「おれを餌にしてマリージョアに攻め込む、と聞こえたが──本気、なのか」
「ああ」
「……正気か?」
「さあな」
カッスンは剣を向けられているにも関わらず、訝しみ、問うだけの余裕があった。会話がまだ可能なことを確認しつつ、警戒を隠さず自身の双剣に手を掛ける。
「おれは何があろうとも死ぬ訳にはいかん。拒否一択だが、どうしてその考えに至った理由くらいは知りたいものだ」
「……存外冷静だな」
ほんの少し瞠目した中将は、しかしすぐに表情を戻す。
「行動とはあらゆる理由の最大公約数だ。一つの目的だけで突っ走れる者などほぼいない。動機は、数え切れない程にある」
「だから口を噤むってのか? 説き伏せるつもりなんて元々ないにしても、そりゃ酷いだろ」
「一から十まで説明しなければ納得できないと?」
「まあな。だがもし納得したとしても、同意はしないぞ」
「…………いいだろう」
語れるものではないと閉口しようとしていたフィルは、カッスンの追い縋るような瞳と言葉を認めて掲げていた剣を下ろす。
柄は握ったままに、息を吸って。
「まず一つ、犠牲になった皆の、天竜人への恨みは絶対に晴らさなければならない」
「一つ、聖地に海軍が違和感なく入るにはそれなりの理由が必要だ。お前の首なら十二分、油断も誘えるだろうから」
「一つ、お前が生き続ける限り、身内を失った天竜人共はその執念を手放さない」
「一つ、影武者として目を逸らさせるお前の役割を完全に達成させる必要がある」
「一つ、わたくしもお前も国民を守る誓いを果たせなかった、ならば命で以て報いるべきだ」
「一つ、こうすればお前は加害者になることはない、永劫被害者だ。国に降りかかる汚名の心配もなくなる」
「一つ、もしもお前が生きたまま捕まったら、奴隷にされたらと思うと耐えられない。それならわたくしの手で葬った方が幾分かマシだ」
一息で、滔々と。
「一つ、お前が真正の海賊となる可能性がある以上は、道連れが最良だと判断した」
一見は、理路整然とした根拠が並べ立てられる。
どれをとっても理由と成り得るそれらはしかし、聞いていてどうしても支離滅裂の四文字が頭を過ぎってしまうような話で。
「…………貴女はまったく冷静じゃないな。考え過ぎだろ、姉上」
「自覚はある。五年考え抜いても、まだ思考が纏まらん」
感情と論理がぐちゃぐちゃと入り乱れた、揺らがない声音では誤魔化されない程の危うさに直面し。冷や汗を頬に伝わせたカッスンは、そう絞り出すのが精一杯だった。
「説明はこれで終わりだ。……時間稼ぎをしようなどとは思わんことだな、待っていても助けは来ない」
決心の定まりよう、そして
だからこそ、話を続けていればいずら現れるかもしれない突破口──例えば船員が戻ってきて加勢してくれるだとか──の可能性に期待していたのだが……その魂胆を見越したであろう言葉に、カッスンは思わず肩を跳ねさせそうになった。
「ヘェ、断言するじゃないか。部下に足止めでも指示してたのか? だが、おれの仲間は海兵数人程度に阻まれる程ヤワじゃないぞ!」
「いいや違う。彼奴らには何も伝えていない。わたくしの目的も何もかも」
「じゃあ、どういう……」
「簡単な話だ。ステージに戻る直前、迷宮内に催眠ガスを散布した」
「─────は」
絶句。
ステージ上での暴露の時も、明確な殺意が向けられた時も、動揺はあれど恐怖はなかったのに。
無抵抗の人質を確保したと言外に抑揚なく告げる目の前のひとが、剣を構え直す血を分けた肉親が、初めて恐ろしいと思えてしまった。
「迎えに行かせた二人も迷路を探索している頃合いだ、もう眠っていることだろう」
「お前はッ、……貴女は、何度も驚かせてくれる……! 仲間には手を出すな、ヒョウ太に至っては一般市民! 巻き込まれただけの子なんだぞ!」
姉弟だから分かる、脅しのための嘘ではない。何が最善か、どう対処すれば? 剣の柄を握り締めながら、カッスンはぐるぐると思考を巡らせる。
「……お前が考えているようなことはない。元よりわたくしの標的はお前だけ、妨害が入らないようにしたかっただけ。ガスも叩けば起きる程度の、微弱で害のないものだ」
歯噛みするカッスンを落ち着かせるように説明しながら、中将は軽く息を吐いた。
「とはいえ心底から海賊になっていたのなら、友であろうと何だろうと首を落とすつもりだったが……杞憂で、安心した」
