水の都で命は踊る   作:盆回

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船上、二度目の朝食を

 

 かくかくしかじか、と。

 

 先程省いた詳細まで含めて一通りの説明を終えたところで、大きな溜め息が聞こえてきた。コンフィからだ。

「なるほど、なるほどナー……いやァごめんネヒョウ太サン、あの子が多大なご迷惑を」

「いやいや、全然迷惑じゃないよ! むしろありがたかったくらい!」

 態とらしい口調こそ軽薄であっても、真っ直ぐ見据えてくる三白眼の奥には本心からの申し訳なさが窺える。050としては研究所の関係者と会えた上に、海賊達と再会する架け橋となった彼について謝られるのは筋違いとなるが。

 

「もしかしなくても、ヘールシャムが言ってたお父さんの知り合いってコンフィさん?」

「また随分と他人行儀な紹介されたネ……」

 それよりも050が気に掛けたのは、彼の言葉の端々から感じ取れるヘールシャムとの距離感の近さ。

 

「そそ、家族ぐるみの付き合いってヤツでネ。十年くらい前に引っ越してったっきりだから、あの子には覚えられてなかったケド」

 仕方ないネ、と肩を竦めて残念がってみせるコンフィ。当時四歳程度の子どもに記憶されているとは思わないと言ったところだろう、大袈裟な仕草の割に悲壮感は無い。

 

 

 

「戻ったよ〜! ホントにメモあった、道理で連絡無いと思ったよ〜……」

 暫くして、少年の忘れ物を探していたトラットが戦利品とばかりに電伝虫の番号が書かれたメモをぴらと振り、会話に参加してくる。

 

「ヘールシャムくんって、ちっちゃい頃もあんな感じだったの〜?」

「まァ、自分が見てた頃にはもう猪突猛進の片鱗はあったヨ。落ち着いて見えるのに発想がぶっ飛んでるってネ」

 へらりとした苦笑いで応えるコンフィ。この言われよう、ヘールシャムは一体何をやらかしたのか。

 

 

「ぶっ飛んでるどころじゃないだろアイツ。どんな度胸してたら()()()()()()()()なんて考えるんだか……」

「なにそれ聞いてない」

 

 本当に何をやらかしているのか。

 

 

 

 青筋を浮かべたディオンの愚痴っぽい言葉に、表層の片割れと揃って目を剥いた。

「えっ密航? ヘールシャムそんなことしてたの?」

「ヘェ、ヒョウ太サンに言ってなかったかー。……もう一回叱らなきゃダメかもネ」

 050がオウム返しのように問い質せば、ゆるい笑みを貼り付けたまま声だけがワントーン低くなるコンフィ。やはり此奴も、リフターと並んで苦労人なのかもしれない。常識があるということは非常識に振り回されるということと同義だ。

 

 

「まあまあ、あいつも言う機会がなかったか、忘れてただけだろ? 説教なら十分したんだから勘弁してやれって」

 ひらひらと手を振って立ち上がったカッスンの言葉に、昨日の事を思い返して心の中で首を振る。挙げられた想定は二つとも違う筈。

 

 

(もしかして……あの時ヘールシャムが口ごもってたのって、密航が後ろめたかったから?)

(だろうな。それが反省したからこそか、悪びれてねェからなのかは分からんが)

 同時に050も同じ思考に至ったようだ。

 家出に際して協力者がどうだ、なんて話にまごまごとしていたのは家族について詰められたせいだと思っていたが、ここで答え合わせがされるとは。まさか密航などという無理矢理な手段を取っていたなんざ分かるはずがない。

 

 

「はァ……もうちょい厳しくしてやっていいと思うんだよネ、あの子には。サーがいいならいいケド」

(……言わないでおこっか、コレ)

 己の船長に宥められ、保護者代わりが大人しく引き下がる。ヘールシャムが明らかに口を濁していたということは、火に油を注ぐつもりもない050は黙ってやることにしたらしい。

