モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
この後モモンとパンドラはどうするのかと問われて、行くところがありますと伝えようとした。ラナーのことは伏せようと考えたのだが、そこにパンドラが待ったをかけた。曰く、ザナックであればラナーとの会合の場に在席しても問題ないと。
その意見に対して俺も賛意を示した。ランポッサが退位したあとのことまで考えれば、ザナックとラナーの協力は絶対に必要なカードだ。単純な頭の良さだけで言えばパンドラに匹敵するラナーが王になるのが理屈の上では良いのだろうが、王国には女王が在位した歴史はない。
歴史は新たに作ればいい! とは単純にならない。今まで通りというのは、人間感情に安心感を与える。これで前評判通りザナックが駄目人間なら話も違ったが、今のところ彼は非常に好印象だ。それにラナーが即位するぐらいの年齢まで、ランポッサに働かせるのはあまりにも酷な話ではある。ならばランポッサがどうするのかはさておき、俺としてはザナックが王位を継げるように根回しなりをするだけだ。
そしてその辺の事情となると、王宮住まいのラナーにも協力してもらうのが一番良い。四歳児になんて無茶をと言われるかもしれないが、現時点で俺よりよほど賢さパラメータが高いのだから仕方ない、本当に仕方ない。パンドラに懐いているようだから、たぶんこの頼みも聞いてくれるだろう。
「ようこそおいで下さいました。ザナックお兄様も、どうぞお座りください」
「腹違いの妹よ。モモンからお前のことはある程度聞いたが、今回お前が色々と絡んでいるとは聞いた。しかし本当なのか? まだ四歳のお前が、暗躍しているというのは」
「何のことか分かりませんわ。私はただ、お父様と少しお話ししただけだもの。それで何をどうするかは、お父様次第。娘の他愛ないお話に付き合ってくれただけ」
「……は。少し前に、お前から不可解な絵を見せられたことがある。あの時はそれが何なのかは理解出来なかったが、モモンからお前の知力について知らされた後なら何となくの推測はつく。が、一応聞いておこうか。あれは何だったんだ?」
「教えません。自分で考えてください。パンドラ様とモモン様にも御見せしておきますので、答えは御二人からおききくださいな」
そう言ってラナーは俺とパンドラに絵を見せてきた。うん、下手。芸術の分野と頭脳の出来は別物という事がよく分かる。センスの問題になるので、IQとかそっち方面とは必要な才能が全く違うからどうしようもない。
パンドラは……頷いている。これ読み取れるの? 俺も自力で頑張ってみるか。
「これは……犬? 犬が描かれていて、建物があって……これは城か……犬は飼われている。城から出た飼い犬が歩いていった先が肥溜め?……お城勤めで、なおかつ貴族の子飼い兵士の巡回ルート? あ、そうか。これはどの兵士がどこに行っているのかを示した図なんですね。この巡回ルートを通る兵士は肥溜め、つまり汚職に関わっていることを示してるんだ」
ラナーがパチパチと手を叩いてくる。やったね。ザナックは今の解説を聞いて、いやこんな下手な絵からそんなもん推測できるかまずは絵の練習から始めろと愚痴っていた。
「読み取れないのを私のせいにされても困るもん」
「モモン、お前もこの絵は下手だと思うよな?」
「お兄様、モモン様はきちんと読み取れたのですから、そんな愚問を投げかけるなんて──」
「……ザナック殿下。ラナー殿下はまだ四歳です。何かを学ぶのはこれからでも宜しいかと」
「モモン様!?」
ごめんね、ラナーちゃん。何とか読み取ったけど、やっぱりこれは下手だよ。俺は目を逸らしつつ、そう言えばルイセフさんはどこに行ったんだと周りを探してみる。
「ルイセフには聞かせられないので席を外させていますわ」
まぁそうなるか。下手にこれからの話をすると巻き込みかねない。ルイセフはみたところ、ツンデレ以外に特殊技能は持っていない。それで巻き込んでも可哀そうだからな。
