観客のいない場所で、聞きたいこと、知るべきことがいくつもある。
カーテンから透ける薄ぼんやりとした明かりの中で、どこから手を付けたものかと思考を巡らせていると。
「──お前達は仲間を迎えに行ってやれ。そちらの舞台袖から安全な通路に降りられる」
目の前に来ていた中将に合流を促された。カッスンと二言三言話していたようだったが、いつの間に会話を終えたのやら。
「ハイどーも。……フィルサン、敵対する気がないんなら先に言っといて欲しかったヨ? あーあ、無駄な心労掛けられたナー」
「それはすまないが、敵に回るかはお前達次第だったからな。不可抗力だ」
「……おお、コワ」
洒落になっていない軽口を叩き合うコンフィ達やおれから、少し離れた場所で。
普段ならば真っ先に仲間の元へと駆け付けそうな海賊船長は、一人立ち尽くしていた。先程獲得した手の中に収まるサイズの宝箱を開けた状態からほとんど動きがない。
「師匠、疲れちゃった? 大丈夫?」
「! ああいや、心配させてしまったか?問題無い!」
用があるのは中将にだが、050のそれを後回す程の心配も尤もである。近付いて真正面から顔を覗き込めば、ハッとしたように作り笑顔を返された。
「あーっと……おれはちょっと用事ができてな。ヒョウ太も、コンフィと一緒に皆の所に行ってやってくれ!」
「? 分かった、けど……」
ポンと軽く050の肩を叩いて、足早に舞台から降りるカッスン。その仕草にはどうにも引っ掛かりを覚える。明らかに隠し事をしている人間の振る舞いだ。
訝しみつつも去る背中を見送ったところで、ステージ上に中将の姿がなくなっていることに気が付く。もう話が済んだようで、カッスンと同じくどこかへ行ってしまったらしい。
それを見渡し認めて、コンフィが呆れ笑いを零す。
「……サー達、改めてサシの話し合いでもしてるんだろーネ。自分らはどうしよっか、ヒョウ太サンも一緒に降りる?」
「そうだね、着いてくよ。ついでに迷路見学でもしてみるわ!」
(カッスンの方はいいのか?)
(そりゃ師匠の様子も気になるけど……上に残っててもお邪魔だろうし、やることないし)
050は存外即決でそう答え、コンフィの斜め後ろに着いて歩き始める。選択の意図を聞けば、せいぜい盗み聞きくらいしか出来ないから、と。姉弟の話に割り込んでいくのも無粋なのはそうであるし、妥当か。
舞台袖の床には蓋の空いた隠し階段。ここから下に建造物が埋められているのだと思うと改めて感じられる規模の大きさに、一体どうやって作ったんだかと心の中で息を吐いて、燭台が等間隔に飾られた通路を進んでいく。
「味気ない階段、完全に移動用って感じだネ。皆を探すにはすれ違っちゃ面倒だし、まずは一番奥行こうカナー」
「りょーかい、それなら……着くまでにちょっと掛かりそうだね?」
コンフィがきょろきょろと代わり映えのしない景色を見回しながらルートを定め、050がそれを首肯する。
その後に含ませた言外の意思は察してくれたようで、先導する歩みは止めないままに、顔だけがこちらを向いた。
「ン、ヒョウ太サンが言いたいことは分かってるつもり。今なら外野も聞いてないし、ちゃんと説明するヨ」
かつ、かつ、と二つ分の足音が一定の間隔で響く中、言葉を選ぶようにして目の死んだ男はゆっくりと話し出す。
「まず気になるのは、サーとフィルサンが言い合ってた内容カナ? そうだネー、ホントとウソで大体半々って感じ」
「思ってたより嘘の割合が多いなァ……」
「それはホラ、事情が事情だからネ」
隠さなきゃいけないことは無限にある、とコンフィは人差し指を振った。
「天竜人のせいでケードウが酷い目に遭ったのはホント、ソイツの行方を知らないのはウソ。それから、あー……ヒョウ太サン相手なら秘密にすることないケド、コレ自分から言っていいヤツ?サーに言わせるべき?」
そっちの方が筋ではあるよネ、などと言い淀んではぶつぶつと口を濁し、終いにはこちらに伺いを立ててくる。……カッスンの話の中に真実を伝えにくいことがあるのだろうか、彼らの故郷とは無関係なおれ達に対して?