 

 

 

「さて! 話も一段落したな?」

 切り替えるような溌剌とした掛け声の後に、ガタゴトと重い音が響く。

 背後から聞こえたそれは、甲板に設置されたコンテナの駆動音。側面の無機質な扉が開けば、真反対に派手派手しい内側が現れる。

 

 ──この船の独自性。光だの煙だのの舞台効果を発する全くもって実用的ではない装置は、船長の意向を反映したパフォーマンス用のキッチンである。

 

 

「では朝食といこうじゃないか! ……ヒョウ太はどうする? ちなみに、今日のメニューはフレンチトーストだ!」

「! 食べるー!」

 ソロステージに立った演者は嬉しそうに、050の元気な応答にパチリとウィンクを返した。

 

 

 

──────…………

 

 

 

「よーし出来たぞー!」

「おおー! 相変わらず凄いねェ師匠!」

 放り投げられる調味料から始まって熱の入ったフライパンまで飛び交うような調理場に小さく感嘆を挙げていた050が、完成の合図に拍手を送る。

 

 ただトーストを焼き上げるだけの過程を踊るような余興に変えて歓声を呼び起こし、尚且つあれ程動いておきながらキッチンには埃が舞っていない。

 つくづくよく分からない技能だ、と呆れ半分感心半分で眺めている内に甘く燻る香りがいっそう強くなって鼻腔を擽り、つい先程満ちた筈の満腹中枢が刺激されていく。

 

 

「昨日仕込んだ分は人数分しかないからな、ヒョウ太はおれと半分こってことで!」

「おれはさっき朝食食べたからいいけど……そっちは足りる?」

 一気に八枚の皿を危うげなく配膳した船長に050が尋ねれば、返ってくるのは悪戯っぽい笑顔。

「大丈夫だ! ……実は散歩途中に買い食いしちまってな? はは、胃の容量がなくて困ってたんだ!」

「……カッスン、この前こそ節約計画決めたよね?」

 笑顔はそのまま凍結した。

 

 

 

「ここに滞在してから何回目かなァ買い食いは」

「あ、いやそのクラウ、……予算圏内だから!な!?」

 

「あはは……そういえばディオンさん」

「んあ、何?」

 財政管理担当の冷ややかな視線に詰められている船長から050は目を逸らし、対面に座る相手に声をかける。

 

「ちょっと前に懸賞金掛けられてたよねー、ディオンさん的にはどうなのアレ」

「ああそれ。んー、アタシは別にどうでも……強いて言うんなら海賊として箔が付いたんじゃない? ってくらい」

 蜂蜜の滴るトーストをナイフで一口大に切り分けながらディオンは平然と言い、傍の騒ぎに向けてついと赤眼を細める。

 

「あ、美味し。……手配書が出ていっちばん面倒だったのはクラウ!『副船長はわたしなのに!』とかって、賞金首になったらなったで困る癖に不貞腐れてさ。ただでさえいつもリフターが副船長って間違われるから気にしてるんだよ」

「ぬはは、目に見えるなァその光景!」

 フォークを揺らして文句を零す割には楽しそうに口端が上がっている辺り、仲が良い故の軽口だろう。おれとしては今船長を小突いているクラウと話の中の彼女は結び付かないのだが、050は違うようでからからと楽しそうに笑っている。

 

 

「アレはどうなの、『断脚』って名前」

「分かりやすくていいんじゃないか? 断脚のディオン、シンプルで言いやすい、何よりカッコいいだろ」

「ンー……変なのじゃなきゃいいよ。船長の見てるとね」

 海賊の手配には付き物である二つ名へと話題を移せば、真っ先にウィンドが乗ってきた。当の本人は相変わらずどうでも良さげだ。

 

「なんだ、おれの話か?」

「そーそー。師匠の二つ名、アレってどういう意味なの?」

 カッスンの二つ名は『足元知らず』……由来を聞いた事はなく、そのような印象もない。頭にコブを拵えたカッスンが食卓に戻ったところで当人に聞いてみれば、明るい表情が少し歪む。