「それで妹よ。お前が俺やモモンより頭脳面では遥かに優秀なのは理解した。そんなお前は、どうしたいのだ?」
「どうもこうもありません。私は理解してほしかっただけです。その理解者は得られましたから、ここからはパンドラズ・アクター様とモモン様が私に課した課題。それをこなすだけですから」
「課題? それはなんだ……と訊いても答えてはくれなさそうだな。ならその課題以外に、お前がしたいことは特にない……のか?」
「それ以外でしたら、理解者である御二方がこの国の是正を望まれているのであれば、そちらに御協力すること。それが私の役割だと理解していますわ」
「協力か……」
「そういうお兄様は、御二方のお話を聞かれてどう感じられましたか? より正確には、モモン様の御力でしょうか」
「おや? 私はラナー殿下には、まだ魔法についてはお話ししてはいなかった筈ですが……ランポッサ様ですか」
「ご明察です。お父様に子供のようにパンドラズ・アクター様とモモン様の御話を強請ってみたら、<火球>について教えてくださいました。と言っても、どの規模かまでは不明ですので、破壊力については推測の域を出ません」
「なら妹よ、お前も見ておいたほうが良いんじゃないか? ……ちなみに聞いておきたいが、あの光線の魔法だが、モモンは何発ぐらいまでなら撃てるんだ?」
「20は確実。体の調子が良い時であれば30から40程度とお考えください」
「……あれが20発も撃てるのかよ。ロ・レンテ城を単独で破壊できそうだな」
「モモン様であれば、3分もあれば平らにしてみせますよ」
「ははは、それは流石に……モモン、流石に今のは嘘だよな?」
「この城を3分ですか。それはないですね」
「そ、そうだよな。城を単騎で崩すなど、どう考えても人間業じゃ──」
「魔力を全て使い切るつもりであれば、そんなにかかりませんので、3分は長すぎますね。1分ほど頂ければ」
「………………そうか。超一流の魔法詠唱者とは、それほどの出鱈目か……50万人分だものな。城ぐらいは破壊可能か」
ほんとは1分どころか1発です。単発火力が落ちる代わりに、一つしか落ちない隕石を小型化複数個に修正し、五重最強効果範囲拡大した拡散型<隕石落下>を使えば、王城どころか王都全域が焦土になります。とは言えないので黙っておく。そこまで行くと頼もしい味方を超えて、全てを破壊してしまえる魔王とかになる。
「俺がどうしたいかだったな。正直なところ、俺が演技していたのは兄上やその他を警戒してのことだ。後ろ盾がない状態で、貴族に睨まれれば俺の命はない。兄上からすれば、俺は王位継承を争う敵対者。それらの事情がある以上はどうしても俺自身を隠さないといけなかった」
そう言ってからザナックは俺の方に視線を向けてくる。
「だがモモンが父上と組んで腐敗そのものを浄化するのであれば、貴族は俺の命なんて簡単に狙えなくなる。むしろ、自分達の首にいつ縄がかけられるかを警戒しないといけなくなる」
「ええ、そうして貴族の後ろ盾が上手く機能しなくなれば、バルブロお兄様もザナックお兄様の排除は不可能になります。領地を持たず、自分自身の部下を持たないバルブロお兄様には、暗殺者の伝手もありません。ザナックお兄様がそこそこ優秀なことに気付いたとしても、もはや手遅れです。モモン様と致しましては、ザナックお兄様とバルブロお兄様。お父様が退位したあと、どちらの御味方をされたいとお考えになりますか?」
「現状ではザナック殿下です。バルブロ殿下のあの様子が演技などではなく素なのだとしたら、恐れながら落胆……としか言えません。あのように過剰な美辞麗句を真に受け、平民には傅かれるのが当然と考えているようでは、この先は期待できません」
「ご安心ください、モモン様。バルブロ殿下ですが、私がみたところ演技などの御様子はございませんでした。あのようなリップサービスとしか言えない言葉であっても、モモン様のように平民からであれば当たり前と感じている。私にはそう見えました」
