モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
エンリがこの世に生を授かってから一年が過ぎた。子供らしくよく泣き、よく漏らしていた。この世界には紙おむつなどなく、使い古した服を縫い直して布おむつとして活用している。
その布を洗うのは家族の仕事で、基本的には手が空きやすい俺の仕事だ。身重から解放された母は農作業の手伝いに行くこともあるので、面倒を見るのも俺が担当することが多い。
(そう言えば、昔誰かから聞いたな。リアルでの大昔は、兄弟の一番上が弟や妹の面倒を見てたとかなんとか。この世界の技術水準も、リアルから見ると大分昔だよな)
都会であるエ・ランテルならマジックアイテムなどもあるらしいが、そんな利便なものは辺境の村にない。水は井戸や近くの川から汲み、畑を耕すのは手作業。手が空いている大人がいれば面倒をみる手伝いもしてくれるが、基本はワンオペだ。
こういう時にこそアンデッド軍団使いてぇ~と思うのだが、見せる訳にもいかないので空想である。
「ほ~ら、エンリ。お兄ちゃんお手製の、ウルトラギャラクティックポンデポムポムだぞ」
「う~……あぃ?」
その辺の道に生えていた蔓で編んだボールをコロコロ転がすと、エンリははいはいしてそちらを追いかけていく。拾い上げては地面に叩きつけて楽しそうなので、ウルトラギャラクティックポンデポムポムを造った甲斐があったと言うものだ。
「エンリも気に入ったよな、ウルトラギャラクティックポンデポムポム。良い名前だと思うよな?」
「う~?」
せっかくの手造りをボールと呼ぶのも味気ない。個人的にかなり格好いい名前を付けてみたのだが、父と母にはなんだいその名前と言われてしまった。
「今のうちから、エンリにもこのセンスの良さを覚えて貰わないとな」
ボールを転がしては、エンリが拾い見様見真似で俺に投げ返す。そんな遊びをしていると
「……誰か来たな」
防衛網に何かが引っ掛かる。一人や二人ではない。ゴブリンや野盗の偵察かと思ったが、そう言う訳でもなさそうでまっすぐこちらに向かって来ているようだ。
(昼間から襲撃?)
カルネ村は言っては悪いが、時間が止まったような村だ。訪ねてくるのはエ・ランテルから訪れる税の徴税吏か行商人ぐらいで、普段は誰かが訪れる事などない。なのでどうしてもその可能性が頭を過る。アンデッドに細かい監視は向かないので、確認するためには直接俺が見に行くしかない。
「ごめんなエンリ。ちょっと、お兄ちゃんは用事が出来ちゃったよ」
エンリを一人で残す事は不安なので、透明化能力を持つゴースト等の非実体アンデッドを置いておく。もしも向かって来ている集団が囮で、本命の別動隊がいるならそちらへの対策もしておく。幾つかの指示を出した俺は、家の外に出て村の入り口に向かってみた。
「と言う訳で、暫くの間この村の一角を貸しては貰えませんか?」
「そういうことでしたら、構いませんが……」
「もちろん、お礼の方はさせて頂きます」
村長と、エ・ランテルから来たと言う集団のリーダーが話をしている。やって来た彼らは冒険者4人と薬師二人、合計六人組で、なんでも大森林の薬草を求めて来たのだとか。大森林に一番近いカルネ村に拠点を置き、薬草を集めるのが最適。なので一部を間借りさせて欲しいと言うのが彼らの主張だった。
村長は最初は渋っていたが、それなりの謝礼があるなら仕方ないと納得していた。俺はこいつらが何かしらの悪人で、村長を騙していたらどうしようかとも思ったが、今のところ怪しい動きは見当たらない。なので一旦は警戒を解く事にした。
(しかし冒険者か。村長さんから話は聞いた事もあったが、こうやって見るのは初めてだな)
冒険者は冒険者組合なるギルドに所属していて、依頼を受けたら金を貰う代わりにその依頼をこなす。言ってしまえば何でも屋のような存在。一番多いのはモンスター退治の依頼なので、傭兵とでも呼ぶのが正しい。それが村長から聞いた冒険者の触りだ。
四人とも首からミスリルのプレートをぶら下げていて、カルネ村ではお目にかかれない高級装備を身に着けている。高級と言っても、こっそり<道具鑑定>で確認したらユグドラシル基準だとゴミみたいな装備だったが。正直なところ、<上位道具創造>で造った適当装備の方が確実に防御力なども上だが。
