モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
ランポッサ三世からの召集。それが全貴族に通達されたが、召集時期がおかしな季節であったことにかなりの貴族が首を傾げた。王宮での宮廷会議で集められることはあるが、開催されるのは大抵収穫時期の中土月であり、凍えそうになる上水月ではない。なぜこのような時期に……そう疑問を感じたのだ。
明らかに召集時期が間違っているので、この通達に参加するかどうかを従来であれば貴族らは思案した。わざわざ凍えそうな時期に、自らの領を出て王都まで長旅など冗談ではない。しかしながら、今回王から届いた書面にはあまりにも強い言葉が書かれていた。要約すると以下のような内容が。
『此度の召集に応じぬ者は王家に対する反逆者と見做し、処刑人を派遣する』
あまりにも強い言葉に、かなりの貴族が鼻白んだ。ランポッサは日和見主義者。このような強い文面で貴族を呼び出したことなど過去にない。そもそも処刑人というのも不可解だ。たしかに王都には罪人を処罰し、首を刎ねたり縄に吊るす死刑執行人はいる。だが彼らが処罰するのは平民であり貴族ではない。そも貴族は特権により守られているので、処刑することは不可能だ。
ただしという話にはなるが、一応執行者が王本人に限り貴族を処刑することも出来る。だがこの権利が使用されたことは過去一度もない。なにせ処刑するとなれば、その貴族は確実に真向から歯向かうからだ。自らの権利を侵そうとするのであれば、たとえ王家と言えども容赦はしない。
そしてこの権利を行使されることは多くの貴族にとって不利益。なにせ自分も対象に出来るのだから、それは心の底から反発する。
ゆえにこの文面に一瞬怯んだ直後に、多数の貴族が嗤った。ランポッサはどうやら耄碌したようだと。明らかに自分達に対して、真正面から喧嘩を売るような文章だ。どういうつもりなのかを聞き出し、逆に利用して王派閥の力を削いでやろうと貴族派閥はほくそ笑んだ。
反対に王派閥は渋面になったり、あの馬鹿王がと叫ぶ羽目になった。神輿とは言え、曲がりなりにも王派閥の頭はランポッサだ。そのランポッサがこんな文章を送りつけるなど、王派閥と貴族派閥の争いを激化させる要因にしかならない。
問い質さなければならない。返答次第ではランポッサを玉座から追い出し、自分達が利用しやすい頭からっぽのバルブロを王の座に据える。
多数の思惑を抱えながら、貴族らは王都に集結した。六大貴族もこの文面はただ事ではないと馳せ参じた。
「お久しぶりですな、レエブン侯。あなたも陛下に呼び出されたのですね」
「これはウロヴァーナ辺境伯。息災のようで何よりです。呼び出された……という事は、あなた様にも強い文面が送り付けられたのですかな?」
「うむ。陛下から、あれほど感情の籠った文章を頂いたのは初めてだ。どう考えても何かある」
その言葉には同意だとレエブンは笑い返す。レエブンが知るランポッサとは、何一つ決断できない弱い王だ。バルブロなどという頭の弱い息子を切り捨てられず、代替品であるザナックにもまともな教育を施せていない無能な王。いずれは自分があの役立たずを玉座から追い払い、その座を奪うのだと決意するほどには何も出来ていない。
そんな王がなぜか全貴族を招集するとお触れを出したのだ。どう考えても普通ではない。
(何を考えているのだ。まさか我々を糾弾でもしたいのか?)
