モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
俺に語り掛けてきたネオナチ軍服のNPC。それにメイド服を着た犬の頭部を持つ女性。軍服の方は今、確かにモモンガ様と口にした。俺とセバスの戦いや、その前のやり取りをどこかから監視していたのか?
(俺の脅威度を計測するために、観察していた可能性が高い。要注意だな、こいつらは)
MPはまだまだある。こいつらがセバスと同じ100レベルだとしても、負けるつもりはない……てか待てよ。この軍服と埴輪顔。この顔は
あーあー、このNPCはあれだ。目の前にいるの、俺が作ったNPCだ。名前はパンドラズ・アクター。ドッペルゲンガーでネオナチ軍服を着た、宝物殿の守護者。もう片方は……やべえ、マジで忘れた。とりあえず、犬の方はみないようにして──
「セバスだけじゃなくて、お前も生きていたんだな。パンドラズ・アクター」
「……あ、あ。ああああ、ああ──」
俺が名前を呼ぶと、なぜかパンドラは呻き声を上げ始めた。何事?
「この……この瞬間を。この瞬間を、どれだけ待ち続けたのか。御身の御帰還を……どれほどの時間、待ち侘びたでしょうか……」
「パンドラズ・アクター様! どうされましたかわん!!?」
「……あのー……パンドラズ・アクターさん? もしもーし?」
俺は手を振って呼んでみるのだが、届いていない。隣の仮称ワンちゃんも心配しているが反応なし。なんだか、こう……感慨深いのだけは分かるし、これでもかと感情が揺り動かされているのも手に取るように分かる。けれど、なぜ? 発言を聞く限り、俺が帰ってくるのを待ち続けていたのだろうか。
「モモンガ様……モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様!! あなたさまの!! あなた様が……御身が、ナザリックに……ああぁああ……」
「ぱ、パンドラズ・アクターさん?」
胸を掻きむしりながら、パンドラは泣き叫び始めた。めっちゃ怖い。なにこれ。セバスの竜形態なんて比にならないくらい恐怖を感じる……あ、精神安定した。
とりあえずパンドラの様子を見守る事にする。暫くしたら落ち着いてきたのか、声も治まって──
「もうしわけ、申し訳ありません、モモンガ様……御身がナザリックを御留守にしている間、我ら僕一同は……ここを守り切れず、私も。私も!! 宝物殿を守りきれず……ああああああ……」
「その……パンドラズ・アクターさん。八欲王との戦いのことは、ある程度聞き及んでおります。それにナザリックの様子を見れば、何があったのかも……とりあえず、一度落ち着いて。な?」
近づくのは怖いが、パンドラは情報源の一人だ。それにこの様子を見る限り、ここが堕とされたことについて非常に後悔しているらしい。ゆっくり近づいてから、膝をついたパンドラの背中を撫でてやる。エンリが泣いている時に、こうしてあげると泣き止むんだ。
ワンちゃんの方はモモンガ様? と不思議そうにしている。
そうしていると、ようやく。ようやく、本当の意味で精神が落ち着いたのか──
「申し訳ございません、モモンガ様。御身の前でこのような失態を見せてしまい……」
「気にしないでください。俺がいない間、色々とあったんですよね……ところで、パンドラさんは俺がモモンガだって分かるんですか? セバスさんは俺を見ても、モモンガだとは気づいていませんでしたが」
「セバス様……」
パンドラは、まだ地面に寝転がってうんうんうなされているセバスをじっと見ている。いや、分かる方が凄いんだと思うぞ。だから、そんなこいつマジかよみたいな目……はないけれど、視線は止めてあげてくれ。
「セバス様には不可能であっても、私がモモンガ様を見間違えるわけがありません。御身は我が偉大なる創造主。今は人間? のお姿のようですが、その身に秘めた偉大なる輝きは、まさしくモモンガ様であることの証明に他なりません!!」
「……輝き?」
なに? 後光が差してるとか言いたいのか? お前の目も曇ってんじゃねえの?