(ま、そもそも俺の手持ち金。と言うか、この村の蓄えだと、あんなのも買えないんだが。この人達も金がなくて買えないのか、それともあれでも十分な装備なのか。気になる)
俺がじっと見ているのに気づいたのか、冒険者の一人がこちらにやってくる。
「どうした坊主。私達に興味でもあるのか?」
「あ、ええと。おじさん達は、冒険者ってやつなのですか?」
「おじさん……まだお兄さんのつもりなんだがな」
「お前の老け顔でお兄さんは無茶だろ」
「お前はおじさんだよ」
「アインザックがお兄さんだった時期なんてあるの?」
「お前ら、なぜそんなに当たりが強いんだ? あと、私にだってお兄さんだった頃ぐらいある」
俺に最初近づいてきたアフロのおっさんは、アインザックと言うらしい。アインザックは仲間にあっちいけシッシと手を振るが、無視されていた。
「村長さんから聞いています。冒険者の人達は強いんだって。それで、どんな人達なんだろって思いまして」
「坊主ぐらいの年齢だと、最強とかそういう言葉に興味を持つ頃ぐらいか?」
「強いか。ま、これでもミスリル級冒険者だからな、俺たちは。そんじゃそこらのモンスター相手なら、負ける気もねえよ」
村長と話しているのが集団のリーダーである薬師のバレアレさんらしく、彼が村長との話を纏める間暇なので俺との会話に付き合ってくれるらしい。とても助かるので、情報収集がてら色々と質問してみた。
それで分かったのは、冒険者のクラス分けの話だ。冒険者は全員がドッグタグとして首からプレートをぶら下げていて、下は銅から始まり、一番上はアダマンタイトなのだとか。なぜアダマンタイトが一番上なのかと言えば、これが最高硬度の金属だから。
(アダマンタイトが最高硬度か。ユグドラシルだと鉄よりマシ程度のやわらか金属だが、ここだと全く違うと。七色鉱相当の金属も探せばあるのだろうか?)
そのクラス分けに従うと、彼らはミスリル。ここから上にはオリハルコンとアダマンタイトしかおらず、エ・ランテルにいるのは一番強くてもミスリルなので、彼らは都市で一番ランクの高い冒険者と言う事になる。
正直なところ、パッと見では強そうには思えない。こちらも装備と同じく無詠唱でこっそり調べてみたが、HPやMPとしてはレベル20もない。偽装している可能性も無きにしも在らずだが、装備の質と照らし合わせて考えればそれは可能性として低いだろう。
(彼らで都市の最上位なら、この世界の人間はそこまで強くない? いや、もちろんリアルの人間と比較したら超人なんだけど、ユグドラシルの人間種と比べると著しく能力が低い)
ゲームと比べても仕方ないのは分かっているが、俺自身にユグドラシルの100レベルデータが宿っているせいか、どうしてもユグドラシル換算で比較してしまう。そうなると、俺自身の能力はかなり高い方なのだろうか?
そこからも話を聞くうちに、冒険者は上位になると金稼ぎが結構良いのも分かった。ある程度年齢が行けば、エ・ランテルに赴いて冒険者になってみるのも一つのライフプランかと考える。
(このままカルネ村で生涯を終えるのは勿体ないよな。せっかくリアルとは違う、自然豊かな世界に来たんだ。ちょっとぐらい冒険をしてみたい)
薄々分かっていた事だが、この世界は地球ではない。なにせ地球には魔法なんてなかった。そんな御伽噺の産物がある以上、この世界は地球ではなく異世界と断言してもいいだろう。もっとも、この冒険者たちの話を聞く限り、この世界にある魔法は位階魔法と非常に似通っている。その辺りの調査もいずれは行いたいものだ。
「あら? 可愛らしいお客さんね。あなた、御名前はなんて言うの?」
「俺ですか。モモン・エモットです」
「モモンくんね。私はアル・バレアレと言うわ」
アインザックさん達と話をしていたら、バレアレさんの奥さんがこちらに近づいてきた。この人も薬師らしく、今回の薬草集めに参加したらしい。なんでも最近まで妊娠していたそうで、産後のリハビリに夫についてきたのだとか。リハビリが必要となるとは、やはり妊娠とは女性にとって相当の負担になるのだろう。
(母も、もうちょっと休んでおけばよかったのにな)
思ったところで、それは当人の決断によるものなので俺に口を出せる範囲でもない。それからもいくつか質問をしてみたが、これから村の一角で泊まる準備をし、明日の朝にはすぐに大森林に向かうと言う事でお開きとなった。
