢を戻そうとして。

 

 体重を掛けていた手が、水に濡れた金属部に滑って、

「、あ」

 

 

 

 バシャン!! と。

 

 

 

 飛沫を上げながら、何かを言う暇もなく、頭から水路へと落ちた。

「ニーー!?」

「ヒョウ太ーーーッ!?!?」

(まず、)

 

 

 

 

 ──おれはバカか!? 何をこんな凡ミス、いや今は反省会などしている場合ではない!

 

 悪魔を宿した身では無駄と知りながら少しでも上へと藻掻こうとするが、体の力がどっと抜けて水面へ手を伸ばす事がせいぜいだ。

 ごぽりと肺から出ていく酸素を目で追うことしか出来ず、ぎゅうと瞼を瞑る。

 

 

 

 

 

 ばしゃり、と水中でも響く水音が届く。胴に体温が回った瞬間、ざばりと水中から引き揚げられた。

 

 

 

「───ッは、はあっ、ゲホッ!」

 飲み込んだ分を吐き出して、必死になって空気を取り込む。なんて情けない、元の世界の知り合いが見れば笑うを通り越して困惑すらされそうな醜態だ。

 

 

 

「大丈夫か!!?」

「げほ、は、だいじょぶ……」

 

 元のヤガラの上に乗せられ、大きな手のひらで背を摩られる。それを甘んじて受け入れながら息を整えた。……こんな下らないことで助けられてしまった。

 

「ニー、ニー!」

「……きみも驚かせちゃったね、ごめん……」

 頭をこちらに回し心配そうに声を上げるヤガラの頭を撫でた。流石に、気を抜きすぎだろう。不思議な光景、不思議な生物にはしゃいで──いや、断じてはしゃいでなどいないが、慣れない環境にあったからといって弱点の水に落下するなど。

 

 

 

 

 脳内で反省を巡らせていると。

 す、と顔に太い指がかかる。

 

「……?」

 見上げた先で分かりやすい困り顔をした大男の意図が分からず呆けていると、前髪を、……水に濡れて後ろへ靡いた前髪を元に戻され。

 

 

 

 

 

 

 

 つまりは、見られた。こちらの世界の自分と全く同じ、特徴的な生え方をした眉を。

 

 

 

「……!? あの、ななな、なに!?」

 思わず前髪を押さえて迫る。大男は雫を振り撒きながら大きくかぶりを振った。

 

「いーやおれはなんにも見てない!! ルッチと同じ眉毛なんざ見てないからな!!!!」

「見てるじゃん!!!!」

 

 

「お前がルッチの隠し子とかかもしれないとか思ってないぞ!!!!!」

「あの人そんな年齢じゃないでしょ!? ないよね!?!?」

 

 

 

 

 咄嗟に反応、してしまったが。やらかしてしまったかもしれない。これでは繋がりがあると暗に言っているようなものではないか。

 

 

 

 全身ずぶ濡れで分からないが、冷や汗が湧き出てきたような気がする。あちらも目を泳がせながらも何も言おうとしないのがどうも居心地が悪く、濡れた髪をくるくると弄りながら口を開いた。

 

「あの、これは、黙っててほしいなーって……特にあの人には」

「……ルッチも知らねェのか?」

 こくりと頷く。何だったか、隠し子? 彼の脳内で一体どんな想像が構成されているのかは分からないが、言いふらされてはほぼ間違いなく不都合なものとなるだろうし、純粋に不名誉だ。

 

「おう、分かった。話さねえよ!」

「ありがと〜〜助かる……」

 

 詳しく聞いてくることもなく了承した相手に内心ほっとする。この男にだけ留めていれば、──留められていたら、留められるか? 本当に?──まあ、まだいいだろう。腹芸のできる奴ではないが、約束事は破らないはず。

 

 ……はあ、と溜め息。今日の夜もまた、一人反省会をすることになりそうだ。

 

 




水路に落ちたのが唐突に思えただろう。しかしこれがダイスの導きなのです……。
悪ふざけで設置した水路に落ちる10分の1の確率引き当てたのが悪い。その後更に3分の1でただのドジで落ちた選択肢を引いたのも悪い。
そもそも選択肢をふざけて設置したのが悪い、それはそう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。