水の都で命は踊る   作:盆回

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緩和の閑話

 

「は?」

(は?)

 

 

 一瞬理解が追いつかず、口には出していない疑問符がディオンと被った。

 エンタメ、エンターテインメント。……もしかするとおれの知っている意味とは違ったりするのかもしれない、聞き間違いの可能性もある。少なくともここまで殺伐とした場面で出るワードではないのだし。

 

 

「……? なんだ、お前達の得意分野な筈だろうエンタメ。何を隠そうわたくしも、その方面には一家言あってだな」

 何も違わなかった。聞き間違いでもなかった。

 

 

「あーー…………コイツはアレか、船長が引き寄せた同類か……」

「え、受け入れるの? そんなさらっと受け入れられるの?」

「よくある事だから」

「よくある事なんだ……?」

 戦意のほとんどが霧散し代わりに頭を抱えたディオンは、精神的疲労の見える顔で電伝虫を取り出して船へと連絡を取り始め。

 本格的に何をすればいいのか分からなくなった050は、所在なさげに投げられた剣を抱える。警戒の行き場が無くなり、おれもどうすればいいのかわからない。

 

 

 

 

「ミュジーとジカルは船へ向かい、街の広場で集合させるよう案内。アクロとロバットは先に行って会場準備を、エクエスにトリアンはわたくしと共に来なさい。それと……ヒョウ太と言ったか、そこの少年」

 部下に司令を飛ばしていた将校は敬礼を見送った後、振り向きざまにこちらの名前を呼ぶ。

 

「ああっと、おれに何か?」

「用があるのはお前が手に持っている剣にだな。投げたわたくしが言うのもなんだが、返してもらえるか?」

 言われ、手の中にあるそれに目を向けた。おれ達が持っていても使い道はないとはいえ、渡さないことで相手の戦力低下を招くことが出来るかもしれない……が。下手に反抗心を見せれば警戒を強められる、大人しく応えるのが得策だろう。

 

 

「はい。これ渡したところで、また投げたり急に切りつけてきたりとかはしないでよねェ」

「ありがとう。……海賊団の人数が増えたという話は聞かない。ごく新しい団員か、それとも本当に一般市民か?」

「さっきから言ってる通りですー。ディオンさん達とは前に知り合って、ちょっと同行してるだけ」

「ふむ、主張は同じか。一考しておこう」

 海賊の仲間であるかどうかなど形式的な質問であって、どう答えても疑念は解かれなさそうだ。返した剣を彼女は危なげなくくるくると投げ回し、己の腰元へと納めた。

 

 

 

 

「フィル中将、出立の準備が完了致しました」

 

「ご苦労エクエス。ではディオン、ヒョウ太、こちらに」

 同行を命じられていた男女二人のうち、男の海兵の方が店の入り口で声を張る。

 

 

 それに反応したのは女将校だけではなく。

 

「……中将?」

 警戒を瞬時に取り戻したディオンが、階級名を低く唸るような声で復唱した。中将とは海軍の中でも上から数えた方が早い立場、つまり目の前の相手は相当な強者だということ。先程肌で感じ取った実力は確かなものだったらしい。

 

「ああ、まあ。正確には支部中将だがな、本部の同階級にはまだ敵わないさ」

「そこら辺の序列は知らないね、ったく……お偉いさんが出張ってきといてエンタメだとか何だとか、頭ぶっ飛びすぎだろ」

 苛立ちに任せた舌打ちに、全くもってその通りだと全面同意した。

 

 

 

 

 入り口付近のレジではたと中将が立ち止まる。

「っと、無事か?迷惑をかけたな、店主」

 カウンターをノックすると、先の戦闘から避難していたのだろう、下で蹲っていた店員が恐る恐る顔を出した。

 

「これは迷惑料に弁償と……そこのお嬢さんの服代だ」

「は、はい!?」

 何の気なしに懐から抜き出した財布ごと投げ渡すものだから、反射的にキャッチした店員もわたわたと戸惑っている。……海軍というより成金や貴族か、というような振る舞いだな。

