水の都で命は踊る   作:盆回

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転換点に踏み出して

 

 

「確かに、ケードウ国はたくさん喪った。土地も歴史も、家族も民も。それでも生き残った人はいる」

「つまり、お前たち七人が、国だと?」

「いいや? その何倍もいるさ」

「………………、な」

 

 

 トップシークレットだぞ! とおどけて言う海賊船長に、船員が続く。

 

 

「あの時はウチの騎士達に海軍、海賊だとか……とにかく混戦だったから取りこぼしてくれたってコト」

「国なんて逆立ちしたって言えない、村くらいが精一杯の人数だけどな。今は他の島に移り住んで、隠れて復興してくれてる」

「私達が船旅で得た収益は、ほとんど復興資金として仕送りしてるんだよ〜。だから貧乏航海なんだよね」

「何より洩れさせたくない情報だから、カッスンはわたしに許可を取るまで話さなかった。……死にかけるくらいなら言ってよかったんだけど」

「────」

 

 

 呆然とするフィルに、言い聞かせるように言葉を繋ぐ。

 

 

「我らの国は終わってない、少なくともおれ達はそう思ってる。だからさ、姉上……おれ達と一緒に生きてくれよ」

 

 

 

 

 

「……でも、わたくしは……誰一人守ることなく、のうのうと生き延びて。恨まれているだろ、裁かれるべきだろ、それが道理だ!」

「誰が恨むって? おれ達は許すさ、そもそも怒ってなんかない」

「だとしても、散っていった皆の想いはどうなる!?」

 

 サバイバーズ・ギルト──生き残ってしまった罪悪感。自縄自縛の呪いに呑まれているのは一目瞭然だ。亡くなった者と同じように死すべきであると慟哭するフィルに。

 

 

 

 

 

 

「歯ァ食い縛りなさい!!」

 

 

 バチィン!!!、と。

 クラウから、容赦のない平手打ちが飛んだ。手を拘束されたフィルは、あかあかと染まった頬を抑えることも出来ずに立ち尽くしたまま。

 

 

 

 

 

 

「先に逝った皆のために死ぬ? そんなの、ただの自己満足でしょうが!」

「……ッ」

「死者の考えなんて誰にも分かんないんだから、彼等を想うなら生きなさい!」

 地下に反響する叫びには、突き放すような怒りもあった。それ以上に、抱きしめるような重みが込められていた。

 

 

 

「……凄いこと言うね、クラウさん」

「あんなに割り切れるのも珍しいと思うケドネー。誰だって、無念を晴らせるなら晴らしたいって」

 口から声がぽろ、と落ちる。呆けたようなこれは050の言葉だ。彼らの問題に割り込まないよう努めて息を潜めていたのだが、……思うところには、心当たりがある。

 

 

 

「ね、フィルちゃん。死んで果たせることって、生き抜いて皆の分の幸せを拾うより大きいこと?」

「トラット……」

「もし本当に、生き残りが私達だけだったとしても。私達の言い分は何にも変わらないよ」

 生きることは素晴らしいことだと、彼彼女らは口々に言う。そんなこと言われなくても分かってる。……此方に向いた言葉では無いことなど頭では理解しているのに、祈りの如き説得が紡がれる度、今になって心臓の鼓動が気にかかる。揺さぶられないよう気を逸らす。

 

 

 

 

 

 

 は、と。

 フィルの呼吸が浅くなった。

 

 

「わたくしがしたことは、全て無駄だったな」

「おれ達の偽装を補強してくれただろ? 結果オーライだ」

「……逆恨みで八つ当たりだと、わたくしだって分かっていたさ。それなのに、まだ失望しないのか」

「しないとも。おれも一人だったら、同じ立場なら、そうしたから」

「というか生き残りがいること知ってて突っ走ろうとしたキミの方が、ねえ?」

「水差すなクラウ!……ゴホン」

 

 

 愚行を愚行と認め、自分も同じだと受け入れる。

 慰めなどではない。飾りのない、事実の声音。……どちらの本音も、全て語られた。

 

