『まず先頭へ飛び出たのは我が部下、ロバット!』
「いける今日はいける、なんか行ける気がする!」
背後の仲間から下見るなよ、だとか勢いのまま行け、だとかの野次が飛ぶ中、一人の海兵が駆け抜けた速度を助走に変えて最初の障害物へと挑む。進行方向にはぴんと張られた綱、その下は恐怖を煽るような暗闇の穴。
『へー、随分体格いいネ。あんだけ真っ直ぐ駆け抜けるってことは自信ある感じ?』
『うむ、フィジカルは部隊で一番だ。しかし……体の使い方が下手でな』
「あっコレやっぱムリかも〜〜…………」
縄の中間に差し掛かった辺り、最初の勢いが衰えた瞬間に巨躯が暗闇に落ちて消えた。
『迷宮を特訓場として解放している普段から、ロバットは一度もあの綱渡りをクリア出来たことがない。自他ともに認める脱落チュートリアル男、それが彼だ』
『どんなあだ名だヨ! ……え、もう脱落?』
『だな』
『超シビアじゃん』
早くも一人消えたことで警戒レベルが引き上がる……かと思えたが、海軍側はさもありなんといった空気感。どうにも締まらない雰囲気の中、閃く金色が前へと躍り出た。
「よっ、ほいっと!」
『続いて二番槍! さっすが我らが道化師クラウ、危なげなく綱渡りをクリアしたネ』
何も知らなければ劇団員にしか見えない海賊は、か細い綱の道をなんなく渡り切り、ふと振り返って先程人一人を飲み込んだ穴を覗き込む。
「うわあ下真っ暗……ホントに奈落だったりするのかな」
その行動は好奇心からか。
しかし興味の芽生えとは時に猫の身を滅ぼすことがあるように。
「……あ!? クラウ前見ろ、前!!」
「え? ───きゃあ!?」
「姉さーーーーーーーーん!!?」
正面に向き直った彼女に、真っ直ぐ進んでいれば避けられただろう巨大な振り子のような物体が直撃した。
綱渡り部分から間髪入れずのトラップへ見事引っ掛かったコミカルさに、会場のあちこちで笑い声が上がるが、仲間としてはそれどころではない。
『何アレ鉄球!? というかクラウさん落ちたーーっ!?』
『だ、脱落!! 最初の障害物で両陣営一人ずつ脱落ッ!! 今更だケド怪我とかは大丈夫なんだろうネ!?』
かろうじて拡声器に声を向けたまま、前のめりで安否を確認するコンフィ。
慌てる解説役の勢いも聞き流して、ゲームマスターは盤上の駒を掌握しているかのように驚く素振りも見せず不敵に笑う。
『部下を投げ込んでいる以上、安全性は保証出来ると思わないか? 心配せずとも、お子様も安心して見られるエンタメだとも。しかし言っておこう! 油断していれば足元を掬われる、と!』
……彼女の目的が何なのかすら誰にも読めないまま、状況は先へと進んでいく。
『おれも頑張らないと……むむ……よし! 地下三階のクイズはこれで終わりぃ!』
『えっ早……早過ぎないか? 全部終わった? 本当に? いや序盤だし簡単めではあるんだが……?』
不敵な笑みは割とすぐに崩れた。虚をつかれた目がヒョウ太とその手元を行き来する。
『みんなー! 上の階解放するカギあるとこ分かったよー!』
『マジだこの子!!』
疑いを含んだ目を意に介さず、少年が声を張り上げた。この場の誰も知りようのないことだが、ヒョウ太──ロブ・ルッチは基本的に器用万能な人間である。
『る、ルール改正! 少しルール変えていいか!? ヒント制にしようそうしよう!!』
『はっはーヒョウ太サンさっすが優秀! 吐いた言葉飲み込むんじゃないヨ海兵が!!』
楽しげに、かつ自信満々に電伝虫へと声を投げるヒョウ太、想定外が過ぎると前言撤回しようとするフィル。驚かされてばかりでフラストレーションでも溜まっていたのか、ここぞとばかりにおちょくるコンフィ。
ステージ上が一瞬で混迷を極めだしたが、とにかく。ゲームは着々と進んでいく。
舞台のスクリーンに大きく映し出される、芝居がかった一挙手一投足でひらり舞う赤黄と。軍人的ながらも柔を兼ね備え、障害物を乗り越えていく白青。
役者の半分が海賊であることを忘れたように次々と吹き上がる声援、熱気。
最初こそ見たことのない形式の見世物に圧倒されていた観客は、次第に愉快ながらも鮮やかな立ち回りに沸き始め、更にその熱に呼び込まれた人々が広場を埋め尽くしていく。
そして。
演者は誰もがゲームマスター──フィル中将に何らかの思惑があることは理解していた。しかし楽しみ楽しませるための場にそれを問い掛けるのは、ひどく無粋であるとも知っていた。中断など当然、考えもしない。
広がる歓声の波の中、成功を望まれた脱出ゲームは滞りなく進んでいく。
(ウォーターセブンでのショーとは全然違うけど、こういうのも楽しいね、ルッチ。……あれ、ルッチ?)
