モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
セバスの拳を受け止めた俺は、腰を引いて背負い投げする。まさか力で対抗されるとは思っていなかったのか、体は簡単に浮いた。
しかし相手は100レベルモンク。背中から叩きつけられる前に、体を捻って足を先に着地させる。俺の投げた勢いとセバスの脚力。二つを受けたタイル張りの床は、一気に粉砕された。
「これは……ここに踏み入るほどです。ただの魔法詠唱者ではないようですね」
「当たり前だろう? 俺は曲がりなりにも、このナザリックのギルド長をしていたんですよ」
「まだその妄言を口にされますか!?」
セバスの手が動いたかと思えば、今度は俺の体が浮いて放り投げられる。飛んでいく先は女湯と男湯を隔てる壁だ。<完璧なる戦士>の比率を変更して魔法詠唱者レベルを高め、戦士レベルを下げる。同時に<落下制御>を発動して壁を地面と見立て、ふわりと着地。
抵抗難度強化した<全種族魅了>を試みるが、セバスには通じなかった。
(そりゃそうだ。デケムと違って、セバスの装備類がユグドラシルと同じなら、品質は全て伝説級以上。執事服に至っては神器級……神器級だよな? で武装しているなら、バステに対する耐性は確実に完全耐性)
麻痺・石化・睡眠・洗脳・混乱・暗闇・気絶・発狂・恐慌etc……多種多様なバステは、デバフと違い喰らえば終わり。時間耐性などと同じで、70レベル以上ならきっちり対策をしていないと詰むことが多い。俺の多用してた即死にしても、基本対策をして当たり前。
だからセバスには、デケムの時のような一瞬の決着は不可能。手足をへし折るなりして、行動不能に陥らせるしかない。
(行け、アサシン衆。攪乱するんだ)
こっそりと呼んでおいた、デス・アサシンらを突撃させる。ジェネラルの指揮バフと俺の統率バフに死霊強化バフ。三重強化されたデスシリーズは、実質50レベル相当だ。英雄や逸脱者でも打ち倒せない戦力なのだが、セバスにとっては何の関係もなかった。
手刀がアサシンの首を斬り飛ばし、前蹴りがさく裂すれば上半身と下半身に分断されてバラバラになる。首を掴んだかと思えば、ちょっと力を入れただけでぐにゃりと曲がる。頭を殴れば果実のように砕けるのだから恐れ入る。
さっきは戦士化してたから止められたが、そうじゃない時に喰らったら俺も死ぬんじゃないだろうか? 戦士化を解除しても物理的な防御力は相当高いので大丈夫だとは思うが、殴打に対する脆弱性を持つからな、俺。
20体ほど突撃させたアサシンは、特に何の役にも立たず全滅した。戦力調査にもならない。100レベルモンクのパワーすげーと驚き要員になれるぐらいか。他人から見た俺の打撃はこんな感じなのかね?
「これで終わりですか? このような雑魚をいくら集めたところで、私は倒せませんよ。それよりも、あなた様が御自身で戦われた方が宜しいかと思われますよ」
「あまり近接しての殴り合いは得意じゃないんですよ」
「私の拳を止めておきながら、得意ではないと?」
「俺は魔法詠唱者ですから。殴り合いをするクラスじゃありません」
「では教えてさしあげましょうか。世の中には、魔法詠唱者でありながらも、私と渡り合える方もおられることを」
誰のことだろうな。八欲王か? 階層守護者か? ドルイドやクレリック構成なら、近接職と魔法職を両立させやすい。その分、ビルドをミスるとどっちつかずの汎用性が低い駄目構成になりやすいが。
「その話は、また後で詳しく聞かせてもらいます。ではそうですね、セバスさんに付き合って、肉弾戦でも構いません。その代わり、俺が勝ったらここで何があったのかを教えては貰えませんか?」
「なんですと?」
「セバスさんは俺を殺したいのかもしれませんが、俺はセバスさんを殺すつもりはありません。なにせあなたは、たっちさんが作成したNPCだ。俺はあの人に恩義がある。その恩義がある以上は、極力怪我をさせたくはないんです」
「……ほう。私が何なのかを、最初から知っていたという事ですか。それにしても……たっち・みー様の名前までお使いになるとは、どこまで愚かしいのでしょうか。それに殴り合いが得意ではないと言いながら、私に肉弾戦で挑み勝つと。これはこれは……ずいぶんと愚弄されたものですね!」
拳を中段に構え、足を開きセバスの視線が俺を殺さんと射貫いてくる。そうだ、怒れ怒れ。冷静さを欠け。魔法詠唱者に素手で勝てるなんて言われたら、モンクのプライドが傷つくだろ?