そっかー……俺より観察眼の優れたパンドラが、演技じゃないよと判子を押してしまうのか。最悪じゃん……
「ところで。モモンは淀みなく称賛の言葉を兄上に投げかけていたが、あれはなんだ? 普段から言い慣れているのか?」
「諸事情であのような言葉を聞く機会が多いのです……」
法国とか神官長とか六色聖典とか。俺が法国に行くと凄いのだ。なぜそこまで……と思うような言葉が次から次へと浴びせかけられる。魔法一発撃ちに前線に行くだけで、輪廻権現様が来てくださったぞ! とか歓声が上がったりする。ある程度なら嬉しいが、あそこまで賛美されるとそんなに? と疑問しか湧いてこない。
俺が神妙に頷くのを見て、ラナーもザナックもそ、そうかとだけ言葉を残した。御願いだから二人はあの人達みたいにならないでね、いやほんとに。
「陛下がザナック殿下かバルブロ殿下。どちらをお選びになるかは陛下次第ですが、私がもしも推薦するならば現状はザナック殿下です。ザナック殿下がもしも暗殺などを警戒されるのであれば、こちらを護衛として付けておきましょうか?」
俺が手を叩くと、壁をすり抜けてゴーストが出てくる。それを見てザナックは驚いていた。
「こ、これはアンデッドじゃないのか!?」
「違います。これは法国が開発した新型ゴーレムです。かの国の最高神官長以下、神官長、研究機関長など錚々たる顔ぶれのお墨付きであるゴーレムです」
「そう、なのか? 俺にはまるでアンデッドに見えるのだが……」
「ザナックお兄様、何を言われているのですか? スレイン法国は神聖な宗教国家。かの国で開発されたゴーレムが、アンデッドなわけがありませんわ」
「……そうか、まぁそうだよな……そうか……」
はい、ラナーの言うとおりアンデッドな訳がありません。もしもアンデッド反応を調べる魔法で調査してアンデッドだとしても、これはゴーレムです。王国の神殿勢力が信仰している神と、法国が信仰する六大神は別物。だとしても、法国は周辺国家最大の宗教国家だ。あの国が俺の眷属をゴーレムと言い張れば、これはゴーレムという事になる。
それでも否をつきつけるのであれば、それは法国に対する宣戦布告だ。神殿勢力も口出しはすまい。
「ザナック殿下にはこのゴーレムを預けます。透明化能力がありますので、四六時中傍にいてもそうそう気づかれはしません。もしも勘付く相手がいるのであれば、それは第二位階魔法などが使用可能な相当の手練れです。ご用心のほどを」
「忠告痛み入るよ。このゴーレムだが、どれぐらいの脅威までなら相手可能なのだ?」
「難度100なので、平均的なアダマンタイト級冒険者チームが死に物狂いで戦ってようやく打倒可能。殿下に御見せしたギガント・バジリスクが難度85から90です」
「……法国はそんなゴーレムを複数持っているのか?」
「いいえ。それは違います。ゴーレムの強さは魔法と同じく、同一の個体でも操る術者によって強さが変化します。モモン様が使われるからこそ、難度100もの性能になるのです」
「モモン様。そのゴーレムですが、モモン様は最大で何体まで操れるのですか?」
「数千は可能とお考えください」
「数千!」
分かりやすいびっくりリアクションありがとうございます、ザナック殿下。実際にはもうちょい上、眷属の生産可能数に限度はないので、数万から数十万はいけます。そこまで増やすと俺単独では管理できないが、ジェネラルやパンドラにも管理はさせますから。パンドラに以前何体まで管理出来るのか聞いてみたら、百万ぐらいなら大丈夫と言っていた。凄いね、俺単独だと五千ぐらいが限界なのに。