たしかに糾弾したい内容は多くあるだろうとレエブンは内心毒づく。有能な貴族を次から次へと自分の陣営に引きずり込んでいるレエブンだが、そんな彼から見てこいつらは殺した方が良いだろうと感じる役立たずな出涸らしは腐るほどいる。自分が王になったら、王権を使って閑職に送るか転封で僻地送りにするかしかない役立たず共が。
それこそ六大貴族も目の前にいるウロヴァーナと少し離れた場所にいるぺスペア侯以外は、派閥を解体させて飼い殺しにしたいほど。もっともそれほどの改革を成すには、数十年いるので不可能だとレエブンも感じているが。
(他の貴族も今回の召集の異常さに流石に勘付いているか……勘付いていない馬鹿もいるようだが)
レエブンが耳を澄ますと、貴族らが集められた玉座の間ではそこらかしこでひそひそ話がされている。4割ほどはレエブンとウロヴァーナのようにどうして? と疑問を呈する者だが、そうではない者らの間では──
「此度の王の文面。あれは我らに対する宣戦布告も同然だ。どうやってあの無能から権力を削いでやろうかと考えていたが、まさかこれほどの隙を晒すような召集文を送るとはな」
「まったく、ランポッサ陛下は年を召されたな。これほどの……ククク……」
それらを聞いて、能無し共がとレエブンは内心で喚き散らす。どう考えても普通ではない以上は、耄碌などと二文字で済ませて良いわけがない。そんなことも気づけない糞が、自分と同じ貴族を名乗る事にしかめっ面をレエブンはしたくなる。
「それにしても、いつになったら陛下は来られるのだ? 召集をかけておきながら、我らを待たせるなど礼を逸しておると思わぬのか!?」
(たしかにいつになれば王は来るのだ? 既に全員集まっている筈だが……)
そう思い全員を観察して、レエブンは気づく。六大貴族も全員集まっていると思っていたのだが、ブルムラシュー侯の姿がないことに。まさか今回の異常な文面すらも無視したのか、あの守銭奴とレエブンは見下し──
「全員集まっているようだな。けっこう」
玉座の間の扉が開き、ランポッサが姿を現す。全員遅いとそちらを見て……その隣にいる小さな影にん? と反応する。黒いローブを着た誰か。深く被ったフードのせいで顔すら見えないが、背はそれほど高くない。小柄な女性ほどの影が、ランポッサの隣に立っているのだ。
王が歩くのに合わせて、その人物も歩く。王と共に歩く、そんなことは通常ありえない。ランポッサの権力は非常に弱いが、それでも彼の肩書は王国最高位だ。その人物と歩く以上は、隣の影は同等の地位を持つ者でなければならない。つまり……小柄な影はそれだけ重い立場という事。
ランポッサが玉座に座るのに合わせて、黒い小影はその隣に立つ。玉座の隣に立つ意味を感じ取った貴族らの間にざわめきが広がる。あれは誰だ、と。
「改めて礼を言おう。良く集まってくれた、我が親愛なる領主たちよ。そなたらがこうして集まってくれたことを嬉しく思う」
その騒めきを無視して、ランポッサは貴族達全員に労いの言葉を投げかける。その言葉を受け取ったあと、ボウロロープ侯が口を開いた。
「陛下。そちらの隣におられる御仁。その方は誰だろうか? この場において陛下の隣におわす意味。我らに教えて下さると有難いのですが」
「おお、そう言えば紹介がまだだったな。こちらは私の新たなる配下で、王宮筆頭魔導師だ。私の右腕にして、王家の杖となる御仁。そなたらと、今後長い付き合いになる故、懇意にしてくれると助かる」
「お、王宮筆頭魔導師?」
「さよう。バハルス帝国にいる宮廷筆頭魔術師フールーダ・パラダイン。あの者に対抗するために、私に仕える事を約束してくれた者が、こちらにいる御方だ」
