水の都で命は踊る   作:盆回

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正義の袖を通す者

 

 威勢のいい掛け声の後、暫くしてから細腕によるピースが掲げられた。

「アタシの勝ち! 言い出しっぺのウィンドには悪いけど、ここは一番槍貰ってくよ」

 明日以降にでも誘いな、と勝ち誇る勝者はディオン。ふざけの一環であるからか皆殆ど本気で残念がることもなく、まばらに拍手が送られる。

 

 

「アタシはちょっと格好変えてくか。お尋ね者ってのを実感するなー……てな訳でヒョウ太、食休みしたら出発するから準備しときな」

「りょーかい!」

 

 

──────…………

 

 

(……あのさ、ルッチ)

(言いたいことは分かるぞ050)

 

 朝食を終えてから十数分後、朝来た道を引き返して街へ向かう道中。

 隣を歩くディオンをちらと見ては困惑する、を十二分に繰り返し、ようやく気まずさが限界突破したらしい。

 

(これっておれの感性がダメって訳じゃないよね?)

(安心しろ、おれも同じ心持ちだ。……注意してやれ、隣を歩くのはお前なんだからな)

 そう背中を押せば、そろそろと050は口を開く。

 

「ね、ディオンさん。その格好……なに?」

「何って、変装だろ、なんか問題あるの」

「あるというか怪しすぎるというか」

 

 真っ黒なローブで身を包み、被ったフードの中に帽子・サングラス・マスクの重装備を積んでいるあからさまな不審者姿に、思わず心の中で呟いたつもりの声が洩れていた。

 

「手配書そのまんまのカッコで歩くよりも良くないよォそれは! 後ろめたいことがありますって言ってるようなものだよ!?」

「そう? なら別の衣装……変装用の服、着ぐるみとかなら船にあるけどそれでいい?」

「ダメに決まってんじゃん怪しいってば! むしろ何であるのそんなの!?」

 

 

 

 ──すったもんだを続けた末、結論として。

 とりあえずはサングラスとマスクは外してもらい、街ですぐに衣装を調達することに決定した。ディオンは未だに、今まではコレで大丈夫だったのにと首を傾げているが。

「フードと帽子はまァあるかもだけど、顔が見えない相乗効果がね〜……」

(お洒落にしては絶妙に怪しいデザインなのもあるだろう。……ボルザリーノ先生のやつにそっくりだなこのサングラス)

 

 

 適当な服屋に入り、所狭しと並べられた衣装を吟味する。

「お、この服良いね」

「却下、却下だよ〜いつもと印象変わんないじゃん」

 変装というのはさして難しいものでもない、認識をずらせばいいだけ。世間に出回っているのが写真だけならば尚のこと簡単だ。ディオンの変装技術には期待出来ないので、050を通して口を出させてもらおう。

 

 

「髪色が目立つから帽子とフードってのは悪くなくて、んでもってダウナー感を消して。色味も変えつつ露出は最低限に、……」

「ヒョウ太?」

「一旦この服試着してみて! ……ふんふん、人相を変えるなら眼鏡もあり、と」

「ガチじゃんヒョウ太……」

 

 

 ばば、と手早く衣装のセットを小物含めて見繕って渡し試着室の前で待っていれば、そう時間も掛からずにカーテンが揺れた。

 

「コレでいい? 随分と印象変えたね。ゆるふわって言うのか、しかも暖色系……アンタ結構ブランディングとか考えるタイプ? 船長と話が合うわけだ」

 触れれば切れるような雰囲気はふわりとしたシルエットの衣装により鳴りを潜め、彼女の武器となる足も優しい色合いのズボンに覆われている。多少の怪訝を宿した瞳は細めのフレームに嵌め込まれたレンズによって比較的マイルドになっているらしい。

 

「まァ、そうだね。こんなところでいいかな。手配書のイメージとは離れたし、知り合いでもないとバレないと思うわ!」

「……ならいいけど。折角だし他の服も見て──」

 

 

 

 

「──営業中失礼する!」

 

 ふいに、ざんと響く揃った足音。

 不穏な気配に店の入口を振り返ると、そこには白と青の軍隊が複数人。つまり彼らは海軍。

 ……この大人数でパトロールとは考え難く、ピンポイントにこの店に現れたということは警戒態勢を取られていると考えて良さそうだ。変装前の黒づくめを不審に思われたか、もしくは元より船の辺りで目を付けられていた可能性もあるだろう。入店したところを見られていたなら、この変装も意味を成さない。

 

 

「……アタシから離れとけ、ヒョウ太。他人のフリくらい出来るだろ」

 小声で囁かれた内容に軽く頷き、ほんの少しの距離を置く。もう少し遠くに行けとレンズ越しの目線が訴えてきたがそういう訳にもいかないので、せめてもと背を向けた。

 あまり彼女から離れてしまっては、もしおれが同行者であると露呈した際にディオンからの救援が難しいものになる。戦闘能力が心許なくなった今は味方に頼らざるを得ない以上、最悪を考え最善の動きを図るべきだ。

 

 

 正義のコートを翻す上官らしき細身の男、……いや、女か。かちりとスーツを正しく身に纏った将校は所謂男装の麗人といったところ。腰に提げた剣の柄に手を掛けて迷いなくこちらに向かってくる足取りは、偶然この店に来ただけという希望的観測を棄却するのに十分。