 

 

「ちょっ、アンタ勝手に……!」

「支払いを分けるのも面倒だろう。はは、貸し一つだなディオン」

「〜〜ッ腹立つ! つかさっきから馴れ馴れしいんだよ、名前呼び捨てしやがって!」

「ディオンさん、どうどう」

 

 一触即発、というか一人で爆発しそうなディオンを留めつつ店を出たところで、先程まではそこにいなかったものが目に入る。

 ガッシリとした体躯、白や黒に艷めく毛並み。小さな女海兵に手綱を握られ大人しく頭を垂れているその生物達は。

 

 

「わ、馬? 海軍って馬飼ってるの?」

 サン・ファルドのパレードで見はしたものの、触れられる距離まで来るのは初めてだ。050が小さく歓声を上げ、白い一頭に近付く。睫毛に縁取られた瞳が此方を見やり、撫でることを許容するように頭をこちらへ向けた。

 

「違うっすよ。フィル様の趣味が高じて個人的にっす。あ、撫でるなら首にしてあげてくださいね」

 吸い寄せられるように手を伸ばしたところで、横からのんびりと間延びした声が掛かる。中将が出していた名前から考えるに、彼女はトリアンだろう。助言に従って首元をさすればブルルと鼻を鳴らされた。

 

「ほへえ、思ったより柔らか……ちょっとざらざら、さらさら? キレーな毛並みだし、あったかくて触り心地いいなァ」

「当然っす、お手入れは毎日しっかりしてますから。乱暴に扱ったら怒るっすよー」

 

 感心していると、背後でこほんと咳払い。

 本筋を忘れていた050が慌てて手を引っ込め振り返れば、苦笑するような中将の視線がぶつかって。一抹の気まずさの中、ぬははと誤魔化し笑いを零した。

 

 

 

「さて、この子達に乗って行く訳だが。乗馬の経験は?」

「ないかな〜! 生き物に乗るのには慣れてるけど、ブルとは勝手が違うよね?馬なんて中々見ないから何も分からないよ、おれは!」

「ヒョウ太順応早いなァ……あ、アタシは乗れるからお構いなく」

ふむ、と将校は頷いて。

 

 

「失礼」

「どわあっ!?」

 

 軽々とおれの体を抱えあげ、ひらり舞うようにして白馬に飛び乗った。

 

 

「っな、なになに急に! 自分で乗れるよ!?」

「そうか?だが初心者の上に、ここには乗馬靴もない。一人で乗せるなど危なっかしいことはさせられないだろう」

(やることなすこと突発的、中々強引だなコイツは……)

 決まりが悪くて離れようとしても、慣れない馬上ではどうにも動きづらく。

 

「おれがいて邪魔になんない? 二人乗りも……重かったりするんじゃないかなァ」

「はは、わたくしもこの子もそんなにヤワではないからな。全く問題はないから安心するといい」

 最終的に鞍の前に座らせられ、馬の背に手を突きつつ後ろで手綱を掴む腕に支えられる体勢に落ち着く。

 

 怒りはないが困惑はあり、せめてもの抵抗とばかりに振り向いて睨み上げた050に返されたのは鮮やかな微笑みで、何だかもういいか、と思ってしまった。

 

「それでは出発するぞ、付いてこい!」

「おー!」

「マジで馴染むの早……」

 意気揚々と手綱を振るう将校の掛け声とディオンの溜め息を背に受けつつ。こうなれば満喫するだけだと片手を挙げれば、蹄の音も高らかに響く。

 

 

 ……想定外ばかりで一時はどうなるかと焦ったが、050が楽しめるのならばそれでいい。出来ることならばこの先も穏便に事が済むように、と心の中で息を吐いた。

 

 




フィル中将の名前の由来であるフィリップ・アストリー、その記事にあったそれっぽい単語をばらけさせて部下の名付けをしました。
内一人がその後に登場した別作品の推しと名前が被りました。ぐえー
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