水の都で命は踊る   作:盆回

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袂は分かたれたか

 

 姉上、と。

 確かにそう口走ったカッスンに全員の視線が集中する。

 

 

「え、……姉弟!?」

「──そうか、っそうか! 生きてたんだな姉上!」

 何対もの視線、思わず口をついて出た050の驚き。肝心のカッスン当人がそれらに全く意識を向けることはなく。

 

 息を呑む一瞬の空白の後に動揺が歓喜に色を変えたような、常に芝居がかっていた仕草が抜け落ちた、ような。

 

 

「っあーー!! そうだ、カッスンのおねーさん!!」

「…………姉、だと?」

 

(それも生き別れの、とはな)

 クラウが手を叩いた音に肩を揺らしながら、中将の部下ジカルが茫然と言葉を反芻する。もう一人の部下を見遣ればこちらも硬直している、寝耳に水だったようだ。

 

 

「は、……はあ!? アンタの、何、船長どういうこと!?」

「流石姉上、あれから無事で! 信じられなかった自分が恥ずかしい!!」

「話聞けよッ!!!」

「まさか、いや、……面影はあるが、本当に? そうだったとして何故……」

 

 ディオンにがくんがくんと揺さぶられても心ここにあらずな海賊船長と依然ステージで弁舌を振るう海軍中将、二人の赤毛を訝しげに見比べるリフター。

 

 

「え、え? あの海軍がフィルちゃん~……? 雰囲気変わったね~?」

「真っ先に気になるのソコ?」

 ふわふわした笑みを消し戸惑いを浮かべるトラット、その的外れに突っ込むコンフィ。

 あやふやな反応ではあるが、海軍程ではなくとも衝撃を受けているあたりどうやら船員達にとっても知己らしい。

 

 

 

 ……それにしては不自然ではないか?

 少し見ていれば分かるくらいに、この海賊団は身内意識が強い。聞いていればあの中将は生死不明だったようではないか。知り合いかつ船長の家族の無事が判明したならば、カッスンと同じように沸いたっておかしくないだろうに。

 

 

 

 

 

 姉と呼ばれた張本人は変わらずステージ上でオープニングトークを続けている。にわかに騒がしくなった舞台袖には気付いているだろうに、こちらを一瞥もしない。

 

 

 

「はーあの二人が。言われてみれば確かに似てるかもなァ」

 場を埋め尽くした揺らぎは当然おれ達にまで伝播してくる。呑気に嘆息する050の意識から一歩引いて、状況整理。

 

 血縁関係、成る程確かに分かりやすい繋がりだ。あの海軍中将が船長の身内なら、海賊団の内情とやらを知っていたことや、因縁のありそうな語り口にも納得がいく。

 再会に喜ぶよりも疑いが先行している海賊達のらしくなさ、中将が突飛な行動について事情の一つも部下に説明していないらしいという点は気になるが……能天気な彼奴らの身内の話なら危険はないか、と。

 

 胸中に湧いた心配を杞憂と結論付けようとして。

 

 

 

 

 耳に入ったのは硬く小さな呟き。

 息切れしたディオンから肩を解放されたカッスンが、ぽつと吐いた声。

 

 

 

「でも姉上、どうして、海軍なんかに──」

 

 

 

『──前口上はここまで。さて! ステージに上がってこい、足元知らずのサー・カッスン!!』

 

 拡声器越しに響き渡った煽り文句、つられて見上げれば冷たい視線が向いている。

 

 

 

 

「……何にせよ、話をしないとだよな」

 海賊としての名前を呼ばれたからか、少し俯いていた男の背筋が伸びた。

 覚悟を決めたように深呼吸を一つ。身に纏う空気を凛としたものに切り替え、カッスンは舞台に足を掛ける。

 

 

「ではみんな! 行ってくる!」

 こちらを振り返った顔は、憂いることなど何も無いとばかりに笑っていて。──拳を固く握っているというのに、堂々たる表情からは強張りなど欠片も見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『来たな、海賊頭。正々堂々現れたことは褒めてやろう』

『……ここまでお膳立てされておいて尻尾を巻いて逃げる我々じゃあないさ!それで? おれに用なんだろう、是非聞かせてくれ!』

 緊張弛緩の合図とばかりに拳をゆるく開き、ステージ上で威勢よく問い掛ける姿はまるで初対面のよう。あれが、相手が姉であることを確信している者の言動かと眉を寄せる。

 

 ……常々分かりやすかった筈の男の心中が、今となっては一切読めない。

 

 

 

(ううん……らしくないってことくらいしか分かんないというか、状況自体全っ然把握できてないよ、おれも)

(お前でもそうなるか)

 少なくともおれよりは交流のある050に分からないならば、おれ達による自己完結は不可能。船員に聞くしかないだろうな。

 

 

 

『部下から聞いたか? その通り。貴様らを見極め、次第によっては連行するという用がある。単に捕らえるだけでもよかったが、同じ趣味嗜好のよしみだ。こういう趣向も悪くはなかろう』

『……それだけか? もっと、何か』

『それだけだ』

 ピシャリと言葉を叩き返す中将の態度は冷徹という他にない。空気感は依然威風堂々としたままであるカッスンの開いた手が、一瞬びくと握り込まれそうになった。

 

 

 

「師匠、大丈夫かな……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! ちょっとテンパってるだけ、すぐ立ち直るって!」

 動揺による翳りは、客席に分かりようもない細かな所作に現れている。050が独り言のつもりで零した心配を明るいトーンでクラウに拾われた。その陽気さが信頼関係から来るものならば他の船員も同じ思いか、と表情を見渡してみても、それぞれ考え込んでしまっているようだが。

 

 

 

