モモンガさん、転生する   作:一人旅系亜種

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ラナー

 ランポッサがどんな答えを出すのかは分からないが、それまでは王都に滞在することにしていた。泊まる宿自体は決まっているが、その前に時間があるのでラナーに会いに行くことにする。王城をそんな自由に出歩いていいのか? となるが、一回さっきの部屋に戻って国王に許可を貰っている。

 ラナーが嬉しそうにしていたと聞いて、あの子がと驚いていたが……最初はとぼとぼ歩いていたから、やっぱ元気が無かったのかね?

 どこにいるのかは事前に聞いていたので、俺とパンドラは中庭の方に向かう。きちんと手入れされた広い中庭には草花があり、池があり、日差し避けの下には白いテーブルと白いパラソル。うーん、上流階級の御庭って感じ。俺もカルネ村にビオトープ作ろうかな。植林経験があるし、パンドラもいるからわりとなんとかなるだろ。

 その中庭の白テーブルと白い木製の椅子に、肝心の御姫様はちょこんと座って書き物をしていた。机や椅子は大人向けなのでサイズに見合っておらず、えらく書きにくそうにしている。

 庭には砂石の敷き詰められた場所もあり、そこを歩くとジャリジャリ音がする。それで誰かが近づいてくるのに気づいたのか、ラナーが顔を上げた。パンドラを見た直後にぱぁ! と擬音が聞こえてきそうな笑顔になる。いいね、子供の笑顔は。顔立ちが非常に可愛らしいこともあり絵になっている。将来は凄い美人さんになりそうだ。

 ラナーは笑顔になったが、御付きの侍女は渋面になる。苦虫を嚙みつぶしたような顔だ。

 

(王国のエルフなんて大体は法国から流れた奴隷だけどさ。それにこっちは、そっちから見たら平民だけどさ。少しは隠せよ。内心はどう思おうが構わんから)

 

 俺の知るお貴族令嬢や名家の娘さんと言えば、それは法国の住民だ。クレマンティーヌとかアンティリーネとか、あとは六色聖典とか神官長の娘さんとか。向こうの国では嫌な顔をされないし、むしろクレムやアンリ以外はこっちが若干引くぐらいの恭しい態度を取ってくる……この侍女さんの嫌な顔も別にいいか。個性個性。

 

「パンドラズ・アクター様! あなた様が私のためにお時間を御作りくださったこと、心から感謝申し上げます。ぜひこちらにお座りください!」

「姫様!!」

 

 ラナーは椅子から降りて、別の椅子に手をかけ、パンドラが着席できるように椅子を引く。明らかに目上の者が目下の者にする行為ではない。そりゃ、侍女も思わず声を出しちゃうよね。でもラナーがキッ! と音がしそうな目つきでにらむと萎縮した。

 

「ありがとうございます、ラナー殿下。ですが殿下は、この国における最高権威の血を引くもの。あまりそのような行為をしていると、品位と品性に傷がつきますよ」

「むー。品位と品性を大切にしても意味がないもの……みんなニンゲンじゃないから」

 

 人間じゃない? まさか王城にいるのは人間種ではなく、人間種に擬態した異形種なのか? でも情報探査をしても、そこにいる侍女なんかは人間としか俺には思えないんだが。

 ただパンドラはうんうんと頷いている。流石パンドラ、今ので何を伝えたいのか理解したようだ。さすパン! その様子はラナーにも伝わったのか、安心したような顔をして自分の席に戻ろうとする。しかしやはりサイズがあってないよな、あれ。

 

「お待ちください姫様。そちらの白椅子はラナー殿下の体格にあっていないように見受けられます。一時的な物とはなりますが、似合ったサイズの椅子を御用意させて頂きます」

 

 は? 何言ってんのこの子供みたいな目で見てくるんじゃないそこの侍女さん。

 

(<魔法修正強化・上位道具創造>)

 

 座面にクッションが付いた椅子を創造する。いきなり出現した椅子にラナーも侍女もびっくりしている。やったね。

 

「今のは!?」

「魔法です。ラナー殿下は魔法を目にするのは初めてですか?」

「う、うん。このお城にいる人、誰も魔法なんて使えないから。これが魔法なんだ……」

 