明けて翌朝。俺は今日は少し遊びたいと母に我儘を言い、両親ともにそれを承諾してくれた。普段から良い子にして、文句ひとつ溢さず働いていたのがプラスに働いたのだろう。
遊びに行くといったが、俺は本当に遊ぶつもりではない。大森林に採取に出かけている、一行の様子を見に行きたいのだ。見た限りでは弱いが、実際の冒険者とはどの程度の戦力なのか。それを調査したいのだ。
「<完全不可視化>」
本当は<完全不可知化>で追いかけたいが、長時間使うにはこの魔法のMP消費量は多い。もっと負担の少ない<完全不可視化>だけにしておく。森の中を疾走すると、すぐに一行には追いついた。
彼らは時に魔獣を打ち倒し、時にゴブリンやオーガを打倒する。特段感動するほどの光景でもなかったが、20レベルない状態でも大森林では十分なのが判明したのは幸先が良い。今まで大森林から流れてくるモンスターは数も少なく、個体の強さも特別優れていなかった。
(昔ブループラネットさんが言ってたからな。大昔は熊が市街地に出没して危険性が議論されていたらしいが、街に出る熊は基本縄張りが持てなかった弱い熊だとか)
それと同じで、外に出てくるのは弱い個体だと思っていた。もしも、縄張りを拡大しようとして、そんなやつらとは桁違いの強い魔獣が外に出てきたら嫌だなーと思っていたのだ。
しかし20レベル以下でも十分に通用するなら、むやみに危険視することもない。これなら中位アンデッドの防衛網でも、仮に森からモンスターが溢れてもどうにかなると分かったからだ。
そこからも一向は薬草を採取しつつ、さて引き返すかとなったところで
「それがしの縄張りに入り込んで、逃げられると思うでござるか?」
地響きを立てながらそいつは現れた。キュートな瞳に、スノーホワイトの毛皮。尻尾は蛇のようであり、まん丸の大福に似た姿のそいつは
「ジャンガリアンハムスター? へぇ、この世界にはあんな見た目で喋るモンスターもいるんだ」
デカいハムスターとしか言いようがない魔獣。それがアインザックさんやバレアレさん達の前に立ちふさがった。俺にはそんなに脅威に見えなかったが
「アインザック! こいつ不味い!!」
「分かっている!! 全員全力で応戦しろ!! 手を抜けばその瞬間に死ぬぞ!!!」
冒険者たちには違ったようだ。恐ろしく警戒しているようで、バレアレ夫婦を含めて全く警戒を解いていない。その様子を見たハムスターはと言うと
「ほほう、中々良い気概で御座るな。よかろう、その勇気に免じて、苦痛なく息の根を止めてやるでござるよ」
勝負は一瞬だった。ハムスターとの間には絶望的な実力差があったのか、アルさんだけは夫が庇ったので軽傷で済んだが、それ以外は全員一撃で瀕死になる。一撃で死ぬほどの差では無かったようだが、それでもあのハムスターは相当な強さのようだ。大体30レベルぐらいだろうか?
「ぬぬぬ、まさか簡単に殺せぬとは。これはそれがしの誤算であったでござるよ。苦痛なくと約束したのに、それが出来ぬとはそれがしの恥。せめて止めは、宣言通り一撃で安らかにしてみせるでござる」
「くっ! 誰も殺させはしないわ!!」
「悪いで御座るが、お主も今日が命日でござるよ。さらば!」
アルさんは立ち上がって皆を守ろうとするが、ハムスターとの戦力差は明白。デカい大福が跳躍し、尾で叩き潰そうとしたので
「<時間停止>」
時間を止める。俺以外の全てが静止する。この場にいる全員はそれほど強くなく、一番戦闘力が高いハムスターでも30レベル前後。時間魔法に対する耐性は無いと踏んでいたが、どうやら効果てきめんだったようだ。
「……殺させるわけにもいかないからな」
昨日出会ったばかりの人達とは言え、死ぬのを黙って見ているのは違う。自分の命がやばいのならば流石に見捨てるしかないが、<時間停止>が問題なく効く相手ならばそれほど警戒する必要もない。通常であればここから遅延化した即死魔法なりを叩きこんでハムスターを殺害するのだが
「こいつ話が出来るんだよな……これ捕まえて調教したら、表向きの村の防衛戦力と言う事に出来ないだろうか?」
これだけファンシーな見た目なのだ。ちょっと腐った見た目だったり骨だったりするアンデッドに比べたら、まだこのビジュアルの方が圧倒的に良い。捕まえたあとどうやって村長なりに紹介するのかが問題だが、喋って話せる魔獣を殺すのは勿体ないなーと考えてしまった。