「……数千てお前、それは……じゃあ何か? モモンはその気になれば兵士五千人分ぐらいの兵力を数千操り、本人はその気になればこの城を単独で一分掛からず更地にできる。これが真実であれば……真実なんだろうな。あの規格外な魔法が撃てる以上は。はぁ……そりゃ自分が協力すれば、王権の行使が可能になると豪語するわけだ。こんなもん、戦力とか暴力とか武力とかそんな話じゃない。向けたら最後、組織だろうが個人だろうが壊滅する絶対的な戦略級の兵器だ。神話に謳われるような」
「あとはその引き金が、お父様に引けるかどうかですね。ちなみにお兄様なら引けますか?」
「是正が目的であれば引くしかないだろ。そこまで出鱈目であれば、父上が危ぶまれている内戦も糞もない。モモンを派遣したら終わりだ。モモン不在時でも、そのゴーレムが守りを固められる……んだよな?」
「可能です。自律した意思を持ちますので、殿下が命令することも。そちらのゴーレムに指示を出してみてください」
「分かった。そこにある椅子を持ち上げてくれ」
ザナックの言葉を聞いたゴーストは、命令通り椅子を頭上高く持ち上げた。他者の命令を聞くようにかなり強く縛ってあるので、このぐらいの命令であれば普通に聞いてくれる。
「ならモモン不在時の戦力にも問題なし、か。あとは父上が、最後の決断を出来るかどうかだけ。妹よ、お前なら父上は選べると思うか?」
「半々です。お父様の性格であれば、モモン様が法国の間者かもしれないと疑っている可能性もありますわ。あの国が、王国内に不和を齎そうとしている。そのような御考えを」
「それはモモンの能力が、常識の範疇にある時の話だろ。ここまで突き抜けているのであれば、内乱を起こす必要もない。ゴーレムとやらにものを言わせて、片っ端から叩き潰していけば済むんだからな」
そうなんだよなぁ……他者から見たら、俺は法国と通じているスパイだろとか言われたら、否定するのが結構難しい。法国で教えを受け実力を伸ばしたという事になっている以上は、法国に対して恩義があると捉えられるからだ。もしも俺を受け入れて、そこから足がかりに他国にこの国を支配されたりでもしたら……そう考えるのは王としては正しい。
実際には法国の方が俺に対して恩義を感じているらしく、よほど無茶なお願いをしない限りは聞き入れてくれる立場だが。一応、神官長らには伝えてあるのだ。この国を改革することについては。その時に、俺が望むのであれば文官など含めて最大限の支援を無償ですると約束してくれている。この約束については確実に守ってくれるだろう……というか、俺の生まれ変わり設定を知っている文官については、むしろモモン様の下に馳せ参じるのだ! みたいな感じで誰が一番役に立つのかで政争擬きをしているらしい。お前ら何やってんの?
事実上法国の動向については俺の一存で決定させられるのだが、そんな事情を知らないランポッサにしてみればどうしたものか……と悩むのも仕方ない。
「お父様の件ですが、私に任せてはくださいませんか?」
「ラナー殿下にですか? ランポッサ陛下を説得できるのであれば助かりますが、どのようにされるおつもりで?」
「お父様は私に甘いので、どうとでも説得の仕様はありますから」
「年を取ってからできた子は可愛いと言いますが、それを利用されるおつもりですか」
「はい!」
うーん元気なお返事。それじゃさっそく任せてみますかね。
モモン少年の申し出。この国を良くしたいという思い。そこに嘘はないと信じたい。しかし、あの少年は法国の援助を受けている立場。あの力は凄まじい、けれどその力を得たのはスレイン法国の助力があってこそだろう。そうでなければ、11歳の少年が国を揺るがすほどの力を得られるとは思えない。
信じるべきか。それとも疑うべきか。仮に受け入れるのだとしても、どれだけの血が流れ出るのか。あれほどの大規模破壊が可能な魔法を行使できる魔法詠唱者。私は魔法には疎いが、あれが天才の中の天才と呼ばれる類の傑物なことぐらいは分かる。そんな少年の魔法であれば、<転移>や<火球>以外でも空恐ろしい物であることぐらい推測がつく。数千数万をたった一人で殺し切れる怪物……私に扱い切れるのか?
