水の都で命は踊る   作:盆回

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開幕、或いは落下

 

「生きてるんならフィルちゃんは絶対に帰ってくるって思ってたんだ〜。護国の騎士なんだもん、何より故郷が大事なはずだから」

「そりゃまァ……そもそもなんで生死不明なんてことになったんだよ?」

 海兵との話は050に任せ、意識をトラットの方へ向ける。負担なく並列思考が出来るというのは他に無い利点だろう、生徒会活動にも応用が……いや、無駄な思考だったな。

 

 

 ミュジーとトラットの声が重なる。互いに互いの話は聞いていないようだが。

 

「十五年ほど前に、遭難しているところを今の私達の支部長が助けたのが最初、らしいです。海賊にやられたとかで、中将の海賊嫌いはそこからかと」

「十五年くらい前かな〜、国が海賊に襲われて。それはいつものことだったんだけど、フィルちゃんが人質に取られて島の外に逃げられちゃったの」

 

 偶然にも、初っ端から隣り合ったピースが出てきた。

 

 

 

 

「騎士団はすぐに追おうとしてたんだけど〜……ケードウ辺りの海って、荒れてたでしょう? ちょうど凪の時期を過ぎちゃって、海賊船の安否すら分からないまま追えず終いでね〜〜」

「……なるほどね。ンな大事件、有名にもなるわな」

 トラットの話はそれで一区切りらしく、ディオンの嘆息を最後に会話が止まった。

 

 

 締め括られた話を把握し、意識を目の前に戻す。

「へェ〜、海賊嫌い……じゃあこの呼び出しも、弟が賞金首になってるのを怒って、とか?」

 050が出した推測はおれの考えとそう変わらない。

 ……しかし、カッスンが海賊になったのは天竜人に目を付けられたからだろう。実際ある程度のお目こぼしをされていたし、家族なら尚更、情状酌量の余地はありそうなものだが。

 

「そうなのかな……彼を追う以上、天竜人に関する事情は私でも知っています。そうでなくともフィル中将は身内にかなり甘い人なんですけれど」

「フィル様が何も言わないのだ、僕達が詮索する訳にはいかん! ……だが違和感は、常にある」

 ファンとは言うが盲目的な信仰ではないらしい。家族であるという情報を得た故か、迷いを含んだ声。

 続けてほしいと目で促せば、ジカルは顎に手を当てゆっくりと口を開く。

 

 

 

「天竜人が奴の身柄を望んでいるのならば、何故奴の手配書はDEAD OR ALIVEなのか?」

 

 

 

 言われて気付く。

 今まで聞いた天竜人の所業からして奴隷を求めているものだと認識していたが、生死問わずでは確かに目的とそぐわない。死体でも良い趣向の持ち主でない限り。

「ONLY ALIVE、生け捕りのみの前例は少ないとはいえ存在する。何故わざわざ、死んでも構わない賞金首として公表する必要があるんだ?」

「よく気付くわねそんなこと。確かに私達の情報源も噂からって曖昧だし……本当はフィル中将が怒るに値する犯罪者、だったり?」

「さあな、そこまでは分からん」

 

 思えば本人からは『目を付けられた』としか聞いていない。……全てが嘘で、唯の無法者? まさか。彼等が語る天竜人の脅威は真実味を帯びていた、それを見抜けない節穴ではないと自負しているのだが。

 

 

 ……話されていないことがあるのは違いないとして。

 そこに悪意が介在している可能性は無きにしも非ず、まさかとは思うがおれを騙し切るほどの演技派の可能性もある。悪い方向に考えればキリがなく、出来ることなら考えたくはない。

 

「師匠は、カッスンさんは悪い人じゃないよ、絶対! 中将さんも見極めって言ってたし。ね、リフターさん?」

「……そうだな、ヒョウ太。お前には全て話しても構わないんだが、タイミングが掴めなかった」

「うおわっ、聞いてたのか!」

 最初から聞き耳を立てていたリフターに050が話を振ると、顰め面を更に厳つくした男は返事と共に隣に来る。

 

「そして、今言う訳にもいかない。何せ海軍……部外者がいる上に──」

 くい、とリフターが顎で舞台上を示す。太陽の光が照らす中、渦中の二人は表面上だけとはいえ話をつけたようだ。

 

 