(、ああ、謎解きが行き詰まりでもしたか?)
(それは大丈夫だけど。考え事? 上の空だね)
(……まァ。気になることが、幾つかな)
050の弾んだ心の奥。
肥大する違和感と既視感に思考を浸したルッチだけを切り離して。
──────…………
『クラウサンは速攻脱落、リフターサンは地下二階の迷路で絶賛迷子の現状最下位。ウチでは実力者な二人なんだケド……気付かない間にウィンドサン消えてるし。でもってヒョウ太サンはもう全部の謎解き終わったと、いやァ番狂わせばっかりなんじゃないカナー』
『地下に設置した問題が完全に意味を成さなくなったな、最早誰も問題を探しもしない!! ──さて、今のトップ争いは海賊カッスンと我が部下のジカル! 両者とも、もうじきB1最後の関門へと差し掛かる!』
慣れた調子のナレーションが、隣からとめどなく流れていく。
どうやら画面越しのダンジョン攻略は最終局面を迎えているらしい。スクリーンに映ったわちゃわちゃと並走している奴らに、くす、と笑いながら、050は手持ち無沙汰に解き終わった問題用紙をぱらぱら捲る。
おれにとっては造作もなく、050も一切経験がないとはいえそれなりに解ける程度。時間をかければ誰であろうと突破できる類の問題だ。……解答に必要な欠けた一般常識の補正はいくらか必要だったが。
不意に、片手で弄っていた紙束の感触がなくなった。
「……上階に進むにつれ、段々問題の難易度は上げている筈なんだが? ここまで出来る者が居合わせるとはな」
すい、と用紙を持っていったのは、マイクから顔を離した中将である。
最初の綱渡りとは比にならない壁と格闘する挑戦者達に観客の意識は集中している、今のところ司会は無用らしい。
目を細め、確認のように問題を眺めている彼女には、少しの隙がある。
──これは好機だ。
話を聞く機会がこの先あるのか分からない。ならば今探りを入れておくべきだろう、と表層の050と入れ替わる。
「んはは! 楽しめたよ、ありがと! ……ね、中将さんはこんなのどうやって思いついたの? 新鮮だよねェ、脱出ゲームの企画。でもってその上映なんてさ」
迷宮、謎解き、アトラクション、放送。
一つ一つはありふれていても全てを組み合わせ、その上でエンターテインメントとして昇華するなど、娯楽の優先順位が低いこの世界では新鮮だ、他に見た事も聞いた事もない。
……そう、
テレビ番組や学園祭を通して、幾らでも聞いた事がある見世物だ。
「色々出来て凄いなァ、あの電伝虫とかも多分特注でしょ? 見ないデザインだもんね」
いたって自然な調子で、映像電伝虫を。
──
電気で動く機械すらロクに普及していない世界が、数段飛ばしにプロジェクターを開発出来るとは考え難く、また映像電伝虫がいる以上そんな物は必要も無い。たとえ時折チグハグな技術力が垣間見えるとしても、だ。
そして。
よくプロジェクター擬きを観察すれば、機能は映像電伝虫とほぼ変わらずに外見を似せているだけであると気が付ける。機能を付けた結果この形状になった、という訳でもないだろう。
それぞれ個別の事象ならともかく、ひとところに集まり中将という点を通して繋がったのなら。
これを偶然の一致と片付けることなど、おれには出来ない。
ひと呼吸おいて、真っ直ぐ交差していた黄色の視線がほんの少し横に逸れた。
「……賞賛はありがたいが、受け取れないな。どれもわたくしのアイデアだとは胸を張れん」