 物珍し気に俺産の椅子を指で突いている。これが魔法なんですよ、ラナー殿下。ただし<上位道具創造>は第七位階魔法なので、近隣で使える人は限られます。一応公的に判明しているのは俺とパンドラ、以上。<道具創造>なら第五位階だから、第六位階まで行使可能なフールーダなら行けるかもしれない。

 

「先ほど、殿下は人間の話をされましたね。殿下は今年で何歳になられますか?」

「四歳です」

「その年齢で、これらを──」

 

 パンドラが示すのはラナーの書いていた書類だ。それらを見れば、今度は農業の肥料に関するあれこれが書いてある。鉄を触媒に窒素と水素でアンモニアを? ふうん……へぇ……面白いなこれ。

 

「これらを単独で編み出す頭脳からすれば、周りは人間には見えないでしょうね」

「どういうことだ、パンドラ?」

「モモン様はこれを読んで、どう思われましたか?」

「そうだな……食糧事情の改善に繋がる、かな? 魔法とは違うアプローチ、肥料による従来の農作の拡張と改善。そこまでは読み取れるが、どうしてアンモニアが改善に繋がるのか? と問われると原理が不明だな」

「ではそこのお嬢様。あなた様ならどうですか?」

「エルフが私を呼びつけ──」

「どうですか?」

 

 パンドラが若干圧を強めたら、侍女はひっ! と反応した。見る限り1レベルだからな、100レベルの圧はそら堪えるだろう。

 

「……姫様には申し訳ありませんが、書いてあることの意味が理解しかねます。そ、そもそも農作の作法なんて、下民が関わる分野です。私や姫様のような高貴な身分が携わるものではありません。分からなくて当然なんです」

 

 後半は誤魔化すように早口で捲し立てるお付き侍女。

 俺はこれを聞いて、ようやくパンドラが言いたいことが分かった。同時に人間云々も。それならば、あのトボトボと元気なく歩く姿にも納得がいく。

 

「ラナー殿下……殿下は寂しかったのですね」

「え?」

「私にも覚えがあります。同年代に近い人間と会話をしても、全く馴染まない。小さな村なので同年代が少ないこともありましたが、それ以上に彼ら彼女らと見ている視点が違いました」

 

 一応村にも子供はいるが、本当に会話が嚙み合わない。クレマンティーヌなどは年齢が近くとも、法国で名家の娘として教育を受けていたので知識があり、優秀な兄と比較されたくないと努力をしたから問題ない。けれど村の子は……そもそも教育を受ける機会がないので、識字率なども絶望的。とにかく会話も趣味も噛み合いはしなかった。

 それと同じ。本気のパンドラと会話が成立するのがラナー殿下だ。おそらく脳機能が常人とは違うレベルで発達している。無理やりレベルで表現するのであれば、常人は1レベルからスタートして、死ぬときに30や40で死んでいく。それに対して初期値が80とか90あったのがラナー殿下なのではないだろうか。そこから年齢を重ねていけば、簡単に100に達し、100を超えて伸びていく。

 ではそんな頭脳と周りは噛み合うのか。

 

(噛み合う訳がない。100レベルの戦士と10レベルの戦士が戦うようなものだ)

 

 きっと周りの人間が同じ人間には見えなかったことだろう。言い方は悪いが、周囲全員知的障碍者のようなものだ。それか猿の群れか。誰も共感してくれない、誰も理解してくれない。そら元気も無くなるわ。

 

「……モモン様も、似たような経験を?」

「私の場合は頭脳……というよりも腕力などですね。生まれてこの方、誰にも力で負けたことがありません。私から見れば、この世は全て触れたら壊れる紙細工です。人間を積み木のように崩すモンスターを、私は撫でるだけで殺してしまえる」

 

 これは大げさな言い方だが、ラナーに周囲との噛み合わなさを伝える上ではこのぐらいの言い方の方が良い。腕力が強い? みたいな顔をするのはやめてくれません侍女さん。

 

「それで……どうやって受け入れたんですか?」

「受け入れるも何も、どうせ俺は俺で周囲は周囲ですよ。腕力が強い、魔法が使える。それは他人より優れた資質ではあります。ですが、俺にもこなせない分野はある。それは例えば、ラナー殿下やパンドラのような、頭脳面での優秀さ。信仰系魔法の使い手のように他者を癒す。誰にだってできないことがある。できないことがあるなら、必要以上に誇っても見下しても馬鹿らしいだけですよ」