「そんなにとんでもない事?」
「とんでもないっていうか、サーがヒョウ太サンにも吐いてるウソだからっていうか。……マ、いいや。言っとこ」
「サーは、アストリー・カッスンは、ケードウの騎士団長じゃない。つまりは話に出てた王族じゃないってワケ、ホントの王は他にいる。……秘密にしてネ? あの人が隠れ蓑ってのは、自分らのいっちばん大切な隠し事だからさ」
──────…………
未だ興奮冷めやらぬステージの表舞台、その反対側。
歓声の余韻を散らす海風が吹く舞台裏で、安堵に困惑の混ざった表情を浮かべた海賊と、帽子を深く被り感情の読めない海軍は相対していた。
「二人きりで話したいって、どうしたんだ? 姉上。わざわざ宝箱に呼び出し文を入れて隠してまで」
指に挟んだメモ書きをひらひらと揺らしながら、カッスンはステージで封印していた呼称を用いて軽い調子で切り出す。
「わたくしを姉と呼ぶな。その資格はもうない筈だ」
「、……その言い草はあんまりじゃないか? 別にいいだろう、今は誰も見てないんだ。海賊になった事情も話したんだし」
「嘘ばかりだった口が何を言う」
びりりと肌を刺すような緊張感は、依然変わらず。
「む、姉上だってその嘘に乗ってくれたってのに。それと、呼び方は変えないぞ。資格がなかろうとおれは貴女の弟だからな!」
それに臆することもなく、少し拗ねた声色で唇を尖らせるカッスンを細めた目で見つめ、中将は首を横に振る。
「言い方が悪かった。偽りを責めている訳ではないし、それに……」
「それに?」
うろ、と。
真っ直ぐだった視線が、初めて迷い子のように泳ぐ。
「……資格がないのは、わたくしの方だ。国に帰らず政府に与し、ケードウを守る誓いを果たせなかった元騎士が、今も王の盾となっているお前の姉を名乗れるとは思えん」
「、何だって?」
「恨んでいないのか。祖国の滅びを見たお前は、のうのうと仇の組織で生きていたわたくしのことを」
冷たくも強い芯が見えていた今までとは真逆の、弱気でどこか投げやりな言葉に。受け取り手は、反応する声も出せずに固まった。
「恨む? ……何言ってるんだ?」
カッスンはぽかんと呆けて開いた口を、言われた意味の処理を数秒遅れで完了してから回す。
「姉上が生きていてくれたってだけでおれは嬉しいんだからな! はは、命さえあれば全部何とかなる! そういうものだろ?」
おちゃらけて笑いを零した台詞は、自分の国が滅びると同時に命が散る様を見た彼にとって、掛け値ない本心である。
フィルが見せる冷徹さの根本は罪悪感だと受け取って、ほっとして。
一人で考え過ぎてしまったのであろう姉を、柔らかく包み込み諭すように、カッスンは言葉を紡ぐ。
「姉上だって、離れていてもずっとケードウを想ってた筈だ。じゃなきゃ、こんな大掛かりな舞台の用意はしないしできないもんな!」
「そうして出来たことといえば、被害の周知に偽装の補強、せいぜいが延命程度だが。……海賊旗を掲げている限り、お前の懸賞金はこれからも上がり続けるぞ、悪名もな。それに関してわたくしは何も出来ないも同然だ」
「あまり自分を悪し様に言うな、姉上。苦しい気持ちはわかるが……おれ達も貴女も生きてるんだ! これからどうにでもしていける!」
海軍帽を深く被り直して自嘲を重ねる肉親に、気にするなと明るく腕を差し伸べるカッスンは、──まだ気付いていない。
刃が如き冷たさに隠れていたのは、見え難い姉弟の情、再会の安堵。
また一皮剥けば現れるのは、罪悪感に無力感。
何層にも重なった多種多様な感情、その最奥。
思い詰めた末の、固く、硬く、淀んだ決意に。
「生きていれば何とかなる、か。……だからこそ。わたくしは、お前の姉とは名乗れない」
今やハリセンを振り回すようなユーモアは消え。
代わりに、いつの間にか抜き放たれていた無機質な剣が、彼女の手の中で白く煌めいている。
「これまでもこれからも、わたくしの選択はお前を失望させるだろう。だが決めた」
殺す覚悟と死ぬ覚悟の切先が向く先は、カッスンの喉元。
「お前の首を持って、マリージョアへ行く。生き残ってしまった人間として復讐を果たす……それが、わたくしのケジメだ」