「私に過ぎる過ぎないではなく、あれを従えるほどの度量が無ければ、そもこの国を変える事すらできないか」
蓄積されたこの国の膿。それを出し切ろうというのだ。生半可なことでは到底成し得ない。あれほどの傑物の助力が無ければ不可能、か。
リ・エスティーゼ王国が出来たのは、200年前の魔神と十三英雄の戦いがきっかけだ。それから長い時をかけて、この国の土台は腐り、王家の力は衰えて貴族の横暴を許す羽目になってしまった。
「王家にも責任はあるか……」
歴代の王の中にも、今の腐敗してしまった貴族のような者もいた。それらが重ねた罪を、今清算できる機会が目の前にある。パンドラズ・アクターの言葉、今なら私の代で全てを真っ新にして、次の代に引き継がせることが可能。虐殺者の汚名を私だけが背負い、子供らには一から国の基盤を整えさせてやれる時間が作れる。それを成せるのかどうかは、私の手腕一つにかかっている……私が選ぶべき道は──
「お父様」
「ラナー? どうしたのだ、こんな時間に」
ノックも無しに誰かが入ってきたかと思えば、それはラナーだった。いつものように片方に犬の編みぐるみを持ち、所在なさげに扉の前に立っている。
「お父様とお話がしたくて……」
「話か、話なら昨日しただろう。御父さんは忙しいからまた今度……仕方ない。こちらにきなさい。少しだけであれば時間もとれる」
娘であるラナーと会話する機会などあまりない。昨日も来ていたが、今日も来た。なので後にしなさいと叱ることも出来るが、こうして自分から来た娘を追い返すのも忍びない。普段から寂しい思いをさせているのだから、少しぐらいは父親らしいことをしても罰は当たるまい。
私の所まで来て膝に座ったラナーは、今日モモンやパンドラズ・アクターと話をしたことを嬉しそうに語る。この子が誰かのことでこんなに嬉しそうに喋る事など、今までなかった。我が家の子供は大体このぐらいの年齢であればもっと元気だったのに、ラナーはいつもどこか気落ちした様子ばかり見せていた。
しかしあの二人を語る時には、相応の子供らしい笑顔を見せてくれる。その点については、モモン殿に感謝してもしきれない。
「お父様は、モモン様とはどんな関係なんですか? ザナックお兄様に聞きましたが、へーみんはこのお城に入っちゃ駄目なんだって言ってました。でもモモン様はへーみんです。どうして?」
「それは……難しい話なんだ。ラナーにはまだ早い話で、分かりにくいお話でな」
「そうなんだ……それじゃ、パンドラ様やモモン様は、いつまでこのお城に来てくれるの?」
「……いつまでだろうな」
待ってくれるとは言ったが、ずっと待ってくれるとは思えない。私が決断できないと判断されれば、あの二人はここから去っていくだろう。改革は不可能だと考えて。だからいつまで……
「……もしかして、来てくれなくなる?」
「私が不甲斐なければそうなるかもな」
「そんな……やだよぅ……もっとパンドラ様やモモン様とお話ししたいの! どうしたらお二人はこのお城にずっと来てくれるの!!」
「それは……それは私が……私が決断出来れば、ずっといてくれるとは思うが……」
「お父様が、けつ……だん?」
「そうだ。私が決めてしまえれば……」
ラナーは私を見つめて眼をクリクリさせている。この子は明らかにあの二人に懐いている。懐き、心を許している。この子がこんな反応をするのは初めてで、他の誰にも心を開く様子を見せなかった。この子ももしかしたら、あの二人がただものではないと感じているのだろうか。子供はこういう時敏い。自分が安心できる相手を見つけるのが上手なのだ。
「ラナーは……あの二人のことが好ましいのか?」
「はい! モモン様もパンドラ様も、大好きです。いつまでも、ずっといたいです!」
「そうか……あの二人は、ラナーから見て共にいたい良き御仁なのだな」
良き御仁。私のような王に、それでも選択肢を与えようとする。モモン・エモットの目をもう一度よく思い出す。そこに嘘はなかった。私の周りは嘘つきだらけだ。噓吐きは吐いて腐るほど見て来た。その中には数少ないが、あの少年のような目をした者もいた。法国の間者などではなく、本当の意味でこの国を憂う同志であるならば私は──