 

「お前達は此処で待機を。──さて、そこの二人」

 それだけでなく人数まで言い当てられてしまえば、素知らぬふりをすることも出来ない。厄介事が舞い込んできたと眉間に皺を寄せたディオンと顔を見合せ、仕方なしに二人で向き直る。

 

「海軍が何の用? フツーに買い物してるだけなんだけど、アタシ達」

「しらばっくれるな、カッスン海賊団のディオンだろう。大人しく着いてくるのならばこちらから手出しはしまい」

「ッチ、割れてるのかよ……ンなこと言われて良い子ちゃんの返事で投降する海賊がいると思う?」

「今回ばかりは定型文の警告ではないさ。わたくしはお前達海賊団を見定めに来た、それだけだ」

 

 隣が飛ばす凶悪な視線を受け流し、将校は涼やかに言葉を連ねる。……見定める、とは。半年前こそお目こぼしされていた名残か何かだろうか、温情にしては厳しいようだが。

 

 いくら身体が鈍ろうと戦力差を把握出来ない程愚鈍になったつもりはない、今の状況で抗おうと勝ちの目は限りなく薄いものとなる。

 ならばおれに取れる手段は一つ。

 

「ヘェ……アタシらについて色々と噂が飛び交ってるのは知ってる、良いのも悪いのもな。ンで真偽を確かめに来たって? なら聞くけど、今のアンタの目にはどう映ってんの」

「団全体についてはまだなんとも。だがディオン、お前に関しては前評判通りに粗野、そして──」

 

 

 きんと澄んだ金属音。

 将校が武器を抜き放ち、投擲したのは瞬きの間。

 

 

「──考え通りに仲間想いのようだ。下手な虚勢は張らない方が身の為になる」

 

 

「へ、」

「ヒョウ太ッ!?」

 

 白い閃光のように飛来した片手剣は今、目の前ギリギリを狙いすまして服屋の壁に突き刺さっている。──つまりは、ディオンに促されて逃げようとしたおれの、050の退路を阻むように。

 

「び、…………っくりしたなァ、ちゃんとした剣士っぽかったじゃん、剣投げる普通?」

 どう動いたとしても刺さる軌道ではなかったとはいえ速度が速度、弾き返すのも叶わない身では流石に肝が冷えた。心配そうな視線に両手をひらひら振って、投降と無事の意を示す。表層を入れ替わるかと思考し、やめた。下手に戦闘態勢に切り替えるのは警戒をもたらすだけだ。

 

「……勘違いしてるみたいだけどその子はマジの一般人、アイツだけでも見逃してくんない?」

「無関係という証拠もあるまい。そもそも手荒な真似をするつもりなどないと言っているだろう、話を聞け」

「今正にしただろうが手荒な真似! ……つか武器手放しちゃっていい訳?アタシとしては、ここで一人残らず叩きのめせば全部解決するんだけど!」

 食ってかかるディオンをちらと一瞥し、将校は腕を組んで静かに一つ息を吐く。

 

 

 

「まったく口が悪いな。手塩にかけた一人娘がそれでは、医院の両親が悲しむだろうに」

「……………………は?」

 

 軍帽の影が落ちた瞳を細め、至極当然のように引き合いに出してきたのは、ディオンの出生、か?

 

 

 

「なんで知ってる、何を知ってやがる……!?」

「ある程度は知っているさ、お前達の探られたくないであろう腹もな。どうだ? 話し合いをする気にはなったか」

「ッそのアタシらの秘密ってやつ、言いふらしでもするつもり?」

「それはお前次第だな」

 先程より空気の鋭くなった場には動揺に連なる歯軋りが響くだけ。

 ……警戒が強まっているのは感じ取れるのだが、何も知らないこちらとしては困惑が勝る。海軍というのは標的の身辺調査までする輩がいるのだろうか、くらいの。

 

 

「一応確認しとくけど、知り合いとかじゃないんだよね?」

「当たり前だろ知らないっつの! だからこそあの訳知り顔が怖ェんだよ!」

 目の前に刺さった剣を抜いて、回収されないよう後ろに庇いながら050が問えばギャンと吠えられる。 確かに、一方的に情報を知られているというのは恐ろしい話だろう。

 

「ふむ、一般市民の出生を知っている程度では交渉材料にならないか。ならば核心でも突けば──」

「わーかった分かったそれ以上言わないでいいから! アンタの話は自首以外なら聞いてやる、何が望み?」

 結局折れたのはディオンの方で、苦虫を十匹は噛み潰したような表情をして要求を呑む姿勢を見せる。

 

 

 ……探られて痛い腹とやらが余程のもの、と。唯のサーカス集団だという認識は改めることになりそうだ。

(ルッチ、なんか怪しんでる? 心配しなくてもだいじょーぶだよ、皆良い人だもん)

(……別に、探りを入れたりはしない。隠し事があったとして、どうせおれ達には関係ないことだからな)

 

 

 

 ディオンが黙ったことに将校は満足気な顔をして、手袋に包まれた手をエスコートをするが如く、すいと持ち上げる。

 

「では単刀直入に。わたくしの要求はただ一つ──我々と()()()()()()をしろ、カッスン海賊団」

 

 

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