 

「あー……おれはあんまり気に入ってないんだよな。なんせ足元知らず、根無し草の愚か者だ」

 ディオンの名付けが羨ましい、とカッスンは頭を振った。確か賞金首の二つ名付けは海軍によって行われているんだったか。

 

「うええ、皮肉じゃん。ぴょんぴょん飛び回って戦うから〜、とかだと思ってた」

「お、ヒョウ太はいい考え方をするな! それもアリだ!」

 『麦わら』のようによっぽど分かりやすいものならともかく、その真意が付けられた側に伝わることは無い。故に受け取り手の感覚次第の筈だが、カッスンはネガティブに取ったらしい。

 海賊など誰も皆地に足付かない馬鹿ばかりだろうに、特徴まみれのこの男にそんな皮肉を宛てがうとは勿体ないことを、という感想はしまっておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 雑談しつつの朝食を、皿に残った最後のひとかけを名残惜しく頬張って終わらせる。

「ごちそうさまでした〜! 師匠ありがと、すっごく美味しかった!」

「……そうか、そうか良かった! ここにいる間はいくらでも作ってやれるからな!」

 隣に座るカッスンを見上げて050が手を合わせれば、何やら感極まったようにぱあと顔を輝かせた其奴にぐしゃり髪を掻き回された。

 

「わっ、……ふへ、師匠のご飯もプッチの料理も食べたいし、迷っちゃうなァ」

 眉を下げて、冗談混じりに。けれどその悩みはおれにどうしようと深刻な声色で聞いてくる辺り本気であり、かつ根深いもの。……両方とも上等だったから、おれに聞かれても悩む奴が増えるだけと返したが。

 

 

「ははっ、あんまり困らせてやるなよサー」

「ウィンドさん」

 頭から離れていった手の代わりとばかりに肩へ乗せられた腕の主を振り返ると、柔らかく緩まった赤色の目と目が合う。

 

 

「ヒョウ太は旅行で来たんだっけか、ここにはいつまで滞在するんだ?」

「そうだねェ、二日三日くらいかな〜。休暇中にセント・ポプラまで回る予定だし、あんまり長居は出来ないんだわ」

「成程、案外短いな……折角だしおれが案内しようか? この島は見るところ多いから、ガイドがいないと迷うぞー」

「え! いいの!?」

 

 願ってもない提案に瞼が大きく開く感覚。050が一も二もなく頷けばにかりと笑った提案者、の背後に影が揺れる。

 

「お姉ちゃんを置いて観光? 抜け駆けー? ウィンドが行くんならわたしも付いてくよ!」

「わっ!? ……と、姉さん!」

 

「あ、それなら私も一緒がいいな〜」

「なに皆行くの? んじゃアタシも」

 弟の背中に飛び付いたクラウを皮切りにして、別所からも次々と手が挙がる。

「待て、私達は一応はお尋ね者。前より警戒度が上がってるんだ、大人数で行くべきではないだろう」

 場の騒ぎを言葉だけは冷静に諌めるリフター、しかしその手はしっかり挙がっている。……全員ノリがいいせいでしっちゃかめっちゃかしてきた。

 

 

「ふふん、つまりこういうことだな? 総員拳を構えろ!」

「アレ自分も? やりますケド」

 全て理解したとでもいうような顔で船長が片手を握れば、先程まで静観していたコンフィ含む船員も後に続いて円陣となる。それを傍から見るしか出来ないおれ達としては、困惑しかない状況である。

(え、何事なのこれ乱闘騒ぎ!?)

(多分違う)

 

 

 

「──ヒョウ太の旅行ガイド! じゃんけんで決めるぞ!」

 

 

 




近くて、温度を感じられて、けれどそれは手放さなければならないもの。
平穏無事であるほどに、募るものはある。
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