『まァ、見極められていることなど考えなくとも良い。これは皆に心躍る時間を提供するエンターテインメント、それだけ念頭に置いておけ。受けてくれるな?』

『……ああ、何であろうと受けて立ち、勝って見せよう!! おれ達カッスン海賊団は誰よりも魅力的! なのだから!!』

 

 

「──ステージがもう始まる。まったく……姉弟揃って私達の準備など待ってくれない、困ったものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『まずは演者を揃えようか! 刮目せよ観客一同! カッスン海賊団、集合ーっ!』

『こちらも部下を登壇させなくてはな。総員整列!』

 

 

「はは、空元気だなあアレ。……ヒョウ太はステージには出ないのか?」

 苦笑いを零しながら半目になったウィンドがおれの肩を叩いた。

 掛けられた声には、また一緒にステージに立ちたいという意図が滲んでいるが……それに応えることは不可能だ。

 

「まーね。おれが出てっちゃったら本格的に師匠のお仲間、海賊認定されちゃいそうだし」

「あー……それもそうだな。ま、折角だし観客席とかで見てってくれ、久しぶりのおれ達の舞台!」

 こくりと頷き、手を振って送り出す。

 

 

 

「エクエス達は反対の舞台袖にいるんだよな? ……僕達もそっちから出ないと見栄えが悪いのではないか!?」

「あっ……い、急いで裏から回るよジカルッ!!」

 

 

「もう出番? せめて服着替える時間くらい欲しいんだけど……」

「そういやあんまり見ない服装になってるよねー、変装? だいじょーぶ! カワイイよ!」

「そういう問題じゃねーっての!」

 

 

 騒がしく、忙しなく。

 役者達は050の横を通り抜けて、陽光の元へと向かっていく。

 

 

 

 

 

(本当にいいのか)

(いいの。こんな体だよ? そうじゃなかったとしても、さっき言ったみたいな問題があるんだしさ)

 

 ロクに戦闘が出来ないどころか長距離を走るだけで息切れするような肉体では、ステージという場にあっても奴らの足を引っ張るだけ。

 そんな事実確認が言い訳じみて聞こえたのを、どこか不貞腐れているような声音で紡がれたのを、果たして050自身は気付いているのだろうか。

 

 050がいいと言うならそれでいい。気付いていないのなら、その方がいい。

 

(……そうか。なら彼奴らの望み通り、観客として楽しんでやれ)

「最初っからそのつもり! 屋台とか出てないかな──」

 

 

 

 不意に。

 

 キィ───ン、と鋭く間延びした音。

 

 

 

 

 

「──ぎゃんっ!?」

(ッ……ああ、ハウリングか)

 

 舞台袖などという見え難い特等席から移動しようとしたところで、大音量のノイズに050の肩が跳ねた。つんざくような高音を痛みに錯覚し、思わず耳を押さえる。

 音源を見れば、全員が揃ったのを確認した興行主が改めて拡声器のスイッチを入れていた。

 

 

 

『長らくお待たせした! 開演だ、これこそがわたくしの用意したステージ!! ──では、また後で。受け身はしっかり取るんだな』

 

 …………受け身?

 

 

 

 

 この場面では有り得ない言葉選びは、じんと痛む耳での聞き間違え、である筈はない。

 

 

『……は? ちょ、それどういうッ』

 現に、衆人環視では堂々とした態度をほとんど崩さなかったカッスンが素で戸惑っている。ステージ上の誰もが言われた内容を噛み砕けていない内に、涼しい顔の中将がつま先で床板をこん、と叩いた。

 

 

 

 腕を組むような何気なさで行われた動作と同時、カチリ、と。

 

 ボタンが押されたような音。ステージ直下から鳴る駆動音。

 

 

『『『えっ』』』

「……えっ?」

 

 

 

 瞬き程の間で。

 …………仰ぎ見ていた人影が、一瞬で消えた。

 

 

 

 

 

 というか、落ちていった。

 

 

『『『うわあああああーーーーーーーーーッ!?!?』』』

『地下迷宮脱出ゲーム、最高に新鮮で面白いだろう? クランクアップは捕縛か脱出、二つに一つ! わたくしの期待に応えてくれよ、海賊諸君!』

 

 

 男女問わず揃って重なった大絶叫が響き渡る中。

 どこか楽しげな声で、中将はステージの開幕を宣言した。

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