戦士化比率を100%に変更。バフはまだまだ時間が残っている。本職のモンク相手に、今の俺がどれだけ通用するのか? 確かめさせてもらうぞ。
俺が構えたのを見て、セバスの纏う空気がさらに肌を貫くようになり……弾けた。
顔面狙いの拳を腕でガード。体勢を崩させるように脱力するが、それを読んでいたのかセバスは踏み込んでこない。代わりに床のタイルを蹴り上げて、俺の視界を埋めてくる。俺はすぐに両手をクロスさせて防御態勢に移る。
瞬間、タイルの壁を貫いて貫手が差し込まれた。俺はそれを……避けない。頭突きで迎撃。
「ぐっ!」
セバスの声に苦悶が混ざる。残念、俺は刺突属性に対して完全耐性持ちだ。貫手ではなく拳にしておくべきだったな。今ので指を少し痛めたのか、セバスが右手を少し庇うように動いている。
「俺の頭突きは中々効くだろ?」
100%の戦士化状態。俺のレベルがモモンガの魔法詠唱者100レベルだけなら、純戦士職……の筈なセバス相手に戦士化しても、能力差などでまず相手にならない。<完璧なる戦士>は一時的に魔法詠唱者レベルを戦士レベルに置き換える魔法だが、本職と比べるとステータスなどが劣りやすい。それに戦士職用の物理攻撃強化スキルなども無いので、ネタ魔法の域を越えなかった。
しかしこっちの世界でモモンガとは別に、モモンとしての実力を俺は鍛え伸ばしている。この間千眼千視さんに見てもらったところ、俺の難度は350ぐらいまで上がっているらしい。つまりモモンとしてのレベルは20ぐらいはある計算だ。指揮クラスなどはステータスの伸びが悪いから、実際には25ぐらいはあるかもしれないが。
100と20を足して120。装備などはモンク用で近接向けに調整しているセバスの方がはるかに有利だが、NPCが100レベルから上がっていなかったらレベルでは俺の方が有利。多種多様なスキルやら技量やらあれこれを総合したら、今の戦士化した俺とセバスの近接戦闘の腕は大体互角ぐらいか俺の方が少しだけ上だ。
なので今のように、セバスが迂闊な動きをしたら迎撃しやすい。
「たしかに効きますが、勝敗を決するほどではありませんよ!」
「おっと! あぶね」
気功で治したのか、セバスは右腕を伸ばし俺の死角からこめかみを打ち抜こうとしてきた。
「くそ、背丈のリーチ差が微妙にやりにくいな」
「それはこちらの台詞です!」
セバスと俺の間には40㎝ぐらいの身長差がある。向こうは俺の頭を殴りやすいのに対して、こっちは頭部などに届かないので急所狙いが難しい。もっとも俺はクリティカルヒットが無効で、仮に脳みそが破壊されても生命力が完全損失しない限り倒れない。もっと小さい頃に、上位アンデッドと組手してたら、内臓破壊されてしまったがそれで死ななかった。俺の体質の意味不明さは折り紙付きだ。
では体格差がセバスに圧倒的有利かと言えば違う。俺は小柄さを活かして、ひたすら間近にへばりつく様ステップを刻んでいる。これされるとうざいのは、召喚アンデッドにされて体験済みだ。
「この……いい加減に離れなさい!」
「嫌に決まってるだろ?」
戦いと言うのは、いかに相手が嫌がることを押し付けられるか。腕力で遥かに勝るなら無理やり力づくで押しのけて距離を取られるかもしれないが、戦士化した俺とセバスは腕力もほぼ互角。
向こうは拳を振り下ろしたり、足捌きで俺を跳ねのけたい。俺はちょこまか足元で動いて嫌がらせに徹して、セバスの集中力を削ぐ作業を続行し続ける。
けれども、こんなのはいつまでも続けられない。セバスが全身から気功波を放出して俺を無理やり引きはがした。
俺は無理にそれに逆らわない。波に乗って、トントンと動きながら距離を取る。それを見て取ったセバスは、近くにあった洗面台を毟りとってこちらに投げつけてきた。あ、こら、その洗面台は、たしか作るのにかなり金がかかったんだぞ。