 

「なあ、分かってくれたか? 姉上。一人で考え込んで出した結論が最適解なんてこと、有り得ないんだからな」

「……そう、だな。ああ……わたくしが、馬鹿だった」

 

 

 

 正義のコートを纏った体が膝から崩れ落ち、もう充分だろうと拘束が外される。思わぬ影を落とした舞台の中、彼らは何一つ損なうことなく知己を此岸へと引き戻し。

 

 

 

 理想的な結末にて。

 ようやく全ての幕は降りきった。

 

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が地下迷宮へと眠った海賊、そして海軍達を回収している間、階段に腰掛け彼等を待つ。賑やかで騒がしいトラブル連中と共にいたせいか、このような静かな時間は随分と久々に思えた。

 

 

 

「……みんなの分まで生きる、かあ」

(……、…………)

 ふと。

 小さく反響した独り言に、打つつもりだった相槌は形にならなかった。

 

 

 

「……ルッチ? ええと、別になんて事ないよ。考えたこともなかったなーって」

(…………そうか)

 無言のおれに戸惑って、呟きの理由を素朴に返す050。

 嘘を吐いているつもりはないのだろう。ただ、自分の感情の機微に疎いだけ。……恐らく無意識的に、負の感情を押し留めようとしている。

 

 

 いっそ苦しいなら苦しいと言ってくれと願うのは、今更なのだろうか。もう終わってしまうのだから無駄なこと。心の防衛機能だというのなら、自覚させるのは酷なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ……だが、今おれは何を考えた?

 それでも自覚させたいと思ってしまった。

 

 050が、一人の人間として生きるために。否、おれ自身のために。

 

 

 

(お前は、もっと自分の想いを大切にしろ)

「……うん?」

 衝動に任せて口を開く。

 

(この世界の『ロブ・ルッチ』──面倒だな、ロブでいいか。奴と同じなのは癪だがな、おれはお前のそういう所が心底嫌いだ)

「え゛っ」

 故に、出てくるのは掛け値なしの本心だ。

 クローンという人工の出自のせいか、自我の薄い兄弟達との生活のせいか、それこそサバイバーズ・ギルトか何かか。コイツは自己犠牲に躊躇がない。

 

 

(治せとは言わねェ、おれがこの身体に入る前からのお前の性分だろう。それでも、……そうだな、気に食わない)

 例えエゴだろうが何だろうが、050の無自覚な閉塞感を取り払える可能性があるならば行動しないと後悔する。何事も、言葉にしなければ伝わらない。

 

 ……あの舞台には徹頭徹尾傍観者でいるつもりだったが、存外カッスン達に感化されてしまったようだ。彼らの落着が、あまりにも完璧だったから。こんな詰みの状況でも、どうしようもなく本音をぶつけたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 仲間を回収し終わったのだろう、かつかつ、と複数の足音が聞こえてくる。今の耳でも聞き取れるということは、すぐ近くまで来ているようだ。

 

 

(おれはしばらく引っ込んでおく。迷惑だなんだと考えるんじゃねェ、好きに考えて、好きに動け)

「えっ、な、なに? さっきからどういうこと?」

(少しは自分勝手になれってことだ。カッスンに弟子入りをせがんだ時くらいにな)

 

 

 

 

 

「すまん、待たせたなァヒョウ太!」

「アンタも怪我したんだってね。船長と中将と一緒に医務室送りだからな」

「あ、うん、はーい……?」

 急に意識を入れ替わったからだろう、海賊達への応対から慌て具合が手に取るように分かる。

 

 

(うそ、引っ込んだ? ホントに? 好きにって、どういうこと? 説明!)

(自分で考えろ)

 それだけ言って、また黙る。

 

 おれに頼れない状況なんて今までいくらでもあっただろうに、050は痛みを覚えたかのように頭を押さえた。

 

 

(──こっ、この、〜〜ッ言葉足らず!!!)

 

 




大体のことは本音で話し合いをしないとBAD ENDに行きます。そういうもんです。ルッチの言葉足らずは仕様です。
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