「パンドラズ・アクター様。その人間の子供が、モモンガ様とは、いったいなんのことでしょうかわん?」
「ペストーニャ様も、この御方がモモンガ様だとは気づけませんか?」
「……はい。私には、人間の子にしか見えませんわん。至高の御方と言われましても、とてもそうは思えません……あ、わん」
「そうですか」
「失礼ですが、そちらの犬のメイドさん……はペストーニャさんで宜しいですか?」
「はい。ナザリック地下大墳墓のメイド長を務めておりました、ペストーニャ・
「あ、これはご丁寧にどうも。俺は前モモンガ、現モモン・エモットと申します。モモンガではなく、今はモモンと呼んでください……ペストーニャ、ペストーニャ……餡ころさんの、ペストーニャさん?」
「なぜ! なぜそれを!? まさか、本当にパンドラズ・アクター様が仰るように……モモンガ様だとでも、言われるのですかわん!!?」
「あ、はい。一応、前世ではここのギルド長を、餡ころさん含めて、ギルドメンバー全員の推薦で務めさせて頂きました」
俺が頭を下げると、ペストーニャが明らかに動揺している。そんなことが……ありえるのですかわんと言っている。あり得ちゃうんだよ、これが。
あ、そうだ。たしかペストーニャは、ほぼ100レベルと言っても差し支えない高レベル神官だったはず。
「すみません、ペストーニャさん。さきほど、俺とセバスさんの間で少し一悶着があって、セバスさんに怪我をさせてしまいました。一応ポーションを使いはしたのですが、回復量が低いのでまだ全快していません。治癒魔法で治してあげられませんか?」
「私が、私が神官であることを御知りなのですかわん……」
「はい。先ほどまでは失礼ながら忘れていたのですが、餡ころさんの名前と共に、ペストーニャさんの事を思い出しました。99レベルの高位神官。餡ころさんには、NPC作成レベルが100譲渡された。その100レベルを使って、ペストーニャさんと、たしかレベル1のシュークリーム? さんだったかな? を作成されていたのを覚えています」
「モモン様。シュークリームではなく、エクレア様で御座います」
「ああ、そうだ。ペンギンのエクレアさんです」
餡ころさんはかわいい物好きで、作成NPCも見た目が可愛らしいペンギンと、リアルで昔飼っていた犬が、もしも人のような姿を得たらこうなるかもしれないと擬人化したペストーニャを作成した。心優しい人だった……今頃、地球では何やってるんだろうな、餡ころさん。綺麗で優しい人だったから、きっと良い旦那さんを捕まえているかもしれない。
……ん? ペストーニャが膝をついて、なぜか俺に頭を垂れ始めた。何事?
「申し訳……申し訳ございません、モモンガ様。御身の御姿が変わったぐらいで、至高の御方と認識できなかった事ほど、恥ずかしい事は御座いませんわん。モモンガ様の御帰還まで、このナザリックを守り切れなかったこともまた、私の生涯における恥部に御座いますわん」
「えっと……俺は以前はオーバーロードのモモンガではありましたが、今は人間のモモンです。パンドラさんのように、一目でモモンガだと見抜く方がおかしいんです……本当に、パンドラさんはどうやって見抜いたんですか?」
「私はモモン様の手で、手ずから創造された身です。なので、創造者とのラインと申しましょうか? 一目見ただけで、全身の細胞が目の前におられる方をモモンガ様だと認識したのです」
「ああ、造物主と被造物の関係。召喚魔法や創造魔法のセオリーですね。となると……そう言う事か。他のNPCはナザリックのシステムを通じて、俺を含めたギルドメンバーを創造主と認識し、ペストーニャさんが言うところの至高の御方を識別していた。対して、俺とパンドラさんはナザリックを介さなくともある種のラインが繋がっていた。だから、人間に転生しても対象識別を可能とした……そんなところなのかもしれませんね」
それなら納得がいく。セバスやペストーニャは俺が創造したNPCじゃない。だからナザリックが死んだ時点で、俺を識別する方法を失ってしまったんだ。あくまでも彼と彼女は、俺と直接ラインで繋がっていない。対してパンドラの場合、ナザリック経由に加えて、俺自身と別ラインが構築されている。大方この辺だろうと予測がつく。