洗面台は俺に直撃するが、魔力が伴わない道具による攻撃は俺には通じない。セバスが遠距離で俺にダメージを通したいなら、スキルによる攻撃かマジックアイテムなどを駆使するしかない。
「……魔力によらない飛び道具に対する完全耐性ですか。これはまた、中々どうして厄介な特性をお持ちですね」
「それはセバスさんもだろ?」
俺は洗面台のかけらを拾って、セバスに投げつける。頭に当たるがノーダメージ。100レベルなら当たり前に持つスキルだからな、これは。
「いやはや……お強い。遥かな空に仰ぎ見る、至高の御方を騙るお相手でなければ、胸躍る戦いになったのでしょうが……モモン様は、今御いくつでしょうか?」
「俺か? この間10歳になった」
「見た目通りの御年齢でしたか。てっきり、異形種で実年齢はもっと上かと考えておりました……残念です。その年齢で私の領域に立つモモン様の御命を、この場で摘み取らなければいけないことが」
「今のやり取りを考えれば、俺とセバスさんは互角です。なのに、もう勝ったおつもりなんですか?」
「残念ながらその通りです。モモン様の技量と運動能力。底は見えましたので……ここからは本気で参らせて頂きます」
爛々と輝かせていた竜人の赤目。それがひと際強く輝くと同時に、セバスの肉体に異変が生じる。執事服が体の中に溶け、人間と同じ柔らかく見える肌が黒い鱗に覆われる。顔つきはトカゲとも竜とも言える形に変化し、背中から四本の腕が生える。今までは180㎝ぐらいだった体が膨れ上がり、足なども姿かたちを変えていく。
(出たな、竜人の真価形態。たっちさんがモンクにするならこれにするって、選んでた。六本腕の異形種。腕が多い方が強いに決まってます、か)
セバスの種族は竜人。普段は人間と見た目が変わらないが、本当の姿は実に異形種らしい見た目をしている。格好いいとも悍ましいとも見える姿は、2m半ばの大きさと相まって威圧感たっぷりだ。
この形態になるとかなりステータスに強化が入った筈。武器が装備できないデメリットがあった筈だが、モンクは素手で戦うクラスなのでデメリットにもならない。
こおおぉ……と息を吐き出す姿はまるで魔王とかのそれだ。
(<
さきほどまで互角だった。なのに向こうが強化形態になったのであれば、こちらには不利だ。下手をしたら何もできずに殴り殺されるかもしれないので、改めて修正した戦士化の魔法を使っておく。MPの消費量が大幅に上がるが、今のセバスを相手にするならこれぐらいしておかないとな。
「おや? 驚かないのですね。この姿を見ても」
「知っていましたから。驚きもなにもありません。もう記憶はあやふやですが、ここのNPCがどんなビルドをしていたかは、まだ何とか思い出せますよ」
「まだ……そのような戯言を口にされるのですか。本当に、残念です」
今度こそ殺す気で、セバスが突っ込んでくる。その速度はとても速い、はず。戦士魔法を二重化してるせいで分かりにくいが。
とりあえず右拳を振り下ろしてきたので、受け止めておく。おお、軽い。威力はさっきより上がっているのだろうが、俺の感覚ではむしろ弱体化したようにすら思える一撃。
セバスは信じられないのか、止められた拳を凝視している。
「ならば!!」
左回し蹴りが俺の首から上を引きちぎらんと迫りくる。それを俺は指一本で止める。身じろぎすらしない俺を見て、セバスは竜形態でも分かるほど狼狽していた。
「そんなことが!! なぜ、私の蹴りで……」
「簡単だ、セバスさん。そちらが本気を出していなかったように、俺もまた実力を隠していた。それだけの話だよ」
信じられないものを見る目で、セバスは俺を見てくる。凝視して気づいたのか──