見極めるというのも確かにこの脱出ショーの目的の一つだったからと瞼を伏せる。
当たり前だ、皆は以前の善性を変化させることなく生きてきたのだと、海賊団長はそう考えて。
「お前だけだ、カッスン。何かを後ろめたく思っているのは」
初めて視線が彷徨った。
「、…………やっぱり、姉弟で隠し事は出来ないんだな」
息を切り詰める。刃が、問う視線と共に向けられている。
ステージで、あの見世物の戦闘で話したこと。吐いた嘘。全て、見抜いているのだと。
「──人を殺した。市民からの略奪を、計画した。自分でも分かってる、おれは確かに悪しき海賊だろう」
「……そうか。それを聞けて良かった、躊躇する理由が一つ減る」
「それでも! おれは死ぬ訳にはいかないんだ、姉上!」
カッスンの啖呵を切欠にして、一閃。
白刃と白刃の甲高い衝突音が響いた。
攻撃の全てを受け流せる訳もなく、そして反撃もなしに対処できるような甘い戦闘でもない。傷付けたいと望む望まないに関わらず、お互いの身体には切創が増えていく。
しかし、支部とはいえ海軍の中将と、億に満たない懸賞金の海賊。殺意を隠さず剣を振るうフィルと、傷付けるつもりなどなく後手後手に回らざるを得ないカッスン。どちらが優勢となるかなど、火を見るよりも明らかである。
「聞いておこう、お前が手に掛けたのは件の天竜人か?」
「その疑惑があるだけでどれ程面倒事があると思ってるんだ! ノーコメント!」
「答えたも同然だろう。……成程、革命軍に入らなかったのは祭り上げられたくなかったから、と?」
「分かっているなら聞くな! ッ」
その上で、彼女は言葉でも揺さぶりを掛けてくる。知りたいことを知るついでに集中を掻き乱し、隙を生じさせようとしているのだ。
純粋な力比べならいざ知らず、技術面では到底叶わない。今でこそ双剣の手数もあって打ち合えているものの、このまま防戦一辺倒では先に自分の体力が尽きるだけだ、とカッスンは何か手がないか思考を回す。
せめて彼女を武装解除できれば……少しは状況が好転する筈だ。
期を窺うため切り結びながら観察する。呼吸から足運びまで、あらゆるリズムを掴む。
(──ここしかない!)
フィルが踏み込み切りかかってくる。今まで律儀に受けていた攻撃を後ろに跳んで躱し、彼女の武器を弾き飛ばそうと、握り込んだ剣を振って。
ざく、と。
重く深く、肉を切り裂く感触がした。
「…………え」
「どこまでも甘いな、お前は」
右手の剣を取り落とす。
左手の剣を弾き飛ばされる。
思考の空白、その間にカッスンは地面に倒れていて。
右腕から鮮烈な赤色を流すフィルを見上げていた。
「何を、姉、上……」
自身の首元に添えられた刃など意識の中に入れられず、金色の視線はただ姉の顔と赤く染まった傷口とを往復するのみ。
「わざと、腕を、切らせて……?」
信じられない、と震えた喉。
狙いは正確だった筈。順当に行けば武器を奪えたか、そうでなくとも深手を負わせることなんてなかっただろう。
……フィルが全て読んでいたかのように、腕をわざわざ伸ばして剣を受け止めるなんてことさえしなければ。
「まだわたくしを姉と呼ぶのか? 何をどうすれば失望するんだ、お前は」
呆れたような、泣きそうな。
「お前の優しさに付け込んだ下衆なやり方だ。……どうかあの世で、わたくしのことを恨んでくれ」
静かに沈んだ声と同時。
振り被られた剣が、閃く。
「────指銃、『撥』ッ……!」
「……ッ!?」
訪れる筈の痛みはなかった。
代わりに到来したのはこの場にいる訳のない恩人の声。
カッスンにとって聞き馴染んでいながら、けれど聞いた事のないほどに低い声。
予想だにしなかった風切り音と金属音に、思わず閉じていた瞼を開く。
「……これはっ」
見上げると、武器を弾き飛ばされたフィルがそれに構わず立ち竦んでいた。警戒に少しの戸惑いを滲ませた視線の先を振り返ってみれば、やはり知っている姿がそこにある。
「ッは、間に合った、ね」
「今何したのヒョウ太!? 、……ううん、今はそれより──」
息を切らした数人のカッスンの仲間達。その一人に背負われながら、険しい表情で右腕を前に突き出した少年。
そして。
「とにかく! 双方構えを解きなさい、これは命令です!」
二人の騎士の主が、毅然として立っていた。