水の都で命は踊る   作:盆回

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塔、崩れ落ち

 

 

 海賊船の上、医務室内。

 

 

 

「いだだだだだだ!!!」

「当たり前だろなんだこの怪我!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 真っ先に治療を受けることになったのはおれだった。

 050は出血の目立つカッスンとフィルを優先するべきだと進言していたが、巻き込まれた一般人が遠慮をするなと当の二人に押し出された形である。

 

 

「足はともかく手が酷ェな……アンタ一体何したの? 突き指を引っ張って治そうとしたってこうはならないよ」

「め、名誉の負傷というか」

「怪我に名誉もクソもあるかっての! ……ま、助かったけどさ。巻き込んじゃってごめん、ありがと」

 

 ぐおお、と姉弟揃った申し訳なさ由来であろう呻き声が聞こえる中、慣れた手つきによって腕が三角巾で固定されていく。口調こそ荒いが触れ方は優しげだ。

 

 

 

 ──骨剥離、腕まで響く靭帯損傷に炎症、その他諸々。

 レントゲンなどは普及していないこの世界だが、医療水準は存外高い。信じていい診察結果だろう。無理に撃った指銃の代償は中々に痛いもの。

 

 

 

「…………」

 ついでに。壁沿いの診察ベッドに腰掛けている二人の内、姉の方からの視線もまた痛い。

 ディオンからの問いでは濁したが、怪我の原因となった六式はこちらの世界では世界政府の戦闘術──海軍である彼女が知っているのも、政府との繋がりを警戒されるのも道理だ。視線には罪悪感も混じっているため、無理に詰問されることはそうないだろうが。

 

 

 

 

 

 

「はー……薬出すから、後で身体検査な。そこで待ってろ」

 050はこく、と頷き、次に重傷なフィルと位置を入れ替わった。

 

 海軍コートを脱いで晒した腕は深く切り裂かれており、出血は派手なもの。しかし彼女はそれほど気に掛けていないように見える。

 

 

「……わたくしの所にも船医はいるんだが」

「その部下は会場の片付けでしょうが」

「流石に片付けまで丸投げするのは忍びなくて、だな……」

「ガッツリ切り傷付けといて心配されないとでも? 治療が優先だよ」

 

 なんなら肉体よりも精神の方が傷は深そうだ。居心地が悪いのか、此方に疑いを向けていた目を診察が始まってからはずっとうろうろ泳がせている。

 

 一連の騒動は中将一人の暴走の結果、当然の反応と言えばそうだが、何より気まずいのは怪我の原因だろう。

 当人たちが言うには、カッスンに隙を作るためにあえて剣の軌道に腕を突っ込んだのだと。先程各方面から烈火の如く叱られていたが、それが随分効いたらしい。

 

 

 

 

「その、……一海賊団にしては、医療設備が整っているな。貧乏航海と言っていなかったか?」

 

 傷口を縫われながら、気を逸らせる話題を探すように口を開く中将。

 言われてみるとこの部屋には、そこらの船よりずっと多く機材やら薬品やらが置かれている。海上生活では維持も大変だろうに。

 

「ン、まあ。そっちをケチって痛い目見たからね……クラウの経過観察にも色々必要だったし」

「……痛い目に、経過観察?」

 

 

 

 

 

 

 かくかくしかじか、と。

 数ヶ月前、クラウの大病に奔走し、ウォーターセブンで興行をしていたことから。その際におれ──050と出会い、授業料と称して治療費の問題を解決したことまで。

 

 

「思えばおれ達、ヒョウ太に助けられてばかりだなァ」

「いやァ、やりたいようにやってるだけだって!」

 

「……なる、ほど…………なるほど」

 話し終えて包帯も巻き終わったディオン、改めて落ち着いたとばかりに息をつくカッスン、わしわしと頭を撫でられ照れ臭そうに笑う050を順に眺め。

 

 

 

 

「大恩人じゃないか……!」

 フィルはまた呻き、嘆くように目を覆った。

 

 

 

「国を丸ごと救ってもらったようなものだろう、一生頭が上がらんな……」

「国って、ケードウを? そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないさ、王を失えば国は衰退する。それ以前に、助けがなければ恐らく──」

「恐らく?」

「いや、それは本人が言うべきだな。なあカッスン」

「うぐ。あ、後でな、覚悟が決まったら!」

「?」

 主語のないやり取りに、050の頭に疑問符が浮かんだ。

 

 ……長らく離れていたフィルは知っており、050に関係のある言いづらい内容。当然おれの知るところでもないが、二人きりでいた時に話したなにかしら、だろう。経緯自体は聞いたが会話を一語一句再現されたわけではない、姉弟のみが共有する情報の心当たりなどそのくらいだ。まあ、後で話されるようだし気にしなくてもいいか。

 

 

 

 

 

「最後、船長は……消毒と絆創膏だけでいいか」

「おれだけ雑じゃないか?」

「細かい傷ばっかだしこんなもんだろ。──ハイ終わり。んじゃメシ作ってこい、ヒョウ太とクラウとウィンドに感謝を込めてな!」

「やっぱいつもより冷たいだろ! ……MVP達にだな、了解した!」

 

 軽口を叩きながら、海賊頭が軽い足取りで退室していく。それに続いて中将も立ち上がった。

 

 

「わたくしもそろそろ戻ろう。ではまた、明日にでも」

「はいよ、お大事に」

 

 ちら、と金色の瞳が物言いたげにこちらを見て、数秒。しかしそのまま何も言わず、頭を下げて去っていった。疑惑の解消はまた後日ということだろう。おれとしても聞きたいことは山ほどある、好都合だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱたりと扉が閉じた後。

 

「ええと、おれは」

「さっきも言ったでしょ、アンタは検査。血とか抜いても大丈夫?」

「あ、うん。いいけど……」

 

 立ち上がろうとしたところを声のみで制された。

 ディオンから妙な圧を感じ取り、これは医師特有のものだろうか、などと050は首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 器具を弄る音、メモ書きを綴る音。

 忙しない音が響きながらも、医務室に沈黙が満ちる。

 

 

 

「…………ヒョウ太」

「うん?」

 静寂を破ったのはディオンだった。

 

 

 

「アタシはさ、医者としちゃ二流もいいとこなんだ」

「……?」

 

 脈絡のないそれは、まるで独白。

 暗がりに落ちるような声。暗色の髪が、俯いたディオンの表情を覆い隠している。

 

 

「クラウの病気だって自分じゃ治せなかった。船医になったのも、ケードウの生き残りにアタシ以外医師の心得がある人間がいなかったからだ」

「ど、どうしたの? そんなことな──」

 

 

「──だから! だから、間違ってたら言ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「アタシが、アタシが医者として未熟だからだよな? 診断結果が間違ってんだよな?」

 かたかたと。

 カルテを持つ手が震えている。

 

 

 

 

 

 

「ヒョウ太、アンタ。……死にかけてるだなんて、嘘だよな?」

「────」

 

 

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