「この……レベルは一体何事で!?」
セバスは俺と同じで、相手を見れば大体の実力が分かるタイプか。その優れた観察眼で観た結果が信じられないのか、口をわなわなと震えさせている。
分かるよ、その気持ち。俺もまさか、ここまで
俺が必死で学んだ修正強化。本来は時限式発動を加えたりする魔法強化スキルなのだが、俺の場合タレントで強化されてあら不思議。本来の効果から逸脱しない範囲に限るが、文字通り魔法効果の修正が可能になった。ざっくり言えば、理想の魔法に変える
これを使って、俺は<完璧なる戦士>を今度は重ね掛け可能な仕様に修正した。つまり二重化や三重化可能に。
従来であれば最大100レベル分を戦士化させる魔法は、二重化によりさらに100レベル分の戦士レベルを追加する。要するに、今の俺のステータスは200レベルの戦士職相当だ。
(ん? 違うか。戦士化の魔法は100レベルより落ちる。実質は80レベルの戦士職と同等だから、二重化だと160レベルまで落ちるか)
だとすると、この世界で積み重ねた20レベルと合わせて180レベル。難度換算で500オーバー。今までのやり取りから、セバスのレベルは100から動いていないと気づいていた。竜形態でのステータス加算を加味しても、二重で戦士化した俺とセバスの間には70レベル以上の能力値差がある。本気の俺とハムスケが戦うのと同じで、ここまで差が出来てしまうと戦いなんて成立するわけがない。
「すみませんが、こっちもそろそろ終わらせてもらいます」
二重化させたせいで、戦士化に使うMPの消費量が増大している。タレントでノーコストにできるのは、あくまでも魔法強化に払う分のMPだけ。戦士化や透明化のような常時消費型は消費MPを0にできない。
減っていく感覚からして、MPが全快時でも30分もこの状態を維持したら空になる。なのでその前に、セバスを行動不能に追い込む。
威力は最低限に、できるだけ傷つかないように最小限で。
「てい」
デコピン一発を腹に打ち込んだら、セバスが吹き飛んでいった。男女の風呂場を隔てた壁を貫通し、それでも勢いが止まらないのかスパリゾートの端まで飛んで、更に壁を貫通して廊下の方に消えていった。
「……やば」
100レベルをいとも容易く吹き飛ばす過剰な威力に、俺自身が慄いてしまう。実戦で使ったのは初めてだが、あまりにも物理攻撃能力が高すぎる。
二重でこれなのだ。五重化なんてした日には、どんな威力になるのか恐ろしすぎて試せない。MP消費も馬鹿にならないので、今度はあまり使わないようにしよう。
俺は戦士化を解除してから、セバスが飛んで行った方に向かう。すると廊下の反対側の壁に激突してようやく止まったのか、セバスは竜形態から人形態に戻っていた。
「ごめん。本当にごめん、セバスさん」
「……がはっ!!」
よかった、まだ生きてた。これで死んでいたら俺はただの阿呆だ。本気で今後は戦士化重ね掛けはやめよう。いや、本当に。100レベルの近接職が相手なのに、このダメージ量はやばすぎる。確認したらセバスのHPが7割ほど削れていた。二重戦士化の前にも削ってはいたが、ここまで減っていなかった。あんなデコピン一発が、超位魔法の倍近い火力を叩きだしている計算だ。
俺は背負い袋からポーションを取り出し、セバスにかけておく。これでとりあえずは無事に済むといいんだが……
セバスが回復したら、ナザリックで何があったのか。それを全部聞き出そう。最悪装備を全部剝いでから、<支配>の魔法で喋らせる。そこまで検討していた俺は──
「一体何事ですかわん!」
「何の音ですかセバス様!! 玉座の間にも響くおと……で────────モん……ももんガ………………モモンガ様?」
「……ネオナチ軍服とフラン犬?」
新しいNPCに話しかけられた。