「ええと……それじゃ、俺が元はモモンガだと認識してもらったところで、聞きたいことが幾つかあります。ナザリックの生き残りはセバスさんとパンドラさんとペストーニャさんだけですか? それとも他にも誰か、このナザリックに残っておられるんですか?」
「残念ながら、ここに残っている僕は私達だけです」
「ここに? 他の場所にはいるかのような口ぶりですね」
「もしかしたら……まだ生きているかもしれません」
ふむ? どういうことだろうか。
俺はここで何があったのか。その全てが知りたかった。過去とは言え、それでも俺が愛した場所の一つだ。そこがどうやって滅んだのか、知りたいと思うのが人情だろ。
「そうですね、御身には知る権利があります。我らナザリックがどうして滅んだのかを。ここではなんです、玉座の間までついてきてください。そこで全てをお話しします」
「分かりました。セバスさんはどうします? ここで寝かしたままなのも悪いんですが」
ぶっ飛ばしてたのは俺なので、セバスに対しては申し訳なさが強い。
「では私が、治癒魔法を使いがてら運びますわん」
よいしょと言いながら、ペストーニャがセバスを担ぎ上げた。ついでに俺の御願い通り、<大治癒>を使用してくれた。パンドラが先導しますと言うので、俺は後ろをついて歩く。九階層から第十階層へ続く階段を下りて、歩き続ければレメゲトンと名付けられたドーム状の大きな広間に出る。そこは戦闘痕が激しく、悪魔を象った彫像のほとんどが破壊されてしまっていた。
「ひどい有様ですね」
「はい。ここをどうやら、最終決戦の地にしたようですからね。残られた僕らも、大半はここで死亡したと思われます」
「思われる? パンドラさん達は、その場にいなかったんですか?」
「私は……その時には、私達三人は、アウラ様と共に、モモンガ様をお守りするためナザリックから脱出していました」
「モモンガを守る?」
どういうことだろうか。俺はモモンとして生まれ変わっている。そうなるとモモンガはいない。なのに、それを守ったという言い回しが──
「……遺体ですか」
「はい」
思い至ったのはその可能性だ。そのもしもに、パンドラは肯定を返した。あまりにも当然の帰結。そうなると、この先にあるのは……それにアウラか。
「そのアウラさんと言うのは、この弓の持ち主ではありませんか?」
「それは! その弓をどちらで手に入れられたのですか!?」
「八欲王の息子が持っていたのを、諸事情で俺が手に入れました」
やはりか。俺が背負い袋から出した弓を見て、パンドラが驚いている。この弓の持ち主はアウラ……茶釜さんのNPCだ。見た時にまさかと言う思いがあったが、これで確定だ。
「アウラさんは一緒に脱出したけれど、ここにはいないんですね」
「ナザリックからの脱出直後に、八欲王の一人に捕捉されました。アウラ様はビーストテイマー。テイムした獣を使えば、お相手の探知人数を誤魔化せます。私どもにモモンガ様のことを任せ、殿を務めてくださいました」
「アウラさんの弓がここにあると言う事は、恐らくはもう……なんですね」
「……その弓はモモン様が引き続きお持ちくださいわん。モモン様が御使いになられるのであれば、アウラ様もお喜びになられますわん」
俺たちはレメゲトンを抜けて玉座の間へとたどり着いた。そこには高さ5mほどの扉があった筈なのだが、粉々に打ち砕かれていた。
玉座の間へと入る。そこには従来であれば真紅の絨毯が敷かれ、天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアが七色の宝石で作り出す幻想的な輝きでギルドメンバーの旗を照らしていたはず。けれど絨毯はボロボロになっていて、シャンデリアは地面に落下していた。旗は燃やされでもしたのか、埃や瓦礫に混ざり灰が地面に散乱している。
そんな広間の奥に、それはあった。ワールドアイテム『諸王の玉座』と、玉座に座った人影。腹の辺りに紅い珠が浮かんだスケルトン。それ以外には何も身に着けていない骨が、玉座に座る……違うな。座っているんじゃない、あれは安置されているんだ。
近づいてみる。諸王の玉座の周りは、削り取ろうとしたのかそこらかしこが凸凹になっている。