「ラナー。ラナーは……モモン少年と、ずっと共にいたいか?」
「はい!」
「……あの子は平民だ。ラナーとは身分が違う。ずっと共にいることは難しい」
「それはどうしてですか?」
「この国の在り方がそれを許さぬからだ」
ラナーはもう少し大きくなれば、大貴族に嫁ぐことになる。第一王女と第二王女はすでに嫁ぎ先が決まっている。少しでも私の権力基盤を盤石にするための、政略結婚を結ぶ道具として活用されることが決定している。ラナーもいずれはそうなる。王家に生まれるとはそういうこと。国を少しでも良くするためには、自分の感情に左右されることなど……
「お父様?」
「そうだな。ああ、そうだ。感情に左右などされてはならん」
……バルブロは次代の王だからと増長させてしまった。ザナックも似たようなもの。それでもあの二人は王家でありながら、好きに生きている節がある。それに対して、同じ我が子でありながらラナーを含めて娘三人には不自由な生き方をさせてきた。上二人の娘など、恋心すら知らぬ内に貴族に嫁ぐことになる。それがこの国の当たり前で、王族や貴族の生き方だ。どうして我が子にそのような不自由をさせながら、私は血を流れさせることを感情で否定してしまっているのだろうか。
……そうか。結局のところ、私が決断できるか否かだったか。もっと早くに、そうしていれば良かったのだろうか。もっと早くに動き、モモン少年のような誰かを見つけだして動いていれば、この国のありようをもっと早くに変えられていたのかもしれない。
今更になって後悔が出てくる。それはバルブロの件も同じ。王族としての研鑽は積ませたが、あの子の周りには悪影響を与える貴族しかいなかった。民に横暴な働きをしても許される。貴族や王族は特権階級で、民草相手であれば何をしても良い。そんな実例の多くを間近で見て学んでしまった。
己が早くに周囲の貴族の影響を排除していれば、もしかしたら……そんな後悔が今更になって湧き出てくる。
「お父様? どうされたのですか?」
「……いいや、何もないとも」
「でも……泣いてる。お父様は涙を流しています」
「涙? 泣いてなど──」
いないと言おうと思った。事実涙など流していない……ああ、だが。もしもここにラナーがいなければ、後悔で涙の一粒ぐらいは流していたのだろうか。己の力の無さに対する不甲斐なさや、子供を満足に育て上げることの出来ない不出来さ。周囲の貴族がいたからと言い訳して、バルブロやザナックに本当の意味で学べる環境を用意してやれなかった己の未熟さに……違う。自分には涙を流す権利すらない。
それは何かをしている者だけが流してもいい。何もしてやれなかった自分がしてよい行為ではない。何も出来なかったことに後悔するのではなく──
「ラナー。すまない、お父さんは少しすることが出来た。今日は早く寝なさい」
「……はい。分かりました」
ラナーはそう言って、私の膝から降りて部屋を出ていく。私はそれを見送ってから、部屋の片隅にある自分の剣を取りに行く。王族は一応剣術を学ぶ。しかしその剣の腕を披露する機会など一切ない。なにせ闘争が無いのだから、この剣を使う機会もないのだ。
「法国が倒れれば、次はこの国……」
この剣がもしも亜人の血で濡れる時が来たならば、それこそ手遅れ。その前に国内を完全に平定しなければいけない。王派閥と貴族派閥、二つの派閥を一つに纏め上げて、王国軍自体を編成できるように。
ふと鏡を見る。白髪が混ざり始めた自分の髪があり、皺が目立つ顔がある。
「酷い顔だな」
剣の柄を握り引き抜く。外見に衰えは来ているが、まだ体は動く。今ならばパンドラ殿が助言したように、私の手でけりをつけられる。ならばすべきことなど最初から決まっていた。あの少年に……たった一人で数十万の軍に匹敵するという武力に賭けて、この国の基盤を造りなおす。そんな大仕事をすることなぞ、きっと最初から決まっていたのだ。
私はベルを鳴らして使用人を呼ぶ。
「御呼びですか陛下」
「うむ。今から言う宿に、二人の御客人が滞在されている。その2人に言伝を。明日の朝、ロ・レンテ城まで来てくれと」
(最初に死ぬの)だーれだ?