ランポッサの喜色が籠る声に、そこらかしこから嗤い声がする。対抗とは一体何を言っているのだろうか。フールーダの名声は王国にも届いているが、王国貴族らの間ではしょせん手品師の類でしかない。魔法詠唱者など、わざわざ対抗など考えなくとも数十人の兵で囲んでしまえば殺せる。
「奇術師に対して対抗とは、随分と陛下は臆病な様子で……」
その言葉に同意するものが多いのか、ランポッサに聞こえる声で臆病者と笑う声が玉座の間に響く。その声を聴き、ランポッサは表情一つ変えない。その様子になんだ? とレエブンは奇妙に感じる。表情を変えてはいないが、まるで貴族を見下しているかのような目に感じたのだ。
もしも言葉にするならば、お主らの価値観での魔法とはその程度か……そんな感情が垣間見えた。
「なるほど、陛下のお気持ちは理解しました。ですがこの場において、顔すら見えない御仁がいるというのは如何なものかと。今後我らと付き合いが長いというのであれば、お顔ぐらいは見せて頂けませんかな?」
この言葉にもっともだなとランポッサも頷く。フードを取りなさいと隣の人物に命令する。それを受けて、小柄な影は顔を見せて──
「子供?」
栗毛色の髪に、光っているとすら感じるほど赤く輝く眼をした少年。それ以外には特に目立った点もない。なぜ子供がとざわめきが広がり、同時にその顔を見て誰かが声を上げた。
「貴様は! この間の平民!!?」
声を上げたのはバルブロだった。バルブロの言葉に平民? と貴族達は疑問の声をあげる。
「陛下! 今のバルブロ殿下の御言葉は真ですか!」
「真実だ。こちらにおる少年はモモン・エモット。我が領地に生まれ、私が召し抱えた」
「ば、馬鹿な!! 平民の子供を玉座の間に……宮廷会議に参加させるなど正気の沙汰ではない!? 陛下の気はお確かか!?」
「それだけではない! 平民を王宮筆頭魔導師とやらに任命したというのか!! 陛下の御言葉を解釈するならば、重要な地位につけたと……我らの同意もなく、国の重役を任せただと!! 我らが誇りに泥を被せる気か!!」
ありえない! 王としての責務すら放棄したか!! そんな声が玉座の間に響き渡る。レエブンはと言うと、今までにありえないランポッサの動きに目を見開く。今までのランポッサと言えば、王派閥と貴族派閥の顔色を伺うばかりで、こんな大胆なことは一切しなかった。なぜこれだけの真似をしたのだと、従来とは違う流れに困惑を隠せない。
そんな中、モモンの口が開いて──
「ふむ? お前達は陛下の言葉に疑問を呈するのか? それだけに留まらず、愚かにも慈悲深き王の采配を糾弾する。少しばかり……配下にしては、度が過ぎているな」
一瞬で玉座の間から声が消えた。原因はたった一つ、モモンの気配が膨れ上がったからだ。空気そのものが焦げ付くかのような濃密な死の気配。レエブンは思わず自分の腕を押さえた。自分の意に反して震えだした腕を。
モモンが呼気一つするだけで、その振動により城が震えているのではないかと錯覚してしまう。煌々と輝く赤目を直視した貴族の誰かは、思わず胃の中身を零してしまった。大半が下を向き委縮する。
(な、んだ。なんだこれは?)
全員理由は分かっていない。ただモモンを直視してはいけない。生物としての本能が、特大級の警鐘を発している。目の前にいる何かは、自分達とは次元が違い過ぎる誰かだと。
心臓が凍りつきそうな、すぐ傍にある死神の殺意。誰もかれもが自分の首に鎌が添えられる姿を幻視した。カチカチと音がする。レエブンは隣を見る。恐怖で歯を鳴らすリットン伯がいた。
(違う……リットン伯だけではない。この音の近さ、これは私も!)