「……ッチ、結局あっちから何の説明もなしかっての。船長は無視しやがるし」

 舞台袖に満ちていた沈黙を舌打ちで払い除けたのはディオンだった。海軍中将の顔も知らなかった彼女自身と仲間達の知識差に混乱も大概として、それ以上に苛立ちが勝ったらしい。

 

「まーまーディオンサン、サーもサーで動揺してたワケでネ? 落ち着い、」

「うっさいコンフィ! 一旦現状把握させろ、あの中将を知ってる奴は手ェ挙げな!!」

「わあトゲトゲ」

 

 

 口調こそ荒いが内容自体は正当である。半分怒号の呼び掛けに気圧されるようにして挙がった腕は──数えるまでもなかった。

 

 

 

 

 

「アタシとヒョウ太以外全員じゃねェか!!」

 

 そう、この場で手を挙げていないのは050とディオンだけ。

 ……海兵は別に従わなくていいだろ、なんで律儀に挙手してるんだ。

 

 

 

 

「あーっと……あの人が居なくなったのは、ええと、十何年前だっけ? 年齢的にディオンサンが知らないのも仕方ないネ」

「この団ってほとんど身内で構成されてるからねー、ある程度の年だったらみんな顔見知りだって。それに狭い国だったもんねえウチ」

「姉さんそんな身も蓋もない……あーおれはほとんど覚えてないぞ、ぼんやり知ってるだけだ」

 絶叫の後に額を押さえたディオンの両肩には、それぞれ慰めるかのようにコンフィとクラウ、二人の手が置かれている。掛けられた言葉は慰めでも何でもないが。

 

 

 

 ──改めてステージを見上げる。

 小高く何も無い広場に集まってきた観客にとってこれは、出し物のような海賊と海軍の衝突。因縁など見えていないだろう。その因縁もこの海賊団の成り立ちも何でもいいとして、しかしそれは今正に巻き込まれそうになっている騒動の根源である。どう行動するにも情報収集は必要となるだろう。

 

 

(050、おれと交代するか? お前が聞き込みをするでも構わんが)

(ン、……いや。事情が気になってるのはおれな訳だし、このままやるよ)

 

 身内であり050が気に掛けているのは海賊側だが、其方の事情はディオンが問い詰めている最中。それを横から聞けばいい。

 

 

 つまり此方が対応するべきは。

 

「海軍さん、ジカルさーん? 色々聞きたいことがあるんだけど」

「…………ハッ、今の話は夢か!?」

「夢じゃないけど?」

 中将のファンクラブ会員を自称する男をつつけば、寝言擬きを叫ばれた。先程から硬直して微動だにしていないとは思っていたが、意識まで飛んでいたのか? コイツに聞いて大丈夫だろうか。

 

 

 この調子だと、上司が執心の相手と血が繋がっているなどとは一欠片も考えていなかったのだろう。

「あの中将さんからホントに何にも聞いてないの? せめて、こうなった心当たりとかさ」

「……フィル様は自分自身についてあまり語らないお方だ。家族のことも、故郷のことも、聞いた事はない」

 ミステリアスなところが素敵なのだ! と思い出したかのように威張っているジカルだが、空元気なのは見え透いている。裏切り程ではないにしても意図された隠蔽と捉えるのが普通だ。

 

「確かにどこか似てる、けど……あの情深い人が、身内にこれほど冷たいはずは……」

「ふ、フン! 信じるなよミュジー! 海賊の言うことだぞ、僕達に不和をもたらすための口裏合わせだろう!」

「師匠達は急に連れてこられたんだよ。フツーに考えて、そんな設定作る時間なんて無いんだわ」

「ぐっ」

 

 

「おれは師匠達のことを、深くはないけど知ってる。君らも中将さんについては同じ感じなんでしょ? 情報の擦り合わせ、必要じゃない?」

「……」

 話してみるよう促せば、迷いを浮かべた二つの顔が見合わせられる。そして、幾許かの逡巡の後にこくりと頷いた。

 

 

「私達が知っている過去は……あの方が海軍に入隊した前後が限界でしょうか。それも伝え聞きが多いですし。それでもいいなら話しますよ?」

「待てミュジー、僕が話す! 話したい!!」

「あんたに任せてちゃ挟まる賛美で日が暮れるわ!!!」

「ぬははー……どっちでもいいけど手短にお願いするわ」

 

 その過去とやらは関連性のない話かも知れず、そもそもか細く曖昧な情報だろう。

 

 

 だが、今ここにある情報源は二つ。

 

「トラット、あの中将とは友人でいいんだよな? フィルちゃん、なんて呼んでさ」

「う、うん。そう、友達なの~~。私が知ってるフィルちゃんは、もっと髪が長くてお嬢様っぽかったんだよ」

 それらを繋げば、確かな手掛かりになる。

 

 

 

 傍観していても落着するのか、そうでないのか。

 この場を離れるにしろ解決に動くにしろ必要な考えを進めることが最善手。そも、此方に危険が及ぶ可能性が少しでもあるようなら去るべきだろうが。

 

(それじゃおれが落ち着かないよ、ルッチ。大体ここから離れる気なんてサラサラないんだから)

(……だろうな)

 はァ、と内心で溜め息を吐く。

 情を持った相手を守る為に動く、その道を050に示した内の一人は間違いなくおれだ。望みを無理にねじ曲げ、諦めさせるつもりもない。

 

 

 例え蚊帳の外だとしても、存分に付き合う以外の選択肢は消えたという訳だ。

 

 




対比と示唆とその他諸々を書きたくて設定を組み込んでいるうちになんかストーリーが肥大化してました。オリキャラのオリストに付き合ってくれてありがとう、まだ先は長いです。
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