「これは玉座を持って行こうとしたが、ワールドアイテムの破壊不可効果のせいで周りの石が破壊できず諦めたのかな?」
「のようです。ワールドアイテムには、基本破壊不可能なる属性がありますからね。それで八欲王も諦めたのだと考えられます」
諸王の玉座はナザリックに据え付けられたワールドアイテム。持って行こうとしたのであろうが、削れなかったわけね。
俺は玉座に座るモモンガを見る。そこにあったのは骨だ。骨でしかない。物言わぬ骨が、ただ虚空を見ながら玉座に君臨していた。
「不思議ですね」
「どうされましたか?」
「こうやって、自分の遺体を見るなんて中々体験できることじゃないですから。不思議な感覚です」
六大神も八欲王も、ゲームアバターでこの世界に転移している。もしかすると、俺も本当はゲームアバターでこの世界へと転移していたのかもしれない。けれども、ログアウトする暇もなく俺は心臓が痛くなり死亡した。結果魂だけとなり転生した。
しかし、リアルの俺が死亡したのと同じタイミングで、ゲームアバターがこっちの世界へと転移していたならば? 死亡と転移、そして原因は分からないが転生。俺は別人として生まれ変わるが、転移自体は発生していたとすれば──
「こうしてモモンガの遺体が残るわけだ」
なんともまぁとしか言えない。しっかし、どうしてモモンガは装備品を身に着けていないんだ? ワールドアイテムだけはあるみたいだが。
そういえば気になっていたのだが、俺が探していたこの専用ワールドアイテム、装備できるのか?
モモンガから珠を外して手に取ってみる。杖でも作成して取り付けてみるか? そんな考えをしていたら、なぜかふわりと珠が俺の手から浮かび上がる。え? なにこれ?
意味が分からなくて眺めていたら、珠は俺の周囲をぐるぐる回った後、心臓めがけて飛んできた。思わず迎撃しようとするが、拳がすり抜ける。俺の手を搔い潜った珠は、そのまま俺の胸の中に消えてしまった。
「なにこれぇ! ええ、なんでぇ?」
「なんと! そのワールドアイテムにはそんな効果が!!」
「ねえよ! え! 俺の中に入ってしまったぞ! これ大丈夫なのか!!」
「見せてくださいわん!」
ペストーニャが服の上から心臓のあたりを触って触診してくれるが、何かがあるような感触はないらしい。なんなんだよマジで……
「これは、モモン様が持ったことで自動で装備された。そういうことなのでしょうか?」
「わからん。マジでわからん。とりあえず、体に異常はないようだが」
心臓が痛いとかもない。マジで心臓はやめてくれよ。前世の死因なんだからさ、怖いんだよ。
「はぁ。ともかく、専用ワールドアイテムは無事……うん、無事見つかった。そういうことにしておこうか……パンドラズ・アクターさん。俺の遺体がここに安置された。それは理解しました。ですが、まだわからないことは多くあります。俺は死んで、ナザリックが転移したであろう時間から、数百年後に人間として転生しました。俺が死に、ナザリックがこの世界に転移した。それから、どのようにして、ここは滅んだのですか?」
パンドラはどこから説明したのか悩んでいるようだ。その悩んでいる間に、セバスがようやく起き上がった。
「パンドラズ・アクター様! ペストーニャ! その子供は恐ろしいまでの実力者です!! モモンガ様を騙るような……侮ってはなりませんぞ!!」
「落ち着いてください、セバス様。この御方は詐称ではなく、本物のモモンガ様ですよ」
「………………なんと?」
パンドラがセバスの説得を始める。それを全て聞き終えたセバスはと言うと──
「……御身の手で私の首をお刎ねください。至高の御方に仕える執事でありながら、御身の正体を疑い、あまつさえ戦闘を仕掛けるなど……私は……」
「いや、とりあえず土下座はいいですから。モモンガから人間に転生してるんです。分からなくても普通ですよ、普通」
むしろ二重戦士化でぶん殴ってしまい、殺しかけたことが申し訳ないくらいだ。ほら立って立ってと腕を掴んで引き起こそうとしたら、ようやくセバスは土下座をやめてくれた。
改めてセバスにも、俺の死亡後何があったのかを聞きたいので説明をお願いしてみた。
三人は顔を見合わせて、では私からとセバスが口を開いた。