モモンが腕を貴族らに向ける。下を向いておらず、その姿を見た誰かが金切声を上げた。あの腕を向けられたら最後、どうしてかは分からないが自分は死ぬと感じ取ってしまった。ただ、何もなく死ぬ。
「モモン、良い。このままでは話にもならぬ」
「承知致しました、ランポッサ陛下」
モモンが腕を下げて、巨大過ぎる気配が霧散する。死の重圧が過ぎ去った玉座の間だが、誰も声を上げようとはしない。何かをしたが最後、再びあれが自分に降りかかるのではないか。そんな恐怖から……
「……モモンは確かに平民だ。しかしただの平民ではない。彼の家系図を深く辿れば、私の母方の血が流れていることが判明した。私にとっては遠縁ではあるが、それでも同一の存在を祖とする者。そなたらは、私に流れる血も否定するのか?」
「お、お待ちください。その、その家系図というのは──」
「私の家系図がどうされましたか?」
「いえ……」
一人の貴族が家系図について尋ねようとしたが、モモンがそちらを見て声を投げかけた瞬間声は萎んだ。一瞬で格付けが済んでしまったのか、モモンの方を誰も見ようとはしない。
「モモンが王宮筆頭魔導師であること。それに否をつきつけたい者はおるか?」
今度は誰も何も言わない。言ったらどうなるのか? 先の続きがあるのではないか……そう考えてしまう以上、声を上げる事はリスクにしかならない。
「ないようだな。では、此度の宮廷会議を開催しようと思う。今回そなたらをロ・レンテ城に集めたのは、貴族の裁判を行うからだ」
「さ、裁判……ですか?」
「そうだ。貴族は特権により保護されておるが、王である私には正当な裁きを下す権利がある。しかし貴族を裁く以上は、公正な観点が必要になる。そなたらには立会人をしてもらう。そのために呼び出したのだ」
「さ、貴族を裁判になど、何をかん……お、御考えになっておるのか、げ、下賤な私に教えては頂けないでしょうか?」
モモンが眼を細めて顔を向けた瞬間に、リットン伯が自分を卑下しながら質問し始めた。その様子に他の貴族らは何も言わない。普段であれば貴族が自分を下賤などと呼ぶなど何事かと声が飛ぶが、強烈過ぎるプレッシャーを体験した彼らはリットン伯を責めない……むしろ自分が巻き込まれたくないのか、モモンから目を逸らしている。
「裁判は裁判だ。その貴族は明確に私を裏切っており、国そのものを揺るがしかねない背信行為を行なっていた。私は王として、この者を処罰しなければならない。しかし事情も知らぬ内に処罰をすれば、同じ貴族であるそなたらは納得しないであろう? ゆえに立会人となり、裁判の行方を見届けてもらう」
「これは陛下の慈悲だ。納得とは優先順位の高い事項だ。もしも言いがかりで己たちも処罰されたら……理不尽に処刑されてしまったら。そんな不安を抱えてしまうかもしれない。それを無くすためにも、どうしてその貴族は裁判にかけられてしまうのか。己の目で確かめてもらう。以上が陛下のご慈悲の内容だが、質問や疑問はあるか?」
「いいえ! 滅相もございません!! ら、ランポッサ陛下の大空の如き器と慈悲に、感謝を! 感謝を申し上げます!!」
モモンから声をかけられたリットン伯の声は上擦っている。竜に殺される寸前の人間ならあんな声が出るのではないか……そんな現実逃避を多数の貴族がする。普通であればランポッサがこのような手段にでれば、間違いなくこの場は大荒れに荒れている。しかしモモンが顔を向け、時には目を細めるだけで誰も何も言えなくなる。それだけ、浴びせられた重荷が桁違い過ぎた。
「皆も納得してくれたようだな。ではモモン、罪人をここへ」
「は! 聞こえているな、ここへ連れてこい」
モモンがどこかに声をかけると、大扉が開かれる。部屋に入ってきたのは、鎧を着た兵士達。五人ほどの兵士がいて、その中心には誰かが連行されている。その誰かを見て、貴族らは全員驚いた。レエブンも、ウロヴァーナも、ボウロロープも……例外なくその姿を見て慄く。
裁判にかけられる……と言うよりも、王がこれから処罰する貴族とはこれほどの大物なのかと。
「ブルムラシュー侯……」
六大貴族が一人、ブルムラシュー侯。王国における最高位の貴族の一人が重罪人に着せられる囚人服を被せられ、首に縄をかけられての御登場だった。