 

 はっ! みたいな顔をラナーはしている。周りには馬鹿しかいない……いや、まぁ貴族とかはあれなやつが多いかもしれないが、アホだらけと悲嘆にくれても仕方がない。友達が出来なくとも、理解者が少なくとも、己は己として突き進めばいい。突き進みまくった結果、現在法国で神として信奉されてしまったのは計算外だが。

 今度はパンドラがラナーに語り掛ける。

 

「殿下には、年齢に見合わない素晴らしく明晰な頭脳がある。けれども明晰さだけではできないことも多くあります。理解されないではなく、どうして理解できないのかに目を向ける。他者に対する寛容さと申しましょうか。孤高や覇道と言えば聞こえは良いですが、自分は優れている、賢い、周りに理解されない、なぜできない……その先にあるのは破滅ですよ。軍略、内政、外政……全てに極限の才を持った者達も、最後には己の傲慢さゆえに、失ってはいけない場所を滅ぼさせてしまった。そんな事例すらこの世界にはあるのですから」

 

 ……ああ。そういえばそうだったな。賢さを活かせず、礎とでも呼ぶべき物を滅ぼした例が二件もあるな。パンドラと同等の頭脳を持ちながらも、他者を見下し油断したせいで自滅した実例が。

 

「……パンドラ様は、周りが愚かには見えませんか?」

「もしかすると、昔は見えたかもしれません。以前の私であればそうだったかもしれません。モモン様を蔑ろにされたら、その者らの愚かさを嘆き、表面上は誤魔化し、内心は見下していたかもしれません……ですが、今は違います。他人はしょせん他人です。他人にとって、モモン様はモモンでしかない。己の価値観を至高とし、それを押し付ければ……不幸しかない」

「……そういうことですか。パンドラ様には、何か深い後悔をするような出来事があったのですね」

 

 後悔は後悔だろうな。パンドラ達を村に招いてから一年は経つが、それでもナザリックが滅んでしまったことは、ナザリック生まれのパンドラにとっては後悔しかないだろう。俺に記憶を弄られて産まれなおしたと刻まれたとはいえ、ナザリックが滅んだ理由自体は記憶に残っている。しかもその原因の大半は、自分と同じ知恵者として設定された二人。他者への寛容さを知らず、自分たちこそ絶対正義として突き進んで頭脳を腐らせ死んでしまった駄目な例を知っているパンドラは、ラナーに説こうとしている。生まれ持った才との向き合い方を。

 

「殿下。周囲はあなたにはついていけません。あなた様の才が、周りとはかけ離れているから。けれども、しょせんは他人です。殿下の才とは殿下だけのもの。そこに理解するしないはありません。どこまでも、殿下だけのものです」

「……私があわせてあげないといけない?」

「全てを合わせる必要はありませんが、少しは合わせてあげても……よいかもしれません。他人は殿下にはなれない。けれど、殿下もまた他人にはなれない。その明晰な頭脳は、真に他人を理解して、協調することすらも学べば……誰もおいつけなくなります」

 

 おーおー、ずいぶん回りくどい言い方。侍女さんなんてなんのこっちゃみたいな顔をしている。しかしパンドラの話はその通りだ。賢さパラメーターは高い方が良いかもしれないが、それだけでなんでもできるわけじゃない。心技体で言うなら技だけがあるようなもの。

 一人で全部揃っているならそれでいいかもしれないが、みたところラナーは脳みそ以外は普通の女の子だ。

 ならば他人に理解されないことを嘆くのではなく、他者を理解する能力に費やした方がいい。そうすれば分かるはず。この世はけっこう大雑把でも生きていけることに。

 

「パンドラの話に補足するなら、理解できない馬鹿が出てきたら無視してもいい、かな?」

「そ、そうなんですか?」

「はい。例えばそうですね……そこで話の流れがよく分かっていない侍女さん。その人は殿下から見て、どんな人物ですか?」

「……特に取り柄もない、お馬鹿な貴族令嬢?」

「姫様!?」

 

 私そんな評価だったんですかみたいな顔をしている。

 