「そーなの? 他の人に教えてもらったとか?」
「さて、どう思う? ……ふふ、なんてな。別に隠すことでもないか」
ふ、と口許を緩める中将は、どこか遠くを見た。
「昔に数度、夢で見たんだ。瞬時に現実では無いと分かる、不思議な……天啓と言うべきかもしれない夢で」
「夢?」
予想していた答えとは異なる返答。だがはぐらかしている訳でもなさそうだ。ほうと頷き、話の先を促す。
「見た事もない機械に考えつかないような娯楽、何故だか今でも実体験のようにはっきりと覚えている。ステージも電伝虫も、ほとんどその夢の再現だ」
見たものを作っただけのわたくしが考案したとはいえないだろう、と。
「……不思議な話だね」
相槌を打ちながら内心首を捻る。
夢とは脳が過去の記憶を基に構築するもの、つまりは無意識とはいえ自分の思考ではある筈。中将が知る由もない別の世界を夢に見るなど考えられないが、彼女自身心当たりがないからこそ天啓と称しているのだろう。
夢、夢か。以前読んだ夢占いの本が頭を過ぎる。
……ならばこの人は、あの世界に接続したのか? 意識だけが此方に落ちて、帰れなくなったおれとは違って。
「夢で見たあの輝きが、夢に見たあのエンターテインメントが、現実として今ここにある。……ああ、思い残すことがなくなるくらいの大成功だ」
思考を巡らせるおれの横で、会話を打ち切った中将が独り言のように呟く。熱狂する観客を見、最後のカギを奪取した画面内のカッスンを見遣り。
細く息を吐いてから、ゲームマスターは白いコートを揺らし席から立ち上がった。
「エッちょっと、フィルサ……中将サン!? どこ行くの!?」
何かと思えば突然司会を放棄して舞台袖へ降りていこうとする背中に、コンフィが制止を投げたのは当然。
「見極めの、最後の仕上げに。なに、気にせずともすぐに終わる」
「そういう問題じゃないヨ!? 置いてくなって……主催、それも海軍が海賊残していなくなっちゃダメじゃないカナ!」
「真面目だな、お前は……」
足を止めれば畳み掛けるように口を出す当の海賊を、中将はくると振り返った。
「いいさ、構わん。……お前なら大丈夫だろう? この場は任せるぞ、コンフィ」
「────」
緩く弧を描いた唇がさらりと紡いだ言葉に、名前を呼ばれた男は饒舌が嘘のようにたっぷりと黙り込んだ。……というか、固まった。
消えていく正義のコートを為す術なく見送ってから、ホントに似てる、だとか急に信頼ぶつけんな、だとかの噛み潰し損ねたのであろうボヤきの後。
「…………ッあーーーもう仕っ方ないネ!!」
耳を赤くした男はヤケになったようにマイクを握り締め、会場に向かって叫ぶ。
『とうとうクライマックスらしいネ、何が起こるかは自分も知らないケド!! 司会進行フィル中将から代わって、カッスン海賊団の航海士コンフィが担当するヨ!!』
舞台の幕が閉じれば、このゴタゴタもそろそろ終わる。この企画やプロジェクターの話も触りだけとはいえ、理屈はともかく納得は行く話を聞くことが出来た。
……しかし、まだ晴れない。
夢という言葉、中将自身に覚える既視感。出処の分からない違和感の正体は、今のうちに特定しておかなければ。そう考えるだけ考えて、おれは視線を配信へと移した。
夢とか魂とか世界線とかの話は薄目で見てくださるとありがたい。簡単に世界ごとの時間軸歪めたり何かしたりします。SF脳なので……