「では理解できない馬鹿ですか?」

「それは……違います」

「姫様!!!」

 

 名誉が回復したからか嬉しそうだ。でも評価自体は馬鹿のまんまだぞ、あなた。

 

「ではラナー殿下のお兄さん二人はどうですか。例えばザナック殿下は?」

「……擬態デブ?」

「姫様?」

 

 あれ、おかしいな。事前調査では、王の子はどちらも不出来な子で、長男は出来損ないで、次男はまだましだがやはり微妙。だった筈なのに、ラナーから出てきたのは馬鹿とかそんな評価ではなく擬態デブ。

 これはどうした──

 

(そうか! ああ、そうか……それができるほどに優秀か!!)

 

 ならば話は変わる。俺は机の端を一回指で軽く叩く。パンドラはそれに2回叩いて返した。答えはイエスか。あとごめんなさい? 仕方ない、一人で王国全域の調査を任せたんだ。直接あって確かめたならまだしも、そうでないなら調査漏れがあっても仕方ない。

 だがこうなると、直接ザナックに顔を合わせたいな。正直なところ、ランポッサに改革を迫ったのもどちらが継いだとしても望む結果にならないと考えていたから。今代で全てにけりを付けるのが望ましいと思っていた。けれどそうでないのであれば……馬鹿をちゃんと馬鹿と呼ぶラナーが、ザナックを擬態と呼んだ以上は期待できる。

 ……一応長男の評価も聞いておくか。

 

「バルブロお兄様は……馬鹿です……」

「それは理解……できるタイプの?」

「……この子の方がまだ納得できる……」

「スカスカか」

 

 犬の編みぐるみを差し出しながらの言葉に俺は絶望する。綿が頭に詰まっていると言いたいのだろうか。それとも喋らない分、編みぐるみの方がまし? それか編みぐるみの方が、まだ中身が溢れない分上手に出来てる?どれかをラナーに問うてみたいが、怖いので聞かないでおく。どうせその内顔を合わせることにはなるだろうから、その時に自分の目で確かめてみればいいか。

 

「よ、ようするにですね。世の中理屈で納得してくれる馬鹿ばかりではありません。ラナー殿下ほどの賢者であれば、全ては計算で動くと思ってしまうこともあるかもしれない。しかしながら、この世には理解不能な動機で動く愚か者もいます。それらをロジックで思考することは不可能です。そういった手合いと対峙してしまった時には、災害と思って対処するしかありません。そんな時には賢いだけではどうにもならないので、他者と協調してことを成せるようにしておくことも肝心なんです」

 

 デケムとか最強エルフ世界征服計画とかアルティメット・レイパーとか。あんなのを相手に言葉や知恵は不要だ。殴って黙らせるしかない。

 俺の言葉に理解不能な馬鹿……と小さな声で言ってから、ラナーは何かを納得したのか拳を握りしめながらパンドラと俺を見た。

 

「分かりません。でも、分からないことを放置したくないのでわかるようになってみます」

「Das ist fürs Erste in Ordnung.何事も始まりは一歩からです。それでは、改めてお話をしましょうか。どれどれ、こちらの資料は──」

 

 パンドラの注釈を聞きながら、ラナーは楽しそうにしている。ま、色々と言ったが今はああやって笑顔で楽しめばいい。無理解に囲まれたストレスを発散してから、改めて己のあり様を探せばいいのだ。なにせまだ四歳。何かを決めるにはまだ早い。ゆっくり探せるように道を整えるのが大人の役目だ。

 

(てのは、11歳で得るには早い答えかな?)

 

 あと侍女さん。姫様に馬鹿と思われてたのが悔しいからって、資料とにらめっこしても答えはでないよ? あ、こっちに来た。え、俺に教えてくれ? あっちの二人の方が俺より賢い……あの二人は天才の雰囲気がするけど、平民で馬鹿そうなあなたの方が私に近いからまだ上手に教えられそう? それ褒めてます?

 いいけどさ……あ、違う違う。これはね……そうそう。それでここで農薬がどうってなって……

 

「ふ、ふん。上手に教えられたからって、平民が良い気にならないでよね? べ、別に感謝してないわけじゃないけれど」

 

 侍女さん、まさかのツンデレ属性かよ。




CV釘宮理恵
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